パーティーを始めましょう!
これは、とあるファンタジーの世界での英雄譚の続きのお話である。見事に邪悪な魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらした救世の勇者のフェルブナード・ミストレアとその仲間達が紡ぐ新たな物語。
フェルブナードは平和な世界が訪れる前、ひたすら戦いに明け暮れていた。世界を救うため、仲間を守るため、使命を果たすために毎日のように剣を握り、魔物達を倒していた。
その為か、平和になったこの世界で気がつくと戦うこと以外はまるっきりダメだったのだ。何をしても失敗ばかりで、嫌になってくる。そんなポンコツで世界最強な勇者を仲間達が何とか助けていく、そんな物語である。
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フェルブナードは平和になった世界で、かつて聖女として世界中から尊敬を集めたアークプリーストのイリーナと結婚し、幸せな生活を送っている。そこには、かつて世界最強と呼ばれていた姿はなく、ごく一般の家庭の様子であった。ちなみに、家庭では尻に敷かれている。
「おはようイリーナ、今日もいい朝だね」
「おはようフェルブナード、やって欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
「もちろん、それでやって欲しいことって?」
「今日、家でパーティをやるでしょ?だから、そのパーティのために掃除をして欲しいの」
「いいよ、朝ご飯を食べたら早速始めるよ」
「ありがとう、頑張ってね」
朝一番から掃除を頼まれるとは思っていなかったが、しょうがない。イリーナはパーティー用のご飯の支度や家の中の飾り付けで忙しくなる。この位はしっかりとこなさないとな。後でこっぴどく怒られちゃうし。
いつもより早くご飯を食べ終え、掃除の方法などをレクチャーしてもらう。忙しいから後で、とも言われたが、そもそもやり方が分からない。自分で調べろ、とも言われるのだが、ここまでくると、やはりイリーナは俺のことをよく知っているらしく、微笑みながら教えてくれた。
「じゃあ、これから必要なものを買いに行ってくるからしっかりと掃除しててね。あと、私が帰ってきてからやりたいこともあるから、それも手伝ってね」
そう言ってイリーナは買い物に出かける。
イリーナとフェルブナードが住んでいる街、モーデンハーグは聖法国家ネドルリーテの地方都市であり、程よくものが集まり、程よく自然の息吹を感じられる、万人受けの良い街である。そのため、人口は首都についで多く、また、別荘地として数多の上流階級の人々の別荘が並んでいる。
元々、地方の寂れた都市として知られていたモーデンハーグだが、イリーナとフェルブナードがこの街を訪れて以来拠点としたこともあって、人々が集まり、開発が進み、現在のようになった。
間接的にはイリーナとフェルブナードが発展させたとも言えるこの街だが、そのような経緯もあり、現在では冒険者達の聖地とも呼ばれている(フェルブナードは冒険者出身であったため)。
冒険者ギルドに足を踏み入れると、数多くの冒険者(ネドルリーテにある支部内では一番多い)が快く迎え入れてくれる。冒険者と言うと荒くれ者のイメージがあるが、モーデンハーグの冒険者に限って言えばそんなことは無い。また、時々フェルブナードがギルドに顔をだし、新米冒険者の指導を行ったりしている(他のパーティーメンバーもこれを手伝っている)ため、実力派のギルドとも呼ばれている。
聖法国家ということで、もちろん教会も多数存在している。イリーナがかつて所属していた聖法教会が1番多い。聖法教会は、国教として認定されている聖法教の教会である。そのため、ネドルリーテでは圧倒的に信者数が多い。また、その教えも親しみ易く、「神を思うならばお祈りし、神を慕うならば善行せよ」といったように比較的良心的な宗教と言える。
家を出たイリーナはどこか心配そうな様子で家のある方向を見ていた。
フェルブナードは大丈夫かな。本当にあの人は戦闘以外のことはまるっきりダメだし………まだ22歳だと言うのにね。まあ、いいわ。少しずつ良くしていけばいいもの。取り敢えず、今はお買い物を早く済まさなくちゃね。
家を出たイリーナに掃除について一通り教えてもらったフェルブナードは、早速掃除をしようと奮闘していた。
「えっと……確かまずは、床に散ってるゴミを取り除くんだっけか。そしてその後に、床を綺麗にするのか。あとなにか言われてたような気がしたけど………まあ、いいか。兎に角チャチャッと終わられせればいいか」
フェルブナードは箒を片手に持ち、ゴミを集めはじめる。何とか上手くゴミを集め、ちりとりを手に取り、小箒でそのゴミをちりとりに乗せ、ゴミ箱に捨てる。これで1セット。しかもフェルブナードの家は無駄に広い。体力だけは自信のあるフェルブナードだが、流石に終わる気配がしない。
全く、果てしないなこれは。イリーナに言われてなかったらやってないよ……さて、どうしようかな。流石にこのままずっと手作業でやるのは嫌だし、魔法でも使っちゃおうかな。風魔法とかでゴミを集めて、それをまとめて取り除く。ちょっとやってみるか。
「下級風魔法《エンジェル・ブリーズ》」
まずは下級風魔法からにしておこう。いきなり強いものから使ってしまうと取り返しのつかないことが起きかねない。《エンジェル・ブリーズ》は下級風魔法の中でも最弱と呼ばれるくらい威力がない。用途があるとすれば、暑い時くらいだろうか。実際、殆ど使うことのなかった魔法だったけど、それでもどこかで使えるはずと、習得しておいて良かった。
確かにさっきよりは随分楽になったけど、それでもまだ物足りない。もう少し強めのやつを使ってみてもいいかな?どうせなら上手く集まるように風を回転させてみようかな。
好奇心を抑えきれなくなったフェルブナードはさらに強い風魔法の詠唱を始める。
「中級風魔法《スパイラルウィンド》」
これはいいな。ゴミがどんどん集まってくる。風の螺旋の中心にゴミが集められて、螺旋の外側のゴミも端の方に少しだけ集まった。
「おお、これはいいぞ、凄い楽だ!この調子ならイリーナが帰ってくる前に終わるぞ」
調子づいたフェルブナードは中級風魔法《スパイラルウィンド》を駆使しながら無駄に広い家の床のゴミを取り除いた。
「ふぅ、ひとまずひと段落ついたな。それじゃ、休憩を挟むか」
フェルブナードは近くにあった椅子に腰掛ける。椅子を使っているのではなく、椅子に使われているようで、しばらくの間動くことが出来なかった。
やばい、一働きした後の椅子が最高すぎる。頭の中ではそろそろ再開しようとしてるのに、身体がそれを拒んでる。
やばい、身体が安らぎを求めてる。
やばい、身体が安静を求めてる。
やばい、身体が癒しを求めてる。
やばい、身体が睡眠を求めてる…………………
フェルブナードはその身体を夢の中に預け、考えることも、体を動かすこともやめた。
スっと意識を失うように、静かに、優しく、その椅子の中で目蓋を閉じ、眠りにつく。
「フェルブナード、ただいま〜。手伝って欲しいことがあるから、ちょっとこっちまで来てくれない?」
イリーナが買い物から帰ってきた。が、しかしフェルブナードの返事はない。いつもなら「おかえり」なり、何らかの返事は帰ってくるはずなのだが。その事を不審に思ったイリーナは家の中を探して回った。
椅子に座っている、見覚えのある後ろ姿を見つけ、声をかけてみる。しかし、反応がない。そこで、今度は身体を揺すってみる。
「んん……………あ、イリーナおかえり………え、イリーナ?」
「そうだよ?イリーナですよ?こんなところで何してたの?」
「一通り床のゴミを取り除いて………」
「寝てたんでしょ」
「はい、寝てました」
「じゃあ、お掃除は?」
「終わってません」
「はぁ、もう少ししっかりしてよね。まあ、いいわ。取り敢えず、手伝うから掃除を終わらせちゃいましょ。まだパーティまでは時間がある事だし、今からでもちゃんとやれば終わるから」
「わかった」
「早速始めましょ」
少しだけ灸を据えられたが、まあ、これがいつも通りと言えばいつも通りである。
イリーナの指示に従い、床を磨き、壁のシミを落とし、散らかっているものを片付ける。
イリーナの指示に従っていると「俺ってこんなに掃除が上手く出来たっけ」と思ってしまう。それほどまでに正確で、頼れる指示は魔王との戦いの時から変わらない。
「掃除が終わったら、家の中の飾り付けよ」
休む間もなく、イリーナが買ってきたもので飾りを作り、デコレーションする。
「さ、どんどん作って!」
「わかった、わかった。そんなに急かされると上手く出来ないから焦らせないでね」
なんとも和やかなひと時である。2人の顔には笑顔が浮かび、常に楽しそうである。
フェルブナードは作っていた輪飾りを指定された場所に貼り付けていく。一方イリーナはというと、予てから用意していた特注のテーブルクロスや食器類を並べ、その場に華やかさを追加する。その合間に、料理の下準備も済ましておく。
「よし、これで後は料理を作るだけね。お疲れ様、フェルブナード。後はパーティー開始までゆっくりしてるといいわ」
「イリーナこそ、おつかれ。じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、フェルブナードはすぐ側のソファーに腰掛ける。
そういえば、今日はなんのパーティーだったっけか。無我夢中でイリーナと作業をしてたけど、よくよく考えてみると目的も分からずに作業していたことになる。まあ、いいか。目的なんていらないか。
フェルブナードは考え事をしながら、ソファーに座ってネドルリーテ特産の紅茶を飲んでいた。鼻を通り抜ける紅茶の香りが気分を落ち着けてくれる。
ふと、窓から見える景色を楽しみつつ、優雅なひと時を過ごす。最近フェルブナードがハマっていることの一つである。戦闘ばかりしていたため、あまり縁がないように思えるかもしれないが、その反動?により、少し大人な趣味に没頭していた。
そのため、初めてその様子をみる人は全員驚き、口々にこう言ったという。
「「「あの勇者様が紅茶を飲んでいるだと………」」」
さて、フェルブナードが自分の時間を楽しんでいるうちに、イリーナは料理を作っていく。魔王討伐の際には五人でレギオンを組んでいたのだが、この時の料理は殆どイリーナが作っていた。そのためか、現在の生活でもその磨かれた腕を振るっている。
今日のパーティーでは、その魔王討伐レギオンが集まるのだが、実は魔王討伐お疲れ様パーティーだったりする。
世界中の人から祝われたり、といったことはあったが、所謂打ち上げ的なものは忙しくて出来ていなかった。そのため、家がいちばん広く、尚且つあまり世間に知れ渡っていないフェルブナードとイリーナの家でやることになったのだ。
この五人は、レギオンを解散した後も連絡を取り合うほどの中で、たまに一緒に依頼を受けたりしている。
そうして、昔の出来事を懐かしく思っていると、ドアを叩く音が聞こえてくる。
「きっとリーザ達だわ。フェルブナード、迎えに行ってくれる?」
「もちろん」
フェルブナードはゆっくりと立ち上がり、ドアの方へ歩きだす。鍵を開け、ドアを開けると懐かしい三人の顔が並んでいた。
「よっ、久しぶりだな、フェルブナード。相変わらず幸せそうなツラしやがって、コノヤロウ」
「全く、ゼルも相変わらずね。お邪魔するわ、フェルブナード。イリーナは中にいるんでしょ?」
「……………久しぶり」
「ゼル、リーザ、セレナも久しぶりだね。イリーナなら中で、料理を作ってるよ。今日のご飯はスペシャルだって言ってたよ」
「おお、まじか。イリーナの飯は格別なんだよなぁ。あの飯が久しぶりに食えると思うだけでヨダレがでてくるぜ」
「食いしん坊ね」
「……………それだからまた太る」
「ちょ、セレナうるせぇ。俺がよければ別にいいんだよ」
「三人とも、ここで話してるのもなんだし、中に入っちゃって。取り敢えず、中のソファーにでも座って待っててよ」
いつまでも話せそうな気がしたが、それはそれであまり良くない(イリーナが怒る)ので、中へと案内する。この三人を家に招待するのは初めてだ。というより、人を家に招待するのは初めてだと言った方がいいかもしれない。
「久しぶり、イリーナ。どう?元気だった?」
「もちろん、リーザこそ、元気?」
「私も元気よ。でも、フェルブナードと結婚したって聞いた時はかなりびっくりしたわ」
「そうね。私もフェルブナードと結婚するなんて思いもしなかったわ。でも、魔王討伐後にフェルブナードから誘われてね。色々あって現在に至るって所ね」
「フェルブナード、羨ましいぞ?毎日こんなに美味しいご飯が食べれるなんて」
「ゼルはだいぶ変わったね。見た目的にも性格的にも………」
「いちいち言わなくていいから!」
「……………そんなんだからゼルはモテない」
「今の、何気に暴言だよね?だよね?」
「ハイハイ、そうですね」
やはり、長年一緒に旅をしてきた仲間だ。自然と会話が弾んでいく。俺たち五人が話に花を咲かせているうちに、イリーナの料理が完成した。
「さあ、椅子に座って。これから、パーティーを始めるわよ!」
詳細は活動報告に記載致しました。
新連載よろしくお願いします。