美味いものをお寄越し下さい。イエ、眠気には勝てません。
美味いものをお寄越し下さい。イエ、眠気には勝てません。
奥州の探題はかつて麗らかな小川が流れていた名勝と申しまして、今は見る影もなく、荒れ果てておりますが、それはそれは綺麗で美しい場所だったのでございます。
お宿の女将は、旅人の出かける背中に、そんな噂話をして送り出してくれた。
たまさか、こんな川下りの小舟で、頬杖をつきつつ、水面に揺られて、小舟の船頭親父、ハゲて頭が山の荒野だ、ほっかむりでも荒野と歯抜けは隠せぬが、それが妙な愛嬌がある。――そんな妖怪ひょろすけ小玉男の舌先から、女将と同じ与太話を聞く事になろうとは、わしは夢にも思わなかった。
それはさておき――
「眠い。腹が減った」
そうわしがぼやくと船頭親父は、ぎーこ、ぎーこと船の舵を取りつつ、苦言をわしに呈す。
「無茶言いなさんな。こんな船の上だ。食べるものなんて何もありませんぜ! あちらもこちらも、川辺の芦藁と汚れた水ばかりで――」
船頭に云われてみればその通りである。
「何か無いのか」
「へい。何もありやせん。旦那。わしの着たきり雀のぼろには、かかあと孫から貰った肩たたき券と、旦那からいただいたこの小舟の切符だけ。わしの手元にはドロップ一つも持ち合わせちゃあ、いません」
「ふん。わしの手元にも、食料はなにもない。ならばーー」
「へえ。ありますよ」
わしは丸めた上着の寝床枕から、ひょいと体を少し起こして、船頭親父を見た。歯抜けだ。歯抜けで愛嬌良く笑っている。
「何がだ?」
親父の目が動く。目が合った。
「飯屋でさぁ。ここを少し下ったところに、波止場がありやす。そこに小舟を止まらせて、向かいに立つ船頭待ち合い所に訪ねてみなさい」
「飯屋。飯屋か」
「へえ。あります。船頭待ち合い所から、松木の雑木林、小道を右に。それから石垣に沿って歩いて、分かれ道を左。山道をずずいと少しだっけ上がって、ほら見えます。飯屋『神無』ののぼり旗がね」
わしは少しひっかかった。
「『神無』? 漢字で書くと神無か?」
「へえ。それで。」
「飯屋に神が無いとは、縁起がよくないな。」
「逆です旦那。わしら地元の民には、とっても縁起が良い屋号でさぁ。ここの神さんは留守が良い。それに古くからこの日ノ本じゃあ、漢字よりも読む音に意味があるんでさあ。その飯屋はカンナ。元を辿れば山の仕事をする者の家が、飯屋、旅籠に商売がえをした店でして、旦那の要望も、きっとそこでなら、存分に叶うでしょう」
「ふん。なんぞ曰くありげだな? 船頭。川の者と山の者。切ってもきれぬ付き合いの仲と云う訳か?」
わしは胡乱げに思って、船頭を睨むような顔をした。船頭はひひひと笑う。
「旦那。こんな田舎ですぜ?あちらとこちらはお互い持ちつ持たれつ。詮索御無用でお願いしまさぁ」
わしは再び、ふんと鼻を鳴らして上着の寝床枕に頭をもたげかけ、船頭からそっぽを向いて考えた
まあ、腹を満たす当ても、宿の当てもここらにはなし。日も沈んできている。今日はここらで手を打とう。