3 『故郷の話』
初回投稿後から約三時間の間に、お読みくださった方にお詫び申し上げます。
話数を、一つ間違えて投稿しておりました。
大変申し訳ございませんでした。
「案外、仁殿は貴族などの出身かもしれぬな」
「えっ、……えぇ!?いや、そんなことはないと思うよ?根拠とかはとくにはないけど!多分、違うよ。普通の中流家庭な気がするよ!」
流石に貴族と呼ばれるほどではないが実をいうと、仁の実家は”そこそこ”の金持ちではあるのだ。そのあたりの記憶もしっかりと残っている為に「記憶喪失」を信じ、仁の身の上について真剣に考えているダリルに対する罪悪感から早口で言い訳がましい口調になってしまう。
「なぜ、そんなに必死に否定するのか分らぬが貴族であれば納得のいく部分がおおいのだ。節々の言動から感じ取れる教養、年齢の割に肉体労働の経験のなさそうな体つき、貴族であれば魔法や亜人に触れ合う機会が無いのも納得がいく。何より、その服はかなりの高級品であろう?」
「え、いや……」
「……確かに。黒髪黒目は貴族の血筋には多いと聞きますしね」
エリザの強力な援護射撃もあり、着々と貴族であるという意見に信憑性が増していく。しかし、その可能性はありえない。あり得ないのだが、「記憶喪失」である以上、強く否定もできない。何より二人は、仁の身を案じて考えてくれているのだ。無下になど出来るはずもなく、
「う、うん。心には留めておくよ。けど、確証がもてない以上どうしようもないから…」
と、回答を濁すことで応じる。
返答に対し、ダリルは少し申し訳なさそうな顔をしてから口を開く。
「うむ、確かにその通りだな。仕方のないことを言ってすまなかったな」
「い、いや。謝ることはないよ!むしろ、ありがとう!」
これ以上は、罪悪感に押しつぶされそうになるのでやめてほしい。やめてほしいのだが、そうはしてくれないらしく、エリザは仁の発言に悲痛そうな顔をして言葉を紡ぐ。
「すみません、仁様が一番不安であるはずなのに」
仁が会話を終わらせるために繕った感謝を気丈に振る舞っているのだと勘違いしたらしく、辛い状況に気丈に振る舞う少年に向けるような表情を二人が向けてくる。しかし、悪意はなかったが実際は非は完全に自分の方にある。二人にこれ以上、心配をかけたくないので話を変えることにする。
「そ、そういえばさ、この穴ってどこに続いてるの?」
「帝国の近郊にある山に出るようになっているのだ。もう、大分歩いた。そろそろつくと思うぞ」
「へぇ、そこからダリルの言っていた里につくのはどれぐらいかかるの?」
少々、強引な話題転換であったがダリルが乗ってくれる。それに、さらに乗っかることで会話を完全に変える。これは、何も罪悪感から逃れる為だけというのが目的ではない。
会話の間、ずっと歩き続けてきたのだ。なかなかの距離を進んだ自覚はあったし、これからの道のりについても当然、気になるのは事実だ。それに、生産性のない過去の話よりも先の話がしたいのは、まごうことなき本音だ。
「歩いて三日、馬で一日という所だろうな。少々、遠いのだ」
仁の考えに気づいているかは、わからないがダリルの方も気を取り直したように表情を明るく変えて話してくれる。ダリルが明るくなったたと言うことは、言うまでもなくエリザの方も気を取り直したということだ。
ここが異世界である以上、一日の長さが日本と同じとは限らないが、少なくとも単位は同じらしい。
しかし、洞窟を抜けてから人間なら三日間も歩かねばならないのはきつい。馬なら一日と、言っていたが洞窟の出口にでもいるのだろうか。その疑問はすぐに否定される。
「しかし、さすがにこの道の出口である洞窟の付近に馬を置いておくわけにもいかなかったのでな。近くにある、ドワーフらの集落においてある。すまんがそこまでは歩いてもらわねばならぬ」
「へぇ、ドワーフの集落か」
エルフ、ドラゴニアン、セイレーンにつづきドワーフも存在しているらしい。新たな異世界ニュースと実際に会う機会が訪れるという事実に少しばかり興奮してしまう。他にどんな種族が存在しているのか気になるところではあるが、亜人問題について気安く触れるのは迂闊である可能性も考えてやめておく。せめて、もう少し世界についての知識や常識を学んでからにしておこう。
しかし、これから出会うドワーフのことなら聞いても大丈夫かと思い至り質問してみることにする。
「ドワーフってどういう人達なの?人間の俺も受け入れてくれそう?」
「あぁ!むしろ、楽しみにしてくれて良いぞ!ドワーフ達は陽気で気のいいモノ達だ。きっと、仁殿とも親交を深められるとも」
「それに、彼らは珍しい技術を持っているんですよ!きっと、見たことの無いものが見られると思います!」
人間が亜人を差別している以上、受け入れられない心配があったのだが、2人から向けられる言葉に打ち消され楽しみが増す。まぁ、それに2人と一緒であれば危険なことなど無いだろうという思いもある。
しかし、技術とは楽しみだ。人間の国が中世レベルであった以上、さすがに日本より進んだ技術である可能性は低いだろうが、魔法のある世界だ。全く異なる技術の発展がある可能性は十分に高い。
長い道のりを歩く活力を貰えたと思い、ドワーフとの邂逅を楽しみに歩き続ける。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「仁殿、見えたぞ。洞窟の出口だ」
暗い道を足元に注意しながら歩いていた仁は気づくのに遅れたが、ダリルの言葉に顔を上げてみれば少し先に光が差しているのが見える。外の光だ。
「ふぅ、やっとかぁ。って言っても出てからも少し歩くのか」
かれこれ一時間は歩いているように感じる。体力には自信のある方ではあったが、慣れない異世界で人助け、からの暗い洞窟を歩き続けるという行為は疲労を蓄積させるには十分だ。無論、歩けない程ではないが。
そんな弱音を吐いた仁にダリルは笑いながら言葉をかける
「心配しなくてもよい、ドワーフの集落は遠くない。着いたら少しゆっくり休もう。エリザの服の替えや、枷も外してやりたい」
「あぁ、そうか。そうだよね。鎖はダリルが粉砕したけど枷は外れてないもんな」
「すいません。ご迷惑ばかりおかけします」
「迷惑だなんて思わないよ。むしろ、気が付かなくてごめん」
やはり、自分にも疲れや混乱があったのだと改めて思う。普段の仁は気の利くタイプの人間だ。とは言え、ダリルにも心の余裕のあるような状況ではなかった筈なのだから、言い訳にもならないとは思うが。
男として、器の違いを思い知らされた気分だ。
そんな、会話や思考をしながらも遠くにみえていた光は少しずつ大きくなる。やがて、視界いっぱいに広がる。ダリルの魔法の火球である程度の光源があったとはいえ、暗い洞窟を最低限に照らしていたそれとは比べ物にならない光量に目がくらんでしまう。太陽の光とはこれほどまでに明るいのかと思い知らされるような光だ。目をこすりながら開いてみれば、いっぱいに青々とした木々が広がっている。
日本もそれなりに自然豊かな国であると思っていたのだが、比べ物にならない美しい自然に圧倒される。長い洞窟を抜けることができた達成感や解放感も相まって、眼前に広がる美景絶景を立ち尽くして眺めてしまう。
仁の感動に二人は気づいて、気を使ってくれていたらしく、少し時間を置いて様子を見てから声をかけてきてくれる。
「――仁殿にとっては、初めての自然となるのか?私達のことは気にせず、ゆっくりと眺めるといい。なんにしても、思うところもあるだろう」
「うん。もう少しだけ、お言葉に甘えるよ」
目を奪った一瞬を過ぎてなお、収まることのない感動が押し寄せてくる。それほどの絶景なのだ。これで、仁は景色などを眺めることが好きだった。声が出なかった頃、一人で近場の夕陽や夜景の絶景スポットに行くこともしばしばあった。そんな、仁からすればこの景色はたまらないものがある。
しかし、この絶景は魔法の存在する世界で、大気汚染の原因となる機械の開発が行われていないことが理由なのだろうか。だとしたら、魔法による発展とはなんと、素晴らしいことか。無論、だらかといってエルフやドラゴニアン、セイレーンの犠牲を許容できるわけはない。もし、友好的に共存できるので有れば最高だとは思っているが。
景色と感動を目と心に焼きつけたあたりで、少し我に帰る。落ちついて考えれば、エリザの枷を早く解いてやりたいと言っていたダリルの言葉が蘇る。
「ごめん、エリザさん。ちょっと、待たせすぎちゃったね」
「いえ、お気になさらずに。『景色の美しさを感じることが出来るのは、同じ美しさの心の持ち主だけ』 ……どこで聞いた言葉か、忘れてしまいましたが今の仁様の顔を見ていたら本当にその通りだと思いました」
自分に気を遣わせないためだろう。口元に手を当てて上品に微笑みながら、半分からかうような言い方をされて少し気恥ずかしくなる。まぁ、もう半分は本気で言っているのが伝わるのが余計に恥ずかしいのだが。
「ふむ、良いことを言うな。さすが、エリザだ」
「えぇ、ありがとうございます。あなた」
おまけに美男美女夫婦のイチャイチャまで見せられたとあってはお手上げだ。
しかし、感動から引き戻されて見れば気づいたことがある。
「声が聞こえない?遠くからだけど…」
「――確かに、これは?ドワーフの集落の方からではないか?」
「えぇ、間違いありません。それに……、悲鳴のような声じゃありませんか!?」
エルフ特有の長い耳は聴力にも優れているらしい。エルザは長い耳をピクッと動かして、仁やダリルには拾えなかった声の詳細を掴んだらしい。
エリザの言葉にダリルが、いち早く反応を示す。
「なんだ?何が起きているのだ!?……悪いが仁殿、先を急がせて貰うぞ。良くないことが起きているのであれば、助けねばならぬ」
ダリルは即座に決断し、行動を開始しようと、言葉を残して走り出そうとする。
しかし、悲鳴とはなにがおきている? 悲鳴をあげているのはドワーフ? ……もしかすると、先ほどの騒ぎが原因ではないのだろうか? であれば、罠である可能性も捨てきれない。
対応が早すぎるとは思う。しかし、エリザを取り返すために、軍隊が派遣されたという可能性も捨てきれない。
「待って!! 俺も…… 俺もついて行く! 弱くて……、役立たずで……。何が出来るわけでもないかもしれない。それでも……」
咄嗟に出た言葉だ。何を思ったのかなど、わからない。ただ、もしもエリザ件が原因なら、兵士を攻撃したのが原因なら、ドワーフの悲鳴は自分の責任でもある。
自分が行っても、出来ることはほとんどないかもしれない。責任など自意識過剰、自己満足かもしれない。
それでも……
「何を言う! 役立たずなどと! そんなことは、思わない! 仁殿が来てくれるなら助かる!!」
「えぇ! 何度もすみせんが、おねがいします!!」
仁は目を見開き、驚愕する。ダリルとエルザからかけられる言葉が、自分の想像とはかけ離れていたから。そんな様子をよそに、二人は声の方に向かって走り出す。時間の猶予はない。すぐに、仁もつられて後を追う。
山道を走りながら、仁は迷う。なぜ、この状況でまだ自分に頼ってくれるのか? 本当に自分に出来ることなどあるのか…… 正直なところ「危ないからこなくていい」などと言われると思っていた。無論、それでもついていく気ではあったが無理矢理についていくのと、頼られたのでは訳がちがう。
仁のまとまらない思考で走りつづけた。
「……燃えて、いる?」
太く低い声、ダリルの言葉通りに仁の目に写ったのは煙だ。木々の向こう側、五〇〇メートル程度先で火事の時に発生するような濃い煙があがっているのが見える。ここまで、来れば仁の耳にもハッキリと聞こえる。先程、エリザが言っていた悲鳴。それと、悲鳴を引き起こしている下手人達のものであろう怒鳴り声。
「ッーー!!」
「待って!!」
同じものが聞こえていたダリルが一目散に駆け出そうとするのを、手を握り呼び止める。
「なぜ止める!仁殿!!」
「無策で突っ込んでもダメだ!助けたいなら!」
音と火煙から状況を見る限り、ドワーフの集落への襲撃はかなりの規模であることが予測できる。確かに、ダリルが使えると話てくれた魔法を打ち込めば、一網打尽にすることは可能だろう。しかし、それでは助け出すことは不可能だ。焼き尽くすか吹き飛ばしてしまう。だからこそ、
「もっと正確に状況を掴まないと!助け出せる可能性を少しでもあげるために!!」
「くッ…… いや、すまん。仁殿の言う通りだ」
「堪えてください、あなた!」
無論、少しでも早く助けにいきたいと言う気持ちはわかる。諭されたダリルも、諭したエリザにも焦燥と憤慨、悲痛のさまざまな感情が見て取れる。そして、仁もそれは同じことだ。それでも、無策で突っ込んでも眉間に皺を寄せてるだけでも状況は変わらないのだ。それならば、最善を選ぶための努力をしなければならない。
「仕掛けるなら奇襲しか無いと思う。いくら、2人の魔法が強力でも相手を殲滅するだけじゃなく、助けるには」
そう、敵を殲滅するにしても敵のみをピンポイントで狙わなければならないのだ。正面から挑むよりも、一手目の奇襲で出来る限りを確実に、その混乱に乗じた二手目、三手目を叩き込む以外には無いはずだ。
「まずは、気づかれないように探りを入れよう」
「あぁ、それしかないな。冷静な判断、感謝する」
「それくらいは頑張るよ。戦いになったら、全く役に立て無いからさ」
とは、言ったものの自分でも驚くほどに冷静に頭が回るものだと思う。日本に置いて"敵"など存在しなかったし、当たり前だが大規模な戦闘の経験など無い。むしろ、口喧嘩すら出来なかったせいか、おかげか、喧嘩の経験すらほとんどない。
ダリルやエリザと違い、ドワーフと接したことが無いと言うのも要因の一つだろうし、冷静さをかく2人を見て、逆に冷静になるということあるだろう。色んな理由から冷静になれているのだが、今の状況ではありがたい。自分が役に立てることなど、自分で言ったように限られているのだから。
「ダリル、道はわかる?相手に見つからないように、集落がある程度、見渡せる場所がいいんだけど」
「大丈夫だ、集落には何度か来ている。森に囲まれていて、見晴らしは良く無いが相手に見つからずに状況を掴むには十分だろう。ついてきてくれ」
言葉に従い、ダリルの後ろをついて行く形で茂みに入り、歩を進める。森の中をかき分けながら進めば、声は少しずつ大きくなり、火煙の発生地も近づいているのも実感できる。
ある程度、近づいたあたりで、ダリルが振り返り、無言で片手をあげて制止する。仁も、ダリルの真後ろまで近づいてから立ち止まって様子を見る。
想像を絶する光景だった。
頑丈そうな塀に、それを囲むようにした兵士、帝国でエリザを殺そうとしていたニ人と同じような格好をしたもの達が火矢を放っている。更に、数名が片手に丸い赤黒い石を持ち、もう片方の手から火球を生み出し放っている。洞窟内を照らすため、ダリルが使っていた魔法と同じものだ。つまり、赤黒いアレはドラゴニアンの"血晶石"ということなのだろう。
逃げ回り、しかし無惨に矢に射られているのが恐らくドワーフなのだろう。低身長、短足の太めの体つき、金髪の彼らは小説やアニメで出てくるドワーフと特徴が違わない。人間にも近しい見た目をした彼らが痛ぶられ、阿鼻叫喚が響く。そんな見たこともない地獄絵図に吐き気がする。
甘く見ていた。自分が冷静でいられた理由など、この景色を想像できていなかったに過ぎないのだ、と思い知る。こんな、惨劇が起こっていると予想できたなら冷静な判断など出来たはずもない。日本で育ち、葬式の綺麗な状態の遺体以外、見たことの無い自分だったから冷静になれたのだ。死体の姿こそ見えないが、見るに堪えない殺され方をすることが、ここに来て初めて想像できた。逆に、覚悟を決めていた2人には悲しみと怒りはあるが尻込みはない。この状況で、ビビっているのは自分一人だ。その事実が情けない。自分は何と愚かだったのだろうか……
――それでも、
それでも、自分がなすべき事を成す。愚かさは反省する。物知らずも改善する。臆病さは克服しよう。現状の認識は改めた。ビビるのも、甘く見るのもやめた。
そのうえで、冷静な判断を下す。
「ダリル、とりあえず兵士が密集してる所に居場所をばらさないように魔法を打ち込む事って出来る?」
「わかった。ボームはある程度の距離なら好きな場所で放つことが出来る。威力はどうする?」
「最小限でいいよ。ドワーフはもちろん、人間にも被害が出ないくらい、気を引く程度でいい」
そもそも、ドワーフの集落が襲撃された理由を知る必要があるのだ。エリザを追って来たのか、そうでないのか。そうでないにしても、広場での事件のことを知っているのか。それによって立てる作戦はまるで変わる。前者ならば、罠を警戒しつつも二人の魔法で戦う以外の作戦を取るのは難しい。後者ならば作戦のとりようはある。
しかし、確かめてどうするつもりなのか。何故、人間にも被害を出さないようにする必要があるのかがダリルとエリザには、わかっていない。二人が怪訝な表情を浮かべる。
「頼むよ。もし、あいつらがダリルだって知らなければ被害を完全に食い止められるかもしれないんだ」
「わかった。ジン殿の言う通りにしよう」
理解はしていないが、納得して信じてくれたようだ。説得に時間がかかるようなら一から説明するが、当てが外れた場合には時間が被害の大きさを左右する。今は、少しでも時間が惜しいのだ。
ダリルが真剣な面持ちで人間に右手をかざすように向けて詠唱する。
「キライン・ボーム」
兵の集団の中心で、極小の爆発が起きて数人がふっとばされる。被害としては小さいが、混乱と動揺は大きいらしく、怒鳴り声が響いてくる。
「いきなりなんだ!? どうした!」
「魔法のミスか!?」
「いえ、今のは爆発です! 我らの出せる魔法は炎のみ。その可能性はありません!」
「であれば、敵襲か! 何者の仕業だ! 卑怯者め! 姿を表せ!!」
兵士達の怒鳴り声を聞く限り、ダリルの存在には思い至っていないはずだ。エリザ救出の事件を知っているのなら、ダリルの存在に思い至るはずだが、それらしき発言はない。つまりは、知らないのだ。
ならば、手の内ようがある。ダリルは、俺の"考え"を信頼してくれた。状況も整っている。ならば、ついて来た責任を果たすべきだ。
「悪いけど、二人には悪者になってもらいたいんだ。いいかな?」
この、作戦をするには極悪人が必要だ。それは、二人にやってもらう必要がある。ダリルとエリザには、またしても、よくわからないという表情が浮かぶが、それも一瞬。すぐに、表情を引き締めて答える。
「うむ。それで、ドワーフ達を助けられるならば構わない。もとより、紅蓮の名は人間の間で悪名として広まっているなだしな」
「えぇ、私も構いません。それで、どうするおつもりですか?」
こんなに、信頼を全面に向けられたことなど人生で一度もない。どうにかして、答えたいと思わされてしまう。
「うん、ありがとう。なら、人質作戦で行こう。人質をとって、相手を全軍撤退させるんだ。被害を出さずに解決するには、それしかない」
「うむ、それなら確かに被害は出ないかもしれぬが相手はどうする? 一兵卒では、人質としての価値が低すぎる。かと言って、指揮官をとっては全軍撤退の判断を下せるものがいるかもわからぬ。最悪、混乱の末に突撃される可能性もあるぞ?」
全くもってその通りだ。人質作戦で重要なのは、人質の命。全軍撤退以上の価値でなくては成立しない。
ただ、この状況なら一人だけいるのだ。普通に戦うなら全くもって役に立たないはず。だが、この作戦おいては最も価値を示す男が。
誰を人質にとるのか?
決まっている。一人しかいないだろう。現状の全てを覆せる可能性を持つのは……
「俺だよ」