3-1.彼女の言葉はいつも幾つか足らないから、彼女達はよく誤解をしていたという
10/13 全体に大幅改稿を行いました。
「仲間ですか?はい、知ってます。なんか邪魔なやつですよね」
フレアは言い切った。
言い切ってしまった。
その言葉にシンシアは、石化するより他に道は無かった。
シンシアをギルド管理協会に入れるにあたって、流石に元貴族の加入には必要な手続きが多いらしい。
そのため数日間は街での待機を命じられた二人は、とりとめのない話をして暇をつぶしていた……のだが、フレアの発言はどうにも過激だった。
「困るんですよ。現場で勝手にバタバタ死なれて動揺を誘われては。査定にも響くし」
それでも一応、彼女なりに『邪魔』というのには理由が有り、高い危険度の仕事で自身が生き残る為には……という意味とすれば、わからないわけではない……後半さえ聞かなければ。
それに、フレアが『仲間が死ぬことに対して動揺する』という酷く一般的な感性を持っている事に安堵した。それを『邪魔』という一言で斬り捨てるのはどうかと思うが。
「【チャリオットくん二世】が手に入ってからはもう、足並みを揃えるために誰かと馬車移動するのですら苦痛でしたし。たかがAランク程度の格下が見た目のみで私を侮ってくるのも、そんな相手にわざわざ愛想笑いを浮かべて応対しなきゃいけないのも我慢がなりませんでしたし?」
最低限のコミュニケーションを我慢と形容してしまうフレアに、シンシアは意識を失いそうになる。
ゴシップ系の書籍で読んだ『コミュニケーション障害』という新語が思い浮かんだが、フレアの場合は多分さらにひどい。
コミュニケーションが上手くいかないんじゃなくて、自分から拒絶している。
これでは『コミュニケーション拒絶』だ。
「丁度エルピス西部の事務官が隠居して席が一つ空いたので、本国からカルネと一緒に左遷されてきましたけど」
「カルネさんは……本当に……本当に、とばっちりなんだね……」
手駒としては一人でしか動かせない上に、暴走癖があって制御不能。
冒険者に換算すれば評価規格外のSランクの中でも、相当の上位……書類上では、やたらと、非常に、優秀すぎるから使わず腐らせるわけにもいかない。
なのに使った結果、捕縛必須であろうと相手を死なせてしまう。
【チャリオットくん二世】のお陰で仕事が速いから被害拡大を起こさない事だけが、唯一の救い……とはいえ、『その優秀な手駒を使った結果』を更なる上司から叱責されるカルネさんの苦労が目に浮かぶ。
「カルネは私の上前をはねる役周りなのでー。ここまで来れば沈む時は一蓮托生ですよ?」
「カルネさんは本っ当に苦労してるんだなぁ……」
と、まるで他人事のように口にしてしまうが、厄介なことに他人事ではない。
いつ穴が空くかもわからないのに海のど真ん中を進む暴走手漕ぎ船・フレア号には既にシンシアも乗り込んでしまっている。
「……でも、良いの?その……私はこれまでフレアと組んできた誰よりも弱いでしょ?」
「その辺りは、別に―。シンシアはこれまで組んできた誰よりも可愛くて伸びしろがあるし、私のお気に入りなので。シンシアの言うわがままなら、ちょっとくらいは聞いてあげても良いかなー、と」
「……生け捕り依頼の対象を頑張って生け捕る事を『わがまま』って表現してる?」
「~♪」
「口笛!吹けてない!」
フレアはただでさえ小さな唇をとがらせて、ひゅぅひゅぅと息を吐く。
「はぁ……それより、私のギルド管理協会加入手続きまでに、解決しなきゃいけない問題があるの」
フレアは、ふむと小首をかしげる。『続けて?』のポーズだ。
「この、私がフレアから貰った剣……いくらくらいしたの……?」
シンシアは、『高そうな剣』と聞いたら『高そうじゃなくて高い剣です』と返されたやり取りを思い返す。
「いくらくらい……そうですねぇ。あえて漠然と答えるなら、カルネの月収くらいです」
「ごめん全くわからない……」
「どの道、あの剣なら経費で落ちたので既にシンシアの物ですよ。値段は気にしないようにー」
「値段……っていうか……」
シンシアは、腰のベルトから剣を鞘ごとはずすと、テーブルの上に置いた。
目配せ、頷き合い、フレアは剣を引き抜き……真ん中から先が無い剣に、おぉ、と感嘆した。
ノックか何かをするように、こんこん、と叩くと、剣はそこから粉々に崩れ落ちた。
「おぉ……崩れました。見ましたか?カルネの月収が崩れました!」
「……あの……私は、ただ普通に、手入れをしようとして……綿でとんとん、と綺麗にしていたら……ぽっきり……」
言い訳交じりに……というか、ほぼ完全に言い訳で身の保身に走るシンシアに、フレアはふぅむと崩れ落ちた剣を摘まみ上げ、指先で砂団子を割るように崩し、言う。
「……シンシア、よくこんな状態の剣を『折る』程度で手入れできましたね……私はそっちにびっくりです」
「え どういうこと?」
おほん、と口元に手を当てて咳払い一つしてから、フレアは語り出す。
「まず、あの……例の魔法。アレの高熱と魔力負荷に晒されて、剣がまともな状態でいられるわけはないんです。その辺りは流石、1カルネしただけの事はありますね。ギリギリで元の形状を保っていました」
「1カルネ」
「この剣には幾つかの術式が編み込まれていて……そのうちの一つが構造保持、ようするに簡易的な《武器魔力付与》の掛かった、『壊れにくい』剣だったんです。その結果、剣としては死亡しながらも亡骸だけはそのままに残ったと」
「そうだったんだ……じゃぁ、あの鎧との戦いも本当にギリギリの勝負だったんだね……」
シンシアは剣に、ありがとうと声を掛け黙祷を捧げる。
「えとー……どちらかというと、鎧との戦いより、剣に術式を押し付けた事後処理が剣に止めを刺したというか……少なくとも、あと2~30分は戦えましたよ。その剣も」
「それは私が無理。あんな魔法受けて20分も30分も耐えられない。死んじゃう」
「良かったです。そういう忌避感が残っているのなら、『困った時はアレを使ってもらえば良いや』なんて甘い事も、そうは考えなくなるでしょうし……アレは準備にも時間が掛かりますしね」
《灼熱魔力強化付与》の事を、あえてその名を出さずに話す事は自然とできた。
フレアをして準備が必要な、特別な魔法。《灼熱魔力強化付与》が必要な強敵を相手には、シンシアがフレアの魔法の準備時間を護らなくてはならない。
これではあべこべだ。そもそも、それが戦術として成り立ったニアミスリルゴーレムの鎧戦が特殊な例だろう。
正直な所、それだってリスクを知らなかったからこそ出来たような物だ。
あの高熱に包まれる苦しさ、魔力が暴走する感覚を思い出すだけで身震いする。
……それを知っていたら、あんなにも思い切りよく戦えていたとは到底思えない。
魔法を知られたら口を封じる必要がある戦いでも、使う事は出来ないわけだし。
「それで、替えの剣を用意しないと不味いけど、そんなにお金も無いし……何より、今の私は良い剣を持ってもすぐに壊しちゃうから、はやく《武器魔力付与》を覚えないと……」
深刻な表情で呟くシンシアに、フレアは眉根を寄せてはぁとため息をつく。
「今はシンシアが一生を掛けてうちこむ目標より、お手軽に強くなれる方法の実験をしましょう。ついてきてください、まずは……安物の剣と盾を買いましょうか」
◆◆◆
「はい、というわけで【チャリオットくん二世】です!はくしゅー!」
「わーい」
ぱちぱちと手を叩いてあげる。3秒間くらい。
「待って」
「はい」
「これ、シンシアの魔力でしか動かないんだよね?しかも、魔法と同時に使う事が出来ないくらい魔力を消費するんだよね?」
「はい、よく覚えてますね」
「私の魔力で動くわけ無いよね?魔力の質的にも、魔力量的にも、技術的にも」
シンシアは、人っ子一人いない草原で【チャリオットくん二世】の運転席に乗せられていた。
「そうですねー、《魔力同調》という非常に難易度の高い魔法を使えば私の魔力に合わせる事は出来るでしょうけど、その後【チャリオットくん二世】を動かせるかというと別問題ですね」
フレアは、【チャリオットくん二世】の側面から、メインの大きな宝玉の他に、3つの小さな宝玉が埋め込まれているのを指さす。
「まだダメですよ?やったら動くかもしれないので。この宝玉に、魔力を通す……そうですね、《身体硬度強化》を使う感覚で触れて、こう発音して下さい。《着火》」
「そうすると動き出すの?」
「私の読み通りですと、多分。もし動いた場合、こちらとこちらの取ってに手を掛けて、壊れない程度にぎゅっと握って下さい。それが『止まれ』の命令になります」
「わ、わかった!」
フレアが、てってってと小走りに離れ、良いですよーと声を上げたのを合図に、シンシアはすぅと息を吸い、吐いてこれから起こる事に気を落ち着かせる。
「……《着火》」
瞬間、シンシアの触れていた小型の宝玉が輝き、きゅるきゅると車輪が高速で周りだし、【チャリオットくん二世】は暴れ馬のように駆けだした。
「わ、わわわわわわ!?」
シンシアは慌ててフレアに言われたハンドルを握り込み、慣れない操作でそれを左右にブレさせ、ぐねぐねと蛇の這いまわったような車輪痕を付けながら、【チャリオットくん二世】を徐々に減速させて止める。
「成功ですねー!」
フレアが、とてとてと走ってくる。
200メートルくらいだろうか。【チャリオットくん二世】をまともに走らせたのはほんの数秒間なのに、随分と距離が離れている事にシンシアは驚く。
「すごいね、【チャリオットくん二世】……」
「はい、シンシア凄いです。《魔力同調》無しに私の魔力と同調するとはー」
「え?」
シンシアは、何もしていない。
ただ、普通に《身体硬度強化》をしながら指定の言葉を口にしただけだ。
「《灼熱魔力強化付与》がハクレンの時はもっと安全な魔法だったという件、覚えていますか?」
フレアは辺りをきょろきょろと見渡してから、シンシアに尋ねる。
「うん、元々ハクレン向けに造られた魔法だから、私とは合わなくて酷い副作用が出たんだよね?」
「いえー、逆なんですよ。《灼熱魔力強化付与》はハクレンの為に試行錯誤の末に造られた、カレンの固有の魔法。改良の余地があった物を、効果が安定しはじめた所で術式で固定させた、いわばハクレン用の安定版……魔法として完成品したというわけではありません。そして、術者とハクレンの魔力相性は、そこそこ良い程度でした」
うんうん、とシンシアは頷く。
「ところが、困った事に……私とシンシアの魔力性質……ほぼ同じなんです。理論上はありえるんですけど、天文学的な確率なんですよね……ですから、術式が暴走しました。アレは私のミスなんです、ごめんなさい」
「え……そんなのってあるの?ていうか、どっちかっていうと、性質が同じっていうのが気になる」
うーん、とフレアが虚ろな瞳で空を仰ぐ。
風がそよそよと気持ちいい。
こうなったフレアは長いから、シンシアは目を閉じてころんと大の字で倒れ込み、日光浴を始めた。
たっぷりとお日様を味わってうとうとと眠くなり始めた頃、ようやくフレアは口を開いた。
「例えば、可能性として、同じ一族の血を引いていれば極稀にそういう事は起こり得ます。魔力の波長は男性と女性でも異なりますし、相性……というか、性質の合う合わないというのは難しいものなんです。ハクレンとカレンは、それこそ…………いえ、やめましょう。詮無き事です」
フレアはシンシアに手を出し、引っ張り起こそうとする……が、力が足りず、逆にシンシアのお腹の上に転がり落ちた。
「ぐえ」
フレアはごめんなさい、と言いつつ、楽しそうにシンシアの上に寝転がり、その顔を覗き込む。
「私達、相性が良すぎるんです。【チャリオットくん二世】も証明してくれました。あの魔力球は私の魔力にしか反応しないようになってて、《魔力同調》でも使わない限り動かす事は出来ません」
フレアは、愛おし気にシンシアの頬を撫でる。
「なので、次は第二ステップです。ちょっと【チャリオットくん二世】の外装をひっぺがして、あの宝玉を取り出しましょう」
「それは……大変そうな作業だね……」
◆◆◆
「じょうずにとれましたー!はいはくしゅー!」
「わーい!」
ぱちぱちと手を叩く。今回ばかりは本心だ。
先端が十字型になっているキリ状の道具でくるくると回すと、らせん状の溝のついた留め具が外れた。
それを数か所外すだけで、前面の装甲がぺこんと外れ、その中から輝きの弱い宝玉を抜き取り、フレアはもにょもにょと術を掛ける。
「シンシア、次はこれを握り込みながら、さっき買った剣を構えて下さい」
「ん」
剣は武器屋で1000ルピ均一の樽の中に刺さっていた安物、数打ちの品だ。
目の前にはそこらへんの岩を集めて、鉄製の盾を立てかけている。
「《着火》の掛け声と共に、剣を振って下さい。その剣は安物なので、秒単位で溶けます」
「……それは魔法が?それとも剣が?」
「両方♪」
「それは……危険だね……」
ごくり、と生つばを飲み込む。
ふぅと呼吸を整え、構える。
もしフレアの込めた魔法が不発するような事があれば、鉄の盾、岩の置部に剣を叩きつける事になり、相当手痛い感触を味わうことになる。
「いくよ……《着火》ッ!」
シンシアは『キーワード』を叫びながら上段に構えた剣を降り降ろす。
その剣は、まるで《灼熱魔力強化付与》でニアミスリルゴーレムの鎧を切り裂いた時のように炎と煌めく魔力に包まれ、赤熱化している。
ジャッ……
およそ通常の素振りや、剣を盾に打ち付けた程度では考えられない音。
物を斬った、という感触が殆ど無い。
「これは……」
シンシアの前には、真っ二つに溶け斬られた盾、そしてそれを固定する為に置いていた岩が深く抉られた光景。
シンシアの手の剣は、その一斬で刃が熱に耐えきれず、ぼとりと落ちた。
「すごい……」
「シンシア、やりましたね!完璧です!」
「うん……すごい!すごいよコレ!」
この剣があれば、ゴーレムだっていちころだ。
「シンシア向けに魔力指向を調整した、超小規模な《灼熱魔力強化付与》です。魔力リソースの発動は先ほどの実検で【チャリオットくん二世】が教えてくれましたが、魔法までちゃんと発動するなんて……完璧です!シンシアがこれを持てば、切り札になります。上手に使って下さいね」
「うん……うん!凄い!ありがとう!でも良いの?【チャリオットくん二世】のパーツ……」
「それはいざという時の予備魔力みたいなものです。普段は全く使ってないので、問題ないかとー」
「それなら良いんだけど……ありがとう」
シンシアは、その宝玉をぎゅっと握った。
いざという時に、《武器魔力付与》を使えない自分を護る手段。それがフレアの手からもたらされた事に、シンシアはとても嬉しくなった。
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