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鳥籠の中  作者: さく
序章
1/14

離別

 今でも僕――東坂有希――の記憶に鮮明に残っている。

 晴れ渡る青空の下、五月蠅く鳴り響く蝉の声が、姉の泣き声をかき消す。


「お母さんも、お父さんも、おかしいと思わないの?」


 酷く正論で、でも、それはもう既にルールとして決まっていた話だ。


「なんで、家族が一緒に暮らしてはいけないの?」


 絞り出す様に発せられた姉の純粋な問いの答えを持つ者はここにはいない。

 しばしの沈黙の後、白いブラウスを着た二十代半ばの女性が母に声を掛ける。


「申し訳ありませんが、そろそろ」

「ああ、すみません」


 淡々と手続きが済まされ、僕は言われた通りに、目の前の黒いやや大きな車に乗り込んだ。

 車窓から手をふって、最後の挨拶をする。


「みなさん、お元気で」


 この瞬間、僕と家族の縁は切れる。

 その決別の言葉を口にすると、車はゆっくりと動き出す。

 後ろの窓から、母にすがって泣く姉の姿を見ながら、僕は«鳥籠»へと向かう事となった。


 男子保護施設。別名、«鳥籠»。


 男子は二次性徴が始まった辺りから、家族から引き離され、«鳥籠»と呼ばれる施設に隔離される。

 現在のこの国の人口割合は女性千に対し、男性は一以下。圧倒的に男性が不足していた。

 その昔、深刻な少子化問題が発生した理由の一つに、男性出生率が異様に下がっていた事があげられる。

 政府も、一夫多妻を認めたものの、男性出生率に、歯止めは利かなかった。

 そのため、女性同士での繁殖を可能とする、女性交配法というシステムを確立。

 人類は男性の手を借りずとも繁殖が可能となり、少子化問題は一定の落ち着きを見せた。

 しかし、女性交配法のデメリットとして、男性が生まれる事は無く、男性の出生率はさらに悪化の一途を辿る。


 男性の比率が下がったことにより、レズビアンが一般化したことも要因の一つであったと考える。

 今の時代、異性愛のほうが、同性愛よりも明らかに性的マイノリティなのであった。

 そして、政府は男性を保護するという名目で、«鳥籠»を発足。

 僕は母や父から«鳥籠»の事は聞いていたし、そういうルールだというのも認識していた。

 姉も、その事については同じく聞いていたはずだし、日頃、理知的で、どちらかというと冷めた姉があそこまで取り乱すのを見たのは初めてであった。

 驚きはしたが、正直悪い気はしない。


「有希様は幸せですね」


 ふと、ブラウスの女性がそんな言葉を口にする。


「そうでしょうか? 確かに不幸ではないと思いますが」

「自分は不幸だと感じずに、幸せが分からないのは、十分幸せな証拠ですよ」


 僕の純粋な疑問に、その女性は微笑みながらよく分からない答えをかぶせる。

 その意味を理解する間もなく、やがて僕は睡魔に襲われた。


「眠くなられましたか? 到着までまだまだかかりますから、どうぞお休みになって下さい」


 そう促される前に、既に僕の目は閉じかかっていた。


「有希様」


 体を揺すられる感覚と、自分の名を呼ぶ聞き慣れない声に僕は目を覚ます。


「目覚めましたか」


 ブラウスの女性が安堵のため息を発し、僕は目をこすりながら車窓から外を見る。

 無骨なコンクリートの施設が目の前に広がる。

 夕焼けの逆光と相まって、暗い影を落とす飾り気の全く無いその建物は、まるで病院か、刑務所の様な印象を受けた。

 無意識にゴクリと咽を鳴らしてしまう。

 車のドアが開けられ、そして


「有希様。南関東男子保護施設、別名«鳥籠»へようこそ」


 恭しく、ブラウスの女性が頭を垂れ、大仰な所作で僕を施設へと誘う。

 ロビーのような所では、大柄の屈強そうな女性が一人佇んでいた。


「有希様をお連れしました」


 その言葉に頷くと、その女性は僕に本人確認という名目で、簡単な質問をしてきた。


「よろしい。ところで、ここでの話は聞いているかな?」

「はい」

「では、君のIDはYT一〇四一九五。今後はこれで呼ばれる事になる。ネームプレートに刻印もするので今後はこれを自分の名だと思ってくれ」


 この日、僕は東坂有希の名を失ったのだが、この時の僕に、その認識はなかった。

以降、毎日21時に公開する予定です。全十二話となります。

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