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第6話 淑女らしく?君らしく?(前編)

 男の頃からずっと変わらない終斗との友情も、女になって初めて知った終斗への恋心も。

 どっちも大切なもので絶対に捨てられないけれど、その板ばさみはやっぱりどうしても息苦しくて。

 オレは心が弱っちいから、たまにどうしても思ってしまうのだ。



 ――もしも普通の女の子だったら、と。



   ◇■◇


「えー……こないだはイマイチな結果に終わったけど、気を取り直しってちょっ、やめろ人の胸さわんなっていや掴むなひっぱんな!」

「うっさい俺のより大きいおっぱいなんて皆もげてしまえ!」


 いきなり失敗に終わった『朝雛始美少女化計画』その1から数日後の昼休み。


「そんな本気で殴らなくても……」


 1-Aの教室で、小気味良い打撃音とともに頭に大きなタンコブを作って机に伏せた……ていうか伏せさせられた俺の頭上から、いつぞやと同じように……いや、前よりも若干憤っているまひるの声が降ってきた。


「いきなり人の胸鷲掴みにする奴が悪い」

「だってまひるにそんなものがついてるから! びっくりするくらい柔らかかったよバーカ!」

「そうかいそりゃよかったわね、男だったんなら役得でしょ。それよりいい加減話進めたいんだけど」

「胸は柔らか暖かいのに言葉が硬し冷たしだよ! たしかにちょっとはドキッとしたけど、その十倍ぐらい深い絶望を味わってるよ! ほんとに同じ人類かよお前、オレの胸と違う素材でできているだろそれ!」


 オレは机から顔を上げると、ふわふわの白いシュシュで括られて頭の右側からぴょこんと飛び出た栗色のサイドテール・・・・・・を揺らしながら、持つ者に向かって持たざる者の怒りと悲しみの慟哭をぶつけた。

 それでもなお余りある感情の赴くまま、オレは再び机に伏せながら叫び訴える。


「大体なんで好みの質問が、よりによって"胸"なんだよ! そりゃ男子なんて皆大きい方が良いに決まってるじゃんか! それを分かってても貧乳オレたちだって夢見たいんだよ!」

「元男が言うと妙な実感があるわぁ。でも現実見ることも大切よ? なんせこれで『外面磨いても胸が無いんだからしょうがない』って現実がこんなに早く分かったんだから」

「改めて言葉にされるとこれ以上無いくらい身も蓋もないリアリティが! じゃあ、じゃあ持たざる者に救いは無いんですか……?」

「なに言ってんの。外面だけが、胸だけが女の土俵じゃないでしょ」


 救いを求め、藁にも縋る思いでを見上げたまひるの表情は、いかにも『策がある』と言わんばかりのしたり顔。

 その頼もしげな表情へと期待の目を向けたオレに応えるかのように、まひるはピシリと指を差して堂々と言い放った。


「外が駄目なら中身で勝負。『朝雛始美少女化計画』その2は、始の"女らしさ"を鍛えるわよ!」


   ◇


 そんなわけで放課後。

 "女らしさ"なるものを鍛えるべく梯間家へと遊びに来たオレを出迎えたのはまひる……だけではない。まひるの弟二人&妹二人と、4匹いるまひるの愛犬たち(ちなみに全員小型犬だ)も一緒だった。

 オレはここに何度か遊びに来たことがあるので、ここの弟妹や犬たちとも面識がある。

 彼ら彼女らと少し遊んだり話したりしたあと、オレはようやくまひるに彼女の部屋へと案内されることになった。

 他愛も無い話をしながら廊下を渡り、辿りついたまひるの部屋へと足を踏み入れる。


「それにしても、いつ来ても賑やかだなぁここは」

「賑やかっていうか騒がしいっていうか。おまけに家も狭いしみんなまだ子供だし犬もいるしで、どうしてもこんな感じだけどそこは勘弁ね」

「いいよいいよ、オレは好きだしこういうの。うちももうちょっと兄弟欲しかったなー、オレの他は妹一人だけだから男兄弟とかちょっと憧れるかも。あとペットも」

「ペットも兄弟も世話かかるから、そんないいもんでもないわよ。ま、でもうちは両親が共働きだしそういう意味では寂しくなくていいかも……なんて無駄話はこれくらいにして、特訓始めるわよ!」


 オレが床にビシッと正座で身構えると、講師役であるまひるが堂々と胸を張って特訓の開始を告げる。

 ……胸を、張って……胸……凹凸……はっ!

 オレはつい気が虚ろになりかけたけど、首をぶんぶん振ることで正気を取り戻す。そして手を挙げ、まひるに一つ気になっていた質問をした。


「はい先生! そもそも女らしさってなんですか! なんとなくイメージはあるけどぶっちゃけよく分かんないです!」

「いい質問ね! まぁ女らしさって一口に言っても"理想の女性"、"現実の女性"、あとは"一般的なイメージとしての女性像"とか人によって連想するものは色々あると思うけど、この特訓で鍛える女らしさって言うのはすなわち"淑女らしさ"よ!」

「しゅ、淑女……それは先生、横文字で書くなら"レディー"と呼ばれるあれですか!?」

「そう、そのあれよ! 『あんたのエロ本、家族に見せびらかすわよ』の一言で一番上の弟を強請ゆすって調査した結果、男にはお淑やかな性格とか包容力の高い人とかあと黒髪美人とかなんかそういうのが人気らしいってのが判明したのよ。半分くらい弟の趣味な気もするけど、現役の中二だからそこそこ信憑性はあるわ、多分!」

「わぁなんて典型的な大和撫子像、さすが日本人! あと弟さんなんかごめん!」


 この場にいない、大和撫子好きの弟(中学二年生)に詫びを入れつつ、オレは犠牲になった彼の分まで頑張ろうと改めて決意を固めた。

 でも直後に一つの不安が脳裏に浮かび、オレの眉が下がってしまった。


「でも、淑女らしくなんて出来るかな……だってオレ、こないだ体型が貧……大人っぽくないって現実を突きつけられたばかりなのに……」

「違う違う、この際見た目はどうだっていいのよ。私こないだの特訓から考えてたんだけど、まずやるべきことは夜鳥くんにあんたを"女"だって意識させることだと思うの。あんたがもうちょい豊満な体型してれば特訓とかしなくても彼が意識してたかもしれないけど……無い物ねだりしてもしょうがないし」

「な、ないかどうかはまだ成長期なんだし分からないだろ! まだ男だった頃は身長だって少しずつ伸びてたんだから!」


 オレが反転病で女になったのは今年の6月頃だったけど、それまでは地味に身長が伸び続けていたのだ。当時の最高身長はなんと152.3cm!

 女になってから145cmぐらいに縮んだけど。しかもなぜか成長止まったけど……まだ、まだ希望はあるはずだ!胸含めて!

 その場で立ち上がり鼻息を荒くして主張するオレに、しかしまひるはため息を一つついて淡々と言葉を紡ぎだした。


「悲しがな、女子の成長期は基本的に男子よりも早く終わるのよ。そもそも身長の伸び幅だって女子の方が普通低いし」

「そんな、嘘だ、それじゃあオレは、もうこれ以上……」


 オレは現実を認めたくない気持ちから思わず首を横に振ってしまうけど、まひるは尚も残酷な現実を突きつけてくる。


「ついでに言えばバストアップ体操だのマッサージだのは所詮気休め程度にしかならないわ。どうせ始のことだから背を伸ばすために毎日牛乳飲んだりストレッチとかしてるんだろうけど、大して効果無いでしょ? それと似たようなものよ」

「な、なんでオレが小学生の頃から続けてる、誰にも言っていない秘密を!?」

「うわ半分冗談だったけど、マジでやってたのね……。そんなわけだから、胸も身長も潔く諦めて気持ちを切り替えなさい。それにそんだけ小さければある意味個性よ、良いじゃないオンリーワン」

「無い無いづくしのオンリーワンよりも没個性でいいから人並みで在りたかった!……とは言え、いつまでも引きずってもたしかにしゃあないよな!」


 そうだ、オレの今やるべきことは終斗を惚れさせることであって、身長を伸ばすことでもましてやバストアップでもない。

 オレは頬を一度自分で叩いて、暗い気持ちを追い出し思考を切り替える。

 その様子を見届けてから、まひるが言った。


「よし、それじゃあ本筋に戻るわよ。まずやるべきことは夜鳥くんにあんたを女だって意識させること……ってのはさっき言ったけど、私から見て夜鳥くんにとってあんたは親友であっても女として、恋愛対象としては全く見られていないと思うの」

「それは……うん、多分そうだと思う」


 オレが終斗を好きになった理由の一つは多分、あいつが男時代から変わらず親友として接してくれたことにもあると思うんだけど、それは裏を返してみればあいつにとってオレは親友以外の何者でもないということで。

 オレが頷くと、まひるは話を続ける。


「思春期の男子なら見た目次第じゃ否応無しに意識するかもしれないけど、生憎あいにくとあんたの見た目は夜鳥くんの守備範囲外。だったらあとは始、あんた自身が変わる他ないの。まずは内面の女らしさを見せ付けて、夜鳥くんに『ああこいつも女子なんだな』って感じのことを思わせるのよ! 一度意識させてしまえば、外見の好みなんて少しぐらい……少し? ……うん、結構どうにかなるものよ!」

「なるほど……たしかに人間大事なのは中身だってよく言うしな、恋愛も同じってことか。よーし、そう考えたらやる気出てきた! 立派な淑女目指して頑張るぞ! ……で、淑女って何をどうすればなれるの?」

「そうねぇ……まず目に付くところは、あんたの喋り方じゃない? その男っぽい一人称とか、子供じみた口調とか……多分男時代から変わってないんだろうけど、それじゃあ向こうも中々意識してくれないわよ。もっと女っぽくしないと、せめて一人称変えるとか」


 まひるの言うとおり、オレの喋り方は男時代からずっとこんな感じだ。

 いくら性別が変わったとはいえ、ずっと慣れ親しんでいた喋り方を変えるのは難しかったし、今までは変える必要性も特に無かったんだけど……。

 でも男時代から大きく体格が変わったわけでもないし、こないだの特訓までは私服も男時代と同じ感じだったし、その上喋り方までこれじゃたしかに意識されないのも道理だ。

 オレはまひるの言葉に納得すると、早速一人称を女っぽく変えて喋ってみた。


「わ、分かった。えっと……わ、私の名前は、朝雛始……です」

「翻訳サイトか己は。そうじゃなくてこう、もうちょっと……ほら、私がこうやって喋ってる感じでさぁ」

「そんなの簡単に出来たら苦労しないよ!……じゃなくてしない、です……しない、わよ……」

「なんか段々、某エキサイトな感じになってきたわね」

「しょうがないだ、ろ……しょうがない、でしょ……う?」

「聞かれても」


 その後もしばらく女っぽい喋り方の特訓をしてみたけど、どうしてもぎこちなさが抜けない。

 悪戦苦闘するオレの様子に、まひるが腕を組んで悩ましそうな声を出した。


「うーん、意外と難しいわねぇ。喋り方変えるのって」

「うー……やっぱり服も喋り方も、女っぽいのは中々慣れないよ……」

「元男ってのも難儀なものねぇ。まぁあんまり難しいんなら、とりあえず一人称が人目を引くから、そこさえ変えればあとは敬語でもいいかな。ある意味淑女っぽくはあるし」

「なるほど……それなら頑張れるかも」


 女性特有の、しなを作ったりする喋り方はどうしても恥ずかしいけど、一人称を変えて敬語で喋るだけならオレでもなんとかなりそうだ。

 意気込みを入れなおして特訓を再開しようとしたオレだったけど、なぜかまひるに「ちょっと待って」と止められた。


「一旦喋り方については置いといて……せっかくこんなものがあるんだし、おやつタイムにしましょ。こないだ友達に旅行の土産で貰ったのよね~」


 まひるは部屋の勉強机に置いてあった、一つの箱をオレの前まで持ってくると嬉しそうにそう言った。

 その箱を覗き込むと、表面には『京都名物 八つ橋』の文字が。

 こ、これは京都土産の王者と名高い和菓子じゃないか!

 オレは思わず目を輝かせ、その嬉しさを隠すことなく表情で表す。だけどその途端まひるの目が鋭くなり、ピシリと指を差してオレを叱咤してきた。


「それよ!」

「ど、どれ!?」

「なんでもすぐ顔に出るその分かりやすさ! それはあんたの個性かもしれないけど、しかぁし! 淑女としては落第点と言わざるをえないわ!」

「な、なんだってー!?」


 まひるの言葉が、落雷のようにオレを揺さぶる。

 喋り方だけ変えても人は淑女にはなれない。言われてみれば当たり前だけど、だからこそ見落としていたその落とし穴に、オレはまひるの言葉でようやく気づかされた。


「そうか……淑女、大和撫子、貴婦人、レディ。そう呼ばれる人たちは喋り方だけじゃない。その立ち振る舞いからしてすでに凡人とは違うんだと、そう言いたいんだなまひるは!」

「ええ、始もようやく分かってきたようね。淑女がどういうものかが……この八つ橋を食べるのもまた特訓! 嬉しいときは口元だけで微かに微笑み、食べるときは餌をついばむ小鳥がごとく一口一口を少しずつ丁寧に。勿論、食べ終わるまでが淑女よ。最後はそっとポケットから清楚なデザインのハンカチを取り出して、優しく口を一撫で! さぁやってみなさい始、無論それっぽいハンカチもここに用意してあるわ!」


 まひるが見せたのは、柄のない表面が桜のように美しく淡いピンク一色で染められ、端には可愛らしくも決して目立たず全体と調和したフリルが付けられた、清楚かつ美しい正しく淑女を体現したようなハンカチだった。

 それを見ると自分の目指している者の重さが実感できて、自然と身が引き締まる思いを感じる。

 そうだ、オレはならなきゃいけないんだ。終斗の目を惹くような淑女に!

 オレはまひるからハンカチをぎゅっと……ではなく、淑女らしくそっと受け取ってから、宣言した。


「分かったよまひる……オレ、このハンカチに相応しい淑女を目指す!」

「全く、良い目をしてるじゃない……だったら私も、それに応えて全力でしごくのみよ! あんたが一人の淑女になるまで、この八つ橋は食べられないと思いなさい!」

「どんとこい! オレは絶対その八つ橋を食べてやる――お淑やかにな!」


 こうして、ともに士気を高めて決意を新たにしたオレたちは、日が暮れるまで一人前の淑女目指して特訓に勤しむのだった!



   ●



 一気飲み、ダメゼッタイ。


 下手な風邪よりもひどい頭痛と吐き気に数日の間苛まれ、俺がそう決意してからさらに数日後のあくる日の昼休み。

 その瞬間が来るまでは、俺は1-Bの教室にある自分の机でゆっくりと本を読んでいた。

 こないだまで散々だった分、障害のないすっきりと頭で読書ができるというこの日常に誰に向けてでもなく感謝しつつ、読みかけだったミステリー小説の世界に入り浸る。

 今俺が読んでいるのは、とある高校の『探偵同好会』という珍妙な同好会が日常の謎や不思議を解き明かすという話だ。

 推理物としてはインパクトが薄めだが日常に即した物語だけあって、「こういうことあるある」と共感できることや、日常生活でちょっとためになる類の豆知識なんかもあったりして、中々見た目以上に読ませてくる侮れない良作だ。

 しかし日常系とはいえフィクションはフィクション。どこか現実離れしたような事件も多く、やっぱ日常にはミステリーなんて早々ないよなと思いながら読んでいたが……


 "事実は小説より奇なり"


 世の中の道理として往々に伝わるその不文律さえ忘れていなければ、きっと俺はもう少しマシな判断のひとつでも取れただろうに。俺がそう後悔するまで、さして時間はかからなかった。

 ふと気づけば、教室の空気が少しだけ変わっていた。

 普段の賑やかでどこか混沌とした喧騒はいつもより3割ぐらいボリュームを下げ、その分がなにか妙なものを見たかのようなざわつきで補完されている。

 なにか事件が起きた、というよりかはなにか妙なものを見た。そんな感じの空気感に好奇心を刺激された俺は、小説から目線を外して顔を上げた。

 そして視界に映ったのは、肩にまで届く栗色のセミショートにあどけなさの強い童顔。俺は考えるまでも泣く、それが始だと理解した。

 ……が、なぜだろう。なにか言い知れない違和感を感じる。

 思わず指でぷにぷにと押したくなる柔らかそうな頬も、気を抜けば撫でくりまわしてしまいそうな小さい頭もいつもと変わらないのに……意味深に閉じられた瞳と、どこか自慢げに結ばれた口。俗に言う"ドヤ顔"に、不思議といやな予感が止まらない。

 ほどなくして、始の目が開く。口が開く。大丈夫、つい先ほどまでミステリー小説を読んでいたばかりだ。多少のことでは動じない。そう、この日常にミステリーなんてそうそう――。

 



「――ごきげんよう、終斗」



 ……やってきたよ、ミステリーが。

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