4 『人間と亜人』
昨晩、00:36~03:17の間にお読みくださった方へお詫びいたします。
お気づきかも知れませんが、投稿部分に誤りがございました。改稿いたしましたので、よろしければ先日の話からお読みいただければ幸いです。
大変申し訳ございませんでした。
「愚かな人間ども!! よく聞け! 先の爆発は私のボームによるものだ!」
完璧な演技だ。先程までは、頼れる男だったはずが悪役を演じた途端に一変した。ド級のイケメンは悪党としても一流に見えてくる。
「何者だ貴様! ……い、いや、まさか貴様は!」
怒鳴り返し、途中で恐怖に青ざめたのは、兵隊の一人、唯一馬に騎乗する男――おそらくは、この隊の指揮官だろう。爆発の正体、魔法の主に検討がついたのだ。驚異としてしっかりと知っていてくれたらしい。
しかし、さすがは指揮官級というべきか冷静さをすぐに取り戻したようだ。
「貴様、"紅蓮"だな。悪虐非道な危険亜人として、貴様の名前はよく知っているぞ。……ドワーフども!動くな!動いたものは即座に殺す!!」
混乱に乗じて逃げようしていたドワーフにもしっかりと牽制を入れる。ここで、逃すことが出来れば最善だったのだが、流石にそう上手くは行かない。
「そうか、私を知っているか。ならば、引き返してはどうだ? 人間の百や二百、私にとっては者の数ではないことも知っているのだろう?」
自分達を容易いと断言する、ダリルに男は一瞬、臆した表情を見せる。しかし、すぐに表情を引き締めて怒鳴り返してくる。
「そんな、ハッタリが通用するか! 貴様は、ドワーフ達を助けにきたのだろう? ならば、集落を巻き込む魔法は使えぬはずだ! そして、小規模の爆発や火炎しか使えぬのなら貴様など三〇人もいれば十分に殺せるとも! 血晶石に出来ぬのが惜しいがな!」
男の言うことは正しい。しかし、間違ってもいる。
間違えにするための切り札、ジョーカーが俺なのだから。
「では、これならばどうだ? エリザよ、連れてまこい!」
ダリルが茂みの中に隠れている、こちらに向いて怒鳴る。それに返事を返したエリザが、蔓で操り縛り上げた俺を引っ張るようにして歩かせる。ちなみに、俺は今は数分ぶりに声が出せない。蔓で口を塞ぐように縛られているのだ。
「……に、人間!? 卑怯だぞ! 貴様ら!」
「笑わせるな! やっていることは同じだろう!」
人間の男が、エルフによって縛り挙げられて引っ張って連れてこられたのだ。その、驚きは人間達、全員の表情が顕著に教えてくれている。
「人間と亜人の価値が等価なわけがないだろう! すぐに、その人を解放しろ!」
その言葉に、素がでかけたダリルは眉間に皺を寄せて悔しそうな表情を浮かべるが、すぐに取り繕う。今は、亜人の尊厳について語る余裕はない。
「ふむ、価値か。価値とは良いことを言うな。ちなみに、この男の価値は人間の中でも別格だぞ?」
「……どう言う意味だ?」
指揮官が、神妙な面持ちで問いかけてくる。とは、言えその可能性は察しているのだろう。兵達に目配せをすることで余計な動きをせぬように注意している。
「見当はついているのではないか?エリザ、外してやるといい」
ダリルの指示を受けたエリザが、俺の顔に掌を向けるてくる。すると、口元を縛られた蔓が緩み、解ける。
ここからが、仁の見せ場だ。
「余は、ここから離れた辺境の地、ブウァングに領土を持つ貴族家の長男だ! 突然、攻め込んできた亜人に攫われて連れてこられたのだ! どうか、助けてくれ!」
もともと、演技は苦手ではない。なんなら、素顔の自分を出す方が苦手なくらいだ。そして、これが仁が切り札たる所以。
ただの、平民では切り捨てられる可能性が高いが、貴族ともなれば話は別のはずだ。大嘘だが信じ込ませる余地はあるだろうという仁の予想はやはり間違っていなかったようだ。
「……この外道どもが! 今すぐそのお方を離せ!」
ダリルは、学生服を間違えなく高級品であると断定していた。確かに、作りや材質は通りや広場で人間が来ていたものに比べると高級品といっても過言ではないだろう。見方によっては貴族服に見えなくもないのかもしれない。
エリザの言った、黒目黒髪は貴族に多いというのも後押しになったはずだ。
辺境貴族の長男の顔など、知らないはずという部分のみ賭けだった。ちなみに、土地の名前はダリルの住む隠れ里の近くにある本物の貴族の領土だ。
兵士達の反応も目に見えて変わった。大分、焦りだしている。
勝負はここだ。ここで押し切れさえすれば、全軍撤退させられるかもしれない。撤退しやすいよう、向こうには、ほぼ被害も出していないのだ。無傷でやむおえない事情があれば撤退の判断もしやすいだろうから。
ダリルは畳み掛けるように怒鳴りつける。
「こちらの要求は、一つだ! 撤退しろ! そうすれば、この男も無事に解放してやる!」
「その保証は、どこにあるのだ!? 貴様ら薄汚い亜人の言葉など信用できるか! それに、貴族様を保護せねばならぬ! 先に解放しろ!」
「ではこうしよう。そちらも一人の人質をとり、集落から撤退し、あちらの開けた場所に並べ。人質交換と以降ではないか」
これは、事前にダリルに伝えていたことだ。人質解放と全軍撤退、どちらが先か揉めるのは予想できていた。
「……貴様が、人質の交換を終えてからすぐに魔法を打ち込んでくる危険もあるだろう」
確かに正論だ。だが、相手も揺すぶられているのも確かだ。仁の、貴族の価値はやはり高いと言うことなのだろう。ならば、やりようはある。
俯き、ダリルに聞こえる程度の小声で指示を出す。
「ダリル、さっきのキライン・ボームってやつを俺に食らわせて」
話して説得できないのなら、無理矢理にでも従わせるしかない。ここで最も、効果的なのは人質の身の安全を餌に脅すことだ。先の魔法なら、爆竹より少し強い程度。痛いし、熱いだろうが死ぬほどではないのは確かだ。先程、魔法の近くにいた兵士も無事だったし、ダリルはエリザの鎖を壊すために爆発を握りつぶしても少し火傷をした程度だった。
ダリルは、指示の意味は即座に理解したようだが明らかに戸惑いがある。しかし、勝負どころは今だ。ここで、畳み掛けるのが最も効果的なはずなのだ。戸惑うダリルに、強い視線を向けるとダリルの方も折れたようで小さく頷き、こちらに掌を向けてくる。
「いいから、さっさと撤退しろ! これ以上の譲歩はない! そして、一分遅れるごとに ……キライン・ボーム!」
仁の腹の前で小さな爆発が起きる。激痛というほどではないが、痛みと衝撃に尻餅をつく。
「ぐぁあ! あ、あー、いっ、痛い!」
転げ回りながらオーバーなリアクションをとってみせる。実際のところ、ダリルの絶妙な加減のおかげでそこまで痛くはないのだが怪我などしたこともない箱入り貴族のような演技をしてみせる。実際に、効果は劇的である。
「お、おい! 貴様、待て!! わかった! ……要求を飲む」
「それは、僥倖。ならば、急ぎ撤退しろ」
指揮官の指示により、ドワーフの集落に入り乱れていた兵士達が引き上げて集落近くの開けた場所に移動を開始する。仁はといえば、転び回ったはいいものの手を縛られた状態で立ち上がるのは難しく苦戦しているとエリザが近づいて来て、蔓を引っ張り起き上がらせてくれる。
「……すいません」
その際に、仁にしか聞こえない程度の小声の謝罪する。オーバーリアクションのせいか、エリザは本当に申し訳なさそうにしているが、仁としては逆に申し訳なさと恥ずかしいさがある。あの程度で、転げ回るほど痛がったと思われているのも、そうだが、それ以上にエリザに引っ張り起こされる方が恥ずかしさは上だ。女性の細腕、それも片手でひょいと起こされるというのは、なかなかの羞恥プレイだ。
「う、うん。こちらこそ」
などと、顔を熱くしながらの返事が精一杯である。
そうこうしている内に、迅速な撤退を行なった兵達がドワーフの少女を人質にとり広場に整列しだす。こちらも、対岸に三人で並ぶ。ドワーフの集落側を背にダリルが先頭に立ち、少し後ろで仁がエリザに身柄を確保されるように並ぶ形だ。いよいよ、人質交換である。
「要求は飲んだのだ! 貴族の方は無事に解放してもらう!」
「わかっている。同時に少女を離せ。では行くぞ!」
そう、ダリルが言うと同時にエリザが魔法を解除することで蔓がほどかれ足元まで落ちる。向こうでも、首元に剣を突きつけられていた少女が解放される。解放された二人は、同時に歩きだす。
相手との距離は、約二〇メートル。一歩、一歩と踏み出し近づいていく。相手側からは、少女が歩いてくる。場の全員が張り詰めた緊張感を放ちながら、静寂を守っている。
……大人であれば、手を引こうと思っていたが、あの少女なら抱えた方が早いだろう。
少女との距離が互いに三歩のところまで近づく。
一歩、二歩、そして三歩目。
少女とすれ違う瞬間。少女を抱き抱えると同時に踵を返して走り出す。
「きゃっ!」
「な、なにをしているのですか!?」
少女と指揮官、二人言葉は無視でいい。声をかけるのは、
「エリザさん! 今だ!!」
「任せてください!ラント!!」
エリザが詠唱した瞬間、背後で地鳴りが起こる。振り返る余裕もなく約一〇メートルを駆け抜けて二人の後ろまで下がる。ようやく振り返ってみれば、二百にんはいたであろう兵の姿は一人も見えない。代わりにあるのは、巨大な地割れのみ。つまりは、作戦成功だ。
「よしっ! 作戦通り! 流石、エリザさん!」
「いえ、私は大したことはしてません。ジン様のおかげです」
無邪気な笑みを浮かべながら謙遜するエリザ。まだ、状況が理解できていないドワーフの少女。
そして、ダリルは敵の様子を油断なく伺ってからこちらへと向き直り突然、頭を下げた。
「すまない! ジン殿のおかげで助かったが貴殿を傷つけてしまった!」
一瞬、なにを言っているのか理解出来なかったが交渉の際の爆撃のことを言っているのだと気がつく。しかし、もちろん怒っているはずなどない。謝る必要など、どこにもないのだ。
「いやいや! 謝ることなんてないって! 絶妙な加減のおかげで本当は痛くなかったし、傷もないよ。第一、やれって言ったのは俺だしさ!」
ダリルは、その言葉でようやく頭を上げる。
「しかし、貴殿は被害が出ないようにすると言った。事実、ジン殿の作戦は完璧であった。私がもっと上手くやれていればジン殿が犠牲になる必要などなったはずだ」
いや、そんなことはない。あの場面では、あれ以外に方法などなかった。ダリルの演技はミスなど一つもなく、完璧であった。だが、何を言ってもダリルの罪悪感はきっとなくならだろう。
「わかった。じゃあ、いつか俺を助けてよ。帝国の兵に二回も攻撃をしちゃった訳だし、力のない俺じゃ危ないこともあるだろうからさ!それで、チャラってことにしよ」
「あぁ、ありがとう。ジン殿に何があった時には必ず助ける。約束しよう」
ダリルの誠意に対して、なんとも曖昧な答えではあるがひとまずは、納得してくれたらしい。そして、仁にも謝らねばならぬ相手はいる。今だ不安そうにしているドワーフの少女に近づいて、しゃがんで視線を合わせる。
「怖い目にあわせてごめん。兵士に囲まれて人質、交換なんて怖かったよな」
これは、仁の建てた作戦だ。であれば人質にされた人の恐怖は仁の責任。それが、こんないたいけな少女であれば尚更だ。ドワーフという種族の特徴である低身長と綺麗なショートヘアーの金髪に碧眼の大きな瞳の少女。いまだ、彼女の不安そうな顔に仁は責任を取らねばならない。
少女は、その小さな口をやっと開き話してくれる。
「……うん。おにぃさん、たすけて、くれたんでしょ? ……あり、がとう」
辿々しい口調からも、今だ恐怖が抜けていないことは一目瞭然だ。いや、それもそうだろう。そもそも、自分は人間だ。あんなことがあったのだ。人間自体が怖いに決まっている。
「俺の名前は仁。人間だけど、さっきの人達とは違うよ。君たちにはひどいことはしない。だから名前、教えてくれる?」
「……うん。それは、わかる。私はハンナ、ハンナ・アルグ」
流石にまだ、先程の出来事への恐怖は拭えていないが、仁には少しだけ心を開いてくれたらしい。初めて、俯いてた顔をあげて目を合わせてくれた。
「ハンナ、いい名前だね。じゃ、一瞬にみんなの所へ戻ろう。きっと心配してるよ。あと、出来れば俺と仲良くして欲しい」
「……うん。なかよく、する」
微笑みながら右手を差し出すと、ハンナは左手で握り返してくる。握手のつもりだったのだが、仲良くしようと言ったから、ハンナは手を繋いでくれたらしい。せっかくなので、手を繋いだまま集落に向けて歩きだす。
そんな、様子を見たエリザは口元に手を当てて上品に笑う。
「ふふ、ジン様はやっぱりすごいですね」
「あぁ、流石だ。私など何度か会っているが、未だに目を合わせてもらえぬというのに」
「いや、ダリルはちょっと目つきが怖いから。仕方いないよ。ね?」
「なに!? ジン殿、そんなことはないだろう! 怖くないだろう、ハンナ?」
「……おじさん、こわい」
「ぐっ……」
ハンナの悪意のない一言に、一国を滅ぼせるドラゴニアンが大ダメージを喰らう。そんな様子を見て、エリザとジンは愉快そうに笑い、等のハンナはよくわかっていない様子だ。
しかし、ハンナはダリルのことを「おじさん」と呼んだが実際のところ歳はいくつなのだろうか。ハンナからすればおじさんかもしれないが、仁より一〇歳上かどうかという見た目だ。
「ん? どうしたジン殿。私の顔になにかついているか?」
「あ、いや。ダリルって歳いくつなのかな?って。そう言えば聞いてなかったからさ」
「歳か、すまないな。正確には覚えていないが、大体二〇〇歳前後だ」
「へぇー、二〇〇かぁ。 ……って、えぇ!? 二〇〇!?」
「あぁ、そうか。ジン殿は亜人を知らぬのか。長命種であれば若い方だぞ? ちなみに、エルフも長命種でエリザは」
「んっ」
多少、無神経に女性の年齢に触れようとしたダリルがエリザの咳払いによって牽制される。しかし、話の流れから考えて仁とは比べ物にならない年月を生きているのだろう。これ以上は、藪蛇だし聞いたりはしないが。それに、二人の年齢がいくつでも何も変わることなどない。
しかし、そこで重要なことに気がつく。ドワーフはどうなのだろうか? 見た目で年下と扱ってきたが、これでハンナが三〇歳とかで有れば流石に対応が変わる。
「ハンナは?ハンナはいくつなの?」
「……ことしで一〇〇さい」
「えぇー!?」
恐る恐る尋ねてみれば、恐れていた答えが返ってくる。
「ハンナ、ウソはダメですよ。ジン様が驚いているでしょう」
「……なかよし、だから」
よかった。いろいろ、よかった。ハンナが友好的なのもよかったし、一〇〇歳が嘘で本当に良かった。
「ははは! 心配せずとも大丈夫だ、ジン殿。ドワーフは、人間と寿命も成長もかわらないとも。ハンナは今年で八つだったか?」
「……うん」
「そ、そっか! 八歳か」
そんな、他愛もない会話をしながら歩き、森を抜けて、ハンナの子どもらしい小さな手の感覚にも慣れてきた所で集落が見えてくる。
するとドワーフの一人が、こちらに気が付つく。最初は安堵の表情をしたのだが、急に顔色を変えて叫びだす。
「お、おい! 人間の貴族め、ハンナを離せ! 人質ならワシが変ってやるわ!」
ある程度、近くにいたドワーフには交渉の際の話が聞こえていたらしく仁を人間の貴族で敵だと勘違いしているらしい。
「ゴムス、やめよ! ジン殿は敵ではない!」
敵意を向けてくるゴムスと呼ばれたドワーフと仁の間に入るようにダリルが素早く動く。しかし、そんな様子がまともに信じられないらしい。
「ダリル様? ……人間に何を言われたのじゃ!?」
ハンナを人質に脅されているとでも勘違いしたらしいゴムスは、より一層に敵意を強める。仁は誤解を解くために、ハンナから手を離し両手をあげる。
「本当に敵じゃないよ! 俺は、ダリルと友達だ。ハンナとも、さっき友達になってもらった!」
「そうじゃったのか? それは、すまんことをしたの」
そう言って、ゴムスは軽く頭を下げた。
それにしても、おかしな反応だ。そんな簡単に、信じてもらえるものだろうか。確かに、ハンナの手を離すことで人質をとっていないことは証明したがそれにしても早すぎる。第一、ダリルの言葉より自分の言葉が説得力があるとは思えない。
「ねぇ、ダリル。ドワーフは陽気で気がいいって言ってたけど、あんな簡単に信じてくれるような人達なの?」
「……いや、正直、私も驚いた。流石にあの反応は少し異常だ」
「え、えぇ。確かに、人を疑うことをしない性格の方が多いですが、あそこまでではないです」
それはそうだろう。数分前まで人間に酷い目に遭わされていた人達が、たった一言で信じるなど人がいいで済ませられる次元ではない。
「……ジン殿。つかぬ事を聞くが、ジン殿は神の使い、テンセイシャなのか?」
「……え?」
一瞬、意味が掴めないほどの衝撃的な質問だった。何故、今のタイミングでその質問が出るのかもわからないし、転生者はともかく、神の使いというのは全く意味不明だ。何より、この世界に転生するというのは前例があるのだろうか。
驚愕と混乱で固まっていると、ダリルが静かに語りだす。
「亜人族が本当の危機に陥る時、テンセイシャと呼ばれる神の使いが世界に現れる。その者は、神の声を持つ。神の声とは言葉の波を強める力を持ち、その言葉で全ての亜人を統べ、安寧をもたらすであろう。 ……これが私の里に伝わる言い伝えだ。出会った時から、もしや、とは思っていたが今ので確信に変わった。ジン殿こそがテンセイシャなのだな?」
思わず絶句する。もちろん、自分に神の使いや、安寧をもたらすものなどと言われてもピンとこない。神の声? 言葉の波? 確かに、"異能"などと思ったが本当に力のある能力などとは思って見なかった。
しかし、その全てよりも重要な事がある。どんなに、驚いて声が出なくてもこれだけは、言わなければいけない。
「ダリル、エリザさん。ごめん。俺、嘘ついてた! 本当は、記憶喪失じゃないんだ。神の使いとか、神の声はよくわからないけど、転生者は言う通りだ。俺は別の世界、日本ってところで生まれ育って…… そして、死んで。気がついたら、この世界で目を覚ましたんだ。騙してて本当にごめんなさい」
バレたから謝るというのは、虫が良すぎることも十分にわかっている。だが、言わずにはいられない。例え嫌われたとしても、あれだけ心配してくれた二人に、嘘をつく理由がなくなったのなら正直に離すべきだ。
「言い訳でしかないかもしれないけど、いきなりこの世界に来て訳わかんないことばかりだった。だけど、違う世界から来たなんて言えば頭がおかしいと思われるかも、と思って誤魔化すために嘘をついたんだ」
怖くて頭があげられない。二人に失望した顔をされるのが本当に怖いのだ。
「ジン殿、頭をあげてはくれないだろうか? むしろ、謝らねばならぬのは私の方だ」
そう言われて、仁は顔をあげて二人を見る。
「なんで、ダリルが謝るの?」
「私は今、ジン殿の話を聞いて安心してしまった。……もし、貴殿が記憶を取り戻して、その記憶が亜人差別主義のものであればどうしようか。と、考えていた」
「あっ……」
「あれほど、助けてもらっておきながら貴殿を疑ってもいたのだ。貴殿のウソは当然の考えだろう。ならば、本当に謝らねばならぬのは私だ」
「……私もです。実際にジン様に助けていただきながら、私も同じ思いがどこかにありました」
二人の想いこそ、当然だ。人間の常識が、亜人差別主義。それも、二人からすれば貴族の可能性すらあったのだ。自分では、思い至りもしなかった当たり前すぎる心配。それでも、作戦やその他のことを信頼して任せてくれていたのだ。二人に謝る理由など一つもない。
「ま、待ってよ。二人の心配は当たり前だよ。悪いのは俺の嘘だ。二人には正直に話すべきだったんだ」
違いとも負い目から、地面に視線を落としてしまう。しかし、小さな手が仁の手を取る。
「……みんな、なかよく」
そう言って、ダリルの手も取ったハンナがジンとダリルを握手させるようにと引く。
「あぁ、そうだね。なかよくしないと、だ」
「ふっ、そうだな。侘びあっていているこに意味などなかった。それに、ジン殿は私を友達だと言ってくれた」
ゴムスに仁が言った言葉だ。あの時は、咄嗟に言った言葉だったが年齢差や出会ってからの時間を考えたら、早慶な言葉だったかもしれない。冷静になると恥ずかしい。なにより、自分が今まで無意識のうちに人のことを友達だと思ったことなど、これが初めてだ。
しかし、ダリルも友達と呼ばれたことを悪くは思っていないようだ。ならば、いいと思う。年齢差がいくつあっても、種族が違っても、出会った時間が短くても、お互いを友達だと思えたのなら、それはきっと友達で間違いないのだから。