5 『戦いを終えて』
ダリルとエリザに真実を明かし、打ち解けあった後、仁はもう一度、ハンナの手を取りドワーフの集落へ迎えられていた。
最初こそ、ドワーフ達はゴムスと同じような反応を見せてたが、全ての経緯をダリルが説明し、それを仁が肯定することでドワーフ達から信頼を得ることに成功した。
「けが人こそ多いが、死者が一人も出ずに済んだのは不幸中の幸いであったわい」
ドワーフの集落で長を務める男、ゴムスの発した言葉だ。人間達は、ドワーフに戦闘力などほとんど無い事を十分に理解していた。しかし、よもや援軍が現れるなどとは思ってもいなかったのだろう。逃がさないように警戒はしていたのだろうが、十分に痛めつけてやろうという魂胆があった為、まだ誰一人として殺されてはいなかった。
重かれ軽かれ、ほとんど全員が怪我を負わされた、この状況を良かったなどとは口が裂けても言えないが、不幸中の幸いであることは確かだ。
「それにしてもエリザさんの魔法って、やっぱりすごいな。あっという間に全員分の薬草を育てちゃうんだもんな」
「ありがとうございます。お役に立てたなら良かったです」
この世界に、回復魔法なるものは存在しないらしいが薬草の効果は劇的だ。流石にゲームやアニメのようにはいかないが、薬を飲んだ途端に傷が治り始めて、重傷者であっても一週間程度で完治するようだ。
しかし、薬草はとても貴重なもので採集も難しく、なかなか手に入らないらしいのだがエリザが抜かれていない薬草を見つけて魔法をかけると一気に成長、増加した為、全員分の薬草が手に入ったというわけだ。
「謙遜をせんでくだされ。エリザ様には、ドワーフ一同とも感謝しておるのじゃ。もちろん、ダリル様、ジン様にもじゃが」
仁の功績をダリルが説明してからと言うもの、ドワーフ達は盛大に感謝を向けてくる。人間と寿命が変わらないとしても、相手はかなり年上だ。そんな相手に畏まられるのも居心地が悪い。しかし、何度言っても辞めないので、もう諦めた。ちなみに、ダリルとエリザにも同じことを言ったのだが「友人でも二度も助けられた恩人に失礼はできない」と断られてしまった。
「ハンナだけだよ、俺に敬語を使わないのは」
そう言って頭を撫でると、少し気持ち良さそうにしながらコクリと頷く。他のドワーフ達と比べると子供とはいえ、ハンナはかなりの細身だ。ドワーフ達は皆、老若男女関係なくがっしりとした体型である。
「ほぉ、珍しい。ハンナは人見知りが激しくての。なかなか、人に懐かんのじゃが」
仁に頭を撫でられた時の反応を見た、ゴムスが関心したように言う。仁からすれば、割と出会ってすぐ打ち解けた為に、そう言ったイメージはない。
「そうなの? あ、そういえばハンナのお父さん、お母さんは? 心配してるんじゃない?」
「……その子に、親はいないのじゃよ。昔、出て行った女が瀕死の状態で、その子を連れて帰ってきたのじゃ。母親はすぐに息を引き取ったがの。それで、今は子のいないワシが妻と二人で育てておるのじゃ」
「そっか……」
悪いことを聞いたとも、思ったが当のハンナは全く気にする様子もないので、謝りはしない。かわりに、もう一度、頭を撫でた。
少し暗い話になってしまったから、話を変える為に集落全体を見渡して何かないかと考えていると、気になっていたことを思い出す。
「そういえば、エリザさんが言ってたドワーフの珍しい技術ってなんのことだったの?」
村全体を見た限りでは、特別な技術を持っているようには見えない。住んでいるのはログハウスのような、木の家だし、特別な建物や品は見当たらない。
「技術と言うほどでもないが、ワシらは探鉱を得意としておるのじゃよ」
「えぇ、彼らの掘る鉱石は生活に役立つものも多いんですよ!」
「ここに何度か来たことがあったのも、鉱石を得る為でな。里で出来た作物と交換してもらっているのだよ」
「へぇー! どんな鉱石があるのか、後で俺にも教えてよ」
生活にも役立つ鉱石と言うのは、鉄などもそうだろうが、この世界特有のものである可能性も高い。ダイヤやパールのアクセサリーは、母親も持っていたが、見たこともないものが見られるのなら是非、見てみたい。
「それは構わんのじゃが、技術というなら、それこそ珍しいのを持っているのが1人だけおるぞ?のぉ、ハンナや」
「え? ハンナが? ハンナは何ができるの?」
「鉱石の加工じゃよ。この集落には、そんなことを出来るものは一人もおらぬし、赤子の時に連れてこられて以来、外へ出たことはないのじゃがな」
つまりは、独学で金属加工を学んだと言うことだろうか。だとしたら、それは凄いことだ。
「ハンナは、何を作れるの?」
「……なんでも、できる」
「……本当じゃよ。三年ほど前に熱晶石を使い鉄を熱して叩き出した時は、鉄を無駄にするだけの遊びかと思ったが、大量にある鉄ならと放っておいたのじゃ。じゃが、今では包丁から容器など器用に作るのじゃ」
「それは、本当に凄いな」
言われてみれば、内向的で口数の少ない彼女は職人気質なのかもしれないが、それにしても八歳で出来ることの領域を超えている気がする。
「じゃが、金属の加工は人間の技術。ワシは悪いとは思わぬが、この集落では良い顔はされぬのじゃが」
「……でも、すき、だから」
ハンナがそう言うと、ゴムスは少し乱暴だが優しい手つきで、ハンナの頭を撫でて言う。
「じゃが、これから先、おぬしの技術はきっと役に立つはずじゃ」
「これから、先?」
「ワシらは、どこか遠くの山へ移動するつもりじゃ。今回はジン様達のおかげで助かったが、奴らはまた攻めてくるじゃろう」
ゴムスの言う通りだ。集落の場所がバレて失敗した以上は、またすぐに攻めてくる可能性は高いだろう。
「でもさ、なんで人間の国の近くに集落を作ったの? 危険、だよね?」
「実を言うと、ワシらは探鉱以外はてんで苦手での。人間の物好きな商人がいて、鉱石と生活に必要なものを交換してもらわにゃ生活できんのじゃ。それで、危険でもここで生活をしてたのじゃよ」
言われてみれば、確かに畑もなければ家畜を飼っている様子もない。では、この先どうするつもりなのだろうか。引っ越すにしても、生活は難しい筈だ。
「大丈夫じゃよ、ジン様。これ以上、迷惑はかけられぬ。ワシらでどうにかするとも。じゃが、今日はもう疲れた。流石に、すぐに攻めてくることもないじゃろ。ダリル様がいることも知っておるわけじゃしな。もう一度、皆の様子を見回ってから寝させてもらうとする。お先に失礼しての」
「……うん。ハンナも眠そうだし、気にせず寝てよ」
そう言って、ハンナを連れて他のドワーフ達に声をかけて回るゴムスを見送ったが、実は明日にも攻めてこないと言う保証はどこにもない。ドワーフ達には安心してもらうために、追い返したということにしたが、実は違うのだ。
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――数時間、前。仁の偽貴族作戦を説明が終わった直後だ。
「確かに、それならば被害もなく撤退させられるかもしれぬな」
「問題は、あいつらが貴族のことを全て把握していた時だと思うんだけど可能性はある?」
「王国に住む貴族であれば、ないとも言い切れぬが辺境に領土を持つ貴族であれば問題はあるまい。里の近くのブウァングが良いだろう。私が連れてきたと言う言葉に信憑性が増す」
「わかった、ありがとう」
作戦は、完璧。とまでは、いかなくても勝算はある筈だ。失敗したなら仕方がないが、徹底的に抗戦するしかない。しかし、ダリルには少しの懸念があるのか険しい表情をしている。
「何か、心配なことがあるの? ……あ、卑怯な作戦は嫌だった?」
「いや、違う。それに、卑怯などとは思っていない。……だが、一つだけ頼みたい。貴殿の作戦を利用するのも忍びないとは思うが、放つのは、私のボームではなく、エリザのラントにしてもらえないだろうか?」
人質を交換する際に、相手側の人質を連れダリルの元まで走り、相手に向けて爆発の魔法を放ち、ある程度の被害を出し、徹底させると言うのが仁の発案した作戦だ。
「うん、大筋が変わらなければ大丈夫だよ。ラントって魔法が何かはわからないんだけど」
「ラントは、大地を動かす魔法だ。敵陣に大穴を開け捕獲したいのだ。理由は後で必ず説明するが、帝国の兵と話がしたいのだ。良いだろうか?」
「もちろん、いいよ。何にしても、ダリルとエリザさんに頼り切りの作戦だしね」
「そんな事は、ないのだがな……」
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そして、作戦が成功して今に至る。
その後、集落に戻りダリルはゴムスに対し、「安心していい。兵どもは追い払った」と言ったのだ。詳しい理由までは、わからないがダリルの事は信頼している。嘘はドワーフ達を安心させるためのものであるとは理解出来たし、他に理由があるとしても悪意のあるものではないはずだ。
数時間も、身近に敵の存在があるのは不安ではあったがエリザの作った穴は、何の準備もしていない人間が脱出可能な深さではなかった。だから、ここまで話題に触れる事なく放って置いたと言うわけだ。
「心配をかけてすまなかったな、ジン殿。では、穴へ向かうとしよう。理由は歩きながら話そう」
ダリルの言葉に、仁とエリザは頷き立ち上がる。