新1-6.彼女はその時には気付かなかったが、後に重要な意味を持つ出会いを果たしたという
10/13 全体に大幅改稿を行いました。
シンシアは――あるいは、アンジェリカは実力を隠しながらの勝ち抜きにはそこそこ成功していた。
《武器魔力付与》どころか《身体能力強化》の使い手すら殆ど居ないから、苦戦の演技は慣れたら楽なものだった。
が、思わぬところに綻びがあった。勝ち抜けば勝ち抜く程、無傷の『アンジェリカ』の対戦相手は手負いの者ばかりとなっていたのだ。
その様相は、闘鶏というものを髣髴とさせた。
ニワトリは相手を一撃で殺す手段を持たない。
それ故に、その戦いは長引き、お互いに傷つき、血みどろの凄惨なものとなる。多少その戦いを早める為に蹴爪へと鋼鉄製のナイフを装着させる事すらある程だ。
強さ比べの闘技場は、場合によっては一瞬で勝負がついてしまう。
地下闘技場においては、それでは意味がないのだ。ようするに、『観客席という安全地帯から、血みどろで息も絶え絶えに戦う者達を眺める』という悪趣味な見世物の為にあるのだから。
『アンジェリカ』のファイトマネーは順調に上がり続け、しかし、それまで『運良く』無傷で勝ち残り続けてしまったが故に、ある一定の地力は看破されてしまってオッズは減少傾向にあった。
「まぁ、それでも一晩で400万ルピは稼げたわけだが……」
「リーダー、この辺りが引き時なのでは?あまり大勝ちし過ぎては次回への影響が気になります」
「そうさなぁ……あんま頻繁に来たくもねぇから、むしれる時にむしっておきたいが……」
シンシアは背後で交わされる会話に参加せず、映像投影の術具に映されているそれぞれの選手達の戦いぶりを食い入るように観察していた。幾度か戦っている様を見ているうちに気になる選手が出てきたのだが、なかなかその人の番が回ってこないでいる。
そうこうしているうちにもう片方の映像投影の術具に3戦後の対戦カードが表示され、シンシアと一人の男……色素の薄い青髪、長身で筋肉質な男が表示される。
「……! リーダー、クロード、私、棄権したいです。あの人は怖い」
それはシンシアが警戒していた相手だった。それまでの戦闘を、シンシア同様に全て無傷で戦っている男だ。明らかに実力を隠したその男に、シンシアは本能的に恐怖を感じていた。しかし、振り返った先にはクロードしか居なかった。
「……ん?その男が、アンジェリカには強敵に見えるのかい?俺には、誰相手にもいい勝負をしていて、お世辞にも強そうには思えなかったが……」
シンシアと違って逃げ回ったりせず、誰を相手にも正面から剣を打ち合わせて。相手にあえて攻め込ませる事までしての無傷の勝利を繰り返している男への不気味さは、術師のクロードには通じないらしい。
「おいおい聞けよ!次戦のファイトマネーは50万ルピだ!こんな事ってあるか!?がっはっはっはっは!」
受け付けから戻ってきたリーダーは、『アンジェリカ』のファイトマネーにえらく上機嫌になってしまっている。
「あの……リーダー、私……あの人には勝てそうにありません……」
「はぁ?お前何怖気づいてんだ?あんな奴、全然大したこと無いだろ。せいぜいD級かそこらの程度の奴相手に長々と苦戦してる程度だ。それに、棄権したらファイトマネーの50万がパーだぞ。わかるか?50万だぞ?」
「うぅ……それなら、あの、せめて、今回は私に賭けるのだけは止めて下さい。今日稼いだ分の半額は私の分になるんですよね?借金返済のための大事なお金ですし……」
「あー、わかった、わかった。それにもし負けたって、全力で《身体硬度強化》を使ってりゃ、殴られた所で痛むのは相手の拳なんだ。気にせず戦ってこい」
怖気づきながらも、名を呼ばれた『アンジェリカ』は剣を抱えて闘技場へと歩いて行った。
「……リーダー。もしかして、ファイトマネーの確定時点で……」
「……おう、二度手間は御免だからな、400万ルピは既に全部突っ込んだぞ?久々にオッズが2倍の大台に乗ってたしな」
「……アンジェリカが勝ってくれる事を祈りますか……」
クロードは、妙に怯えたシンシアの表情を思い返して神妙な面持ちになった。
◆◆◆
「ルージュのコーナー!無敗の少女剣士!アンジェリカ!」
おおおぉぉぉぉぉぉ、と歓声が上がる。
既に『アンジェリカ』の人気は最高潮に盛り上がり、その場に居る殆ど誰もが『アンジェリカ』が無様に敗北し、相手に命乞いをする様を心待ちにしている。
「ブラックのコーナー!こちらも無敗の剣士!クレスト!」
おおおぉぉぉぉぉぉ、とこちらも歓声が上がる。
こちらではぶっ殺せとか、やっちまえとか、歓声が上がる。
シンシアは剣を引き抜くと鞘を置き、油断なく剣を構える。
クレストという男も、腰の剣を抜いて、しかし構える事無く佇む。
筋肉質な長身の男。薄く青みがかった長髪。
大きな銅鑼の音が鳴るが、シンシアは自分から飛び込む事はしない。
男は右手に剣を持ち、左手でちょいちょい、と呼び寄せてくる。
シンシアはそれには応じず、構えを崩さない。
「……おや、君との戦いは楽しみにしていたのだが。他の試合のように、攻め込まれないと動けないのかな?」
「……っ!」
これまでの戦いでわざと辛勝を演じていた事が、バレている。
「ああああぁぁぁぁぁ!」
――大声で気合を入れて、シンシアは斬り込む。
「――ふ」
キン!と高い音を立てて、飛び込んだシンシアの剣が防がれる。
二度目、三度目と打ち合わせせてつばぜり合いの体制に入る瞬間、シンシアはわざと背後にステップして、剣が振られるに任せて距離を取る。
「この……っ!」
シンシアは今度は、長身の男に対して、低い姿勢から切上げる。
本来は打ち下ろしてくる剣と切上げる剣では切上のシンシアに分が悪いが、『足狙い』が通常の体制から狙う事が出来るのは、シンシアの強みだ。
しかし、それらの剣も全てあっさりと受け流されてしまう。
「はは……良いね、アンジェリカ。君はとても良い」
余裕の表情でシンシアの剣戟を全て受け流す男――クレストは、楽しそうに言った。
「だが、本当の君はそんなものではないのだろう?さぁ、今度はこちらの番だ」
男の振るう剣を辛うじて弾く。
次の瞬間、まるで『置きに来た』ような剣に、シンシアは必死に抵抗する。
クレストという男は、視線であえて剣筋を伝えて、その上で非常に速い剣速で振り抜いてくる。
そのクレストの目が、語ってくる。
――さぁ、そこに打ち込むよ。
――次はそこに打ち込むよ。
――おっと、そこの防御がお留守になっているんじゃないかい?
――よく受けたね。ご褒美に隙を造ってあげよう。そら、打ち込んでごらん?
全く本気を出していない男にシンシアは防戦を強いられ、果敢にも『打ち込まされる』。
掌の上で完全に遊ばれてしまっているのに、拮抗した戦いを演出させられてしまっている事に、シンシアは最初から気付いていた。
最初から……いや、戦う前から、このような状況は予見していた。
だから、シンシアは全力で男の剣を受け、打ち込み、演技ではなく肩で息をしながら気力と体力をすり減らしていく。
シンシアの全力――《身体能力強化》を一切使わない全力を、『アンジェリカ』の限界だと相手に誤認させる、ただそれだけの為に。
きぃん!
とひときわ大きな音を立てて、男の剣をシンシアは剣で受けきり、しかし最後の一撃に弾き飛ばされ、地を転がる。
震える手でシンシアが半身を起すと、おおおぉぉぉ、と観客たちが盛り上がりがさらに強まる。
「もう限界なのかな?君とならもっと遊べると思っていたのだけれど……」
男が剣を大雑把な動きで振り上げた瞬間、シンシアは動いた。
シンシアは両手で地面につけ、片膝とつま先で地面を握り、いつでも踏み込める体制を造り――差初から狙っていたとっておきの切り札を切る。
突撃姿勢からの瞬間的な《身体能力強化》の発動。突風のような勢いでシンシアは駆け、男の想像を絶する速さで間合いを瞬時に詰め、大上段で構えていた男に下段から切上げる――
きぃん、と、激しく鉄をぶつけ合う音が鳴り響いた。
反動でシンシアは吹き飛ばされる。
シンシアは、何が起こったのかわからない。
いや、解るが、いつの間にそうなったのかが、わからない。
男の大上段に構えられていた剣が、いつの間にか、ただでさえ背丈の低いシンシアの下段からの切上げに反応して防御に動いていた。
「は……はは……はっはっはっはっはっは! アンジェリカ! あぁそうかアンジェリカ、君は最高だ! 面白い、今の今までこの瞬間を狙っていたのか! こんな愉快な事はあるだろうか!」
男は急激に高笑いを上げると、勝手に一人で盛り上がり始めた。
奇襲に失敗したシンシアは、歯がみする。万策尽きた。
「アンジェリカ……もっと君の力を見せてくれ、あぁそうだ、私も少しくらいは力を見せなければ無作法という物だ。さぁ……いくぞ」
男が宣言したと同時、シンシアがほんの一瞬、またたいた隙に視界から男の姿が消えた。僅かな音と勘だけを頼りに察知し、反射的に出した剣が偶然彼の剣を防いだ――いや、反射的に剣を構えられた事へのご褒美に、わざとその剣に打ち込まれたのだ。
「くっ……」
シンシアはもはや出し惜しみしていられる状況ではない。《身体能力強化》を全開まで引き上げ、避ける為の回避距離を取り続け、男の剣を躱す。
「ふ……はは……アンジェリカ! 最高だ! 君は最高だな!」
妙にご機嫌な男は、そのシンシアの最高速に難なくついて来て、シンシアが受けきれるギリギリの力を少し超えた程度の剣を幾度も打ち込んでくる。その打ち込みの力は、回を増すごとに増えていく。
「く……この……っ!」
シンシアは『偶然』剣を躱す度に反撃を試みるが、それらは全て見切られてしまう。
「おや、どうしたんだいアンジェリカ。君の限界はその程度なのかな?」
シンシア達の戦いの『質』が変わった瞬間、どよめきが広がったが、表の闘技場でもそうそう見られない程の剣戟に観客はヒートアップしていく。
「あああぁぁぁぁぁぁぁ!」
ロックゴーレムの群れと戦った時の感覚を思い出す。
《身体能力強化》を限界以上に使い、半分くらい意識を持っていかれそうな状況で戦っていた、その時の集中。
普段どうしても使えなかった領域の《身体能力強化》がシンシアの速さをさらに加速させ、一瞬、だが確実に男の速度を上回って彼の剣をすり抜ける。
――がら空きの背中を、取った。
全力、全速で剣を振り降ろす。
だが、そのシンシアの気迫の全てを込めた剣は、無情にも男の身体には届かなかった。
背後など全く見向きもせず、気配だけを頼りに『置きに来た』た剣が、シンシアの剣を阻んだのだ。
「――アンジェリカ。今のは素晴らしかった。ただ、惜しい。惜しいな。せめて最初から本気で戦っていれば、もう少し違った展開になったかもしれないというのに。それとも、窮鼠猫を噛む……か? いずれにしてもこれではっきりする」
男が、さらに《身体能力強化》を引き上げ……さらに、剣に《武器魔力付与》を乗せるのが、解った。
「アンジェリカ。もっと追い詰めれば、君はさらに素晴らしい力を見せてくれるのかな?」
男が剣を振るう。
その一撃は、絶対に受けてはいけない一撃だった。シンシアは初めて、その男との戦いで背を見せ、全力で逃げた。
「きゃぁっ」
シンシアは剣を躱す代わりに足をもつれさせて転んで、次の一撃に対処できる体制ではなくなってしまう。
「アンジェリカ。急にどうしたんだい?さぁ、もっと剣を躍らせてくれ――」
起き上がる最中のシンシアに向かって振り降ろされた剣を、シンシアは反射的に自身の剣で受ける。
音も無くその剣はシンシアの剣を切り裂き、シンシアの肩から下を斬り落とす軌道を、途中でぴたりと止める。
「ひ……きゃぅ……あぁ……」
シンシアは、首元の剣、あと数十センチも進めば片腕を失っていた斬撃に完全におびえて、叫び声にすらならない、悲鳴にもなっていない音を伴う荒い呼吸しか出来ない。
「……なるほど。アンジェリカ……君は《武器魔力付与》が使えないのか。剣もこうなってしまっては楽しみようが無いな……あぁ、もったいない」
シンシアは、男の言葉を黙って聞く事しかできなかった。
「それでも、君の力は素晴らしかった。どうだろうか?我々と共に来ないか?世界を守るには君のような才覚を持つ者こそが必要だ」
世界を、守る。
スケールの大きすぎるよくわからない勧誘に、シンシアは首を左右に振る。
「私、には……パーティーの仲間が、【黒天狼】の皆が居るから……」
「……そうか……残念だ。私の名はクレスト。アンジェリカ、いつの日か、君が心変わりしてくれる事を願っているよ。もしそのような時が来たら、エルピスだったら、そうだな……『月桂樹の館』でも尋ねてくれたまえ」
「は、はい……ありがとうございます……?」
男――クレストは、剣を引いて腰に収めた。
「あぁ……そういえば一応、決まりがあったんだったか。降参してくれるかね?」
「あ……はい……降参、させて下さい」
「降参を受諾しよう」
シンシアとクレストの間で降参とそれを認めるやり取りが行われ、大きな銅鑼の音が鳴った瞬間、地下闘技場はブーイングに包まれた。
シンシアは完全に追い詰められ、剣を破損させ、戦意をも喪失したていた。
ドレス姿の少女が殴る蹴るの暴行をされ、涙ながらに男に屈服する様が見たいが為にこれまで総額何万もファイトマネーを出してきた者達が、一様に怒って様々な物を地下闘技場に投げ込んでくる。
その混乱と騒動の鎮圧のため、地下闘技場は少々の間だがその機能を停止させた。
◆◆◆
「……やっぱり、負けてしまいました……ごめんなさい」
シンシアは、面目なさげにリーダーとクロードに謝った。
「……おい、『アンジェリカ』。テメェ、誰の許しを得て降参なんてしやがった?」
「え……?」
リーダーは、眉間に血管を浮き上がらせて、わなわなと全身を震わせていた。
「テメェが勝たなかったせいで俺の870万ルピが無くなっちまったじゃねぇか!」
てっきり、ほぼ無傷で戻る事が出来た自分を労わってくれるかと思っていたシンシアは、リーダーに胸元を捕まれ壁に叩きつけられ、目を白黒させる。
「けほっ……」
無理な《身体能力強化》の結果、《身体硬度強化》も間に合わずその衝撃を完全な生身で受けたシンシアは、衝撃に意識を失いそうになってしまう。
「リーダー、流石にこの場では……」
クロードがリーダーとシンシアの間に割って入り、リーダーは大きく舌打ちを残し、去っていく。
「けほ、けほ……クロード……どういう事なの……?」
クロードは、リーダーを止めてはくれたがそれでも相当な機嫌の悪さを感じさせる表情でシンシアを睨んだ。
「リーダーの言った通りさ。君が負けたから、今日の稼ぎは全て無くなった。全額、君の勝利に賭けていたからね。だからこそ、負けるならとにかく降参というのは絶対に許されない選択だった。君を軽蔑するよ、『アンジェリカ』」
「……え?」
知らないうちに自身に掛けられていたというお金や、その他わけのわからない理由で怒りの矛先を向けられ、シンシアはただただ、混乱するしかなかった。
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