ピエロの家
百物語十六話になります
一一二九の怪談百物語↓
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今からバカみたいな話をするが、これは僕が見た「真実」なんだ。
あれは10年以上前のこと。当時小学生だった僕は、昼休みにクラスメイトの雄太くんに声をかけられた。
「授業が終わったら、今日はうちへ遊びに来てよ」
雄太くんはいじめられっ子で、少し変わった雰囲気の子どもだった。今考えると、雄太くんと一緒に遊ぶ生徒はクラスで僕しかいなかった。
その日の授業はお昼までだった。僕は他の友達としばらく雑談を楽しんだ後、雄太くんと一緒に下校を始めた。
「お昼ご飯はうちで用意するから、家に帰る必要はないよ。すぐそこだよ、早く行こう」
雄太くんは楽しそうに僕の手を引きながら、古い家が立ち並ぶ小さな住宅街に向かって歩き出した。
「あれ、雄太くんの家ってそっちだっけ?」
雄太くんの家は、確かS町の方にあったはずだ。しかし、雄太くんが歩き出した先は、S町とは真逆の方向だった。どこか寄り道でもするのだろうか。雄太くんに声をかけてみるが、何も答えてくれない。
「もうすぐだよ、もうすぐ家だから」
雄太くんはその言葉を何度も繰り返しながら、赤い屋根が目立つ少し大きな家の前に僕を連れてきた。
「雄太くんの家ってS町だったよね?いつの間に引っ越したの…?」
雄太くんは質問に答える様子もなく、黙って家のチャイムを鳴らした。
「僕だよ、雄太だよ。学校終わって帰ってきたんだ」
「お帰りなさい。家の鍵を開けるから少し待っててね」
雄太くんが会話していた人は、たぶん雄太くんのお母さんだろう。家の前でしばらく待っていると、家のドアがゆっくりと開いた。雄太くんが家の中へ入ると、僕も後を追って家の中へ入った。
「お邪魔します」
家の中はとても綺麗だったのを覚えている。和室も洋室もある普通の家。廊下にはゴミ1つ落ちていなかった。
「茶の間にパパとママがいるからさぁ、挨拶に行こうよ」
雄太くんの後を付いて行くと、賑やかな声が聞こえる部屋の前に辿り着いた。どうやらここが茶の間らしい。雄太くんは茶の間のドアを開けると、僕を中へ招き入れた。
「あら、雄太のお友達?いらっしゃい!」
「雄太が友達を連れてくるなんて珍しいなぁ!ゆっくりしていきなさい!」
茶の間に入った瞬間、僕は「予想外」の出来事に言葉を失ってしまった。
(ピエ…ロ…?)
茶の間に座っていた雄太くんの両親は、どういうわけか「ピエロ」だった。真っ白な顔に真っ赤な鼻、そしてカラフルな髪の毛とメイク。サーカスやテレビで見たことがあるピエロそのものだった。しかし、服装は特に派手なものを着ているわけではなく、ごく普通の格好なのだ。母親は割烹着、父親はスーツを着ていたことを今も覚えている。
「雄太が友達を連れてきたの?」
「雄太お兄ちゃんの友達だぁ!」
茶の間の奥にあったドアを開けて、雄太くんの姉と弟が現れた。2人もピエロだった。
「おぉ、雄太の友達かぁ…」
「珍しい日もあるんですねぇ、おじいさん?」
さらにおじいさんとおばあさんも入ってきた。もちろんピエロで…
「こ、こんにちは…」
茶の間の中はとんでもないことになっていた。ピエロのメイクをした人たちが、ちゃぶ台を囲んでお茶を飲んでいる。僕は雄太くんのお母さんが用意してくれたお茶を飲まずに、ただただその奇妙な光景を見続けていた。
「そうだ、今日は泊まっていきなよ」
雄太くんが僕に向かってそう言った。
「いいわね!今夜は焼肉にしましょう!」
「今夜は賑やかになりそうだなぁ!」
「宿題教えてあげる!」
「後で一緒に遊ぼうよ!」
「それがいい…ここに泊まりなさい…」
「ずっと泊まってもいいですよ…」
家族が一斉に泊まることを僕に勧めてくる。その状況に恐怖を感じた僕は…
「い、いいですっ!今日はもう帰ります!」
慌てて自分のランドセルを掴むと、そのまま玄関に向かって走り出した。震える足で靴を履き、必死になってドアを開けると、勢いよく外へ飛び出す。外はもう日が暮れており、遠くから下校時間を知らせる学校の音楽が聞こえていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…ああっ!?」
家の方から視線を感じた僕は、恐る恐る家の玄関に目をやった。開けっ放しになったドアの向こうに廊下が見える。家族はその廊下に立ったまま、黙って僕のことを見つめていた。その中に雄太くんの姿はなかった。
僕は急いで家に帰ると、母の胸に抱きつきながら大声で泣いた。両親に今まで体験したことを説明したが、2人共信じてはくれなかった。
次の日、学校の先生から雄太くんが行方不明になったことを朝礼で聞かされた。雄太くんと最後に遊んだ僕は、警察官から事情聴取を受けることになった。
雄太くんの家は、まだS町にあった。雄太くんは家族と暮らしており、兄弟はいない。僕は警察官に頼まれて、昨日の家を案内することになった。車に乗って数十分、僕は赤い屋根の家を再び見つけることができた。しかし…
「そんな…」
赤い屋根の家は、ボロボロの廃屋になっていた。窓は割れ、家の壁は穴だらけになっている。何度も周りを確認したが、赤い屋根の家はこの廃屋だけであった。中へ入ってみると、あの茶の間にボロボロになったちゃぶ台が置かれていた。
ホコリだらけの畳には、僕たちが座っていた跡がしっかりと残されており、警察官はそれを不思議そうに見つめていた。
雄太くんはどこへ行ってしまったのだろうか。ピエロ家族の一員になって、今もあの家で楽しく暮らしているのだろうか。
もう雄太くんの行方は誰にもわからない…