新1-5.彼女は手加減というものは苦手だが、意外となんとかなるものだったと語った。
10/13 全体に大幅改稿を行いました。
「改めまして……私の名前はフレア。《魔力放出》使いの冒険者です。得意なのは《火炎弓》ですー」
「あぁ、あの初等術式の。アレは使い易くて良い魔法だね。俺の名はクロード。普段はもっぱら爆撃術式を使っているよ」
「爆撃術式! という事は、個人ランクでC級越えですか?」
「俺の個人ランクはBだね。君もその年で《火炎弓》を使えるとは凄いじゃぁないか。それに勉強熱心だ。術式でのランク上昇まで記憶しているなんて……ランクはDくらいかな?」
「お恥ずかしながらEですー。冒険をせず日銭を稼ぐ生活なので、冒険者のランクは上がった事がありません」
一度もランクが上がった事が無いのに、通常はGから始まるはずの冒険者ランクがE。そういえば先日、フレアが口にしていた事だ。
曰く、《身体能力強化》の使えるシンシアがランクEから始まっていないのはおかしい――
クロードの目が、一瞬鋭くなったように見えた。
知ってか知らずか、フレアはニンジンのソテーを幸せそうにほうばっている。
胃がキリキリする嫌な感覚に食欲を減衰させながら、シンシアは普段より慎重にナイフとフォークを操る。
「それにしても、今日のシンシアは何処からどう見ても貴族のご令嬢が如しです。ドレス姿が異様に似合ってますー。すてきですね」
「――っ!?」
フレアの言葉にびくっとしたシンシアは、口に入れた肉が気管を刺激してむせて、けほ、けほ、とせき込んでしまう。
「シンシアちゃん、大丈夫かい!?」
「は、はい、クロード。大丈夫です」
――図星を突かれて焦った。
表向きは隠しているものの、シンシアはエルピスにおいて、だいぶ面倒くさい出自を持つ。
もちろん、クロード達【黒天狼】のメンバーはそれを知っているが、余人には明かさない方針を貫いている。
「らぶらぶですねー」
「はは……シンシアちゃんはうちのパーティーのアイドルだからね。俺が独り占めしては皆に恨まれてしまう。内緒にしておいてくれたまえ?」
「クロード!否定しなくて良いけど、ちょっとは否定しようとする態度くらい取って! 恥ずかしい! ……今日はこのドレスと新しい剣を買ってもらったの。良いでしょ?」
シンシアは立てかけていた宝剣に分類されそうな柄の剣と、指先で袖を取ってドレスをフレアに見せる。
「前にシンシアさんの持っていた剣より、随分と凝ったこしらえの剣ですねー。触らせてもらえませんか?」
どうぞ、と手渡すと、フレアは『よいしょ』と力を込めて半分くらいまで剣を抜いて軽く刀身を観察すると、その剣を鞘にもどした。
「……ふぅ。剣、重いです。疲れました。貴重な物をありがとうございます」
「フレアは剣を見るのが珍しいの?」
「うーん……確かに、珍しいですね。刃の全く無い儀礼用の剣を、冒険者が持つ姿は初めて見ました」
フレアが一目で剣の刃潰しに気付いた事、その観察眼にシンシアは驚いた。
剣士ならまだわからなくもない。だが、フレアは術師だ。それも、12際の女の子。
「……フレア、凄いね……普通はこんなの気付かないと思うんだけれど……」
「先日はあからさまな実用品を帯剣していたのに、急に『見るからに装飾重視』といった剣を持たれては、その辺りを注視するのは当然かとー。こんなの、何に使うんですか?」
つい普通に答えようとして、クロードに手で制されてしまってから思い出す。
そういえば、詳細は知らないが地下の賭け試合というのは『法に触れる所がある』とクロードが口にしていた。もしかしたら、人に言ってはいけない仕事なのかもしれない。
「ははは……フレアちゃん、君は本当に賢い子なんだね。その剣はシンシアちゃんが、ちょっとした剣術大会に出る為の品でね。彼女が普通に戦っては敗者が大怪我をしかねない。とはいえ、木剣や単なる鉄の棒を持って戦うわけにもいかない。それでは品格を疑われてしまうからね」
「なるほどー……エルピスで剣術・格闘の戦いと言ったら、闘技場でしょうか? でも闘技場は大人にしか出場資格がありませんし……あ、わかりました。貴族の御曹司とか、成金の用心棒とかが見栄を競う小競り合いを冷やかしに行くんですね? シンシアさん、とっても強いですし、今みたいな恰好をしていれば見た目はお姫様ですし」
「はは……まぁ、おおむねそんな所さ。あまり褒められた行為ではないから、出来るだけ内緒にしておいてくれたまえ」
「見た目はって何、見た目はって」
妙に物知りなフレアは、その物知りさ故に良い感じに勘違いしてくれた。
クロードもあえてそれを否定する事はしないし、それに乗っかる事にする。
「相手がAランク冒険者相手だからって、男性の急所狙いから顔面の膝蹴りで勝負を決めるようなお姫様は、ちょっとー」
「う……それを言われるのは……」
「ほう……君は、あの修練場でのシンシアを知っているのか」
「はいー。それはもう、お酒が入っていたとはいえ熟練の冒険者達を次々にちぎ投げちぎ投げの大活躍。シンシアさんの速さと剣技はもはや初見殺しです。なので初撃で《武器魔力付与》を込めた一当てでシンシアさんの武器破壊を狙う以外、Cランク以下の冒険者には勝ち筋が思い浮かびません」
「ははは……すごいな、これは良い、まるでシンシアちゃんへの勝ち筋を探しながら見ていたかのような語り口だね」
「ず……ずいぶんと、的確な分析してくるね……?」
「そういうの、得意分野なので」
そう言って、フレアは冷めてきたスープをこくこくと飲みほす。
しかし、どうだろう。言われてみればフレアの言う通りだ。修練場で貸し出されている木剣を意図的に破損させたら罰金だから、皆《武器魔力付与》での武器破壊など狙わなかったが、実戦となると……
使える者は、当たり前に使うだろう。《武器魔力付与》の精神集中に隙が生じるから通常、使ってくる者はそう居ないとしても、シンシアが《武器魔力付与》を使えないという明確な弱点が露見してしまった場合は、その隙を突いて来る人間が居ない等という都合の良い話はありえない。
フレアの忠告は的を射ている。頭の片隅に置いておこう。
フレアとの遭遇はクロードとのデートに水を刺されてしまったような形だったが、得る物はあった。なんとはなしに、シンシアの中でフレアの好感度が少し上がる。
「良い話を聴かせてくれた。お礼代わりに、ここの食事代は俺が出そうじゃないか」
それは、クロードにとっても同様だったらしい。
「ありがとうございますー。得しちゃいました」
フレアはニンジンのソテーを次々にほうばる。
……上等な肉の付け合わせの品のはずだが、肉を取らずに付け合わせだけを選ぶとは、よほどの好物なのだろう。
そんなフレアが急に食事の手を止め、意識を感じさせない瞳で中空を見つめ始める。
「……ん? 何かあるのかい?」
クロードがそのフレアの視線の先を見るが、その先には何も無い。強いて『ある』とすれば、壁や天井だが……
そういえばフレアは、先日話した際も数分間このように唐突に無言になっていた。
「フレアは眠たいのかな……? まだ12歳だし、おなかいっぱいになったら眠くなっちゃった……とか……?」
「ふむ……俺は子供の事は解らないからな……どうすべきか……そっとしておけばいいのだろうか……?」
クロードと二人で対処を考えていた所、フレアは目を覚ましたらしい。
「その大会、私も連れて行ってもらえませんか? すごく興味あります」
謎の沈黙開けの一番が、そんな問いかけだった。シンシアはクロードに目でうかがう。
「うーん……残念だけれど、招待状が無いといけないんだよ。それこそ、負けたら恥をかく人達の戦いなのだから、無条件に誰にでも公開するわけにはいかないんだよ」
「……そういうものですかー……わかりました、諦めます」
フレアは残念そうに、しかしすんなりと引き下がった。
ただ、その引き下がり方は都合二回しかフレアと会話を交わしたことの無いシンシアに、妙な違和感を感じさせるものだった。
◆◆◆
果たして、十二日後。
シンシアはドレス姿を身に纏い、綺麗な宝剣を胸に抱え、リーダーとクロードと共に馬車に揺られ、怪しげな活気にあふれた酒場に通された。
何がしかの合言葉を伝える事で奥へと通され、その先には地下へと下る階段。
そしてそれを下って行った先ではちょうど、わぁっという歓声が上がる所だった。
「……なにこれ、すごい……」
シンシアは、初めて見る巨大な『地下』の空間に、語彙力を失う。
二十メートルくらいの円形の闘技場、そこを覆うように観客席。
降りる為の階段は幾つもあって、どうやらこの空間へと入る為の道は他にも幾つかあるらしい。
「……こんな施設、どうやって造ったの……普段誰も使わないんじゃ、持ち腐れだと思うんだけど……」
「大方、お偉いさんらが好きな時に遊べるように私財を持ち寄ったんだろうさ。闘技場は大衆の娯楽、こっちは裏の顔役連中が、安全地帯で他人が一方的にいたぶられるさまを楽しむ為の悪趣味な娯楽施設だ」
「……私も負けたら一方的にいたぶられるのかな……」
「リーダー、その言い方は……」
あまり考えないようにしていたがリーダーの言葉を真に受けると、もし負けてしまった場合、それはとても恐ろしい事になるのは想像に難くない。
クロードの説明と思考誘導がたくみだったからか、何故かこれまで『負けた時』の事を気にしていなかった。
「あ”ー……悪かった悪かった。別に死にゃしねぇし、お前程の剣腕がありゃぁ誰もかないやしねぇよ。あと、お前ここではアンジェリカな」
「アンジェリカ?」
「流石に、本名は不味いからね。シンシアちゃんの場合は特に――」
「納得しました。私、アンジェリカです」
観客席の下は大部屋だった。多くの係員達がいて、参加者一人一人に札を渡している。
シンシアの受け取った札には『78』の数字が書かれていた。
周りを見渡すと、一人だけできている人の方が少ない。クロードの言う通り、『やられ役として参加させられている』人も多いのだろう。
急に震えてきてしまう。
「えっと……あそこの板に投影されてるのが、今戦ってる人たち?」
恐怖心を抑える為にあれこれ視線を動かすと、見慣れない映像投影具の術具を見付けた。
二人の男の人が戦っている。
「ああ、そうだね。遠見の術式だ。何人かの術者が交代で照らし続けているんだろう」
「なんて豪華な……あれ?もう一つの板、私が映ってる。なんで?」
きょろきょろと術式の使い手を探すが、見当たらない。
そうして困惑している様子も映像投影の術具に映ってしまって、シンシアはとても恥ずかしいくなり、赤くなってしまう。
「それはあと2回か3回先に戦うのがシンシア……いや、アンジェリカちゃんだっていうのを観客に伝える為のものだね。賭けをする為には、双方の見た目くらいは把握しないと出来ないだろう?」
「あう……そっか、そうだよね……」
「おいクロード、やっべぇエグいぞ。シン――アンジェリカのファイトマネー、最初っから5万ルピで始まりやがった」
「……それって凄いの?」
いまいち相場がわからない。
「勝っても負けても貰える参加賞の金額だからね。ざっと、通常の20から30倍程度はあるんじゃないかな?」
「え……えー……?」
わけがわからない。
「要するに、どいつもこいつもアンジェリカが負けて、蹴られたり殴られたりする姿が見てぇって事だよ」
「……そういう事ですか……」
シンシアは、色々と諦めた。
「悪趣味な連中の鼻を明かしてやろう、アンジェリカちゃん。大丈夫さ、君はとても強いんだから」
クロードの気休めは、そうは言ってもただの気休めにしかならなかった。
◆◆◆
ほどなくして76番の番号とアンジェリカの名を呼ばれ、シンシアは暗めの通路を行く。
その先の光に照らされた闘技場は、むわっとした熱気に溢れていた。
「おうおう、随分と可愛いのが相手じゃねぇか。俺クジ運良いなぁ、ラッキーだぜぇ」
対戦相手の男の挑発にシンシアは何も答えず、剣を抜くと鞘を地面に置く。
シンシアと男がお互いに剣を構えると、大きな銅鑼の音が鳴って、わぁっと歓声も大きくなる。
先に仕掛けてきたのは男。剣をむちゃくちゃに――少なくとも、シンシアにはそう見える――振り回している――いや、剣に振り回されているだけの男だ。
あまり回数を多く戦わないで稼ぐためのアドバイスとして、クロードからは『圧勝をしない事だ』と教わった。
シンシアが弱そう、次の対戦相手にこそ負けそうだと思わせれば思わせる程に掛け金の倍率が高くなって、リーダー達の『アンジェリカ』に賭けて得られる額が増える。
ファイトマネーの額は観客次第だから、これまた弱い演技をした方が『ファイトマネーに目がくらんで無謀な戦いを続けるように』都合が良いらしい。
簡単に見切れる剣をわざと大袈裟に避けて逃げ回り、時々剣を交わすものの、一瞬の防御の為に留める。
男がシンシアに向かって剣を振り、それをシンシアが『避けそこなって剣で受ける』度に、観客席からおぉ、と感嘆が聞こえてくる。
――安心した。相手は《武器魔力付与》はおろか、《身体能力強化》すら使う気配も無い。
シンシアは、あえて息をきらせる演技をして逃げ回り、意図的に壁の元へと走ると、それを背にする。
「ハァ、ハァ……てこずらせやがって……そら、追い詰めたぞ!」
男が剣を大きな動きで振り降ろしてくるのを、あえて受ける体制に入る――が。
ギィン!
「いってぇ!」
シンシアの構えた剣に、男の剣が届く事は無かった。
間合いを測り違えた男が、壁に向かって剣を叩きつけ、手をしびれさせて剣を取りこぼしてしまったのだ。
シンシアは慌てて男の剣を転がるようにして手に取って奪うと、ゆっくりとその剣を男に向けた。
「う……お、おい、待てよ、丸腰の相手を斬ろうってのかよ……?」
それまで楽しそうにシンシアを追いかけ回していた男が、ひきつった表情でシンシアに許しを請う。
シンシアは剣の切っ先を男の喉元に近づけて、言った。
「明確な降参の意思表示をして下さい。じゃなきゃ、斬ります」
「こ、降参だ!俺は降参する!」
「降参を受諾します」
双方の合意が得られた瞬間、銅鑼の音が鳴った。
盛大なブーイングと歓声が鳴り響く。
――初戦の相手が弱すぎて、助かった。追い詰められる演技も上手に出来た上に、敵のミスで勝ちを拾わせてもらった……ように見える、理想的な勝ち方をしたシンシアは気を抜いて、ぺたんと座った。
そこまで含めて、台本だったが……弱い振りというのは大変緊張するもので、すぐにでも腰を下ろしたいと思ったのは、実のところ本当だった。
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