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アヤタカ  作者: ふさふさ
春の章
9/31

第9話「ミザリー先生のお部屋 後編」

挿絵(By みてみん)


 武具製作の授業を担当しているミザリー先生は、アヤタカがいじめられているのではないかということを問い詰めるために、アヤタカを自分の部屋に連れて来た。しかし誤解だと無事に分かり、お詫びとして彼女はお菓子をあげるねと言い台所へ消えていった。

 「はい、サイオウ君。お口に合えば良いけど……。」

 彼女が持ってきたお菓子は砂糖がまぶされたラスク、それと木の実が入っているクッキーに、蜂蜜につけられた赤い果物だった。クッキーやラスクは、作ったばかりの時に瓶に入れたので、まだほんのりあたたかい。

 ミザリー先生がお菓子を手に取ったことを確認して、アヤタカも後から手を伸ばす。

 小さなクッキーを摘んで口に放り込む。クッキーはほんのり甘くて、お店のものと違い口に入れるとほろほろと崩れるところが美味しかった。アヤタカがもぐもぐと口を動かしていると、ミザリー先生が口を開いた。

 「貴方、鷹の爪っていう唐辛子を引いたでしょう?」

 アヤタカはクッキーを口に入れたままこくんと首を倒した。ミザリー先生の美しい顔が微笑を浮かべる。

 「あれはね、本音を出させる薬の材料にも使われるの。だから人の心がよく分かる人にもあの材料はついていくのよ。」

 アヤタカはなにも言わず表情も変えなかったが、目だけを瞬きさせた。ミザリー先生はその様子を見て、「なんとなくだけど、彼はそのことを自覚しているんだろうなあ」と思った。きっと彼は違うと思ったらかぶりを振って否定するタイプだ、そう思いその姿を思い浮かべ、ミザリー先生はくすりと笑った。

 アヤタカはクッキーを飲みくだし、ようやく口を開いた。

 「本音……って、自白剤ってことですか?」

 ミザリー先生の美しい微笑はそのままだった。

 「あら、気になるの?」

 ミザリー先生がアップルティーに口をつける。

――やだよミザリー先生、このタイミングでそれを言われたら、お茶とかになんか入ってるみたいじゃないか。いや、先生がそんなことするわけってでも、何というかそんなこと言われたら……

 そわそわと小魚のようにせわしなく動き出したアヤタカ。それを見てミザリー先生が噴き出した。

 口元に手を当てて、愉快そうに笑っている。

――やだ、この子ってば可愛い。本当に混ぜてみたくなっちゃう!

 ミザリー先生の心の声を感じ取ったのかはともかく、アヤタカは背中がぞわりとした。

 「ごめんね、だってあまりにも面白かったんだもの。」

 そう言ってミザリー先生が、目じりに溜まった涙を指ですくい取る。

 「自白剤なんて犯罪なんだから、作ろうとしちゃだめよ? そうじゃなくて鷹の爪は、人の心に関連したまじないに使われるって話なの。今度作ってみましょうか?」

 人の心に関連した、の文章がアヤタカにやや不穏な響きに感じさせたものの、いかにも実験といったまじないに、少々アヤタカの心は揺れた。しかし「爆発ありきのミザリー先生」という二つ名を思い出し、返事は笑ってごまかした。

――そもそも何で、先生はそんなに爆発をさせるのだろう。

 ようやく笑いが治まってきたらしいミザリー先生が、ため息まじりに質問をしてきた。

 「はー……。ねえサイオウ君、もう光の間には行った? 」

 ミザリー先生の爆発の動機を聞くタイミングを逃した。若干残念だったものの、とりあえず忘れなければ後で聞こう、と頭の隅に押しやった。

 それはともかくとして、光の間。アヤタカが昨日行った、すべての種族が生気を養うことができる不思議な光で満ちた空間だ。

 そしてアヤタカがアポロンと出会った場所でもあった。

 アヤタカは、はい、行きましたと簡潔に答える。コーラルピンク色のこの部屋の中で、コトコトとお湯の沸く音が聞こえる。

 「そっかー……。どんな風景だった、とかも覚えてる?」

 「え?」

――妙な質問をするなあ。

 何処までも続く境界線の無い白い世界。そしてオーロラのようにたなびく紫に輝く布。それが光の間だったし、行ったのも昨日の話で、思い出せないほど前のことでもない。

 何か哲学的なことを聞かれているのかとも思ったものの、とりあえずアヤタカは見たものをそのまま伝えてみた。

 するとミザリー先生は感心したような吐息を漏らし、ため息まじりに呟いた。

 「すごい……。あなた、光の間でもちゃんと意識があるのね。」

 「え?」

 「あぁ、ごめんなさい。あのね、光の間っていうのは別名”魂の故郷”とも言うんだけれども、簡単に言えばよっぽど感覚が鋭くないとそこに居た時のことはぼんやりとしか覚えていない場所なの。大体の人は、 光の間では意識が鈍くなって大した行動はとれないし……。そうね、人間でいう夢を見ている時みたいに。」

 アヤタカは首をかしげたまま、ふんふんと頷く。

 「でも例外として、貴方みたいに光の間でのことを覚えていて、光の間でも自由に行動ができる人はいなくもないわ。覚えていない人達の中でも、時々何かの波長があって意識と記憶がはっきりする時もあるけれど、いつもではない。ごく稀に貴方のようにいつもはっきりしている人がいるくらいで。でも本当にいるんだ、面白い……。」

――え、覚えていない?

――ということは、アポロン先輩と遊ぶ約束っていうのもなかったことに?

 「あっ、 あのっ……! おれ光の間で、アポロン先輩っていうんですけど、その先輩とずっと喋ってて遊ぶ約束までしたんです。でもそれじゃあ、あそこじゃ約束すらしてないってことに……」

 「え。」

 その反応にアヤタカは はっと我に帰る。

――しまった。そんなことミザリー先生からしてみれば、それこそ知ったこっちゃないこと!

 でも大丈夫だよって言ってもらえないかなあ、と、アヤタカは敢えて自分の質問を訂正しないで待っていた。

 ミザリー先生が口を開く。

 「へぇ、アポロン君もその場所に居たの? それで色々話した……と。彼も意識がはっきりしてるんだ! 知らなかったなあ。ねぇねぇ、他にはそこに誰がいたとか覚えている?」

 アヤタカはどこかに行ってしまった自分の質問をまた取り戻しそこね、諦めて話の流れに乗ることにした。

 「う~~ん……でも、知ってる相手はアポロン先輩しか居ませんでした。精霊体がちらほらいることは分かったんですけど……。」

 ミザリー先生は そっか、と言って紅茶に目を落とした。

 アヤタカも目を落とし、紅茶の中で揺蕩っている自分を見つめる。

 やがて口を挟むように、時計のオルゴールがなり、時間のくぎりを伝えてきた。

 「あら、もうこんなに話していたの? ごめんねサイオウ君、こんな時間までひきとめちゃって。それに、誤解で呼び出してしまって……。」

 ミザリー先生の眉が下がり、思い出したかのように肩を落とした。それが本当に決まり悪そうに見えたので、アヤタカは焦って明るい声で語りかけた。

 「いえっ、先生が謝ることじゃありませんよ。 それよりおれこそ、すみません。せっかく心配してくれたのに、ひどいこと言っちゃって……。お菓子、美味しかったです。面白い話も聞けたし、得しちゃいました。」

 そう言って最後にアヤタカはにかっと笑った。小さな八重歯が端から覗く。

 それを見てミザリー先生も、から元気に見えたもののにこっと明るく笑い返してくれた。

 食器を片付けようとしたものの、ミザリー先生に 大丈夫よ、と制されてしまい、アヤタカはそのままお言葉に甘えて退室することにした。

 リースのかかったドアに手をかける。

――またベルだ。授業の合図といいミザリー先生、ベル好きだなあ。

 ドアを引くと、リースについたベルからからんころん、と可愛らしい音が鳴った。そして同時に、廊下からの冷気が足首や首筋をかすめる。

 アヤタカは廊下からぺこり、とお辞儀をして、お菓子や紅茶の甘い匂いがする部屋で優美に手を振るミザリー先生を、ドアが閉まるその時まで見届けた。

 アヤタカは、まだ自分に待ち受けている受難を知らない。

 カツ、カツとアヤタカの足音だけが廊下に響いている。ごろんとした、大きいハートのような琥珀がくっついている曲がり角を右に曲がれば、昨日も自分が入り浸っていた談話室だ。

 しかしアヤタカは何かを感じ取り、その足取りを止めた。談話室では、部屋の明かりが煌々と輝いている。

 アヤタカが耳をそばだてる。

 「あの先生本当美人だよな!」

 「可愛いのに色っぽい!!」

 耳をそばだてずとも自ら廊下に響いてきたその大声に、アヤタカは 間違いない、あれは自分を待ち構えての盛り上がりだ、と確信した。

 なす術もなくその場に立ちすくむ。

 何故呼ばれたんだ、どんな話をしたんだ、ミザリー先生の部屋はどうだった、私室での彼女はどうなんだ。矢継ぎ早に用意されていく質問はだんだんと下世話になっていく。その質問に答えなくてはいけないのは誰だ、アヤタカだ。

 「テークめっ……!」

 引っこ抜かれたマンドラゴラのような声を小さくあげながら、アヤタカは手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。

 アヤタカの受難はこれからだ。






 オルゴールは人形たちを乗せて、くるくると回り続ける。人形たちはオルゴールの仕掛けの上で何度も同じ物語、そして同じ顛末を繰り返す。

 もう見向きもされないオルゴールの人形劇は、持ち主の女の子が通りすがるのを横目で送りながら、また同じ顛末へと足を運んだ。

 ミザリー先生はカップを下げ終わり、その時にはオルゴールの音も絶えていた。

 またオルゴールの前を通り過ぎ、さっきまでアヤタカと囲んでいた机を、濡れた布巾で撫でつける。

 ミザリー先生は時計付きのオルゴールをちらりと見ては、また片付けを始める。

 何度かそれを繰り返した頃、廊下から誰かの気配がして、ミザリー先生は耳をそばだてた。

 近づく足音、ノック。

 「どうぞ。」

 ドアが開く。

 「ミザリー先生、失礼しますよ。」

 ドアの向こうにいたのは、浅黒い肌の老人。そして優しげな目は、黒い肌には非常に珍しい、青い色をしていた。

 彼の名はラズィク・レマンネ。魔法学校ラピス・ラズィクの校長である。

 その澄みきった目はミザリー先生にとって、今まで見たどんな瞳よりも、神秘的で美しいと思えてならなかった。

 「どうぞ、校長先生。お待ちしておりましたよ。」

 ミザリー先生が微笑を浮かべて、校長先生を迎え入れた。

 コーラルピンクの部屋の中で、お菓子の甘い香りと紅茶の香りが広がっている。

 切りそろえられた白髪交じりのひげの隙間から、校長先生が紅茶をすすった。

 かちゃんという小さな音を立て、ティーカップを机の上に置くと同時に、校長先生は口を開いた。

 「どうですかな、聞けましたか。」

 その質問に対して、ミザリー先生はティーカップを口に持って行ったまま、わざと時間を置いた。

 そしてティーカップから口を離した時には、ミザリー先生は口をへの字にして校長先生を見つめていた。

 「聞けました。でも、校長先生の無茶なご注文には本当に困ったんですよ? 何でもいいから、適当な理由を作って彼を呼び出してくれ、なんて……。どれだけその理由を作るのが難しかったか。」

 ご立腹なミザリー先生に、校長先生は ほ、ほ、と笑った。

 「笑いごとじゃないんですからね、もう。」

 校長先生に出したパンケーキに、蜜をかけてあげながら、彼女は不平を漏らしていた。

 「……さて、結論から言いますと、当たりです。近くで見るだけでも良かったのですが、証拠の裏付けまで取れました。」

 いつも柔和な笑みを浮かべていた彼女の顔に、真剣味が帯びる。

 「やはり彼は、光の間の最高位に到達しています。」

 「なんと……!」

 校長先生の不思議な色の瞳が見開かれる。蜜をすくいとっていた彼のフォークが傾き、パンケーキへとまた垂れていく。

 「しかもあのアポロンくんもそこに居たそうです。今まで彼にははぐらかされていましたが……。思わぬ収穫でした。」

 ミザリー先生はやっと宝を見つけたと言わんばかりの笑顔をこぼした。

 逆に校長先生はふむ、と返事をしたきり、眉間にしわを寄せ、切り揃えられた髭を撫で付けていた。

 「いや、ミザリー先生ありがとうございます。貴女にばかりこんな役目を……。しかし、おかげで間違いありませんな。」

 ミザリー先生の琥珀色の目と、校長先生の薄い青の目が交差する。

 「彼は、”世界の監視者”でしたか。」

 どちらともなく、その言葉がこぼれでた。





――世界の監視者?


――ええ、光の間の最も明るい世界、紫の布がかかったあの空間に行けることが何よりもの証拠です。


――その者たちは、この時代に生きる我々が間違った道に進まぬ様、監視するために生まれてきた存在だといいます。


――世界の監視者は、過去に何度も生まれ変わりを繰り返した者。かつての時代に生き、役目を終えたはずの魂が、お目付け役としてこの世界を見張るために再び生まれてくる存在。私たちよりもはるかに古く、崇たかい魂。


――しかし本来ならばそれは、一つの時代に一体、多くても二体という稀有な存在であるはず。それが今、監視者たちがこの世に何体も生まれてきています。


――世界の監視者に限らず、この世代には大きな力を持った子たちがたくさん集まっていますよ。






 「こんなことは今までなかった。」

 校長先生が、窓辺に手をかける。

 ガラス越しに外で広がる、冷たい夜空を見上げた。

 「大きな力がこの時代に集まりつつある。そしてそのようなことが起きるのは、決まって歴史が大きく変わる時……。」

 校長先生はいつの間にか、自分の首にかけている棺型の首飾りを、指で撫でるようにして触れていた。

 ミザリー先生が、校長先生の後を追うように窓辺へと歩みを寄せる。夜色のガラスに映る彼女が口を開く。

 「この世に世界の監視者が何体も送り込まれたということは、今の時代を生きる我々だけでは、とても対処しきれない問題が起きるということなのではないでしょうか?」

 ミザリー先生と校長先生は、窓の外に浮かぶ無数の星たちを見上げた。

 たくさんの星が瞬いている。

 星の死骸であるブラックホールは、光すらも、魔力すらも吸い込む。

 引きずりこまれて集まった魔力の輝きが、まるでその星をまた蘇らせたかのような光を放つ。

 「過去に起きたことを何ごとも無かったかのように誤魔化すのは、宇宙や自然も同じなのでしょうか。」

 校長先生が独り言のように呟いた。

 「あの時よりも、ひどいことが起きるというのか……。」

 校長先生が、自分の胸元に飾られている棺を抱きしめた。

 無数の星の中で、偽物の星がいっとう大きく輝いている。

 空に浮かぶ大きな月は、新月に向かって欠け始めていた。

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