妊娠
「……というわけで、有希の希望としては、このままマッチング結果通りに、あなた方が番いになるのが一番だと思うの」
美緒が勝と玲香に向けて言った。
一緒に住む話を提案したが、最終的にはやんわりと断られた。
そもそも、美緒と結婚し、そこに事実上未婚の姉がいるのは非常に気まずいとのことだった。
当たり前といえば、至極当たり前の結果であった。
「それにしても、本当に貴方、有希とは何もなかったの? とてもそうは思えないんだけど」
「ああ、何もなかったよ」
「ふぅん、そう? まぁいいわ。どっちにしても二人とも、あと三ヶ月しかないから、急がないと大変よ?」
同棲期間は半年だ。当然その間に子作りを済ます必要がある。
子がなされなければ結婚出来ないのだ。
「君はまだ童貞だよね? 彼女はネコだったから安心して任せればいいわ。気に障ったら悪いけど」
「俺は別に気にはしないし、むしろそっちの方が有り難いっつーか。それよりも」
勝は玲香の身のほうを案じていた。
「貴方、本当はただの馬鹿なんじゃないの? 自分の命が掛かっているのよ?」
「そうなんだけど、あー」
勝が頭をガシガシと掻きだす。
「正直にいうと、有希が幸せになれれば俺はそれで満足なんだ。それに俺がこういう状況っていうのは知らないんだろう?」
「まだ、そこまでは話してないわね」
「それに、玲香さん、あんたもだよ」
「私?」
「そう。玲香さんは自覚無いかもしれないけど、あの見合いの場での危なっかしさは、見ていられない位のレベルだったんだよ」
「私、そんなに酷かったかしら」
「もう忘れたのかよ、実力行使しようとしてたじゃないか」
「……ま、まぁそうね。そうだったかもしれないわね」
玲香が顔を赤らめて目を泳がせた。
「ちょっと、それ本当? 初耳よ?」
「まぁ、もう済んだことだし、いいじゃ無いか。だから、あんたの気の済むようにしてくれ」
勝がそういうと、玲香はすっと立ち上がって部屋に戻っていく。
「もし、彼女が本当に何もしないのであれば、襲いなさい」
「と、とんでもないことを言う人だな。童貞に向かって言う台詞か? それは」
「ふふ、そうね。そんな度胸ないか」
「度胸とかそういう次元の話じゃねぇ。そんな事したら、有希に合わせる顔がなくなる」
「ふぅん。君は施設で育ったんだよね、その割にはずいぶんとまっすぐ育ったもんだ」
「ほっとけよ」
むすっとする勝を美緒はにこやかに眺めていた。
* * *
それから一ヶ月程経過した。
「それで、貴方達はまだ出来てないの?」
「いざというと、男の人相手だと怖くなって」
「信じられない。いい? 私はもう妊娠したのよ? なに? 勝のほうがヘタレだったの?」
「いや、俺はその」
「あーっもう、じれったいな。あと二ヶ月切ってるって自覚あるの? 有希にサプライズ報告したいと思わないの?」
玲香も勝も口をもごもごさせている。
「べつに勝がEDってわけでもないんでしょう? なら、これ」
コトリとテーブルの上に小瓶を置く。
「これ。する前に気付け薬のように吸い込んで使う媚薬。これでもだめなら、もう本当に勝、貴方が玲香を襲いなさい。これは命令よ!」
「そんな酷い」
「じゃぁ、普通に腹くくってやりなさいよ」
美緒は元々男性には興味がない。しかし、話に乗った手前、きちんと有希と子を成していた。
それは自分自身のけじめだと理解していたためだ。
もっとも、今ではその気持ちも徐々に変化しつつはあった。
「いい? 玲香。別に男に抱かれたって、気持ちに変化は無いわ。私が保証する」
そういって、玲香の頬にキスをする。
「今、自分でも不思議な気持ちなのよ。有希も愛してるけど、玲香も愛してる。だから恐れないで」
そういって、玲香の顔を両手で包み込む。
「……わかったわよ」
「それじゃぁ、私はそろそろ行くわ。いい? 次くるときにはきちんと報告出来るように!」
美緒はそういって、東坂邸を後にした。
「姉弟そろって、本当に世話の焼ける」
そんな美緒の愚痴を聞く者はこの場には居なかった。