6話 運動会 幼稚園の謎
入園から半年、言語能力についても算術についてもほぼマスターした。この日は運動会というイベントが開催された。種目はかけっこ、ダンス、縄跳び、しっぽ取りだ。ダンスに関してはいつもと同じことをするだけだし、かけっこはこの狭い庭を一回り走るだけだ。縄跳びもしっぽとりも遊戯の一環としていつもやっている。しかし、今回は順位がつくらしい。いや、幼稚園児と競っても何も特はないが勝負ごとには負けたくない。なにせ私は勇者で王だ。その誇りは忘れていない。
「勝~準備できたのー?そろそろ行くわよー」
「はーい!今行くよー」
今日は親のかっけこ競争もあるとのことで、母さんは彰浩を連れて行こうとしたが、彰浩は面倒だ。そんなのに時間をかけたくない。と出かけて行った。まあ私もあいつに来られてもうれしくもなんともないしな。
園の前には赤いジャージを着た中年が立っていた。張り切っているように見えるが、まあいつもあの小さな部屋にいるようだし、こういったイベントは楽しみなのだろう。
「おはようございます。園長先生!今日はなんだか張り切っていますね。」
とりあえず挨拶は忘れずに。
「おや勝くんもお母さまもおはようございます。そうですね、なにせ滅多にないイベントですから。私も力が入るというものです。」
「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね。」
園内にはすでに多くの保護者がいた。数人の男が巨大な黒い箱を手に持っている。
「母さん、あれは何ですか?」
「あれはカメラよ。あれで景色とかヒトを撮るのよ。私もこのスマホで今日は勝の雄姿をたっぷり記録しちゃうんだから!」
うーむ、いまいち何かわからない。母さんは説明があまり得意ではないらしい。しょうがないから使用風景を見て学ぼう。
カメラについて思考を重ねる勝にみさきが元気に話しかけてきた。
「おはよー勝!今日のダンスがんばろーね!」
ダンスは2人一組で行うことになっていて、ペア決めの際みさきからの猛烈なアタックにより、勝&みさきペアが誕生していた。
「おう、頑張ろう、みさき!」
この半年、みさきとは平日ほぼ毎日話すので、だいぶ年相応の会話にも慣れることができた。言語の習得は使うことが一番の近道というのは真理である。
「まあまあ、今日もみさきは勝君と仲良しねー。勝君、みさきをよろしくお願いしますね。」
みさきの母親、美紀さんだ。美しい。明美とは違い、色気が体中から漂う。特に胸は明美の3倍―――といったところだろう。
「はい、任せてください。一番素晴らしいダンスを見せます!」
やはり、美しい女性を目の前にすると見栄を張りたくなるのが漢というものだろう。あの簡単なダンスなら完璧に踊りきることができる。きっと園内で1番のダンスを踊れることだろう。
「ふふふ。本当にいい息子さんをお持ちですね明美さん。うらやましい。いや、みさきと結婚すれば義理の息子になるのかしら。ふふ。」
明美とみさきが目の前で固まった。
「ちょ・・・ちょっとママ!だ・・だ・・誰が勝なんかと!・・・フン!いきましょ、勝!練習よ、練習。」
「あらあら、冗談なのに。ねえ明美さん。子供は反応が良くて楽しいわぁ。…あら、明美さんも感情豊かね。ふふ。」
「み…美紀さん。冗談でもびっくりしちゃいますよお。それにみさきちゃんもいいお子さんですよ。あんな女の子が子供だったら楽しいでしょうねえ。」
「あらあら、ならなおのこと、みさきの相手は勝くんにお願いしないと。ふふ。」
「み…美紀さん!」
なるほど、母も美紀さんには敵わないということか。やはりああいう魔女のような女性は好みだ。本当に、いい。
勝はみさきに引っ張られながら外の砂場へと向かった。
――――――――勝のカルチャーショック その1―――――――――
さて第一種目のかけっこが始まった。低学年から順番に、勝は第一走者のグループだ。先生が合図をする。
「いちについてーーよーーーいどん!」
謎な合図だが、勝はダッシュを始めた。強靭な体が欲しくて入園ごから毎日運動をしているおかげだ。群を抜いて早い。ゴールは当然一位だ!
意気揚々とゴールラインを越えようとした勝を先生の一人が止めた。
「はい、お友達を待ちましょう!」
な!?なんだ??これは勝負だろう?何故だ!!勝がこちらにきてから色々珍しいものを見てきたが、人に対してはやはりアベルと本質が変わらぬし、むしろ教育に力を入れている分優れた世界だろうと考えてきた。しかし、この瞬間、勝は強烈な衝撃を受けた。
「はーーーーい。じゃあみんなで手をつないで――、ゴール!今年も全員が一番でしたねーー。」
なんだあああああああああああああああ!勝は心の中で叫んでいた。こんなものに何の意味がある!?努力して一位を取ること、努力しなかった故に学ぶ敗北。これは人生に大きな意味を与えることだろう!?そのためにこういった勝敗のつく競技大会を開催するのだろう!?それが、一位や二位でゴールしそうな生徒を引き留め、足の遅い生徒と一緒にゴールさせるだと!?納得できない。このような会なら開催する必要もない。こんな教育から成長した子供など、軟弱にしかならんぞ!!!
勝の心は彰浩以外のことで怒りを感じたことがなかったが、この教育体系に大きな怒りを感じていた。しかし保護者達は大きな拍手をしている。なんなんだ。おかしいだろ。勝は若干のめまいを感じるほど衝撃を受けていた。
次のダンスも次の縄跳びも、全員が一位。しっぽ取もだ。明らかに優劣はある。しかし先生は必ず全員が一位といった。気持ち悪い。勝は落胆と共に家に帰ったのであった。