虫愛ずる朽ち木姫
ガヴァン国王の子。三姉弟。
一番上の姉は母譲りの美しい銀糸の髪に、夜空を固めたような漆黒の瞳を持つ美姫。末の弟は現国王に似た豊かな大地を思わせる茶髪に春の芽吹きのような緑の瞳を持つ王子。
でも、真ん中の姫は朽ち木のよう。
ひょろりと背が高く、髪は枯れ葉のような茶色で、真っ黒な目は木のウロのよう。ついたあだ名は朽ち木姫。
姉姫は花が好き、弟王子は剣が好き。
朽ち木姫は?
朽ち木姫は虫が好き。
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「王女様ー!」
光の神殿を訪問していると、併設された孤児院の子供たちが集まってきた。しゃがみ込んで子供たちと視線をベール越しに合わせて、怖がらせないように口元には柔らかな笑みを浮かべる。
「あら、よく気が付きましたね」
「だって王女様、でっかいんだもん!」
あらあらと笑っていると、子供たちは息を切らせながら手に持っていた物を差し出してくれた。
「はい!プレゼント!」
その手の中にはセミの抜け殻が握られている。ある子は上着の裾を引っ張り、大量にセミの抜け殻を集めていた。お洋服が汚れちゃうわよと思いつつ、子供たちからセミの抜け殻を受け取ると、一人ひとりにお礼を伝えて侍女のベスが用意してくれたバスケットにそれらを優しく入れていく。
「ありがとう、皆」
「どういたしまして!」
全て受け取ると、ベスにご褒美の焼き菓子を子供たちに配るように指示を出す。子供たちは大喜びしてそれを受け取ると、散り散りに走り去っていく。
「ふふ、元気ね〜」
初夏の日差しの中、楽しそうに走り回る子供たちに目を細めると、ベスが話しかけてきた。
「殿下、この大量のセミの抜け殻。どうなさるんですか?」
こんもりとバスケットいっぱいに入ったセミの抜け殻を見ないように、彼女は訊ねる。ふふふと小さく笑って答えた。
「まぁ、ジル。決まっているじゃない」
ジルは太陽の光を美しいバターブロンドに反射させながら、頬に片手を当ててため息を吐いた。右後ろに控えているセスは、特に表情を変えず警護にあたっている。
「土や砂を払って天日干しするわよ!」
「私は手伝いませんよ」
キッパリとジルに断わられ、勢いよく後ろのセスに顔を向けた。
「セス!」
「仰せのままに」
セスはプラチナブラウンの髪を初夏の日差しにキラキラと反射させながら胸に手を当てて一礼する。うんうん。流石よ、セス、と満足そうに頷いて、セミの抜け殻が詰まったバスケットを持って立ち上がろうとすると、ジルがどこからか出した布をかけて中身が見えないようにして持ち上げた。
「あら、ありがとう。ジル」
「殿下にお持たせする訳にはいきませんから」
両腕にバスケットを下げ、にっこりと微笑むジルは、妖艶さがあって美しいわと考えながら、その緑の瞳を見下ろして口元に弧を描く。
「これだけあれば、当面風邪をひいても大丈夫ね」
クスクスと笑っといると、一人の女の子が近付いてきてスカートの裾を引っ張った。3歳くらいかしら。何の用だろう。
「虫姫さま」
その呼び名を気にすることなく、笑みを深めて再びしゃがみ込んで幼女と視線を合わせる。ふくふくとしたほっぺが愛らしいわ。
「なぁに?」
「はい。お花」
燃えるような赤いツツジの花を、女の子はいくつか差し出してきた。ルーの髪の色みたいで凄く綺麗。両手で受け取り、嬉しくてお礼を言う声が自然と弾んだ。
「ありがとう。私、赤色大好きよ」
「本当?このお花、蜜が美味しいんだよ」
「あらあら」
困った声で幼女に諭すように話しかける。
「ツツジは毒のあるものもあるから、吸わないほうがいいわよ」
「本当?」
「本当よ。お腹が痛くなっちゃうの」
「お腹いたい?」
心配そうな顔をした女の子の頭を優しく撫でた。サラサラの髪の毛に、ベイジルもこんな小さな頃があったなと懐かしく思う。
「えぇ。私が治してあげられるけど、痛いの嫌でしょう?」
「うん。いたいのヤだ。もう吸わない」
「ふふ、いい子ね〜」
ヒョイと女の子を抱き上げると、わぁと感嘆の声を上げた。吹き抜ける風が心地よく、もうすぐ夏が来るのが分かる。
「虫姫さま、高〜い!」
こちらを見つめるキラキラした女の子の茶色の瞳が眩しくて、思わず目を細めた。
「高いと遠くまでよく見えて楽しいわね」
「うん!」
暫く女の子を抱っこしたまま、遠くの山々を眺めた。あの山のもっと向こうに、ルーの暮らすパーバディ皇国がある。会いたいなと寂しく感じながら、女の子を地面に下ろすと、もじもじしながら呟いた。
「虫姫さま、また抱っこしてくれる?」
「えぇ、構わないわよ。また抱っこしてあげる」
「やったー!」
女の子はぴょんぴょんと飛び跳ねて走っていく。その無邪気な姿に心が少し軽くなった。
「さて、帰りましょうか」
二人に声をかけて神殿の入口へ歩く。門の近くに停めている、王家の馬車というには些か古びた馬車に、セスのエスコートで乗り込んで王女宮へ向かう。ガタガタと揺れる車内で、対面に座るジルに話しかけた。
「ジル。小麦の代替品は見つかった?」
「はい。米を粉にして代替品にしようと思います。パンや麺など試作品が完成したので、今度お出ししますね」
朗らかに笑うジルに、ベールを取って笑いかけた。
「それは良かったわ。餓死する国民が出ないことを祈るばかりね」
その言葉に、ジルは神妙な顔で頷く。
「本当に麦が不作になるんでしょうか?」
ジルの質問は尤もだと思いながら笑みを深めた。
「えぇ。前の人生で経験済みよ」
ガタガタとうるさい馬車に揺られながら、唇に人差し指をあてて答えた。
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