再会 ②
その晩、有希は一人ベッドの上で天井を眺めながら考えていた。
色々な話が急に降ってわいたので混乱している。
日下部美緒。姉である玲香のパートナーといっていたが、果たして本当かどうかは疑問だ。
とはいえ、DNAマッチングで優となった事実を考えると、姉との相性も良さそうだ。ただ、性格は対照的だといっていた。
有希は十二歳までの姉しか知らない。
姉の印象というと、理知的で冷たい印象だった。しかし、別れの一件で姉の中に直情的なものがあるのも知っている。
今の姉がどちらの方向に転んでいるのか解りかねたが、きっと近いうちに会うことになるのだろう。
正直、美緒の性格は解りかねるが、自分の状況をよく調べている。
その情報源はとても気にはなっていた。
基本的に«鳥籠»の情報は出回らない。
«鳥籠»の話は禁句であり、原則として男性は表には出ないからだ。
成人した男性単独での外出は法律で禁止されており、外部との接触は基本的に訪問客に限られる。
その際でも、客前に男性が出る事を憚る人は少なくないため、結果として情報が出回らない。
男性と結婚するというのは「女性の伴侶を得ることが出来なかった女性」または「異性愛者」であり、«鳥籠»から男性を引き取ったことを明言する行為だからだ。
外の世界に出たとしても、男性は所詮は籠の中の鳥であった。
そういえば、勝は今頃どうしているかな。
三ヶ月たって戻ってこないのであれば、おそらく上手くやれているのだろう。
と、その瞬間、有希はハッと気づいた。
「そうだ。勝」
思わず、声に出していた。
勝の育った施設はそういう団体に所属していると聞いた事がある。
となると、自分の情報は勝の情報という可能性が高い。
日下部美緒と、瀬名勝にはひょっとすると何らかの接点があるのかもしれない。
とはいえ、余りそういう駆け引きなどに疎い有希にはどうしようもない。
あの美緒相手に、自分が上手くやれる自信は全く無かった。
最初から振り回されっぱなしだった事を思い出し、枕に顔を埋めると、そのまま思考を停止し、有希は深い眠りへとついた。
翌朝、使用人に起こされて、促されるままダイニングへと向かう。
「おはよう、昨日はよく眠れたかしら?」
「ええ、おかげさまで」
「良かったわ。朝食を食べながらで良いから聞いて貰えるかしら?」
有希が頷き、テーブルにつくと、一般的な和風の朝食が目の前に運ばれてくる。
「昨日はちょっと先走り過ぎたので、三つほど注意点を説明しておくわね」
美緒は簡単に一つ一つ説明を始めた。
先ず、食事については、基本和食になるとのこと。これは美緒の好みらしい。
次に、必要なものがあれば随時使用人を通して請求する事。
最後に、使用人への手出しは厳禁であること。«鳥籠»から出てきた男性が初めて女性を知り、快楽に溺れ暴走するケースがあるらしい。男性の単独行動禁止の法律はここから出たものらしい。
「なんだか、男性が獣みたいな扱いですね」
「実際、獣がいたのだから、仕方が無いわね」
軽く不快感を示す有希だが、美緒はどこ吹く風でそれを受け流す。
「それと、今日昼頃に玲香がくるわ。昼食でも食べながら積もる話をするといいわね」
昨日の今日だというのに、話が早すぎる。
いや、自分とのマッチングが確定した時点で姉が絡んでいるのであれば当然か。
昼。六年ぶりに会った姉は、美しい女性となっていた。
だが、確かに姉だと解る。
「有希。よかった」
そう言って、有希の胸に飛び込む玲香を、美緒が腕を組んで眺めていた。
「さぁ、感動の再会はこの辺で、まずは昼食にしましょう」
美緒の一声で、玲香が照れくさそうに有希の元を離れる。
こう見ていると、とても自分より年上の姉とは思えず、むしろ妹のようだ。
自分の知っている姉はこんな直情的だっただろうか?
有希は少し考えたが、六年という年月は短いようで長い。
余り詮索しないほうがよいと考え、素直に美緒の言うとおり昼食を堪能する事にした。
食事中は美緒と玲香の間で日常的な会話が飛び交う。
«鳥籠»に居た有希は余り口出しをしなかったが、«鳥籠»の中と外とで大きく異なるものではないようだ。それについては少しホッと胸をなで下ろした。
娯楽に関しては«鳥籠»の中でもある程度享受できるので、話題の映画やゲーム、小説や漫画などはある程度ついていける。
「さっきから黙っているけど、話さなくてよいの?」
急に美緒が有希に話を振ってきた。
「正直«鳥籠»から出たばかりで、話す話題は……。あっ」
そうだ。このタイミングなら聞けるかもしれない。
「そういえば、日下部さんは僕が«鳥籠»で別の男性と同居してる事を知ってましたね」
「ええ」
なんの気負いも無く答える。
「ひょっとして、誰だかも知ってるんですか?」
「勿論。どこに居るかも知ってるわよ? 会いたい?」
「ちょっと、美緒?」
「……会いたくない、といえば嘘になりますけど、今はまだ同棲期間中ですからね」
「ふぅん。君が知らない女を彼が抱いてもいいって思ってるのかしら?」
「僕と彼はそういう関係ではなかったので。結婚が成立すれば喜ばしいと思いますよ。それに」
――たとえ二度と会えなくても、僕は彼に幸せに生きて欲しい。
有希は、はっきりとそう言った。