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こんとん  作者: 芳田文之介
3/12

その3.




酷薄な烈風に抗いながら、小さな影が、デカイ影に向かって口を切る。


「あなたは、なぜ、この世界の不条理について黙過されておられるのですか?」


デカイ影はけげんそうな顔で、く。


「黙過? それは、いったい、どういうことじゃ」


腹の底から絞り出される、低くて、ドスの効いた声。かなりの迫力と威圧感に満ちた声だ。


だからといって、小さな影はひるまない。


「そうではございませんか」


むしろ、毅然と切り返す。


「この地上を見渡してください。あたりまえの日常を営んでいる者が、ある日突然、命を奪われてしまうという納得のいかない現実があるではないですか。この世界は今、そうした不条理が大手を振って歩いているのが実情です。にもかかわらず、あなたはそれを默過、つまり、ただ黙って見過ごしておられるではないですか」


そういって、小さな影は、これでは、間尺にあいませんといわんばかりに、長く、深い、ため息をつく。


乾いた砂の大地に、一瞬の沈黙。


「ーーなるほどのう」


デカイ影が沈黙を破って、おもむろに口を開く。


「たしかに、現実は、おまえの指摘どおりかもしれん。いかんせん、現実は不条理で満ち溢れておるからのう。だからといってじゃ……」


デカイ影はそこでことばを切って、小さな影を覗き込むように、じろりとにらんだ。


にしても、凄まじい迫力である。


ひょっとすると、その荒い鼻息で、小さな影を宇宙の果てまで吹き飛ばしてしまうのではないか、と思われるほどに。


小さな影は思わず、その迫力にたじろいでしまう。


「このわしが、それを……」


デカイ影が、低い声で言う。


「ただ手をこまねいて見過ごしておるとでも思っておるのか。だとすれば、勘違いもはなはだしいわい、このたわけが!」


ひ、ひええ。


小さな影は一瞬にして毒気を抜かれ、ほとんど飛び上がる。


「これはのう、わしなりの考えがあって、そうしておるんじゃ」


このバカタレは、口だけを動かしていう。


「あ、あなたなりの考え? 」


「ふん、そうじゃ」


デカイ影は、目を、目玉がまぶたからこぼれ落ちそうになるくらい、とびきり大きく見開く。


「い、 いったい、どのような考えが……おありだと」


デカイ影の迫力に気圧され、小さな影は漸次ぜんじしどろもどろになる。


「ふふ。試しておるのよ」


た、ためす。なにを? とは、訊かない。


ただ、小さな影は、腑に落ちないという表情をして、デカイ影を見た。


「おまえたちは、のべつ欲望に飢えておる。それを満たそうとして、道理をわきまえず、自分勝手なことばかりしておる。あさましいかぎりじゃ」


デカイ影は、小さな影の疑問に直接答えることなく、むしろ、彼にとって耳が痛いことを、遠慮なく、いった。


はからずも、図星をつかれた小さな影は、ぐうの音も出ない。


デカイ影がそこで、さっきの問いの回答をする。


「よいか、なにが試されておるかというと、それは、所与のものである理性によって、いかに尽きない欲望をねじ伏せることができるか、それがじゃ……」


わかったか、というふうに、デカイ影が、そのギョロ目で訊く。


なんでもかんでも見抜かれてしまいそうな、そんな深い眼差し。


小さな影はたまりかねて、思わず目をそらしてしまう。


ふんと鼻先で笑って、デカイ影が、ことばをつづける。


「だというのに、おまえらはそれに反して、欲望の赴くままに悪事を働いておる。そうした道理にもとる輩には、わしが、もれなく罰を与えておるんじゃ。罪には罰を。因果応報。それがこの世のことわりじゃ、わかったか、愚か者目が」


はい、とは、うなずかない。いや、うなずけない。


小さな影は、それはおかしいのではあるまいか、そう思っているからだ。


かといって、デカイ影に対して、面と向かって口ごたえするわけにもいかない。


それは、あまりに不遜なことだから……。


その代わり、小さな影は、皺を、眉のあわいに控え目に寄せる。そうすることで、彼は自分に気合いを入れたのだ。


その上で、彼は、きっぱり切り返す。


「やはり、それにはうなずけません」


ただ、その声は、心なしか弱々しくはあったが……。


「な、なんじゃとう」


そういって、デカイ影が、凄い形相でにらみつける。


これには、彼のちっちゃな心が、さすがに折れそうになる。


が、ここは、なんとかこらえた。


こらえると、デカイ影からふと、目を逸らした。いったん、呼吸を整える。それから、ふたたび、眼差しを戻した。


その上で、まなじりをけっして、いった。


「なぜ、うなずけないか。といいますのも、あなたは、もれなく、とおっしゃいますが、この世界には、その罰を受けることなく、何食わぬ顔で優雅に暮らしている輩がいるではないですか」


そこまでいうと、小さな影、肩で一つ息をついた。それからまた、ことばをつづける。


「いえ、この世界は、むしろそんな輩で溢れているといっても過言ではありません。だとすれば、齟齬そごをきたしませんか? あなたが今、おっしゃったことばに対して、齟齬が……」




つづく




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