前夜祭と焼きおにぎり
ルヴァンの熱が引いた頃、遂に総菜屋『一期一会』の開店日が決まった。
それからと言うもの日々は慌ただしく進み、まだまだメニューは少ないが全ては順調に進み、遂に開店日を明日に控えていた。
「ーーと言うことで、無事に一期一会は明日開店できることになりました。みなさんのおかげです、ありがとうございます。」
そしてお世話になった方達を迎え、今日は前夜祭と言う名のお礼を込めたパーティを開いている。
「どうぞ、いっぱい食べて、ゆっくりしていってください。乾杯!」
と声を音頭を取れば
「「「「「乾杯!!」」」」
と四方から声が上がり、アイザックさんを始め職人さん達やケインさんがお酒を煽り始める。
その近くで男達に負けず劣らずの勢いでデザートを頬張る兎の兄弟。
どんな料理なのかと吟味しているリンランとロビンさん。
そんな様子を見て、
あぁ、今日を迎えられてよかった。
と心から思った。
この世界に来てまだ数ヶ月、ただ凄く充実したと毎日だと感じている。
まだまだ少ないとは思うが、かけがえのない出会いの数々は、ものの価値観を変えてくれた。
楽しそうに私の作った料理に手をのばし、話に花を咲かせているみんなを見て微笑ましい気持ちになっていると、いつのまにかルヴァンがそばに来ていて声をかけられる。
「サラ。」
「ルヴァン。皆んなとお酒を飲まなくてもいいの?」
「後で参加するよ。」
「そっか。」
「サラこそ輪に入らなくていいの?」
「うん。もう少ししたらね。今はこの光景をもう少し見ていたいから。」
幸せをかみしめつつ目の前の光景を目に焼き付ける。
あちらにいた頃こんなに多くの人と関わったり、パーティを開くなんて想像できただろうか?
極力多くの付き合いを望まなかったのもあり、以前ならこのような光景の一部に自分がいること自体が想像できなかった。
「不思議だな…。」
ポツリと漏らした独り言にルヴァンが首をかしげる。
「この世界に来てから私が私じゃないみたい。」
何を言うわけでもなく、聴き役に徹してくれている。
「今こうしていられるのも、全てアン様の加護のお陰かな。」
私の力ではないのかもしれない。
きっとそうなんだろうと感じた。
そんな疑念を払拭したのはルヴァンで
「いくら加護があっても人との関わりは自分でしか作れないものだよ。アンジェリカ様の力を使ったって悪いようにならないだけで人から嫌われることも、恨まれることもある。この空間を作り上げたのは誰でもない、サラだよ。」
その言葉がストンと素直に胸に落ちていく。
「ありがとう、ルヴァンが居てくれて本当に良かった。」
と伝え、なんだか少し恥ずかしくなって
「そろそろ、みんなのところに行こうかな。先に言ってるね。」
と伝え輪の中に向かう。
「その笑顔はズルい。」
口元を押さえ少し顔を赤くしたルヴァンが何かを言っていたような気もしたけど、賑やかな店内でその声が届くことはなかった。
………
……
…
宴がおひらきになる頃、大量に作ってあった料理は底をつき、食べるものは何もない状態になっていた。
それでも招待したみんなが笑顔で帰っていってくれたことは嬉しく、明日の開店に向けて片付けを進めていく。
ロビンさんとリンランが多少手伝ってくれたのでそんなに多くもない皿を洗い、明日からもお世話になるキッチンを磨けば店内を箒で掃いてくれていたルヴァンのお腹が鳴った。
何事もなかったかのように片付けをしてくれてはいるが、お酒を飲みながらももてなしに徹してくれた彼は、そんなに料理も食べずに動いていたことを知っている。
「ルヴァン。お腹空いちゃったから片付けはこれくらいで大丈夫だし、上でお夜食にしよう。」
と言えば、嬉しそうにこちらを見て
「はい!」
と返事が返ってくる。
ふとした瞬間に返ってくる笑顔が可愛らしい。
二階に上がり準備をしたら、
「さて、作りますか。」
メニューは簡単。
焼きおにぎりだ。
残っていたご飯を半分に分け、半分を醤油とみりん、和風だし、鰹節で作った特製だしと混ぜ合わせ三角に握り、もう一つは何もつけずに三角に握ってお皿に乗せていく。
「ルヴァンどれ位食べられそう?」
と聞けば
「全然いける!」
と言われ全てのご飯を使うことにした。
コンロの上にセラミックの網焼き機を乗せて、加熱していけばあっという間に温まり、何も乗っていない網は自然とカタカタと動き出す。
だしと混ぜたおにぎりを網の上で焼いていけば、お米の焼ける香ばしい香りと、醤油の焼ける香りが辺りに漂ってくる。
トングでひっくり返し裏面も同じように焼いている時に表面に刷毛で薄く醤油を塗りもう一度ひっくり返してかるく炙れば、簡単焼きおにぎりの完成だ。
残りのおにぎりはそのまま網に乗せ両面がこんがりしてきたところで味噌とみりん、少量の醤油を混ぜ合わせた味噌ダレにつて、余すことなく全体をくぐらせたらもう一度網の上で焼いていく。
味噌は焦げやすいので焼ける匂いがしてきたところで網から下ろして味噌の焼きおにぎりの完成だ。
二種類の焼きおにぎりと温かい緑茶を持ってテーブルに向かえばルヴァンが取り皿とお箸を持ってきてくれる。
手早く一つずつ取り分けたおにぎりからは、湯気が上がっている。
「いっぱい食べてね。」
「「いただきます。」」
できたての焼きおにぎりはまだ熱く、少し噛めば中の柔らかい部分からも湯気が上がる。
醤油とみりんと和風だしを染み込ませた鰹節がご飯と混ざり合い濃すぎないながらもいい味を出す。
そして表面に醤油を塗ったことで焦げができてこれも美味しい。
そんなにお腹が空いていたわけでもないのにペロリと一つのおにぎりを食べきってしまった。
もう一つのおにぎりに手を伸ばして味噌と絡まったお米を堪能して、お茶をすすっていればおにぎりを頬張るルヴァンがの手が止まることはなく、全てのおにぎりを食べ終えるのを見守った。
細身の身体のどこに収まっているのか、そんな疑問を抱きながら、明日のことを感がて眠りについた。
閲覧ありがとうございます。
もう少しで一部完結です。