第1話 “悪” 後編
キーンコーンカーンコーン
学校のチャイムが鳴り響く。時刻はお昼時。学業に勤しむ学生達は昼食を食べ、それぞれ休み時間を楽しんでいる。そんな中、霧島詠子は疲弊していた。
「ホントに…なんなのよ…。」
休み時間に休息をとれなかったのだ。というのも、全ては魔物達のせいである。休み時間毎に付近に現れては、速やかに倒される。一体一体は大して強くはない。しかし、こうも何回も相手をしていると、魔具のサポートがあったとしても疲弊するものである。
「…!…また!?」
急いで気配を感じた体育館に向かうと、体育館裏で魔物が待っていた。まるで、来て欲しいと言っているような態度で待ち構えていた。
「へへへのへ。来よったな嬢ちゃん。今度はワイが相手やで。堪忍しぃや。」
「さっきから何度も何度も…いい加減にしてよ!」
一瞬で変身し、魔具を構える。魔具のサイズは疲弊のせいか小さく、腕くらいにしかならない。
「へへ、なんや魔力切れ寸前か?情けない魔法少女やなぁ。」
「う、煩い!あんたなんてこれで充分だから!」
「ほぅ…強がりな嬢ちゃんやなぁ。ま、ワイが有利になるんならえぇわ。」
魔具が一日に扱える魔力には限度があり、それを超過すると魔力切れという状態となり、変身すら出来なくなる。だから彼女は、力を抑えて戦わなければならないのである。
「もう来ないで!」
「!?」
力を抑えていたとしても、魔具は魔物にダメージを与えられる。数ヶ所切って、最後に首を断つ。
「へ…へへへ…嬢ちゃんの限界も…近いなぁ…。」
「はぁ…はぁ…。」
灰になって消える魔物。魔物の狙いは、魔力切れだ。そう気付いた彼女だったが、対策は練れない。魔物の気配を関知すれば、魔法少女は戦わなければならない。それが、魔具を授けられた時に告げられた“魔法少女としての掟”だから。
「…どう…しよう。」
その後も、魔物は現れた。休み時間に、帰宅中に、夕飯前に、入浴中に、就寝前に…。
詠子は目を覚ました。時刻は午前二時。お手洗い等ではない。魔物の気配で目を覚ましたのだ。
「…もう…無理よ。」
変身は出来る。しかし、魔具は大きくならない。魔力切れが近く、大きくする魔力すら残ってない。それでも、戦わなければならない。彼女は、魔法少女だから。
…
家を飛び出し、彼女は工場に居た。家の付近にあった魔物の気配が、逃げるようにこの工場まで来たのだ。辺りを見渡し、魔物を探す。
「…中に居るのね。」
工場の一ヶ所だけ、窓が開いていた。そこから魔物の気配が漏れている。ゆっくり慎重に、魔物に悟られないように入り、内部を見て回る。現場内の開けたところに来た時、突然照明が全て点いた。
「ピッピッ。予定通リ、作戦通リデスネ。」
「ぷぷー。マジで来るとか、魔法少女は真面目すぎてバカみたいだっつーの。」
「くしし…まー、まほーしょーじょだしー…しかたないよねー。」
「ほな、とっととやるで」
目の前に現れた、四体の魔物。その側には一人の男性が気を失って倒れていた。作業着を着ているところから、ここの従業員であることがわかる。
「そ、その人に何をしたの!」
「ん?あぁ、コイツ?必要やから気ぃ失わせただけやで。」
「…必要…?」
「オイラに必要なんだっつーの。」
パタパタと飛び、気を失ってる男性に近寄るプカプ。コツンとおでこにぶつかると、そのまま地面に落ちた。
「…ん…んん~…やっぱり体はあった方が便利だね~。」
貯金箱からサングラスを取って立ち上がる男性。これがプカプの能力。“対象と中身を入れ換える能力”である。
「よっし、準備完璧やな。ぶち殺したるで~。」
「ぷぷー。楽勝かもね~。」
「ピッピッ。覚悟シヤガレ!」
「がんばえ~。」
歩み寄る四体の魔物を前に、彼女は後退りしか出来なかった。勝てるわけがない。魔力も限界、戦力差もあるだろう。なにより、プカプが問題だ。一般人を傷付けたら、魔法少女として失格だ。
「ぁ…あぁ…。」
逃げたい。出来なくても、助けを呼びたい。一人では無理。そう思った時、変身が解けた。魔力が完全に枯渇したのだ。
「っ!」
脱力し、その場に座り込む。魔具のハサミは床に落ちたが、拾う気力も残ってない。
「よし!今や!」
「ヌヌヌ!魔具頂きヌ!」
その隙を見逃さず、ヌイヌが物陰から現れて魔具を奪い取った。返して。その一言も言えない程に疲弊した彼女に、取り返す力なんて残っていなかった。
「ピッピッ。作戦大成功デスネ。」
「よっしゃぁ!ほな、とっとと逃げるで!」
逃げられてしまう。魔具を取り返さなければ。頭では理解しているが、体が言うことを聞かない。どうすれば…。
「…ねー。これで終わりでいーの?」
魔物の一人、クシクの一言で全員が止まった。
「…なんやクシク。もうええやろ」
「ソウダゼ。ヤルコトヤッタンダ。終ワリダロ。」
「…いままでやられたぶん…しかえし、したくないのー?」
仕返し。いつもの魔物達なら、しないだろう。しかし、今は違う。自分達を倒し続けてきた魔法少女が、無力な女の子になって目の前で座り込んでいる。怒りと、優越感が、魔物達の心を支配した。
「…そうヌ…今なら、やり返せるヌ…痛かった事も…悔しかった事も…全部…全部…!」
「ひっ…。」
ゆっくり近寄るヌイヌ。ボタンで作られた目には、目とは言えない目には、復讐心が滲み出ていた。
「…お前達魔法少女は、ボクらが魔物だからと、好き勝手やったヌ。」
爪を出し、彼女の腹をつつく。
「ある時は殴ったヌ。」
拳を握りしめ、彼女を殴る。ぬいぐるみの手とは思えない程強く、重い拳だった。
「ある時は蹴ったヌ。」
倒れた彼女の腹を蹴った。柔らかそうな足に蹴られた腹はすぐに青くなった。
「そしてある時は、切ったヌ。」
爪を出し、カチカチ鳴らす。痛みと恐怖に震え、声すら出ない彼女は、涙目で必死に首を振って拒絶した。しかし、ぬいぐるみの怒りは治まらなかった。
「なんで嫌がるヌ?ボクらにやってきた事ヌ。全部全部、全部…お前達が…ボクらに…!」
少しずつ、声に力が入る。怒りに震え、爆発しそうな程力強い声。そんな声に、力無く彼女は答えた。
「ごめ…なさぃ…もぅ…やめて…くだ…さい。」
ぶちっ
ヌイヌの中で、何か切れた音がした。泣きながら、腹と頭を守る彼女を見て、これまで堪えてきた何かが吹っ切れた。
彼女の腹に、爪を押し付けた。
彼女の腹に、爪が食い込み、刺さった。
彼女の腹から、真っ赤な血が、溢れるように出てきた。
悲鳴をあげ、痛みで暴れる目の前の女の子。何を言ってるのかわからない。声が聞こえるけど、叫んでるけど、ボクには届かない。わからない。
「やめるわけねぇヌ!ボクらが今まで!どんな思いで倒されたか!傷つけられたか!殺されたか!」
爪を引き抜き、また腹に刺す。また引き抜き、また刺す。繰り返す度、真っ赤な血が出て、ヌイヌを染める。
憎い。殺したい。
「…ヌイヌ、もうやめや。死んどる。」
「…!」
我に返る。目の前は、真っ赤に染まって落ちている少女だったモノ。魔法少女だったモノ。憎くて、恨めしくて、殺したくてしかたなかったモノ。
「ボク…ボク…。」
「ふくしゅー、かんりょーだね。」
「今日はもう撤退するで。これ以上はヌイヌに毒や。」
真っ赤なモノを置いて、魔物達は撤退した。
翌日、魔法少女達に激震が走った。
魔物に魔法少女が殺された。それは今まで有り得ない話であり、あってはいけない話だった。
その日、魔物は本物の“悪”になった。