新1-3.彼女と彼女の初顔合わせは、あまり良いものでもなかったという
10/13 全体に大幅改稿を行いました。
王都を富裕層と貴族達を中心とした上品で閑静な街に例えると、エルピスは商人と職人達がひしめきあう活気に満ち溢れた街だ。
物流の拠点となる商業都市でもあり、しかしその割に治安はすこぶる良好。
その背景には、エルピスは二十年前に大陸中を蹂躙してまわっていた黒竜の災厄が終わった場所……紅い瞳に黒い鱗の邪竜が討伐された地で、その英雄の血族のお膝元というのも大いに影響している。
ただの街というには規模の大きいエルピスは大きく四つの地区に別れ、北部にはその『邪竜を倒した英雄を排出した貴族様』のお館があり、その影響力が強い。南部は『邪竜を討滅した地』として、観光名所としてあえて廃墟のままに残されている区画まである。
そんなエルピス西部地区の拠点に戻ってきたシンシアは、まともに動く事も出来ない数日間が過ぎ去り、ようやく普通に出歩けるようになっていた。
《身体能力強化》に限らず、魔力を使い切って炉心が空になってしまった人間は、普通に生命力を失って死ぬ。シンシアは安全な場所で安全に剣術を磨き、《身体能力強化》も技術として磨いてきた為に『死ぬ寸前ギリギリまで』なんて魔力の使い方をした事は当然無く、『急性魔素欠乏症』などという疾患を起こしたのは初めての経験だった。
そもそも普通は、急性魔素欠乏症など『魔力を効率よく使い切る』技術の筆頭である《魔力放出》の使い手ぐらいしか掛からないような症例だ。《身体能力強化》のみでそこまで身体を酷使する前に、普通なら意識を失う――と、エルピスに戻ってすぐに担ぎ込まれた病院で説明されたが、シンシア自身、無数のロックゴーレムを相手に死線を潜り抜けている最中の記憶はぼんやりしている。
「はぁ……冒険者って儲からないなぁ……」
半分以上はシンシアの自業自得なのだが、適当に入った食事処でシンシアはメニューを睨みながらここ数日の出来事を軽く思い返す。
大量のゴーレムコアに、超巨大ゴーレムから掘削して取り出した巨大なゴーレムコア。
それらは高い査定がついたし、指定地点まで辿り着かずに撤退したギルドへの報告も、超巨大ゴーレムの核とその話から特別に満額が支払われる事になったらしい。
その報酬を分け合って、分配した……分配した……のだが。
【黒天狼】の狩りによる分配は、基本的に敵を倒した戦果数で決められる。
ゴーレムを一匹たりとも倒していないシンシアの戦果分の分け前は非常に少なかった。
むしろ、300万ルピもするリーダーの《術式付与》ハンマーを《武器魔力付与》無しで振り回した結果、ズタボロに壊してしまった分の天引きが重くのしかかる。
500ルピの定食を選ぶか、それとも300ルピで済む簡素な単品物にするか……というのにすら悩む有様だ。
シンシアが悩んだ末に300ルピの食事を注文していると、からんころんと音を立てて一人の少女が入ってきた。
フードを被ったその少女は空きテーブルは他にもあるのに、わざわざシンシアの対面にまでやってきた。
「相席、良いですかー?」
「……どうぞ」
不思議な子だった。
見た目は10歳くらい。
プラチナのようにきらめく銀髪。深い理性を感じさせる真っ赤な瞳。
世界中のかわいいを集めて凝縮したような外見なのに、子供らしさを驚くほど感じさせない何か底知れぬ感覚。
その年齢で美しいという形容詞が合いそうな、知性的な雰囲気すらある。
「ありがとうございます、シンシアお姉さん」
「……あれ?どっかで合った人だっけ……?」
シンシアは記憶力が良い方だ。こんなにも目立つ外見の幼女は一度会ったら忘れないと思うのだが――
「いえ、初対面ですー。でも、シンシアさんは有名人ですから」
ウェイトレスから運ばれてきた水を一口飲んで、幾つかの料理を注文してから少女は続きを口にする。
「エルピス西部地区において唯一のAランクギルド、【黒天狼】からヘッドハントされた期待の星。それも、私が言うのもなんですが、若い女の子。あの修練場での出来事は、あまりにも有名ですから」
「え……そうなの……?」
シンシアは冒険者になった初日、どのパーティーにも相手にされず、魔物狩りの依頼も『駆け出しのソロでは危険だから』と受諾させてもらえず、修練場で力を示そうとしてお祭り騒ぎを引き起こしてしまった。
最初は冒険者の胸を借りて自分の力がどれほどの物かを証明しようとしただけなのだが、あっさりと勝ってしまった為か半ば見世物のように次から次へと有象無象の冒険者達が挑戦してくる事態になってしまい、全員倒した結果その腕を認めてくれた【黒天狼】のメンバーになるに至った経緯がある。
確かに、それは与太話としては背ひれ尾ひれがついて広がりやすい部類の話だろう、とは思うが……
「ええ。顔を知らずとも名は広まる、という好例ですね」
「そうなんだ……貴方は?私の顔を知ってるって事は、その場に居合わせた人?」
「はい。私はフレア。こう見えてベテランの冒険者さんです」
「ベテラン……?」
「私のランクはEです。シンシアさんのランクは?そろそろ、ランクD……いえ、Cくらいにはなっちゃいましたか?」
フレアと言う少女は冒険者カードを見せてくる。
ランクE、適性は《魔力放出》、年齢は……12歳。
《魔力放出》使いの冒険者は希少な為、通常は表記ランク+1~2個上の価値として扱われる。ランクD相当の冒険者と考えると、冒険者歴一カ月で未だ最低ランクのGなシンシアと比べたら、確かに大先輩かもしれない。
この年で1年か2年程度でも冒険者をしているのであれば、なるほど体感的には人生の殆どを冒険者生活に費やしていると言えるかもしれない。そういう意味では、確かにフレアは『ベテラン』だとシンシアは苦笑する。
「私はまだランクGだよ。『【黒天狼】による功績の大なり』によって、私はなかなかランクが上がらないんだって言ってた」
「え……そうなんですか?」
フレアが怪訝な顔をする。
シンシアは少し躊躇して、自分の冒険者カードを、名前を半分隠すように指で押さえながらフレアに見せる。
「シンシアさん、15歳だったんですねー……もっと若かったのかと……それに、《身体能力強化》と《身体硬度強化》の適性持ち……」
表情をこわばらせたフレアが運ばれてきた野菜スティックを手に、超詰め肉の詰め合わせをずい、とシンシアの方に押しながら言った。
「これは私のおごりです、シェアしましょう。代わりにその話……とか、【黒天狼】の事を詳しく教えて下さい」
ランクA冒険者パーティーの話となると、ただそれだけで聞きたくなるものなのかな、とシンシアはなんとなく判断し、有難く腸詰め肉をいただく事にする。
自分の話を中心にすれば、パーティーの重大な秘密とかに触れる事は無いだろう。
「……うーん……実は私、恥ずかしい話なんだけど、《武器魔力付与》が使えないんだよ」
「ふむふむ……でも、シンシアさんて個人ランクAある冒険者さんを無傷で倒していたかとー」
「や、アレはただの模擬戦だし……」
「……対人格闘戦でランクBを圧倒した人がランクGスタートっていう時点でおかしいですけどねー」
フレアは腸詰め肉の盛り合わせの中から真っ赤な物にフォークを刺して小さな口で一噛みし、顔を赤くして肩をすくませて水を一息に飲み込む。
けほ、けほと咳をしながら、シンシアにその赤い腸詰め肉を差し出してくる。
シンシアはなんとなく、その超詰め肉を『あーん』と口にくわえると、なるほど確かにこれはお子様の口には辛すぎる。
耳まで熱くなるような感覚を覚えながら、口にしてから、初対面の幼女の差し出してきた物を口にしてしまった事に気付く。無意識のうちに、警戒心というか距離感というか、そういったものがフレアというお子様相手には緩んでしまっている。
「《武器魔力付与》が無いと、相手になる魔物ってあんまり居なくて。私の狩った魔物の数は少ないんだ。それも、やっぱり【黒天狼】の援護あってこその物……っていう形になってるみたいで」
「ちなみに、一人で倒した魔物って例えばどんなのですか?」
「んー……一番強いので、ブラスターウルフとか」
「それ魔物じゃなくてCランク級の危険指定魔獣じゃないですか! 爆破腐臭とかどう対処したんですか!?」
「え……普通に、避けるよね?」
「普通……とは……? 匂いですか?」
「なんとなく、勘で。あ、そろそろ爆発しそう、って思ったら避けて。刃が通る相手だったからざくざく斬ってる間にいつの間にか倒してた感じ。でもそれも【黒天狼】のメンバーがそれぞれに受け持って戦ったから、やっぱり援護有り判定だったんだよね」
「……天才肌なご感想ですねー……あとシンシアさん、騙されやすいってよく言われませんか?」
「うーん、どうだろ。同じCランクでも、ロックゴーレム相手には歯が立たなかったし。私の戦力って凄く振れ幅大きいからランク上げ難いって言われたよ」
「……そもそも《身体能力強化》が使える時点でランクE未満なのはおかしいですし、ロックゴーレムのCランクは『Cランク以下は切り札が無ければ近づくな』って意味ですし……」
「そ、そうなんだ……確かに、ロックゴーレムって怖いよね。どれだけ殴っても壊れないし。この前なんて急性魔素欠乏症なんていうのになるほど戦ったけど、結局一匹も私の力じゃ倒せなかったし」
「……待ちましょう。待って下さい。落ち着きましょう」
「私は落ち着いてるけど……」
「……私が落ち着くのを待ちましょう」
フレアは、野菜スティックからニンジンを一本取り、もくもくと食べ始める。
一口が小さいのか、随分と味わって食べるのでなかなか減らない。
「……ふぅ……シンシアさん、《魔力放出》が使えるんですか?」
「無理無理。使えるのは《身体能力強化》と《身体硬度強化》だけ。それに《身体硬度強化》はちょっと苦手気味かな? 《身体能力強化》も筋力系の強化はそんなでもない感じ。速さには自信があるけどね」
「……《身体能力強化》だけで……魔素欠乏症になるまで戦い続けたんですか……? ゴーレムを相手に……? なにそれこわいです……」
フレアが化け物か何かを見るかのような目でシンシアを見る。
「皆それ言うよね。40匹くらいのロックゴーレムに突っ込んだら、戦うのをやめた瞬間死ぬしかないんだから死ぬ気で戦い続けるしかないでしょ?」
「……シンシアさん戦闘狂か何かですか? そもそも何ですか40匹のゴーレムって。シンシアさんは何処の国と戦争をしてきたんですか?」
「んー……詳しくは言えないんだけど、ロックゴーレムが頻繁に出てくるっていう場所があって。その調査任務の最中、まぁ……色々あってそういう事になったんだよ」
「色々ですかー……ロックゴーレムを倒す手段が無いのに群に突っ込んで魔素欠乏症になるまで戦うって、完全に自殺志願者の行動です……Aランク冒険者生活は過酷なんですね……」
「ま、あまぁ結局、一人でロックゴーレムの足止めをした分はパーティーでも評価してもらえたんだよ?それに、普段から囮をやった分は魔術師部隊との連携戦果扱いになるし」
もくもくとニンジンを食べていたフレアの動きが止まる。
「普段から……囮……?」
「うん。【黒天狼】は魔術師部隊があって、その連携で敵を釣ってきて、敵を何匹か集めたら、まとめて魔法で薙ぎ払ったりとかよくやるの。その囮」
「……待って。待って下さい。落ち着きましょう」
「私は落ち着いてるよ」
「私が落ち着くまで待って下さい」
すーはー、すーはーとフレアは深呼吸する。
「……念の為聞きますが、囮の『戦果』っていうのは、取り分はどれくらいなんですか?」
「? 魔術師部隊と皆で公平に分け合うから、4分の1だね」
「……落ち着きましょう」
「……存分に落ち着いて?」
「助かります」
フレアは水を飲み、また深呼吸を一つ。
「魔法に巻き込まれるのとか、怖くないんですか?」
「それは怖いけど、発動より前に逃げられるし……」
「……そういえばそうでしたね。シンシアさん、修練場でも《身体能力強化》は一瞬で発動させてましたね……」
「速さだけは自慢」
「超一流の釣り師じゃないですか! 何やってるんですか!?」
「え……えぇー……?」
「そもそもシンシアさん、【黒天狼】のメンバー以外の冒険者さんとどれだけ話した事がありますか?私以外で」
「んー……無いかも。酒場って苦手だし、ギルドオフィスも一人で行くと修練場に誘われて騒ぎになっちゃうし……だいたいの事はクロードが教えてくれるし……あ、クロードっていうのは凄くかっこよくて個人ランクがBもある《魔力放出》使いで、【黒天狼】の魔術師部隊のリーダーで、色んな魔法が使えて凄いんだよ」
「……なるほどー……癌はそのクロードとかいう男ですか……」
「あれあれ?今何か言った?」
「気のせいです忘れて下さい……いえ、やっぱり覚えててください。かなり毒されてますよ、シンシアさん」
とん、とん、とん、とフレアは指でテーブルを打ちながら言う。
「一つ目。高ランクパーティーにおける低ランクメンバーへの、ギルドで定められた最低保証額として渡さなければならない分け前のルピはとても安いです。
二つ目。シンシアさんはパーティー参加への経緯が経緯です。その上でCランクの魔獣を横槍の入らない状況でソロ撃破……その時点でランクが上がらないわけはありません。そもそも《身体能力強化》が使えれば無条件にランクはEから始まるはずです。
三つ目。術師の為に『釣り』をする場合、釣り師と術師の取り分は『公平』が鉄則です。術師が何人居ようが、釣り師が半分以上。これはもはやこの業界のルールです。何故なら、釣り師は冒険者の死亡率は、釣り役が断トツのトップなんですから」
フレアは、最後に瞼を閉じて溜めを造る。
「以上の事から結論を言いますと……シンシアさん。貴方、騙されていますよ。それも、【黒天狼】だけじゃなく……もっと上、ギルドにも共犯がいます」
「いや……突然、そんな事言われても……だって私、これまでちゃんと食べていけてるし……」
「……断言します。シンシアさんは【黒天狼】を抜けて、適当なCランクパーティーにでも入った方がよほど良い生活が出来ます。倒す魔物の危険度が下がり、入ってくるルピは倍以上。ともすれば数倍。パーティーのエースとして剣を振り、必要とあらば術師の為に敵を釣る。危険な仕事をすれば相応の金額が入るようになります――【黒天狼】は、『やりすぎ』です」
「……フレアちゃんは、物知りなんだね」
「これでも一応、長いので……冒険者生活とか、もろもろ」
「でも私は今回の事でリーダーへの借金とかあるから。その返済とかもしないといけないし。ごめんね。色々な事教えてくれて、ありがとう」
フレアはシンシアの顔を見つめると、徐々にその焦点のありかが怪しくなり、だんだんと顔の向きが上へいき、中空をぼうっと眺め始めた。
「……あれ? フレア……ちゃん? どうしたの? もしもーし」
フレアの前で手を振っても、何事かも反応が無い。
しばらくの間そうしていたフレアが、数分後、何事も無かったかのようにゆっくりとシンシアに向き直る。
「唐突ですが、ギルド管理協会に興味はありませんか?コネクションがあります。栄転です。借金ならギルド管理協会が立て替えてくれるし、なんならそれまでの不正な搾取を取り返せるかもしれません」
ギルド管理協会。
冒険者の不正をギルドは許さないが、ギルドは意外と不正をするらしい。実家でその辺りの後ろ暗い処理のやり取りを盗み聞いた事もある。
ギルドの不正は基本荒くれで学の無い冒険者達には指摘出来ずに丸め込まれ、時々その辺りを原因に喰い詰めた冒険者が野党落ちする事もあるらしい。
あるいはギルドとパーティーがグルになって悪さをする事もある、と。
そこでギルドがしっかり仕事をするように目を光らせるのがギルド管理協会……という事だ。
「それこそ、【黒天狼】の仲間を、告発するって事じゃない。私は仲間を売るなんて嫌」
「……その【黒天狼】は、本当にシンシアさんの仲間なんですかねー……話を聞けば聞く程、私にはどうにもシンシアさんが搾取されてるようにしか聞こえませんが……」
むっとしたシンシアが、フレアを軽く睨みつける。
「……貴方の目的は、何? 【黒天狼】から私を切り離そうとしているように見える。何が目的なの?」
「私は、シンシアさんのファンなので。これから災禍に包まれる事になる【黒天狼】からは、今のうちに抜けておいてほしいという以外、今のところは特段の目的は無いです」
災禍、という言葉が気にかかるが、あまりそれを聞き出そうという気は起きなかった。
『このまま【黒天狼】にいると、ひどい目に遭うよ』と警告された所でそれだけを理由にパーティーを抜ける気にはなれないし、むしろそんな薄情な人間になりたくない。
「……そう」
「気を悪くしたらごめんなさい、ここは私が持ちますね」
「……ありがと」
シンシアの心の中で、これまで感じた事の無かった暗くて黒い感情が渦巻くのを感じていた。
フレアと言う子の発言は、どれもがいちいち説得力があった。
その根拠はわからない。多分、あの堂々とした立ち居振る舞いや物事を断言する語り口から、揺さ振られてしまっているんだ。
(……でも、私には【黒天狼】っていう居場所がある。皆が私を騙してるわけがない)
自分に言い聞かせるようにして、フレアは宿へと戻る。
ただ、リーダーやクロードに、今日のフレアとの会話をする事は、躊躇われた。
面白かったよ!とか
続きが気になるよ!とか
思ってくれたら嬉しいんだけどそう思ってくれたことを伝えてくれるともっと嬉しいので
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして下さったら大喜びです。
ブックマークも大歓迎。
作品への応援、よろしくお願いいたします。