お見合い
DNAマッチングで選定された女性の容姿は男性側が確認する事は出来ない。
そのため、実際に会って見るまでは好みかどうかは分からない事が多い。
女性余りの状態であるため、どちらかというと男性側に主導権があっても良さそうではあるのだが、
何故か男性側に選択権は無く、当然チェンジという事も許されない。
とはいえ、DNAマッチングでヒットした場合は大体好みの容姿であることが多いとされている。
有希は内心ドキドキしながら五年ぶりの«鳥籠»の外で相手を待っていた。
お見合いの場はホテルのカフェの個室で行われる。
扉が開き、一人の女性とお付きと思われる女性二名が入室した。
肩にふんわりとかかる程度のボブカットをした、おとなしめな女性が口を開く。
「初めまして、日下部美緒と申します。えっと貴方がYT一〇四一九五で間違いないですか?」
「間違いありません」
「流石にIDは言いにくいですね。四一九五……与一供御……便宜上、与一さんとお呼びしても?」
「……はい」
喉の奥から、有希という名を出したくなるのをこらえて対応する。
「良かった。ちょっと時代がかった名前ですから。でも覚え易そうですね」
「はぁ……」
何なのだろう、この、美緒という女性は。
思ったよりも不快感がさほどないのはDNAマッチングの賜だろうか?
「与一さん、優しそうな人でホッとしました」
「どうも」
とりとめも無い話が続く。
退屈は感じないのだが、どうも引っかかる。
まぁ取り巻きもいるし変なことを言うことも出来ないのだが。
「せっかくですから、外を散策しませんか? 屋上にある庭園は中々見事なものらしいですよ」
僕は快諾して、彼女と屋上へと向かう。
お付きの人が前後についているので、正直監視されている気分になって仕方が無い。
「こういうのはお嫌いですか?」
「«鳥籠»には余りこういうのを楽しむ余裕はありませんでしたから」
「そうですか。勿体ないですね。
ところで与一さん。率直に聞きますが、私の事をどう思いますか?」
「どう? と言われましても、まだ会って二時間も経ってませんし」
「ああ、表面上の話です。私の容姿は貴方の好みに合いますか?」
いきなり過ぎる質問であった。
女性というのは、母親と姉、後は«鳥籠»のスタッフくらいしか知らない。
このようにガツガツくるものなのだろうか? と思案していると、美緒が困ったように口を開く。
「困らせてしまいましたか? えっと正直におっしゃって下さいね。DNAマッチングについては、女性側に全権があるのはご存じですよね?」
「はい」
そう。男側からはチェンジと言えないが、女性側からはチェンジといえるのだ。
「ですので、もし私の容姿がお好みでなければ、こちらから辞退申し上げることは可能なのです」
お嬢様! と付き人の一人が声を上げるも、それを右手で制する。
「この時代としては変な考え方かもしれませんけどね。正直におっしゃって」
美緒という女性の考えは全くわからない。
しかし、ここで僕が「チェンジ」と言わないことに絶対的な自信を持っている様にも見える。
正直に言うと、容姿については何の問題も無かった。
「そこまでして頂く事で、貴方を……その……」
警戒しています。と言おうとして、口ごもる。
「逆に警戒させてしまったかしら?」
図星をさされて狼狽する僕をみて、楽しそうに微笑む。
「そうよね。うん、やはり私は貴方を気に入ったわ。聞いていた通り」
妙に上機嫌で言う美緒は妙な言葉を口走ると、僕の目をじっと覗き込んだ。
「ごめんなさい。気が変わったわ。私は辞退しない。あと名前も変えましょう。流石に与一じゃあまりにも不憫だわ」
その言葉に僕は沈黙で答える。
そもそも、こちらに決定権はないのだ。
「そうね。ゆうき。なんてどうかしら。希望の希に有ると書いて、有希。IDがYで始まるからヤ行で始まる名前を考えて見たのだけど」
覗き込む美緒の目が、心なしか笑っている様に見える。
動揺を悟られないように、僕はにっこりと微笑んで、
「有希ですか。いい名前を頂きました」
そう呟いた。
ゆうきという読みに、有希を当てるのは珍しい。そもそも漢字を言う必要も無いのだ。
ぞわりとする悪寒と、この美緒という女性に対する興味が有希を支配する。
「それじゃぁ、有希君。これから宜しくお願い致しますね」
その晩、有希は«鳥籠»の一次退去手続きをとって、部屋を後にした。
五年過ごした殺風景な部屋には、なんとなく後ろ髪が引かれる思いを感じていた。