表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんとん  作者: 芳田文之介
5/12

その五


世界はとても静かだ。


天に目をやれば、低くて、どす黒い不気味な雲がどんどん後ろに流れてゆくのが見える。


これから雨になるらしい。小さな影は湿った空気に雨の匂いを嗅いだ。


ほどなく、今にも泣き出しそうな緊迫感のあった空から、冷たい滴が乾いた砂の大地を叩きはじめた。


なん日ぶりかの恵みの雨。それが、この大地に、まるで乾きに飢えた駱駝らくだが喉を潤すかのように、みるみるうちに吸い込まれていく。


しかもこの雨は、小さな影の胸のうちで烈しく燃え盛っている怒りのほむらまでも、幾分、しずめてくれる、ような気がする。


怒りの焔ーーそれは悪しき奴らが起こした理不尽な戦争で、わが子の命を奪われてしまった小さな影の、歯噛みするほど口惜くちおしい情念。


それを、冷たい雨が、幾分、鎮めてくれた。そのおかげで、小さな影の心にほんの少しではあるが余白が生まれた。


そこに、小さな影は、冷たい外気を思いっきり流し込む。それから、吐き出す息に乗せて、デカイ影に、その情念をぶつけた。


「さあ、教えてください。悪しき奴らのせいで非業の死を遂げた者たちに対して、あなたは現在いま、どのような救いの手をさしのべているのか。それをです……」


「どのような救いの手……じゃと」


「そうです。悪しき奴らを地獄へと突き落としたというのなら、なんの罪のない者たちは、むろん、天国へと導かれているのでしょうね。そうしてそこで幸せに暮らしているのでしょうね。そこのところを、わたしは詳しく知りたいのです」


小さな影はそういうと、いちずなな眼差しを、デカイ影に投げた。


が、大きな影は黙って、冷然として、小さな影を見下すばかり。陰性の光が宿った瞳で……。


妙な空気の沈黙。


時折思い出したように、パラパラと冷たい雨が大地を叩く。


耳に触れるのは、それが立てる音ばかり。


そんな中、小さな影は口を真一文字に結んで、乾いた砂の大地に立ち尽くしている。


デカイ影も軌をいつにするように、黙して語らない。


この沈黙は、暫時ざんじ、つづくらしい。


と思いきや、とうとう、しびれを切らしたか、いきおい小さな影が、毅然きぜんとした顔と口調で、いった。


「黙ってないで、さあ、教えてくださいよ」


こんな機会は二度とめぐってこないーーそう小さな影は思うから、自分を鼓舞して、しつこくいい寄るのである。


「ふん」


けれどもデカイ影は、小さな影の想いを軽く、鼻先であしらう。


こうして、あくまでいい淀んでいるところをみると、デカイ影は、どうしても、答えたくないらしい。だがーー。


だとしてものう……。


デカイ影は眉根を寄せて、すぐに考え直す。


このままじゃ、埒が明かぬのう、と。


するとデカイ影は、半ば投げやりな口調で、こういい放った。


「わしは、知らん」


え! 


小さな影はきょとんとし、しばらく呆然として口も利けずにいた。


デカイ影もまた、押し黙っている。


いいようのない沈黙。


やがて、小さな影は、かぶりを強く振って、なんとか自分を取り戻した。


こうしてはいられない、という強迫観念に駆られたからだ。


たぶんわたしは、泣き笑いのような、そんな奇妙な顔をしているのだろう……小さな影はそれが自分でもよくわかった。


その表情のまま、彼は、絞り出したような声で、尋ねた。


「い、いま、なんとおっしゃられたのですか?」



つづく



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ