新1-4.その当時はまだ、彼女とそこかしこで遭う事を偶然だと思っていた、と彼女は語った。
10/13 全体に大幅改稿を行いました。
「ようシンシア、調子はどうだ?」
「まだ本調子じゃない感じです。日常生活なら問題無いんですが、《身体能力強化》を使うには不安で……もうしばらくは剣を握れそうにありません」
シンシアの泊る宿に、リーダーとクロードがお見舞いの品を持って連れ立ってきていた。
わざわざお見舞いに来てくれたり、急性魔素欠乏症に関する経過や体調の確認から話が始まる事から心配して貰えているのが伝わってきたシンシアは、フレアに指摘された疑念はすっかり何処かへやってしまっていた。
シンシアは既に剣の素振り程度のリハビリは始めているが、いまいち身体の動きにもキレがない。《身体能力強化》の展開も妙に遅く、弱弱しい。
「実際、どうなんだクロード。急性魔素欠乏症っての、昔なった事あったろお前」
「あれは魔力炉心の効率で回復にも個人差が出ますからね……どの道、今の彼女を外に出すのはまだ危険かと」
「ふぅむ……どんくらいで治りそうだ?」
「え!? ええと……身体の具合はじわじわ良くなってるので、十日くらいお休みをいただければ凄く助かるかなー、なんて……《身体能力強化》が使えるようになっても、身体の感覚の勘を取り戻す時間が欲しいですし……」
「十日……か。まぁ、この前の遠征は激戦だったしな。臨時収入もかなりの額を稼いだ分、元々連中には長めの休暇を出す予定だった。お前もその間に身体を治しとけ。稼ぎたい奴は勝手にソロで稼ぐだろうしな」
「ありがとうございます!」
「……で、だ。お前、チンタラ普通の狩りに同行してたんじゃぁ、いつまで経っても俺のハンマーの修繕費の借金返済は出来ないと思わないか?」
「う……はい……おっしゃる通りです……」
リーダーの言う『かなりの額』の報酬は、シンシアにも分配された。その分配額はそのままリーダーのハンマーを壊してしまった修繕費として殆どが右から左に消えて、実際のところ最低限の宿代や食費を抜いたシンシアのお財布は、とても風通しが良い。
「お前向きのシノギの話を用意してやった。対人戦闘だ」
「対人……戦闘……?」
「そう構えなくて良いんだよ、シンシアちゃん。単なる賭け試合さ」
「賭け試合……?」
「んじゃ、クロード。『そういう系統』は俺にゃぁ全くわからねぇからな。任せたぞ」
「了解。じゃぁシンシアちゃん、今から出掛けられるかな?」
「え? えっと、何処に行くんですか?」
「何、工匠区でお洋服を見繕うのさ。二人でお買い物デートをしよう」
「お買い物デート……!?」
急にシンシアの大好きな恋愛小説めいた言葉が飛び出してきて、テンションが急上昇する。
対人戦闘とか、賭け試合とか、そこに服の買い物とか、結び付かない単語が幾つも飛び出しているがそれらよりも『お買い物デート』という言葉に流されて、シンシアは頷いた。
◆◆◆
「これは、どう……かな?」
「うん、良いね。とても可愛らしいよ」
やや高級な服屋にて。
シンシアは裾の短いドレスを幾つか着替えとっかえひっかえ着替えさせられ続けていた。
実家にいた頃はこのような事も珍しい事ではなかったが、そこを飛び出して冒険者になってからは久しくしていない贅沢な行為だ。
「本当!? 動きやすさも、これまで着た中で一番かも」
うん、うんとシンシアは頷き、軽く飛び跳ね徒手を2,3繰り出す。ふわふわのパニエのお陰で、軽く跳んでの回し蹴りも気にならないから問題無し。
「……でも、何でドレス姿で戦うの?」
「まぁ……結局はお偉いさんの娯楽向けの賭け試合だしね。なるだけ人気を出したいのさ。可愛らしい女の子がドレス姿で剣と踊る方が、普段の皮鎧姿で戦うよりも絵になるわけさ」
可愛いらしい女の子。
クロードはそういったお世辞をさらりと口にしてしまうから、シンシアは照れてしまう。
「えっと……ありがとう。後は、刃を潰した剣とかも欲しいかも」
「うん?剣をあえて斬れなくしたいって事かい?」
「うん。刃引きした剣が欲しい……その、私は普通に人を斬った事とかが無くって。剣を人に向けるなら、殺さないように出来ている剣じゃないと、怖くて全力で振り抜けないし」
「ふむ……そういう問題もあるのか。なら、剣も一緒に用意しよう。勿論、ここのドレス代も剣も、必要経費はこちらで支払うよ」
「やった!あんまりお金持ってないから、凄く助かる!」
「……よし、ついでだから、いざという時の替えも俺からプレゼントをしよう。戦闘でドレスが汚れる事も有り得るし、何事も予備があるに越したことはない」
「え、良いの!? やった!」
既に着た幾つかのドレスの中から、シンシアはデザインがお気に入りの一つを選んだ。
「……私はこれが好き!」
「じゃぁ、プレゼントはそれにしよう。どうせなら、剣を買いに行くのも今のドレスのままで行こう」
「良いの? 汚れたりしないかな」
「それ位なら問題無いさ。それに、剣を合わせるにはそちらの方が具合が良さそうだ」
クロードは10万ルピ硬貨を数枚出して、ドレス代を払ってくれる。
「ありがとう」
「いやいや。じゃぁ、次は剣だね」
クロードにエスコートされて街の中を行く。
そこはかとなく、騎士様の護衛付きのお姫様の気分でくすぐったくなってしまう。
普段より、行き交う度に振り返る人が多いような気がして、とても気分が良い。
予備のドレスと着てきた服の入った紙袋を抱きしめながらクロードの隣を歩いていると、肩を引き寄せられて足を止められる。
「この辺りの店が良いだろう」
クロードが選んだのは、武器屋ではなく儀式道具店だ。
「こんなお店に剣が?」
高位の術者が《魔力放出》に用いる水晶や、様々な文様の描かれた錫杖が並ぶ中に、『剣』までもが幾つもあった。
「わぁ、すごくきれい」
それらの剣に刻まれた彫刻はどれも美しい物ばかりだった。
「儀礼用の、細工が主の剣だからね。こういうものはあえて最初から『斬れない』ように造られているんだよ」
クロードが一流の術師らしく、解説をしてくれる。
「これはこれはお客様方。何をお探しでしょうか?」
「人を殴りつけるのに使って致命傷を与えない、演習利用の実用品が欲しいのだが」
「そちらのお嬢様がお使いになる物でしょうか?それでしたら少々重いかもしれませんが、こちらなどいかがでしょうか?」
シンシアは店員に手渡された剣は50万ルピもの値札がついていて、ぎょっとしてしまう。荷物をクロードに預け、慎重に鞘から抜いてみる。
「……普通の剣より、随分と軽いね?」
「おぉ……これは驚きましたな。その細腕で剣を苦も無く扱われるとは……」
「これは強度が心配かも。全体的に薄いし、それで刀身にレリーフがある分、脆そう。一番強度のある物を触らせてほしいかも」
「恐れ入りました……では、こちらは如何でしょう?」
再度手渡された剣は、柄に幾つかのレリーフが施されているものの、先の剣に比べると随分とシンプルな造形だった。値札を見てみると、こちらの剣の方は10万ルピと随分安い。引き抜いてみると、確かな重さを感じる。
「……ん。飾りが綺麗な鉄の塊って感じ。刃が全くないのが凄く使いやすそう。クロード、私この剣が良い」
「仰せのままに、お姫様」
クロードが10万ルピ硬貨でその剣の代金を支払ってくれる。
「お客様、剣は吊りますか?」
「えっと……どうしよう?」
シンシアは試合の最中、あえて相手の剣を『鞘で受ける』といった行動を獲る事がある。
「せっかくのドレス姿だ。それをベルトで崩すのはあまり好ましくないだろう」
「じゃぁ、無しで。クロード、ありがとう」
「いやいや。これも必要経費さ」
シンシアは抱くようにして剣を持つと、そういえばドレスと一緒に自分の着ていた服がクロードの手の中にある事を今更ながらに意識してしまう。
「でも、何十万ルピも使っちゃったし……」
「いやなに。地下の賭け試合は、それこそ単なる娯楽施設だからね。闘技場と違って、剣技を競う場所ではないんだよ。あの場は、そうだな……君が【黒天狼】に入るきっかけになった情況に近い」
「【黒天狼】に入るきっかけ……修練場の話?」
「そうだよ。俺も最初から見ていたわけではないから詳しくは知らないが、あの時のあの場は『誰かがシンシアちゃんを倒さないと収まりの付かない状況』だった……もちろん、怖がらせる意図があるわけじゃないんだが」
シンシアは思い返す。そういえば、どちらが勝つかを賭けたり、次々にお酒を飲んでいた冒険者たちがきりがないほどシンシアに挑みかかってきていた。そんな事もあった。
「つまりどちらが勝つかお金を賭けて、ショウを見たいのさ。高度な戦技が見たいわけではない。『どちらかがどちらかを泥臭く倒す』様を、安全地帯からファイトマネーを支払って、ね」
だんだん話が見えてきた。
「……つまり、お金持ちが、私の負ける姿を見たいからお金を払ってくれる?」
「その通り」
「でも、強い人の集まるような場所じゃないから、私が粘れば粘るほどお金が入る?」
「シンシアちゃんは賢いね、その通りさ。中には《身体能力強化》
すら使えない者も居る。借金のカタに『やられ役』として参加させられる者も多くいるからね」
「……つまり、私が可愛く着飾って綺麗な剣を持つのは……」
「かわいい子が酷い目に遭うのが見たいっていう悪趣味な連中だからね。シンシアちゃんを逃さない為に、ファイトマネーは青天井につぎ込まれる。今日使った数十万なんて一晩で倍にも、それ以上にもなって帰ってくるさ」
「それは……すごいね……?」
「元々、シンシアちゃんを引き入れた時点で計画していた事なんだけどね。この賭け試合は少々、法に触れる所があるものだから不定期で開かれるんだよ。まぁ、一度で借金が完済出来なくても、二度目か三度目かで数百万ルピは稼げるだろうさ」
「すごい!やったぁ、本当はお金の事とかも、今後どうしようってちょっとだけ不安だったんだ。そういう事なら安心だね」
「さて、今日の所はこの辺りでお開きにしようか……いや、せっかくだから少し早めのディナーと洒落こもうか。何か食べたいものはあるかい?」
「え……えと……あんまり高くない、庶民的なお店が良い」
「遠慮なんてする事無いのに、可愛いね。じゃぁ適当なお店に入ろうか」
適当に歩いて、『なんとなく外装が綺麗だったから』とかそういう理由で、ビュッフェレストランに入る。
クロードと一緒に何でもないような話をして、あれこれと好きな物を取って行く所に。
「おや、シンシアさん。こんばんわー」
大盛のニンジンのソテーを皿に取ったフレアが居た。
「こんばんわ、フレア。フレアもパーティーの人と一緒?」
「いえー、私はいつも一人です。シンシアさんは……随分と可愛らしい恰好をしていますねー。デートですか?」
「デート……デートなのかな?デートなのかも……デートじゃないかも……」
「はいわかりました。男連れって事ですかー。相席しても良いですか?」
「フレアちゃん、いくらちっちゃいからよくわからなくても、大人のデートを邪魔するものじゃないよ」
「シンシアさんも15歳でまだまだ子供じゃないですかー。エルピスの法令は王都準拠だから、まだシンシアさんも子供ですー」
「もー、口が減らない子だなぁ……」
「……おや? 君はシンシアのお友達かい?」
さっさと何処かへ追いやりたかったのに、クロードに気付かれてしまった。
「はい、そうです。フレアと言いますー」
「あれあれ?いつの間にか私の友達が増えちゃってる?」
「良かったら、君も一緒にどうだい? シンシア君もお友達と一緒の方が楽しい食事になるだろう?」
「ぜひぜひ、お言葉に甘えますー」
「……はぁ……まぁ、良いんだけど……」
先日出会ったフレアは【黒天狼】にあまり良い印象を持っていない事は明らかだった。
年齢の割に優れたランクとはいっても、ランクE程度の術師がランクBもある術師のクロード相手に何か失言をしてしまっては大変だ。
疲れる食事会が始まりそうだなぁ、とシンシアは天を仰いだ。
面白かったよ!とか
続きが気になるよ!とか
思ってくれたら嬉しいんだけどそう思ってくれたことを伝えてくれるともっと嬉しいので
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして下さったら大喜びです。
ブックマークも大歓迎。
作品への応援、よろしくお願いいたします。