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異世界でくらい言わせてもらう  作者: Nakajima
亜人との邂逅
3/6

2 『確固たる決意』

「そ、その、ごめんなさい……」


 声が出るという、人生初の経験+長年の夢の成就、という出来事が急に起きたことによる衝撃が仁を襲った直後だ。言い訳は。だが、人目も憚らずにいい歳をして大泣きした後だ。仁が泣いている間、謝罪やら心配やらをしてくれた二人を置き去りにしてしまった申し訳なさやら、羞恥やらで頬を染めながらも仁は素直に謝罪を口にする。

 それにしても、一言目が謝罪になるとは思わなかった。気恥ずかしさやらで笑えてくる。


「いや、気にすることはないとも! 男泣きだ。わかる、など軽薄なことは言えぬが謝ることなどない」


「えぇ、ダリル言う通りです。それに、突然の変化に取り乱してしまうのは当然のことです!」


 エリザとダリルから向けられる擁護に、更に恥ずかしさが増長してしまう。しかし、話せるようになったのだから黙り込む様な真似はしない。今は、謝罪や恥ずかしさを誤魔化すために笑い声をあげることにすら喜びがついてまわるのだ。


「はい。なぜか、急に声が出てるようになっていて……」


「やはりそう言う事か。しかし、何にしても良かったではないか!」


 いや、本当の所はしゃべれるようになった理由など一つしかないだろう。異世界転生のお約束、転生特典というやつだ。しかし、普通は武器や盾などの物か魔法やスキルなどの異能というのがおきまりだ。それにしても、『声』とは邪道でいて仁にはピッタリの『異能』ではないか。皮肉が、きいていると思わなくもないが喜びが勝るのだからどうしようもない。

 そんな思いにふけっていると、ダリルから声がかかる。


 少し間が開いたせいで、自分から名乗り辛くなってしまった仁に気を利かせたダリルの方が問いかけてきてくれる。それに、名乗ると言う行為は言葉を話せるようになった仁には魅力的な事であるし、非常に嬉しい問いかけだ。ダリルはそこすら見透かして言ってきたような雰囲気すらある。見た目と言い、気遣いといい完璧な男だ。

 だからこそ、誠意には誠意で。しっかりと、声をあげる。


「仁です。俺の名前は大渡 仁!仁と呼んでください!」


「ジン殿か!良い名だ。……ところで、敬語はやめてくれぬか?恩人を謙らせるなど心苦しい。」


「わかり……わかったよ、ダリル。気遣いありがとう」


 人柄や態度に加えて魔法の力、尊敬すべき年長者であろう彼にタメ口を使うことに戸惑いはあるが、本人たっての望みではあれば仕方ない。仁の口調に満足したようでダリルは腕を組みながら、笑顔を浮かべ鷹揚に頷く。顔立ちも相まって、その堂に入った応用な態度が非常に絵になる人物だ。


「改めて礼を言おう、ジン殿。して、幾つか質問をさせて欲しいのだが……。失礼だが歩きながらでも良いか?この場所であれば見つかる危険は低いとは思うが、万一という事もあるのでな」


「あぁ、そうだね。そうしよう」


 話せるようになって数分程度、それに加えて無理矢理使うタメ口が相まって微妙に芝居がかったような話し方になってしまうのはご愛嬌だ。否定する理由も無いし、右も左もわからない状態。彼の言葉に従って隣を歩く。エリザも仁の反対側を一歩下がってついてく形だ。


「今更だが、何故にエリザを助け出してくれたのだ?」


「何故って言われても……」


「ジン殿が亜人に対して差別的な視線がないのは明らかだ。が、かと言って亜人との特別に交流があったようには見えない。何故、人間種である貴殿が我々の助けになってくれたのだ?」


 ドラゴニアンである彼が姿を見せたときに驚きの反応をしてしまった事を言っているのだろう。差別や偏見はなくとも、日本で生きてきた仁が亜人であるダリルを見たときに表情に出てしまった驚きは彼に伝わっていたのだ。


 しかし、何故助けた?と聞かれると正直な所、難しい。気づいたら体が動いたと言うほど衝動的では無いし、困ってる人がいたからと言う正義漢のような答えもピンとこない。


 あえて、言うとすれば……


「自分の……、自分の為なんだと思う」


 ダリルとエリザは、不思議なものを見るかのように怪訝な様子を見せる。予想した答えと全く違ったのだろう。しかし、仁にとっては一番しっくりくる答えがこれなのだ。


 ダリルとの握手未遂で負った軽い火傷を負った手を見つめながら言葉を紡いでいく。


「あの状況を見て、エリザさんが真っ当な理由もなく殺されるんだって事はわかったよ。それを、見過ごしたら俺はきっと一生、後悔する。俺の思う様な生き方が出来なくなっちゃうって思ったんだ。自分に言い訳をするのは、もう嫌だったし、自分を嫌いになるのだってごめんだった。だから、かな? 自分の為、なんだ」


頭の中で整理をしながら、辿々しく語る仁の言葉を聞いた2人は信じられない事を聞いたかのように足を止めてこちらに向き直る。


「そう、か……。ジン殿、貴殿と接していると何度も驚かされるな。いや、私はまたしても失礼なことを言ってしまったようだな」


「えぇ、そうですね。人間が、亜人が、という事などジン様には関係ないのですね」


「あぁ、その通りだな。私は人間の亜人に対する差別を無くしたいと願っておきながら人間を侮っていたようだ。貴殿に思い知らされたよ、失礼なことを聞いてすまなかった」


 事実を語っただけで、何も大層な事は言っていないはずだ。なのに、ダリルとエリザの言いようは、まるで聖人君主に向けられるようなものだ。もちろん、仁はそんな人間のつもりじゃない。


「い、いや!そんな…… 普通、普通のことだって!」


 突然の過大評価に、戸惑いが隠せずに慌てて否定する。しかし、仁の言葉を聞いた2人の表情に変化はない。むしろ、評価が高まった様な気さえする。なぜなのか。


「普通、か。それを普通と言えるのが最も素晴らしいことなのだよ。――ときに、ジン殿の出身は何処なのだ?ジン殿の考え方には生まれも関わってくるのだとは思う。しかし、この辺りで亜人を差別ししないのが普通だなどという考え方をしている人間達は寡聞にして知らぬのだが……」


 聞かれるだろうという覚悟はあった。だが、この辺りの質問は最も恐れていた類のものだ。「日本です」と素直に答える訳にもいかない仁としては、大いに戸惑ってしまう。


 例えば「極東の島国」なんて、答えもテンプレではあるのだが世界地図を知らない以上はやめておくべきだろう。この国が極東である可能性もある。なんなら、一つの大陸しか存在しない世界かもしれないのだから。今は到底ムリだが有るのであれば、何をするにしても地図の類は手に入れたいものの上位だ。


本当のことが答えられないのは仕方がない。しかし、誠実で高潔なこの二人に適当な嘘や不誠実な事は言いたくない。しかし、こればっかりは仕方がないだろう。狂人と思われない範囲で、出来る限りの事実を、嘘を混ぜながらも二人に伝えるしかない。となれば、


「――実は、わからないんだ。色んなことに関する、知識や記憶がなくて……。気がついたら、さっきの広場に続く大通りにいたって感じで……」


「なんだと!? いや、確かに行動は突飛では有るし、世間に疎そうだとは思ったがそんな理由があったのか!」


「御自分も大変な状況でしたのに、私の事を助けてくださったのですか?貴方には本当に感謝の念が尽きません。 ……! そうです、あなた!」


 エリザが感謝の途中で、名案を思いついたとばかりに目を張る様にしてダリルを見やる。ダリルの方も、エリザと同じ結論に思い至っているらしく、わかっているとばかりに頷き口を開く。


「あぁ!ジン殿さえ良ければ我々にしばらくの間、我らの里で恩返しをさえてくねぬか?身寄りがないのであれば悪い話ではあるまい?」


 本当にすごい人達だ。なんとなく、そんな気はしていたが疑いは、微塵もなく信じるのだ。


 「いいの? 正直、困ってたから助かるよ」


 右も左もわからない異世界で一人ぼっち。正直、心細かったのだ。記憶喪失こそ方便あるものの無知は事実。なれば、ダリル達から色々と聞きたいことはある。本当にありがたい申し出だ。

 ダリルは、仁の返事に心底嬉しそうな表情をする。


「あぁ、もちろんだとも! しかし、記憶や知識が無いと言っても全てがないわけでは無いのだろう? 名前などは覚えているようだし、混乱も無いように見える。何を知らないのかと聞かれても難しいだろうが、話せる範囲で覚えてることを教えてくれないか?」


 それにしたってかなり難しい類の質問だ。例えば、アルバイトの初日に説「何かわからないことはある?」と聞かれても、わからないことがわからない。

 しかし、ダリルもそれは十分に理解しているようで、申し訳なさそうに聞きつつも真摯にこちらの為に、何か出来ることは無いか探そうとしている様子が言外に伝わってくる。仁としてもありがたい事であるし、隠すような理由も無いため頭の中で整理しながらも言葉にする。


「覚えてるのは名前と自分のこと。それから、どういう生活をしてたかって事かな。名前は大渡 仁、一八歳。生まれてから、今まで声を出すことが出来なかったんだ。そして、俺の暮らしてた所には魔法を使う人はいなかったし、亜人も居なかったと思う。もし、存在してたとしても、あることも居ることも今になって知ったって感覚なんだ。今のところ、分からないのは何故、亜人が差別されてるのかってことと魔法のこと全てかな?あとは、さっき広場で甲冑を着た男が言っていた"けっしょうせき"?っていうのもわからない。覚えてることと、気づいた疑問はこれくらいかな」


 ダリルとエリザも感心しているが、難しい質問の割にスラスラと道筋を立てて話せているのは、仁の特技だからだ。声が出ず、手話が通じる相手以外はノートで会話をすることの多かった仁は、頭の中で文章を考えるというのは日常であったし、普通に話すよりも伝えるのが難しい文面という手段で滞りなく会話を成立させるには必要な技術だったのだ。

 声が出るようになってすぐ、文字を音にすることに戸惑いがあるのは事実だ。しかし、話すことに少し慣れてきて、説明文のように答えても違和感のないやり取りなら得意だ。


 そんな仁のわかりやすい現状認識を聞いた所で、ダリルは考え事をする様に、顎に手を当てながら口を開く。


「――そうか。であれば、初めに魔法について説明するとしよう。魔法とは大きく分けると三種類、太陽の魔法・地の魔法・海の魔法だ。この全ては、名前の由来となっている自然の恵みより力を借り受けて発動するものだ。そして、これは一度に借り受けられる力には個人差がある。例えば、私の太陽の魔法であれば帝国の四分の一を吹き飛ばす爆発や、半分を燃やし尽くすだけの炎の塊を出すことが出来る」


「……って、ええ!!?普通のことみたいに話すから聞き流しそうになったけど、とんでもない魔法じゃないの!それ!?」


 せっかく、丁寧に説明してくれてるのに口を挟むようなことはしないようにと黙って聞いていた仁だが、流石に今の発言は聞き逃せずに、声をあげてしまう。ダリルが「帝国」と呼んだのは、先程まで自分がいた場所の呼び名で間違いないだろう。全体の大きさを把握できたわけではないが、――いや、むしろ少なくとも把握できないくらいには広いこの国の四分の一や半分などと、スケール違いなことをあっさりと言われば、魔法の規模の平均を知らないが、驚愕してしまうのは当然だろう。


 そんな、仁の反応に妻であるエリザが口元を手で隠し上品に笑いながら、


「えぇ、ダリルはドラゴニアンの中でもドラゴニアン・ロードと言って強力な魔法を使える種族なんです。中でもダリルは特別なんですけどね」


と、語る。エリザは奥ゆかしくも少し自慢げで、のろけているようにも聞こえる。


 しかし、良かった。そんな、魔法を使える人がざらいる世界などハードモード過ぎるにも程がある。声の異能だけでは厳しすぎる。いや、ざらでなくとも魔法のある世界で声だけでは十分きびしいが。

 だが、幸いなことに特別な魔法使いの彼とは友好的な関係を築けているのだ。打算的な目論見を持って仲良くしておこうなどと考える気は毛頭無いが、良かったと思ってしまうのは仕方がない。


 そこで、仁は少し前の会話を思い出す。


「あ、さっきダリルさんが言ってた"紅蓮"っていうのは……」


「あぁ、そうだな。自分で説明するのも少々、恥ずかしくはあるのだが、その異名は帝国の軍隊が私の里に攻め入ってきた際に私が放った魔法に擬えてつけられたものだとも」


 ダリルは、自画自賛のような説明に少し罰が悪そうにしているが、仁以外なら知っていて当たり前なのだと予想がつく。ダリルの魔法の威力ならば、人間にとってはかなりの脅威のはずだ。常識として広まっているのも当たり前だろう。


「ちなみに、だけど例えば最大規模の爆発の魔法だと一日に何回くらい使えるものなの?」


「ん?あぁ、規模は上限があるが回数に上限などは無いとも。何回でも使える。大規模であればあるほどに発動まで時間はかかるがな」


 ゲームのMP的なものは存在せずに威力の上限とロスタイムがあるのみで代償は無いというのだ。それは、いくらなんでも強すぎる。下手をすれば、帝国という先ほどまでいた国を一日で亡ぼせるだろう。

 無論、ダリルにそんなつもりはないのだろが。


 頭の中で魔法について整理していると、「しかし」とダリルは言葉をついで


「広場で私が爆発の魔法、ボームを放って周囲を吹き飛ばしてからエリザを助けようと、魔力を練っていた訳だが、ジン殿の行動には驚いたぞ。もちろん、大事に至らぬよう繊細に加減するつもりだったがエリザにも被害が出るのは確実だった。ジン殿のおかげでエリザは怪我を負わずに済んだ、本当に感謝している」


 広場で仁が脱出後に起きた爆発はやはり、ダリルが行ったものだったのだ。ジンがいなければあの爆発にエリザごと巻き込み、爆煙と混乱に乗じて救出するつもりだったのだろう。


 ダリルとエリザからは、もう何度も告げられている感謝に少し気恥ずかしくなり仁は話を逸らす。


「あの、もしかして俺にも魔法って使えたりするの?」


 声が転生特典の異能などと嘯いてはみても、やはり魔法のあるファンタジーな世界で戦闘力皆無というのは厳しいだろう。それに、厨二病ではないはずだが、現実的に魔法がつかえるというのなら是非ともつかってみたい。

 そんな、何気ない疑問だったはずだ。しかし、ダリルは何故か少し顔を歪めながら答える。


「使えない、こともないな。ただ、私としてはジン殿には使ってほしくないが……」


 歯切れの悪い答えに、仁は疑問を隠しきれずに首を傾げる。それに、使ってほしくないという答えも妙だ。出会ってからの時間は短いが、優越化に浸るなど利己的な理由からの答えとは思えないし、何よりダリル級の魔法を使える才能など自分にあるとは、思えない。


「すまない、説明不足であったな。先程の話の続きだが魔法とは本来、太陽の魔法はドラゴニアン、海の魔法はセイレーン、地の魔法はエルフ、というように使える種族が限定されたものなのだよ」


「へぇ〜!ってことは、エリザさんは地の魔法が使えるの?」


「えぇ、使えますよ。ちなみに、今通っている洞窟の通路を作ったのも私です。」


 エリザは、当たり前かの如く、にこやかに説明してくれたが人が3人通っても余裕の大穴でまだまだ先は見えそうにない。恐らくだが、エリザもとんでもない魔法力を持っているのだろう。


「察しが良いな。エリザは、エルフ・ロードであり、魔法行使の規模はかなりのものだ」


 仁の驚きとも尊敬とも言えない表情から内心を読んだダリルに、考えを肯定する言葉がかけられる。当のエリザは、謙遜する様に目を細めて微笑しているが、仁としては驚きが隠せない。とんでもないエリート夫婦だ。ちなみに、先ほどエリザの話にもでていた「ロード」というのは恐らく、種族の中でも位の高い血筋などに充てられる二つ名なのだろう。ゲームなどでもありがちだ。


「地の魔法で穴を作ったって言うけど、エリザさんは他にはどんなことが出来るの?」


「そうですね、例えば一定の範囲の大地を思うように動かしたり、植物を操ったりです。あとは、植物の成長を促したりも出来ますよ。」


 地形変動や植物を使った集団制圧もできるということだろうか。だとすれば、戦闘においてもかなりの強さのはずだ。

 などと、考えていると仁の予想は見当違いではないようで、何故かダリルが少し誇らしそうにしている。この夫婦は、2人とも規格外でありながら何故か自分より、パートナーの方への自信が強いらしい。


 美男美女で、能力的にも超絶エリートの夫婦。平々凡々とした自分に嫌気が差しそうな組み合わせだ。にもかかわらず、2人が仁に尊敬や感謝を惜しみなく伝えてくるのだ。仁としても、この2人に失望されないよう――かなりハードルが高い気もするが――頑張りたいと思わされてしまう。


 しかし、ダリルの話では人間には魔法は使えないのだろう。では、「使えないことはない」などという発言はどこからきたのだろうか。


「あれ?さっき、ダリルは俺にも魔法は使えないことはないって言ってたけどどーゆこと?種族が限られるんじゃないの?」


「うむ、その答えこそ"血晶石"だ……」


 立ち止まった、ダリルは絞り出すように言い切り、俯きながら悔恨に打たれたように顔を歪める。エリザも同じような表情を見せる。

 自分の質問がいたずらに2人を傷つけたかもしれないと察する仁は慌てて言葉を紡ぐ。


「い、言いづらいことなら無理しないでよ!今じゃなくても良いしさ!」


「いや、これは知らねばならぬ事だ。ジン殿の心遣いには感謝するが大丈夫だ。……血晶石とは、魔法を使える種族の命と引き換えに作る魔法の石のことをいう」


「……っ」


 ダリルの口から語られた言葉は少ない。でも、今までの出来事から、なんとなく想像はできる。


 つまり、エリザが殺されそうになっていた理由が"血晶石"という事だろう。あの、衛兵のような男はナイフを振り上げて「命を持って貢献させる」と言っていた。恐らくは、あのナイフで殺すことで血晶石を生み出せるという事なのだ。


 思い至る結論に絶句した仁に、ダリルは言葉を続ける。


「軍事力強化の為に我が同胞や、エルフも……、生活用水を得る為にセイレーンも殺されているのだ。……亜人も含めて人は安易な方に流される生き物だ。亜人の魔法を利用できるなら創造し得る技術の発展を大きく進めることが出来るから、な」


 言っていることは理解出来る。しかし、理解は出来ても納得などいくわけもない。


「帝国は亜人殺しを正当化する為に亜人とは人間に害をなす危険で醜い種族だと吹聴したのだ。亜人差別の理由も、人間による魔法行使の答えも、全ては血晶石だ。生きる為に奴らを殺すのだというのが人間が出した答えなのだよ……。私は、そんな亜人に対する間違った認識を正したいと思っている」


 何が正しくて、何が間違っているのか。正直に言えばよくわからない。どっちが正しかなんて考えるだけ無駄なのかもしれない。でも、この二人の事が好きだ。それだけは、確かなこと。


 自分も、他人も今まで好きだなんて思ったことは一度もない。それは、きっと深く人と関わってこなかったからだろう。この世界にきて、生まれて初めて会話をしたのが二人だ。

 時間は短くても、仁にとってはじめて心から尊敬して、好きだと思える相手だ。


 その二人が悲しそうな顔をすることが、そうさせる世界が仁には許せない。だから、


「俺、決めたよ。右も左もわかんないし、強くもない。きっと、出来ることなんてほとんどないと思う」


 フルプレートで武装した人間がいたり、魔法のある世界だ。武力行使のある世界で、平和な日本で育った仁の強さなど最下級だろう。衛兵二人とも、普通に戦えば殺されていた可能性は高い。


 今までとなにも変わらない。周りに比べて出来ないことは未だ多いのだ。


 それでも、変わったこともある。

 

 声が出る。


 好きだと、許せないのだと、叫ぶ力が今の自分にはあるのだから。


「でも、俺も協力するよ。ダリル、エリザさん、二人と一緒に世界を変えるために」


 笑われるかもしれない。何の力もない、それも人間が協力するなんて、自分で言ってても笑えてくる。

 

 案の定、ダリルは真剣な面持ちから力を抜くようにふっと笑みを浮かべて口を開く。


「ふっ、少々おかしいな。本来は驚くべき発言のはずなのだがな。ジン殿ならそう言ってくれるような気がしたよ。」


「はい、私もそう思ってしまいました。 ジン様、私からもお願い致します。ジン様ならきっと、我々と人間の架け橋になってくれるのだと確信しています」


 予想通り笑われたはずが、そこから紡がれた言葉は全くもって予想外のことばかりだ。何故、自分のことをそこまで信頼してくれているのか。到底、自分にそんな価値があるとは思えない。それでも、自分を卑下するくらいなら、二人の言葉と自分を信じてみる方がきっと良いと思う。


「うん、絶対に世界を変えよう」


 そう言ってもう一度、左手を差しだす。


「不思議だな。ジン殿の言葉にはよくわからない力がある。なんの根拠もないはずだが、信じさせる、信じたくなるような力があるな」


 そう言って、ダリルも左手で握り返してくる。今度こそ、握手の成功だ。


 魔法の炎で照らされた、暗い洞窟で人間と亜人二人が握手を交わして歩き出す。


 きっと、これは大きく小さな一歩。それでも、確実に良い方向に歩き出せたのだと信じている。


 歩むと決めた道のりは

 まだ始まったばかりなのだから。




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