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アヤタカ  作者: ふさふさ
オミクレイ国編
30/31

第30話「苦労性」

 どんぱりがらっしゃああぁぁぁぁぁん!!!


 ものすごい音がアヤタカらの頭上で響いた。

 続いて、光り輝く何かが落ちてくる。

 ガラスの破片だ。

 「ぎゃ、ぎゃああああああ!」

 降ってきた破片に悲鳴をあげながら、家来たちは頭を腕で庇いだした。

 しゃりんしゃりんと、ガラスが床に当たって軽やかな音を立てている。

 そして破片とともに、何か丸いものが落ちてきた。

 それは華麗に回転しながら、漆黒の髪を艶めかせながら落ちてくる。

 そして床に着く直前で、それは ばっと手足を広げた。音もなく、しなやかに着地をして。

 涙ボクロの位置に着く赤い宝石が、彼女が顔を上げたはずみで きらっと光った。

 アヤタカの知る限り、絶対最強の土小人。武道の達人でありながら、学校の一教師。

 「ストロ先生!」

 アヤタカの叫びに小さな体が振り向き、アヤタカを見据える。威風堂々とした立ち姿は、小ささなんて感じさせなかった。

 「アヤタカ……」

 名を呼ぶ声は何よりも頼もしい響きをたたえていて、アヤタカはせっかく入りかけていた力が全部抜けそうになった。

 「フレイヤ……」

 フレイヤが びくりと肩を震わせた。そしてついでに、この隙にとストロ先生のいる方へ駆け寄る。

 かと思えば先生を通り過ぎて、アヤタカの所まで来た。ほとんど床に倒れ込んでいるアヤタカは、迎えることもできず首だけ上げてそれを見ていた。

 ストロ先生が家来たちを睨め回す。

 その迫力に、彼ら彼女らは気持ち後ずさった。

 低く、小声なはずなのによく通る声がアヤタカたちに向けられた。

 「よく頑張ったな。あとは任せろ。」

 その言葉にアヤタカは、救われた気がした。

 家来のうちの誰かが我に帰り、鋭く叫ぶ。

 「怯むな、やれ!」

 その声に応え、他の家来も叫ぶ。

 「侵入者ごと殺せ!」

 「容赦するな!」

 「殺せ!」

 ボッ、という音を立てて、家来たちの杖から魔法が放たれる。

 それは唸りを上げて、光を撒き散らしながらアヤタカたちへと進んでいく。

 その流れてくる無数の光を、アヤタカは星っこゲームの時みたいだ、と場違いにも思った。

 そこで、タン、という軽やかな音を立ててストロ先生が最初の一歩を踏み出した。

 殺意を携えた無数の光が降ってくる中、ストロ先生は怯みもせず、家来たちの元へと進んでいった。

 「私は教え子のためなら、どんな悪党にだってなるぞ」

 前にいた精霊体のうちの一体の懐に入り、腹部にパンチを決めた。

 精霊体の体が後ろに吹っ飛び、背中から床に落ちる。

 一瞬の出来事に気が逸れ、狙いの狂った魔法たちはアヤタカとフレイヤの周りの壁や床に穴を開ける。

 ストロ先生は腰を落とし、構えをとった。

 「いいか……」

 その声に、アヤタカは背筋が凍った。

 「今のは見せしめだ! 言っておくが私は、お前たち全員を打ちのめしてでもこの子たちを逃がしてみせる!」

 びりびりと、その大声は空気を震わせた。

 アヤタカは、どうしてだかその声に目頭が熱くなった。

 すると、家来たちの中からまとめ役らしき男が歩み出た。フレイヤに転生の儀を伝えにきた、あの男だ。

 「待ってください。」

 まとめ役のグレーの瞳が、哀れっぽく細められる。

 「私たちは、ルールを破り逃げ出したそこの二体を、追いかけただけですよ。そして取りおさえるために魔法が必要だった。分かるでしょう?」

 「最初の一発から、思い切り地面がえぐれる魔法だったな。それが取りおさえるのに必要な魔法か?」

 「……それに、そこの外部の子供は魔法で家来たちを絨毯から叩き落とした。十分危険だと判断したから、使ったまでです。」

 「だから、それは先にそっちが攻撃魔法を打ったからだろう」

 「先にルールを破ったのはそこの子供ですよ」

 「ルール?」

 「ここのルールです。彼は顔を差し出すことを条件にこれまで育てられてきた奴隷です。それにいざとなって反発するなんて、契約違反もいいところですからね。」

 「その違反の代償が死か? その罰は、いささか過剰じゃないか。」

 「……よそ者が、口を挟まないでください」

 そこでフレイヤが野次を飛ばした。

 「話をそらすな! さっきから、そらしまくってるぞ!」

 まとめ役の男が、きっとフレイヤを睨んだ。

 ストロ先生はしばらく黙った後、目を瞑ってひとつため息をついた。

 そして次に目を開けた時には、獣のような目をしていた。

 「もういい。やっぱり、この子たちが一方的に悪いわけではないと確信できた。それに私は"逃がす"と言っているんだ。そこにお前たちの正しさなんてどうでもいい。どけ。どかないなら、戦うまでだ。」

 「……やっぱり、魔法ではなく運動を選ぶ輩は考えが短絡的で困る」

 そう言って、まとめ役は杖に魔法の光をほとばしらせた。光は不気味に男の顔を照らし、男はさらに不気味に顔を歪ませ笑う。

 「ふふ、この魔法は相手をぐぶっ」

 言い終わる前に、ストロ先生がその顔に膝を叩き込んだ。ストロ先生の顔は、凄まじく冷徹だった。

 まとめ役がなんの魔法を放ちたかったのか、そして何を言いたかったのかは永遠に分からない。

 ストロ先生はまとめ役の顔をさらに空中で蹴って足場にし、他の家来の体に飛び乗るようにして襲いかかっていった。あちこちで悲鳴が上がり、迎え撃ったらしい魔法の光がちかちかと光る。

 ストロ先生はその魔法をするすると避けていき、杖をつかむ腕ごと掴んで相手の体をぶん投げた。

 独壇場、としか言いようのない圧倒的な力は、立ち向かうものを萎縮させた。集団相手に千切っては投げを繰り返すストロ先生は、まさしく二足歩行の獣だった。

 「ガキの方を狙え!」

 誰かが叫び、アヤタカとフレイヤめがけて魔法が放たれる。

 二体は反射的に指を構える、が。

 「そうだ、魔力無効化……!」

 フレイヤが鋭く呟いた。相変わらず魔力の出所に栓でもされたかのように、アヤタカは体の奥がつっかえた。

 ストロ先生の足の速さでもここまでは間に合わない。アヤタカもフレイヤも魔法が使えない。アヤタカはまだ体が不自由なまま。

 ストロ先生が素早く手をひらめかせた。

 二体に攻撃魔法が当たる直前で、半透明な壁が現れた。それは攻撃を弾き飛ばし、また消えた。

 ストロ先生がかざしていた手のひらを下ろす。

 それを見て、その場にいた全員が思った。

――魔法、使えたのか!

 アヤタカもフレイヤも、ストロ先生が魔法学校の教師であることをすっかり忘れていた。

 武道もできる、当然のように魔法も扱える。その姿にアヤタカはこう思わずにはいられなかった。

 アヤタカの拳が握り固められる。

――やっぱりストロ先生、格好良い!

 あとは蝶のように舞い蜂のように刺すストロ先生に、心の中で歓声を送るばかりだった。




 それから数分後、広い部屋はおびただしい数の敗者で埋まっていた。

 立っているのはただ一体、勝者であるストロ先生だけ。

 「ストロ先生……!」

 アヤタカはふらふらの体に鞭打って、ストロ先生のもとに駆け寄る。魔法の使いすぎらしくアヤタカは、体に力がほとんどもう入っていなかった。

 しかしそれを迎えるストロ先生の目はつり上がっていた。

 「このバカ!」

 びくーっと、アヤタカが体を竦ませる。

 「お前がこんなに頑張る必要なんてなかったのに! 待っていてくれれば、フレイヤもお前も、私が助けに来たのに! こんなボロボロになって!」

 ストロ先生に怒鳴りつけられ、アヤタカは しゅんと小さくなる。

 しかしあとからやってきたフレイヤが、助け舟を出した。大人に歯向かって同年代の誰かをかばうだなんて、自分にしては珍しいな、と思いながら。

 「ストロ先生、ありがとうございました。しかし失礼ですが、彼がいなくては、私は今頃姿を奪われていました。きっと先生が来る頃には、手遅れだったでしょう。」

 「……たしかに。」

 ストロ先生はしばらく黙ったあと、くっと顔を上げて二体を見据えた。

 「……そうだな。これは二体が頑張ってくれた功績だ。怒鳴ってすまなかった。」

 アヤタカの顔に安堵が浮かぶ。ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返すその姿はいつものアヤタカで、あんなに神経を張り詰めさせて、すごい魔法を操った彼とは別の精霊体のようだ、とフレイヤは思った。

 しかしアヤタカはすぐに顔を青ざめさせ、ひざ滑りでストロ先生にすがりついた。

 「す、ストロ先生……そうだ、それより、どうするんですか。大問題になりますよこんなの……! あの膝蹴り食らったおじさんも言ってましたけど、ルール破ったのはおれたちの方なのに! 完全にこれ、俺たちが悪者ですよ……!」

 「……っ。かくなる上は、私が切腹でもなんでもして責任を取るから……! とにかく、今は逃げることを考えよう。」

 頭を抱える二体に、フレイヤが口を挟んだ。

 「二体とも、領事裁判権のこと忘れてません?」

 「それでも表沙汰になれば社会はなんて言うか!」

 きれいにハモったその声にフレイヤは、「この二体、本当に誰かからどう思われるかばかり気にするよな」と心の中だけで呟いた。

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