2-2.彼女の力は直接的な戦闘に由来しない部分にも多分に含まれていたという
エルピス西部地区のギルドオフィスに初めて訪れたフレアは、ちょうどその時に起こっていた騒ぎを見物します。
それは、仕事を求めて演習場で実力を示そうとするシンシアと、その場に居た冒険者達の壮絶な戦いでした。
「今日はここらでお休みにしますかー」
夕刻のだいぶ前に、フレアは【チャリオット君二世】を止めた。
そこは『大きな岩』がそこらに殆ど見当たらない草木生い茂る川辺だから、『ゴーレム使いを退治に』動いている今、野営地としての安心感に溢れている。周りを観察して答えから逆算してその点に気付いたシンシアは、フレアの熟練冒険者らしい環境把握能力・判断能力に感心する事しきりだった。
「ここなら明日、水浴びをしてから出発できます!」
そんなシンシアの思考を色々と台無しにするような事を言いながらフレアは湖の近くの草原を、ころころ~、と転がった。流石に半日掛けて魔導車の【チャリオット君二世】を動かし続けるとフレアも疲れるのだろうか、寝ころんだまま伸びをしたり、軽く足をばたつかせたりしている。
「私はしばらくお休みしてますー」
「じゃぁ、私は今夜のキャンプの準備とかしてくるよ。その辺に乾いた木とか藁草とか、あるかなぁ」
「種火なら都度都度私が出すので、その辺アバウトで大丈夫ですよー」
「さすが。それ、助かる。」
がさごそと茂みを探索し、落ち葉と共に落ちている大きめの枝を幾つか探している……と。数メートル先の茂みから、小さくて可愛らしい兎が顔を出した。瞬間、シンシアは全ての動きを止める。
兎とシンシアはお互いの存在に気付き合い、シンシアは様子見に徹する。
兎が無防備に茂みの先から完全に姿を晒した瞬間、シンシアは抱えた枝を捨て、ナイフを引き抜いて《身体能力強化》を展開し、そのまま大きく一歩踏み込んだところで一秒。そこから二歩目でさらに距離を詰め、三歩目の先で逃げようと反転した兎の首にナイフを突き立てるまでで一秒。たった二秒の早業で、シンシアは兎を仕留めた。
「ねーねーフレアー、この辺って野獣とか亜人とか、血に敏感な生物がいる地方?」
「そういうのは滅多にいない地方ですが、一体どうしましたかー……ってこわ! いつの間にシンシア兎狩りましたかこわっ!」
「いつの間にっていうか……今?見掛けたから、美味しそうだったし。どうせなら血抜きして美味しく食べたいけど、亜人とか野獣がいるなら下処理が出来ないし……」
「兎いた! 美味しそう! 狩る! ……ノータイムでやれちゃう狩猟系冒険者はランク以上に重宝されますからね。今夜はお肉料理で豪勢ですねー」
シンシアが気にしているのは兎の死骸から血抜きをする事で、その血の匂いから危険な対象――例えば、亜人や肉食獣とか――を集めてしまう可能性だろう。わざわざキャンプ地に災いの種を呼び寄せてしまうものではないという思考にフレアは同調し、魔法の詠唱を行う。
「《広域炎熱探知》」
フレアを中心に魔法陣が浮かび上がり、ほのかに空気が暖かくなり、そのうっすらとした「赤」がぶわっと広がっていく。
「……ここから十キロ圏内には大型の動物はあんまり居なさそうな雰囲気です。美味しくいただきましょう」
「探知魔法って便利なんだねー……そういえばこの剣、まだ試し切りもしてないし兎の首を落とすのに使っても良い?」
「対魔獣用装備の試し切りがまさかの兎……それはもう現地協力者のシンシアに支給されたものなので、用法・用途はお好きにどうぞー」
シンシアはうん、と頷くと兎に向かって『ごめんね』と一言お祈りをすると、試しに殆ど無造作に振り降ろすだけで、ざんっと兎の首と尻尾を一刀両断にした。
「……うわ凄い。妙にあっさり。でもこれは切れ味っていうより、なんだろう……」
「薄く研ぎすぎちゃ、ゴーレム戦で刃がこぼれる度合いも大きいですしねー。丈夫さと一種の硬度強化術式のついた剣なんです。兎の骨程度には硬度負けしませんよー」
「へぇ……すごいんだね」
つまり純粋な『堅牢さ』が通常の剣とは異なるだけで、斬撃の威力に大きな差が出てくる事は身をもってシンシアにも理解出来た。
兎の肉を坂さ吊りに木に吊るすと、シンシアは血糊のついた剣を手入れする。
「ていうか、可愛い可愛いうさちゃんを躊躇なく捕まえて首を落としちゃうとか、シンシアは女の子的にどうなんですかそれ?」
「え……冒険者的に、必要な割り切りじゃないの?【黒天狼】ではよくやってたし、なんなら実家にいた頃もキャンプで時々やらされたよ?お兄様は苦手そうだったけど」
「……優秀な回避型の囮役、兼任で狩人技能持ち……【黒天狼】もどんだけ馬鹿なんですかねー。いくらシンシアが世間知らずの未経験者で相場知らずだったとはいえ、考えなし過ぎます。高いお金を出して囲っておけばよかったものを」
シンシアは自然と行っている事だが、フレアの反応を見るに『その辺で野生動物を見付けたから、食料として出会い頭に狩る』というのは、シンシアの思う以上に珍しい技術らしい。
考えてみたら、【黒天狼】でも真似のできる者はいなかったのだから、その辺りで気付くべきだったのだが……
「流石に、兎が入る大きさの鍋は無いよね?」
「無いです。【チャリオット君二世】の積載スペースに無駄な物を乗せたら燃費が落ちてしまいますし」
「んー……じゃぁ、兎の肉を埋める穴掘ろっか」
「え……焼く……んじゃないんですか? 何で埋めますか?捨てるくらいなら食べませんか?」
「地中に埋めた上で火を炊くの。焚火でじわじわ温められて、夜には肉汁たっぷりの兎肉に」
「わかりました! やりましょう埋めましょう! 私は何を手伝いますか?」
「あ、そういうのなら手伝ってくれるんだ。じゃぁ、私はあっちではらわたを捨てる処理してくるから、焚火の予定地の方に穴を掘るのと、敷き詰める小さな石とか砂利とかを集めるの、お願いできる?」
「ラジャりました!」
◆◆◆
翌朝。
昨晩は『まだですかー?』と五分に一度は急かされながら、その度に『まだだよー』、と夜まで延々繰り返して、焚火を一度動かした時にはフレアの興奮は最高潮に達していた。
どうにもフレアは冒険者として夜を過ごす為の効率重視なキャンプは慣れていても、『レジャー的なキャンプ』は初めての経験だったらしく、随分とご機嫌だった。そのご機嫌さは翌朝にも持ち越されていたようだ。
昨夜食べきらなかった肉を頬張りながら、フレアはニコニコ笑顔でシンシアに喋りかける。
「心なしか、昨日より美味しい気がしますー」
「兎の肉は本当は何日か寝かせて、熟成させてから食べるものだしね」
ふむふむ、とフレアは頷く。シンシアの野外料理は正直な所、普通な味だった。しかし、『旅の途中で食べるパサパサの携帯食量』に比べたら比較にならないほど『食べ物を食べている』という満足感が得られている。何なら楽しさ重点、雰囲気を楽しむ料理として見たらとても素晴らしい物だった。
ただでさえ精神的に疲労する野営で、食事の質や満足感が落ちないというのは非常に重要な事だ。
「今日はいよいよ術師の領域に踏みます。美味しいお肉で士気が高まりますねー。やっぱり携帯食じゃぁ、こうはなりませんしねー」
「それはどうも」
食事を終え、水浴びを済ませた二人は【チャリオットくん二世】に乗り込んだ。
「ゴーレム使いってどんな人だろう……」
「小悪党なのは間違いないですけどねー」
フレアは、【チャリオットくん二世】を動かし始めた。
(……実戦、かぁ……)
シンシアはフレアに与えられた剣を大事に抱える。
思えば、シンシアが経験した最後の実戦らしい実戦は、先日の地下闘技場での、クレストを相手にした手痛い敗戦だ。
-
相手が術者という情報から少なくとも純粋な近接戦闘で後れを取る事は無いだろうが、やはり不安を感じずにはいられない。
そうなると、元々【チャリオットくん二世】を操るフレア側からの語り掛けは殆ど無かった旅路だ。シンシアが口を閉じると自然、二人の間は無言になる。
何時間かフレアの駆る【チャリオットくん二世】に揺られて一人で勝手に緊張して落ち込んで集中していたシンシアは不意に、妙な違和感を覚えた。
「フレア、走りながら探知魔法って使える?」
「やりたくないですー」
「できるんだね?」
「チャリオットくん二世が壊れるので嫌です」
……それは、確かに嫌だろうと納得する。
こんな乗り物は正直、机上の空論としては見た事はあるけど実物なんて見た事はない。
金額的にも機会的にも物質的にも、壊したら二度と替えが利かないだろう。
「狙われてる感じがする」
「……【黒天狼】の監視任務で得た情報から鑑みるに、超巨大ゴーレムの位置までまだだいぶありますが……」
フレアは【チャリオットくん二世】の宝玉に添え続けていた左手を離すと、両手で操縦管を握って、近くの大木を目指す。
何であれ背を隠す事の出来る場に居た方が良いという判断。
【チャリオットくん二世】を大木の木陰に止めると、二人は大木を背に並ぶ。
「まだ感じますか? その……『狙われてる感じ』?」
「うん。嫌な感じがする」
「……それ、どんな感じなんですか?」
「うまく言葉に出来ないんだけど……最初から悪意を持って騙そうとして近づいてくる人を目の前にしてる時みたいな……」
「…………? シンシア、凄い勢いで【黒天狼】に色々と騙されてましたよね?」
フレアの純粋な聞き返しに、シンシアは確かに自分の発言の説得力の無さを痛感して言い換えの言葉を探す。
「……例えるなら、ドアを開けっ放しでシャワーを浴びてる時の不安になるような……お風呂場を窓から覗く人に気付いた瞬間みたいな……独特な、ぞわっとする感じ」
シンシアは剣に手を掛けいつでも引き抜けるようにして、神経を集中させて前周警戒を強める。
「……やっぱいる。誰かに見られてる」
「……ドン引きです、シンシアが露出狂だったなんて……そういう性癖知りたくなかったです。でも大丈夫、そういうのは人それぞれです」
「いや違うから。そういうのじゃなくて」
「しかも魔力炉心を動かす前から感知したってそれ、本物の第六感じゃないですか。私絶対にシンシアのおふろは覗きませんからね!?」
「何言ってるのねぇ何言ってるの?それより探知魔法!はやく!」
「もー……私は今夜の癒しの予定が一個潰れて傷心なのに……」
フレアは謎の犯罪予告を自白をしてから、瞳を閉じて両手を広げた。
「《広域炎熱探知》(ホットサーチライト)」
ぶわっと熱くなる空気。
フレアを中心にして半径10メートル程の炎の輪が広がり、赤い魔法陣が輝くと同時にその炎は紅い光となって周囲へと拡散していった。
その輝きが遠く空の向こうまで見えなくなる頃になって、フレアは赤い瞳を開いた。
「シンシア、お手柄です」
フレアは美しい銀色の髪をかき上げ、ふふんと胸を反らしたドヤ顔でピースサインをする。
「たぶん成功です。不自然に人間が一人います、熱反応覚えたので地獄の果てまで追いかけますよーさぁ【チャリオットくん二世】に乗って下さい。狩りの時間です」
「わ、わーい……」
ご機嫌に早口でまくしたてるフレアに、シンシアはぱちぱちと手を叩いてあげる。
その拍手に機嫌を良くしたのか、フレアは滅多に見せないスキップを披露してチャリオットくん二世に飛び乗る。
「でもちょっと遠すぎるんですよねー。直線距離でも5キロ先ですよ?ハズレだったら罰ゲームお願いしますね」
「……当たってたらフレアに罰ゲームね」
シンシアの返しは無視して【チャリオットくん二世】を走らせ出すフレア。
付き合いは短いはずなのに、フレアがどういう子なのか随分とわかってきてしまった気がするなー、とシンシアは思った。
ごぉぉぉぉ、と【チャリオットくん二世】は先ほどより3割増しの速度で『敵』へと迫る。ロックゴーレムが散発的に起き上がろうとしては立ち上がりきる前に【チャリオット君二世】が駆け抜けてしまう道行に、フレアは探知相手が正解だった事を確信する。
……というのも、フレアの熱源探知魔法は単純に『生物がいるかいないか、どんな形か』までしか判らない。
非常に便利で価値の高い術式の魔法だが、探索対象を映し出すタイプの術ではない為、相手の特定は出来ない以上普段はそれ一つを確定情報に扱える部類の魔法ではない。
「むー……シンシアの対覗き魔能力は本物ですね。『覗き魔サーチャー』の称号をさしあげます。今夜から私がお風呂入る時は覗き魔を警戒しててください」
次々にチャリオットくん二世の道を阻もうと現れるロックゴーレム達を右へ左へと翻弄して躱しながら、フレアがまた妙な事を言い出す。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?っていうかそんな事気にしなくてもフレアのつるぺた姿なんてわざわざ覗くド変態居ないよ!?」
「いーまーすー!前に温泉街の観光で混浴に入ったら、股間を勃起させたおじさん達が最初から最後までしっかり私の裸をなめまわすようにみつめてましたー!おさわりしてきたロリコンを捕まえた臨時収入美味しかったでーす!温泉代もタダにしてもらえてごちそうさまでしたー!」
「それ自分から見せつけてるじゃん!?露出狂なのフレアじゃん!?っていうか美人局じゃん《ギルド管理協会》としてどうなのソレ!?」
……間。
「見せるのは良くても見られるのは嫌ですー!それに絶世の美幼女の裸体を視姦した上に、あまつさえ私の体を堪能して、わざわざ下手な抵抗の振りまでして私の柔肌を余すところなく味わったんです。社会的人生を失った彼も本望でしょう」
「言い方!だから言い方!絶対本気の抵抗だしそれ!しかも美幼女とか自分で言っちゃうんだ、ソレ……」
「客観視。大事ですからね」
「含蓄がある風に言わないで!」
「実際、シンシアも客観視すべきなんですよねー……よっと、奥歯噛んでて下さいね」
フレアの宣言の三秒後、【チャリオットくん二世】は道の段差で飛び跳ねると、着地の反動がどすんと大きく響いた。一瞬、段差に車輪が取られるのを無理矢理な魔力追加で回転数を上げ、抜けると共にその急加速の風圧が二人を襲う。
「私達、あれから結構走りましたよね?もうすぐ追い付きますけど……っ!」
フレアは左手の宝玉に添えた手を放し、左右のハンドルを一気に回して握り込む。
ずざざざざざ!とブレーキを掛けられた【チャリオットくん二世】は一旦停止。山道の上からロックゴーレム達が大量に転がり落ちてくる。そのまま進んでいたら二人はぺちゃんこに潰されてしまっていただろう。
「何でナチュラルな状態でこんな距離からの監視に気付いちゃってるんですか!?私シンシアがこわいです!《獄炎発破》」
通常の爆撃術式とは明らかに一線を画すその爆撃範囲と多段的な破裂に、複数のロックゴーレムはまとめて爆裂四散し、フレアは【チャリオットくん二世】の操作の為に左手を添え直す。
どうやら、【チャリオットくん二世】の運転中は魔法を使えないらしい。
ガタガタになった道をさすがにここはゆっくりと抜けると、また速度を出して走り出した。
「さー着きすよ、もー着きすよ、今回のターゲットです! あーシンシアが居てくれてよかった無駄にゴーレムと戦う手間が省けました! イージービジネスばんざい!」
フレアの宣言がフラグか何かのように、地面が揺れる。
ごごご、と大地が盛り上がり、目の前に無かったはずの小山の影が産まれる。
「ちょ……ちょっと待って待って待ってあれは無理じゃないの!? 【黒天狼】の全員がかりでもアレの半分くらいの大きさで勝てなかったって……」
「先手必勝!《炎熱穿孔の槍》(フレアメリーランス)!」
テンションがやたら高くなったフレアが、走る【チャリオットくん二世】の上で立ち上がり、叫ぶ。
フレアを中心に大気中の莫大な魔力が凝縮され、質量を伴い、フレアの魔力が上乗せされたマナが燃え上がり、傍に居るだけでどっと汗が噴き出るほどの高熱にさらされる。
その太陽のような焔弾がどんどんと大きくなり、フレアの頭上で全長1メートル程となって浮遊する。
シンシアは背中に、じっとりと嫌な汗が溜まっていくのを感じた。
これは――『個人』の操る魔力量じゃない!桁が違い過ぎる!!
「発射ぁ――っ!」
ごうっと風切り音を残し、とんでもない勢いで射出される焔弾は熱の閃光となって超巨大ロックゴーレムを貫通し大穴をあける。その一撃に残された熱波が岩すら溶かしてさらに穴を広げ、崩壊を招いた。
反動で後ろに飛ばされそうになる――【チャリオットくん二世】から落下して危うく大怪我しそうになる――フレアをすんでの所で抱きかかえ、シンシアはその光景に戦慄した。
一撃。
たったの一撃で、その超巨大ゴーレムは沈黙し、倒れる。【黒天狼】崩壊の危機を招いた超巨大ゴーレムより大きなゴーレムを、一撃で崩してしまった化け物が、自分の腕の中に居る。
先ほどまで馬鹿みたいな冗談を自分と交わしていた小さな子がそうだ。悪い冗談だ。
「やー……失敗失敗。ありがとうございます、助かっちゃいました」
「あ、危ない事しないでね……」
フレアは運転席に座り直すと、また左手での魔力供給を再開、【チャリオットくん二世】の速度を上げる。
峠を抜けると、そこも岩石に囲われた荒野だった。
形から察するにさっきまで超巨大ゴーレムだったのであろう岩石が小山になったそばで、一人の男が呆然と立ち尽くしていた。
首から下を全身きらびやかな鋼鉄の鎧で覆った、しかし放心した表情のせいか随分と冴えない男だった。
切り札が何もしない間に破壊されてご愁傷様です、とシンシアは心の中で手を合わせた。
感想どしどし募集中!
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続きが気になるよ!とか
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