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こんとん  作者: 芳田文之介
4/12

その4


やれやれ――大袈裟に首を振ると、デカイ影は、小さな影を睥睨へいげいしつつ、いった。


「お前たちは、だから、愚か者といわれるんじゃ。よいか、なにもこの世で罰を与えることだけが最良の処罰とはかぎらないんじゃ。そもそも、わしはそのための存在じゃろうが」


「……は、はあ」


うなずいた小さな影は、唇を噛んだ。デカイ影のことばが、的を射ていたからだ。


デカイ影は、それを満足そうに眺めてから、口を開く。


「だいたい、おまえたちの裁きはなっとらん。真に悪い奴らが明るいお天道様の下で悠々自適な暮らしを送り、一方で、何の罪のない者が罰せられておる。その上、暗い牢獄で無為な人生を過ごすことを余儀なくされておる」


デカイ影はそこまでいうと、そうであろうがと、小さな影に鋭い眼差しを向け、さらに、こうつづけた。


「そうやって、悪しき奴らがこの世の春を謳歌し、あまつさえ、さらなる悪事を働く。そうした負の連鎖がこの世に不条理を再生産しておるんじゃ。正直者が馬鹿を見るという世なぞ、嘆かわしゅうていかん。ま、そうならんようにわしがおるんじゃがな、ふぉふぉふぉ」


デカイ影が大きな口を開けて笑う。それが、薄暗い世界に、凛として、こだまする。


「なるほど……」


小さな影がデカイ影を見上げながらうなづく。


「道理にもとる悪しき奴らは、たとえこの世で裁かれなくても、いずれ、あなたに裁かれ、罰を与えられるーーそういうわけでごさいますね」


「そうじゃ、その通りじゃ。わしはのう、この世界を俯瞰ふかんして、狡猾な奴らの悪事を見届けておる。奴らは図に乗ってどんどん悪事を働く。するとその分だけ×印が増えて、ますます罰が重くなるんじゃ。やがて、奴らの命の灯火が消えて、いよいよ、最後の審判を迎える日が訪れる。そうすると、そこでじゃーー」


デカイ影はことばを区切って、もったいぶったように一呼吸置いてから、つづけていった。


「ーー奴らこぞって地獄に突き落とされるんじゃ。先ほど因果応報というたじゃろう。この世で犯した罪の分だけ、地獄でしっかり罰を受けてもらう。そこで奴らは初めて気づくんじゃ。いや、わしが気づかせてやる。人の痛みというものをのう。ふぉふぉふぉ」


デカイ影は、長い顎鬚をさも気持ち良さげに撫でながら、いかにも愉快そうに笑った。


その姿を見ていた小さな影はふと、顔を曇らせた。なぜなら、彼はさっきから、このデカイ影に、妙な違和感を覚えていたからだ。


されど、小さな影はそれをいったん思量の外へと追い出し、代わりに、ほかにも得心がゆかぬ点があったので、それを大きな影にぶつけた。


「なるほど、悪しき奴らがちゃんと罰せられている、というのはよくわかりました。けれども、あなたの話には、いささか得心がいかないところがあるのです」


「なんじゃと、このわしの話に得心がいかないところがあるじゃとお、どこがじゃ!」


腹の底から絞り出すようなドスの利いた声。デカイ影はそれを荒い息と一緒に吐き出すと、鋭い目で小さな影をねめつけた。


その迫力に気圧された小さな影は、首筋を、何か冷たいもので撫でられたような、そんなおぞましい気分に襲われ、思わずぶるっと身震いした。


その恐怖の念が、萎えさせてしまう。デカい影と対峙する気力を。


それでも、けれど小さな影は、いやいや、と首を振って、自分を鼓吹する。


ここで怯むわけにはいかないんだ。こんな機会はもう二度と訪れはしないのだから。


そう自分にいい聞かせたた小さな影は、渾身の力を込めて両手を握りしめ、自分を奮いたたせると、強い調子でいった。


「な、なにに得心がいかないかというと……それはですねえ、いったい、奴らは悪事を働く極悪人です。ですから、地獄に堕ちるのは道理です。けれど、なんの罪もない者ーー」


それは、とりもなおさず、自分の息子。けれども小さな影は、あえてそれは口にしないで、さらにことばをつづけた。


「ーー彼らが、どうして、理不尽な仕打ちで命を奪われてしまうのでしょうか。それが、とんと得心がいかないのです。しかも、そういう死を遂げた者たちに対して、あなたは、どのような救いの手を差し伸べているのか。それを、ぜひ、教えてほしいのです」


そう一気に捲し立てると、小さな影は、両の手を両の膝の上に置いて、背ぐくまった。


どのように救われているのかって……ふん、こしゃくな。


ふいに、デカイ影が奇妙な笑みを浮かべる。よく見ると、憐憫に満ちた苦い笑みだ。


「え、え……」


小さな影はうろたえる。


「ど、どうして、そんなふうに笑うんですか? それはないんじゃないですか」


腑に落ちないという表情で、彼はつづける。


「だって、そうでしょう。この世界を見渡してくださいよ。今こうしているうちにも、世界のいたるところで戦火が絶えないのです。そこで暮らす子どもたちは、ある日突然、当たり前に訪れていた日常を奪われ、非日常という闇の中にいやも応もなく突き落とされてしまうのです……」


そこで小さな影はことばを区切り、肩で一つ息をついた。それからまた、ことばをつづけた。


「……そうした場所では、かけがえのない命が、不条理のうちに奪われてしまうんです。この現実の救いのなさに対して、あなたは、いったい、どのような救いの手を差し伸べているというのですか。わたしはそれが知りたいだけなのです。なのに、どうして、笑うんですか? あなたには、応える義務があるのです!」


そういって、小さな影は挑むような眼差しを、デカイ影に投げた。



つづく



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