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こんとん  作者: 芳田文之介
8/12

その八



世界は薄暗く、不穏な気配に満ちている。相変わらず、思い出したように、雨もパラパラと降ってくる。


いったん、瞼を閉じたカミは、かなり長い時間、それを開こうとはしなかった。


いやたぶん、小さな影にはそう思われたが、実際には、ほんのわずかな時間だったのだろう。


けれどもこれは、子をいつくしむ親の立場からすれば、あたりまえの心情ではあるまいか。


それでも、ほどなく、その瞼も開かれる。


ひとまず、瞳をこの空間に慣れさせようとするのか、カミは目を、せわしなくしばたたいた。


やっと、それも慣れたらしい。カミはふと、思い出したように、その眼差しを足元に向けた。


小さな影がいる。


緊張気味に頬をこわばらせて、カミの回答を待ちわびている小さな影が、いや、人間の男が、そこで息をつめている。


鋭いまっすぐな眼差しが、銃の照準のように、カミをとらえて……。


もしや、それが小賢しいと思ったのか。カミは、改めて、威厳を示すかのように、わざとらしく、大仰に、しわぶきを一つした。


それから、見下ろすように、低い声でいった。


「わしは今、フォースを用いて、霊界をくまなく調べておった。ただ、魂の数がおびただしいので、ちょいと手間どったがの。それでも、やっと、探し出した。結果、おまえの……」


だが、そのことばは、途中で、挫折した。


見ると、なにやら鼻の穴がもぞもぞと動いている。


これは、ひょっとしてーー。


間違いない。いいたくないことをいわなくてはならないときの、カミの、いつもの癖だ。


それだけに、今から、カミが口にするのは、あまりこのましい内容ではないらしい。


もっとも、この男の興味はもっぱら、息子の魂の行方にある。だから、彼の視線は今、次のことばを待って、カミの口元に釘付けになっている。


というわけで、彼がそれに気づくことはなかった。





やがて、ようやく、鼻の穴のもぞもぞも止まる。代わりに、カミのその、大きな口がゆっくり動き出した。


「――息子の魂じゃがのう、それは今、駅のホームにおる。それで……」


はあ……。 


男は呆気にとられ、カミのことばがわるか完わらないうちに、素っ頓狂な声をあげた。


「え、駅のホーム?」


無理もない。彼は、カミの口から、てっきり、こういう回答が洩れてくるものだと、自分に都合よく決めつけていたのだから。


それは、「おまえの息子の魂は今、天国で、わが家にいるような安心感を得ておるところじゃ」というふうに……。


にもかかわらず、息子の魂は今、駅のホームにいるという。


彼にすれば、これはあまりにも唐突で、意表を突く事実だった。


駅って、なに⁈


という疑問が、当然湧いてくる。


男は、さっぱり合点がゆかない、というふうに、口あんぐり、目ぱちくり。


がしかしカミは、彼のこの容子になぞ一顧だにしないで、淡々と、ことばをつづける。


「そこでのう、息子の魂は列車がくるのを待っておる」


ーー列車がくるのを待っておる。


男は頭の中で反芻した。


思わず、吹き出しそうになる。


無理もない。


まるで、息子の魂は、これから、どこぞの温泉にでも出かけるような、そんな口ぶりだったからだ。


旅ーー。


ふいに、そんな単語が頭をよぎり、男は口をつぐんで、しばし首をかしげた。


束の間の沈黙。


が、カミは、あくまで創造主の自負に赴くまま、その沈黙を破る。


「まあ、いきなり、こんなことをいわれてものう。なにがなんだか、さっぱりじゃろうて……」


それを聞いた男は、あたりまえでしょう、というふうに、カミをじろりとにらむ。


その気まずさに、一瞬、カミが目を伏せる。


わずかな間のあとで、カミは、ひょいと、こうべを挙げると、改めて、男をまともに見た。


そうして、自分が今、口にしたことばに対して、補足を加える。


カミがいう。


駅のホームといっても、むろん、人間界のそれではない。


そこは、あの世行きの列車が出る、霊界におけるホームである。


そこで、息子の魂は今、お迎えがくるのを、今か今かと待ちわびている。


と、まあ、だいたい、こんなふうに……。


あ、あの世……そこに行く列車を待って、ホームにいる。


なんだ、あの世に旅立つということかーーそのとき、男はハッとして、ただちに、カミに問いただす。


「そ、そこは、もちろん、て、てんごく……天国でしょうねえ」


ふむ。


カミは、鷹揚に、うなずく。だがーー。


ふたたび、カミはそこで、いい淀んだ。


あれ? またしても、鼻の穴が――。


なんだか嫌な予感。男の表情が、にわかにこわばる。


今度は、どうやら、男も、カミの、いつもの癖に気づいたようだ。



つづく  



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