8話 小学校という戦場
小学校生活は始まった。幼稚園時代の知り合いは遠藤 守君だけだった。もっとも話したことはないので、本当に名前と顔が一致するくらいの認識だった。
今日は入学式。全員が座って一番偉いのであろう先生の話を聞く。みな行儀がいいものだ。しかし、席があるというのは妙だ。権力の高い人物が話す場合はやはりピシッと背筋を伸ばし、直立しながら聞くものだと思ったが…
1時間くらいで入学の式典は終わった。各クラスへ生徒が移動し、担任の先生から呼名される。このクラスは1年A組、クラスの担任は畑山 美奈子先生。中々に若くて真面目そうな先生だった。
「はい、みなさん!それでは名前を呼ぶので、手を上げてください。」
返事はしなくていいのか?まあ、それがこの学校の決まりであるなら守ろう。
「…遠藤 勝君、遠藤 守君、…田中 光さん、…渡辺 亜蘭くん、渡辺 真由さん」
このクラスには25名の生徒がいた。クラス自体は1年F組まであったのでかなりの人数が入学したのだろう。入学の日は特に授業もなく、昼に解散であった。授業のバリエーションは英語、国語、算数、体育、倫理、社会、英語コミュニケーション。バリエーションが増え、勝は楽しみにしていた。帰り際、みさきがクラスまで飛んできた。
「勝、帰ろ!」
いい笑顔だった。自宅までは電車を使う。みさきと一緒に帰るのは使命でもあった。
「おう!電車混んでないといいなー!」
「あ、あの!」
1人話しかけてきた。守君だ。
「じ…実は僕も同じ方面、帝町で…実は勝君と一緒のマンションにすんでて…それで、その」
「おお!一緒に帰るか!?」
「う…うん!」
知らなかった。正直気にもしていなかった。しかし、せっかく話しかけてきてくれたのだ。ここからコミュニケーションを増やしていこう。
「あれ、あなたたち帝町なの?私も一緒に帰っていーい?」
確か…田中光さんだったかな。
「勿論!みんなで帰ろう!」
横目でみさきを見るとちょっとムッとしていた。よくわからないが、まあいいだろう。
こうして新たに2人加えて一緒に帰ったのだった。
入学初日は問題もなく無事に終わった。
1週間後、勝はクラス内で光、守とよく一緒にいるようになった。あとは渡辺亜蘭君も集団によく入ってきた。
「勝君、君、英語は喋れるかい?」
亜蘭は日本とは別の国で過ごしてきたらしく、英語も多少喋れるようだった。勝はこの世界に多数の国があり、英語は世界中で通じる言語だと知って、先週から猛勉強をしていた。
「中々難しいね。下の動きが難しいよ。」
「ふふ、今度僕が発音を教えてあげるよ!」
亜蘭は得意げで、光は亜蘭のことがあまり得意でないようだった。
その日の放課後、勝と明美は小学校の職員室にいた。
勝はトップで入試に合格した。この小学校には色々なクラブ活動というものがあり、入学後2週間経ってからいずれかのクラブに所属の義務がある。しかし、家庭の事情によってはそうしたクラブ活動への所属は免除されるのだ。美奈子先生から打診があった。
「勝くんは将来帝都大学への入学を希望しているのですよね?でしたら塾等忙しいと思いますので、クラブ活動への所属はしなくても構いません。どうですか、お母さま?」
なぜ俺ではなく母に聞くのか…。
「先生、当事者は僕です。僕に聞いてください。」
「私は勝に勝のことは全て任せています。」
2人で続けて発言してしまった。が、勝は明美に顔を向け、笑顔を見せ、ありがとうと声を出さずに伝えた。
明美はいつものにやけ顔をしていた。
「…勝君は本当にしっかりしていますね。勝君はどうしたいのですか?」
すでにクラブ活動について勝は全て調べていた。聡知小学校のクラブ活動は主に8つある。
吹奏楽クラブ、生き物クラブ、グローバルクラブ、歴史クラブ、算数クラブ、理科クラブ、学校生活向上クラブ、体育クラブ。
体育クラブはサッカーや野球などの球技に所属している生徒が同時に入会することになる。実際に活動があるのは3年生以降。それまでは放課後に体育の授業のような球技をすることになる。学校生活向上クラブ活動が3か月に一度。特殊な事情はないが、活動をしたくない生徒が集まる。その他は名前のごとくだ。クラブ参加は3つまで認められているが、そんな生徒はおらず大半が一つもしくは事情によりゼロだ。
「僕は3つクラブに参加しようと思います。体育、理科、グローバルにしようかと!」
「…どれも大変なクラブですよ?ほぼ放課後は暇がなくなってしまうと思いますが。」
「18時まででしょう?ということは19:00までには帰宅・ごはんが済ませられますし、勉強も十分な時間が取れますので!」
「そ…そうなんですね?わかりました。来週の登録用紙提出にそのように書いてください。それにしてもお母さま、失礼ですがどのような教育を?さぞ素晴らしい方針で勝君を育ててらしたんでしょうね…。」
この手の質問になると明美はいつも顔を暗くしていたので勝はすかさずに言葉を返す。
「母は素晴らしい教育者です!そのおかげで、今の僕があります!」
「…流石ですね。見習いたいところです。ああ、どこのご家庭も遠藤さんのようでしたらこちらも教育に力を入れることが出来るのですが…。」
「…何か大変そうですね、先生。」
「あ、失礼しました!それでは勝君にお母さま、本日はご足労いただき、ありがとうございました。」
美奈子先生が深々と頭を下げた。
「今日はありがとうございました。先生、息子をこれからもよろしくお願いします。」
こうして参加するクラブが決定した。
みさきや守、光にそのことを伝えた。
「じゃあ私もそうするわ!」 みさき
「え…勝君は塾とか習い事とか…ないの?」守
「は?勝、やばいわね、私は吹奏楽よ!」光
一気に口々に話してくる。
「まあまあ、みさきは別にやりたいことをやればいいと思うよ?守、塾ってそんなに忙しいのか?」
「ええ!?勝と離れるのはやだなぁーーやっぱり一緒にする!」みさき
「え…うん、毎日5時から9時まであるんだ…」守
「みさき!勝くんと付き合ってるわけじゃないでしょ?縛るのはだめって、ママが言ってたわ!」
みさきも光も言い争い始めたので、守に向き合う。
「は!?そんなに勉強してるのか?なんで?」
今の学校での学習レベルに対し、明らかに過剰といえるような勉強量だ。
「ま…ママが、その、たくさん勉強しなきゃだめって。」
各家庭のことに口を出さない方がいいのは幼稚園時代のママ友なる気持ち悪い集団のランチに同行させられて以来、しみついている。ついうっかり自慢話にそのなにがすごいのか突っ込んでしまい、迷惑をかけた。
「そうなのか…でも、悪いことじゃないし!前向きに頑張らないとかな?」
「う…うん。」
嫌そうな顔をしていた。
「守…自分の言いたいことはしっかり言わないとだめだぞ?」
しっかりそこは言っておこう。守は守で母親の道具ではない。
そのあとも色々話しながら4人で帝町へ向かった。