新1-8.そうして彼女は、大いなる翼に自らの小さな羽を重ねたという
10/13 全体に大幅改稿を行いました。
一先ずの目的地であるフレアの泊る宿に辿り着くまでの間、シンシア達は幾つかの話を交わした。
男の名はカルネ。《ギルド管理協会》のエルピス西部地区の責任者というのは本当で、フレアはその《ギルド管理協会》の実働部隊の構成員らしい。
《ギルド管理協会》の実働部隊というのは、数こそ少ないが『冒険者換算で最低でもAランク』の、こと戦闘においてはトップエリートもトップエリートのみで構成されるとも言われる集団だ。
フレアがシンシアに見せたEランクの冒険者カードは世を忍ぶ借りの姿で、普段から身分証として便利に使っている物だという事だ。
フレアがシンシアを初めて見た日から、『折を見て《ギルド管理協会》へと勧誘しよう』と探索魔法の枝を過去からつけていて、それが理由でAランクギルドが仕事を不正しないかの監視任務を任されてシンシアの全力を知り、その後は度々、偶然を装って街の中で接触を取ろうとしていた事がフレアの口から語られた。
そんなフレアのストーカーも真っ青な奇行にカルネは深く謝罪をするが、フレアは『でもそれがあったから今回、ギリギリでシンシアを助けるのが間に合った』と恩を売る事しきりだ。
そんなフレアに、シンシアは飛びついて『ありがとう』を涙ながらに繰り返す事しかできなかった。
調子が狂いますねー、とフレアはシンシアの頭を撫でる。
そうしてしばらく過ごすうちに馬車が止まった先で、シンシアを引き離したフレアが一足先に降りた。
「シンシアさん、こっちおいでーです」
「……うん」
シンシアはフレアについて行く。
「カルネ、傷心の女の子を癒すのに男は邪魔です。勝手に帰れ下さい。あと、あの屋敷からシンシア用の護衛具代わりに勝手に持ってきちゃった『ソレ』も返しといて下さい」
「……まぁ、事情が事情だ。ここはフレアに任せよう」
カルネは、非常に豪華な装飾のついたサーベルを握って、事後処理の面倒くささを想って憂鬱な様子だ。
「あと、シンシアさんの荷物も、全部こっちに送って下さい。【黒天狼】とやらの処遇が決まるまでは、シンシアさんは私が保護しますから」
「まぁ、それが無難だろうな……では。シンシア君。私はこれで」
「あ、あの! ……ありがとう、ございます……」
「私はフレアに良いように使われただけだ。 礼ならフレアに伝えてあげると良い」
カルネがそう言い残すと、馬車は去って行った。
◆◆◆
フレアの部屋に通されると、そこは簡素な部屋だった。
ケトルに水を入れて、一瞬で『適当に温めた』と言うフレアの渡してきた白湯を飲むと、シンシアはほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。
「ちょっとだけ、意外……《ギルド管理協会》の人って、もっと豪華なお部屋とかに住んでいるんだと思ってた」
「んー、カルネみたいに《ギルド管理協会》の建物の中に住んでいる人も多くいますし、私用の部屋も用意されていると聞きますが……冒険者ギルドと《ギルド管理協会》支部の位置って、だいぶ離れていますのでー。軽い気分でエルピスの西門からいつでも外に出られる環境の方が私は好みです」
なるほど、とシンシアは頷いた。
確かに、シンシアも似たような理由で外壁に近い安宿に逗留している。
「フレアは本当に、すごいベテランの術師だったんだね……」
これまで何度か出会ってきたフレアを相手に急に他人行儀にはなれないが、《ギルド管理協会》のメンバーというだけで、シンシアにとってフレアは尊敬の対象だった。
フレアの実力の一端を目にしてしまった事も大きかった。たかだが『爆撃術式』程度の話ではない。というのも、《魔力放出》において魔法を発動させるためには『圧縮術式』と呼ばれるものが一般的に利用される。
術師が魔法を放つ時に術式を口にするのは、何も連携の為だけではない。
言葉を媒介にする事によって、術師各々の中で『完成された術式』をいつでも引っ張り出せるように開発された技術。マナを通した発声、その『力あることば』一つで高度な精神集中を必要とする魔法を大気中のマナと繋げて発動する事が出来る……という。細かい感覚は剣士であるシンシアには全く解らないのだが。
しかし、フレアは初級魔法とはいえ《火炎弓》を何の発声も何も無しに行った。しかも、それこそ、精神集中などという隙を一切感じさせない速さで――これは、誰にでも出来るような事じゃないのは明らかだった。
少なくとも、その無詠唱の《火炎弓》によって、衛兵たちは大いに混乱していた。《ギルド管理協会》の主任務は冒険者はおろか軍隊でも多大な被害が出る魔獣の討伐か、それとも犯罪組織の討滅か……と聞いた事がある。目の前の幼女が『人と戦う事』に特化した術師であるという事実が、シンシアにはとても頼もしく、そして自分の矮小さを際立たせる、強すぎる光に思えた。
「……ねぇ、シンシアさん。シンシア=アドモスティアさん。アドモスティア家のご令嬢、シンシア嬢の捜索は実のところ消極的に行われていました。即座に社会的に互い信頼性のあるAランクのパーティーに加入されたという事で黙認されていたり、それが原因で【黒天狼】の監視任務なんてのも起こりましたがー……」
唐突に、隠していたつもりのシンシアの一番の秘密が既に暴かれていた事を教えられてしまう。
「最初から、私が貴族の娘だからフレアは監視してたの?」
「いえ、私がシンシアさんに初めて目をつけた時は修練場の一件だったのでー。ワケアリの子だとは思いましたけれど。とっても可愛くて強かったので。後から知ったのは本当ですよ?」
「それは……ありがとう……」
『本当に強者』であるフレアに強いだなんて言われた事は、嬉しかった。
あまりにも強すぎる、化け物のような相手にボロ負けをしてしまったシンシアだが、だからこそ、その言葉は素直に嬉しかった。
「念の為聞きたいのですがー……彼らには自分が貴族の令嬢っていう事は伝えていたんですか?」
「……うん。パーティー加入手続きの時に、本名はバレちゃったから」
「……家出した貴族の娘と知っていて商売女として売り払うとは……結果として未遂で済みましたが、何考えてますかねあの男達。それとも何も考えてませんかねー……」
シンシアは、たった一日で味わった様々な恐怖を思い出して、白湯を飲み終わったカップを持ったままにカタカタと震わせてしまう。
それを目にしたフレアは、諭すように口を開いた。
「……シンシアさん、もうたくさん、怖い思いをしたでしょう?お屋敷の外は危険でいっぱいです。おうちに、帰りませんか?」
「……それだけは、嫌……」
「何でか聞いてもいいですかー?」
「……あの家にいたら…次の誕生日を迎えたら、王都の、お父様より年上の貴族の男に嫁がされる話になってるの」
「……政略結婚ですかー」
フレアは考える。アドモスティア家は、商家から出奔して冒険者となった兄妹の武勇によって、貴族に召抱えられた家系だ。黒龍の災厄とも呼ばれる大陸中が黒竜に荒らされた一件で、その事態を終息へと導いた功績を称えられてただの商家から貴族に成り上がった家系だ。
その黒龍の災厄終焉の地であるエルピスにおいては絶大な支持を誇ると言っても、所詮は新興の貴族。古くから積み重ねられた権威を求めて王都の貴族の後ろ盾を欲しがるのはわからない話ではない。
王都の貴族側としても、武勇を誇る血族をその内側に取り込む事は、貴族の威光を示すの為に有効に機能する。シンシアの才覚は己が血族に継がれなくとも、少なくとも物流の要所である商業都市の顔役貴族を取り込めるのだから双方よし、という事だ。
詰まるところ、その話は双方良し、という事だ……シンシアの意思を、抜きにすれば。
「それは、どうしても嫌ですか?」
「……あのね」
「はい」
「ゴーレムを相手に、死ぬかもしれない戦いをしたの」
「見てましたよ。私も『ちょっとだけ』援護をさせていただきました」
「弱い相手しか居ないから、地下闘技場は大丈夫って言われたの」
「はい。大半はシンシアさんの敵にはなり得ませんね」
「でも、その闘技場では負けたら殴ったり、蹴られたりして、人を大怪我させる見世物だって後から分かったの」
「はい。クリーンな戦いは表の闘技場で行われますからね」
「でも、リーダーの武器を壊しちゃった分の借金を返す為に、勇気を出して頑張って戦ったの」
「はい。シンシアさんは途中まで負けなしで、沢山勝っていたと聞いています」
「でも、凄く強そうな相手がいて、その人との戦いは私に賭けないでってお願いしたのに、全額掛けられちゃってたの」
「はい。金に目が眩んで実力の多寡を見定められない者は害悪でしかありませんね」
「私、負けちゃって……最後なんて、もし相手が《武器魔力付与》の掛かった剣を止めてくれなかったら、今頃私の片腕は斬り落とされちゃってて……それが、今でも怖くて……」
「はい。私にもシンシアさんが負けるとしたら《武器魔力付与》絡みしか考えられません」
「大勢の男の人たちの前で着替えをさせられて、何日間も男の人に買われ続けるっていうのを、何か月も続けさせられる事になっちゃって……でも、私、怖くって……」
「はい。全員ギルド管理協会の総力を上げてぶっころですね」
「あの……あのね? だから……その……あの扉を開いた時、フレアが居たのに驚いたけれど、助けに来てくれたのはわかったの」
「はい。フレアちゃんに掛かればちょちょいのちょいです」
「えっとね、だからね、フレア……」
「はいフレアです」
「こわかったよぉ!」
淡々と語っていった、その一つ一つに相槌を打っていたフレアは、シンシアが膝を折ってフレアの胸に飛びついてわんわん泣き出すのを『これ馬車の中でもやったなぁ』とか思いながらシンシアの頭をよしよしと撫で続けた。
「そのままで良いので、聞いて下さい。シンシアさんには、幾つかの選択肢があります」
んー……とフレアは考えて、一つ一つ上げていく。
「他の国に亡命する。これはあまりお勧めできません。既にギルド間でシンシアさんの情報は連携できる状況になっているはずです。ギルドを利用した働き口が無いというのは致命的な問題です。家名を使えれば女人の護衛職がシンシアさん程の腕では引く手あまたでしょうが、その家名を晒す事がせっかく逃げたアドモスティア家に捕捉される事に繋がります」
フレアはシンシアの頭をなでながら続ける。
「かといってエルピスに残り続けても、16歳の誕生日を迎えた途端に『最後の猶予期間は好きに楽しんだだろう』とばかりに本気の捜索が始まり、いずれ捕まるだけでしょう」
『詰み』に近い位置にあるシンシアの状況、故に、だからこそ、フレアは状況を打開する道を指し示す。
「……シンシアさん。私はシンシアさんの話を聞いて、やっぱりギルド管理協会への加入を強く勧めようと考えました。ギルド管理協会には遊撃実働部隊以外にも様々な役職がありますし、その中にシンシアさんが無理なくやれる仕事もあるはずです。木剣を使った教導官というのが無難な所でしょうか?」
「……フレアは、なんで私をそんなにもギルド管理協会に推してくれるの?」
「ギルド管理協会は政治とも軍事とも宗教とも独立した武力組織……の皮を被って中身は権謀術数入り乱れてますから、むしろワケアリの職員の方が多いくらいなんです。簡単に言ってしまうと……ギルド管理協会の内部に入れば、貴族とか政治とかとは表向き無関係な立場になる事が出来ます。ようするに、ギルド管理協会の職員が貴族に嫁入りとか言語道断なんですよね。勿論、実家からの追撃もただそれだけで避けられるわけです」
フレアの言葉に、『そうじゃなくって』とシンシアはかぶりをふる。
「この状況を抜け出す方法の仕組みじゃなくって、私は、フレアが何で私を助けてくれる気になったのかが知りたいの」
「……シンシアは、ハクレンにもカレンにもそっくりなので。それが答えです」
ハクレン。20年前、黒竜と戦った剣士にして、英雄――シンシアの叔父上。
カレン。20年前、黒竜と戦った術師にして、英雄――シンシアの伯母上。
そのどちらも、黒龍の災厄の一件により、当の昔に故人だ。だからこそ、英雄的行いをした結果は、実家であるアドモスティア家に拝領されたのだから。
「……見てきたかのように、言うんだね……」
「色々あるんです」
フレアは、ギルド管理協会の話で心持を持ち直してきたシンシアに向けて、手を出す。
「我らの翼は世界を覆う――シンシアさん、今すぐギルド管理協会に入れ、だなんて無茶苦茶な事は言いません。代わりに、一回だけ、私のお仕事に付き合ってみませんか?」
疑問符を浮かべるシンシアに、フレアは、悪戯っ色がたっぷりの笑顔で答えた。
「【黒天狼】との戦いで、2~30メートル級の、超巨大なゴーレムが発生した事は覚えていますか?」
「うん……忘れてない、忘れられるわけないよあんなの」
「アレの術者を捕縛します。私の魔法は威力が高すぎて強敵相手には物の弾みで簡単に死なせてしまうのと、私の体格じゃ普通の人は制圧できないという問題がありまして……生け捕り案に悩んでいるんですよ」
「……術者? あんな、化け物みたいなのを魔法で造った人がいるの?」
「あんな化け物みたいのが自然発生していたら、それこそ国が滅びますよう」
フレアはベッドにむかってばふん!とダイブして寝返り一つで仰向きになると、天井を眺めながら言った。
「【黒天狼】は事件の解決には一切貢献していません。ちょっと特殊な道具が絡んでいる仕事なので、生け捕りが必須なのですが……ロックゴーレムの破壊は全部私が受け持つので、どこかに、術者程度なら簡単に制圧出来そうで、邪魔するゴーレムの攻撃程度は回避出来て、ゴーレムを操るのに必死な術者を圧倒できる剣士さんとか居ませんかね?剣は10回くらいロックゴーレムを全力で叩いても絶対折れないようなのを用意します」
「えっと……フレア、それって……」
「大いなる翼はいつでもシンシアを歓迎する気満々です。その仕事で拍が付けば、シンシアがどんな選択をしても、よりスムーズに事が運ぶでしょう?」
「……ロックゴーレムの相手はフレアがやってくれるのなら……私は、助けてくれたフレアに恩を返したい」
フレアは、がばっとベッドから起き上がって、立ち上がった。
小さな掌を向けてくる。
その掌を握ったら、きっとここから先に戻る道などなくなるのだろう。
でも、戻る先はどれもが地獄だし、シンシアと共に行く先には強い希望があるように思えて、そっとその掌を重ねた。
「契約成立、ですね!目指すは伝説級道具を悪用する重犯罪者です!」
「……え?」
伝説級道具、という聞きなれない言葉――いや、良く知っているが一生縁の無いであろうと考えていた言葉に、シンシアは一瞬、頭の中がフリーズしてしまった。
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