3話 3歳になりました
こちらの世界(地球というらしい)に生まれてからこちらの時間で3年間の時が経とうとしていた。言語に関しては両親が話すことばはある程度使いこなせている。
「勝~お夕飯よー、降りてきなさーーーい!」
母からの呼びかけだ。この世界における名はマサルというらしい。前世だと魔人語で「滅び」という意味だ。こちらの世界では勝利するという意味を持つらしいがいい気分ではない。
「はーい、母さん!今行きますー」
飯の時間というのはこちらの世界で一番楽しみな時間のひとつだ。とにかくうまい。母の作る料理のうまさは前世の母の10倍はうまい。本当においしいのでいつも美味しいと言いながら食べるのだが、母はそのたびににやけて頭を撫でてくる。素晴らしい母だ。前世の母なら食事中には作法を気にし、しゃべるなと頭をひっぱたいてくるだろう。懐かしい。
「手は洗ったの?…まあ聞くまでもないか。勝は本当に頭がいいね~。」
母の名は明美くるくるとして肩までの長さがある美しい黒髪、整った顔立ちで肌も美しい。胸はあまり大きくはないが、大きめの尻を持っているため、非常に魅力的な肉体をしていると思う。
「明美~おなかすいたよー。」
今の情けない声は父親の彰浩である。何というか威厳がない。眼鏡をかけ、筋肉のない腹が出た不格好な肉体をもち、母の前では気持ち悪い甘えた声をだす。
「あなた、先に手を洗ってきなさい。本当にもう、なんで子供より子供なの?意味が分からないわ。そろそろしっかりしてください!」
この始末である。息子よりも妻に怒られる夫など存在するとは思いもしなかった。
本日の夕食は唐揚げ、鳥類の肉を油という調味料をつかい加工しているらしい。サクサクとしているかと思えば中にはジューシーな柔らかい肉が入っている。最高だ。一度サンダーフェニックスの肉を食べたことがあるが、中の肉をサンダーフェニックスに変えればさらにジューシーで素晴らしい食べ物になるだろう。
「おいしい!母さんの料理は本当に最高ですね。」
笑顔で元気よく言うと母はいつも通りにやけて頭を撫でてくる。
「ふふふー、勝のおかげで料理が楽しくてしょうがないわー。ありがとう。お母さん勝のこと大好きよ。」
「なあ明美~俺にも少しは優しくしてくれよー。あと今日の唐揚げ俺はもうちょっと塩味聞かせてほしかったかな。」
一気に母親のテンションが下がっているのがわかる。まあ、生前は食事にさして興味もなく、作るのも帝国調理師団であったので作り手の気持ちなんぞ知ったことではなかったが、赤子からやり直し、母の忙しいながらも手間をかけて料理を作っている姿勢を見るだけで、どれ程大変かを理解した。本当にこの彰浩は母親の苦労も知らないクズである。
「父さん、僕は十分おいしいと思いますよ?そんなことをいうのであれば自分で作ったらどうですか?」
3歳にしては成長が早すぎると両親が口にしていたが、実際はもう十分に人生を全うしてきている。それに加えて赤子になったことにより理解力が増しているのを感じた。両親の発する言葉は完璧に意味まで把握したつもりだ。
「勝、父さんにそんな口の聞き方はいけないな。俺は美味しいけど、改善したらもっとおいしくなると言ってるんだ。お前ももう少し礼儀を学ばないとな。」
正直、剣があれば一刀両断にしている。自身も生前は子供たちに厳しく接してきたが、理不尽な怒りをぶつけたこともなければ、こちらが間違えていたときは素直に謝ったものだ。こいつにはそういう感覚もなければ、常に自分を棚に上げている。まるでかつての副将軍のコルマッカのようだ。魔族に手を貸していたと発覚したので最上級雷魔法で灰すら残さず消し飛ばしたのがいい思い出だ。
「あなたやめて、次はもう少し塩加減強めるから。それより明日も今日くらいには帰ってこれるの?」
母はいつも彰浩のいうことを受け入れる。殊勝な心掛けだ。それに仕事もしている。私は妻には社交的な部分での協力を求めていたが、仕事をしろなどと頼んだことはない。しかし、この家の小ささと汚さから見るに、この家庭は貧困で、収入が足りていないのだろう。難儀なことだ。私が母の状況であれば、このようなクズからの意見など聞きもしないだろう。なにせ仕事しかしていないのだ。母よりも何もしていないにも関わらず、母に命令や嫌味を言うことに嫌気がさす。
「んー明日は上司と飲んでそのままお世話になるから帰ってこないかも!」
これもこの世界での一つの驚きなのだが、夜に夫が家族を残すのであればふつうは頼れる者を家に使わせ、家族の安全を保障してから家を空ける。そもそも移動は魔法で一瞬なので夜を家の外で過ごすなど考えられなかった。夜彰浩がいない日、私は母のベッドで寝る。何故だかわからないがそういう日は必ず不安そうな顔をしているのだった。この世界をまだまだ理解できていない。
「そうなの。気を付けてね。」
何故か母の横顔は寂しそうだ。一日合わないだけでもそこまで寂しがるほど彰浩は愛されているのだろう。私には理解できない。
夕食が終わると私は勉強を始める。母に頼んだこの言語(日本語というらしい)を更に上達させるための練習だ。
トライ1年生という教科書だ。喋るほうは大分上達したが、書くことに関しては前世と勝手が違いすぎて慣れていない。体にはもう慣れてきたのであとは書き方を覚えるだけだ。しかし、この世界の技術はすごい。今手にしているこのペンは書こうとした文字の書く手順を音で紹介してくれる。学問に対する品物が充実している点は前世の世界よりも優れていた。