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今日もオレ/俺は恋をする  作者: 秋野ハル
番外編【後日談後編】
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後日談最終話 今日も、明日も、これからも。

 ――夢を見た。現実には有り得ないはずなのに、どこか懐かしい夢だった。


 隣には終斗がいて、オレたち二人は高校2年生に進級したばかりで。

 だけど夢の中で……オレは学ランを来ていた。成長期が来ることを願ったけど結局ろくに背も伸びず、いまだ肩幅も余っているぶかぶかな学ランだった。

 見覚えがあるような、ないような。遥か彼方へと続く桜並木に挟まれた道を、桃色の花びらがなにかを祝福するように舞い散る道を、オレは"親友"と並んで歩いて行く。

 今度はクラスが一緒になるといいな。2年生最初の遠足はどこかな。勉強は難しくなるのかな。そろそろ将来のことも考えなきゃな……。

 他愛もない話をしながら、二人で笑い合いながら、ずっとずっと歩いて行く。

 ただ、それだけの夢だった。



   ◇■◇



 時は4月9日の朝。俺たちの通う青陽高校の始業式当日である。

 今日から2年生になるのだ。学年が上がったからって具体的になにが変わるんだと聞かれても正直よく分からないが、兎にも角にも2年生だ。それを思えば洗濯物を干す腕にも自然と力が入るもので。

 休みだった昨日までよりも少し早く起きて、朝食に洗濯物に弁当……はいらないのか。今日は始業式だけで終わるし。

 一人暮らしには少々広過ぎる3LDKを駆けまわり、学校に行く前にやれる家事は全てやっておく。

 余った時間はコーヒーでも飲みながら、テレビのチャンネルを適当に回して潰す。

 2年生に進級しても、いつもどおりの穏やかな時間がガラリと変わるわけではないらしい。


「……っと、もうそろそろ時間か」


 普通に自転車を漕いで学校に行く分にはまだやや早めな時間だが、始を迎えに行くことを考慮すればちょうど良い頃合いだ。テレビを消して立ち上がり、コーヒーカップを片付けてから俺は鞄を持って自宅を出る……前に一度、自分の部屋に戻った。

 忘れ物をしたわけではないが、忘れていたことはある。

 勉強机下部の棚、一番上の引き出しを開けてその奥で大事にしまわれている、藍色のリングケースを取り出した。

 その中身を眺めるのは春休みからずっと続いてる毎朝の日課。ヘタレな俺に一歩踏み出すだけの勇気を与えてくれる、ちょっとしたおまじない。

 ケースを開けると入っていたのはひとつの指輪。"純粋な恋"を表す月の石が、窓から差し込む太陽の光に照らされてキラリとひとつ瞬きを返した。



   ●



 窓から差し込む太陽の光に照らされて、青白い輝きを返すムーンストーンの指輪。


「ふふっ……」


 あの夜を思い出したオレの口から自然と微笑みがこぼれる。 

 ……さて、そろそろ終斗が来る時間だ。

 藍色のリングケースを閉じて、おすわりわんこたちが群がっている机の隅にそっと置く。そして部屋の壁に立てかけてある姿見の前に立ち、自分の立ち姿を確かめた。

 高校指定のセーラー服に、白いシュシュで括られたサイドポニー。背丈の低い童顔の少女がしっかりと、そこには映っていた。

 制服のしわはなし、肌もつるつる、髪の手入れだって完璧だ。


「……よし、今日もばっちし!」


 鏡の中の少女と共に満足そうに頷き合ってから、オレは……じゃなかった。


わたし。私、私……うん、これでよし」


 ピーン、ポーン。


「始ー、終斗くん来たわよー!」

「はーい、今行くー!」


 チャイムの音に続き、お母さんの声も2階まで届いてきた。それに返事を返してから、"私"は1階へと降りていく。玄関に立っていたのは、学ラン姿の終斗とエプロンを羽織ったお母さん。


「おはよう、終斗!」

「おはよう、始」


 終斗と挨拶を交わしていたら、横からお母さんが「うふふ」と微笑みを浮かべて話に混ざってきた。


「2年生になっても相変わらずねぇ二人とも。私たちの若い頃を思い出しちゃう」

「おばさんもそうだったんですか?」

「ええ。お父さんはたしか、当時は短大生だったかしら。行き先が別だったからあなたたちと違って一緒に通学することなんて本来はないんだけど、あの人はわざわざ私を送るためだけに自転車で私の住んでた寮まで来てくれてねぇ。途中であの人が就職してからもそれだけは変わらなくて。懐かしいわ、乗るとき背中に抱きつくんだけどこれがまた大きくて頼りがいあって……」

「ドラマみたいでちょっと羨ましい……でもこのご時世じゃできないよねぇ。二人乗りなんて」


 法律的にアウトだし、終斗もあまりそういうことにはノッてこないタイプだし……と肩を落としつつチラリと終斗を見てみれば、彼の口から出てきたのは意外な言で。


「ん? やりたいならやってみるか、今度。大人に見つからないところでちょっとやってみる分にはまぁ、大丈夫だろう」

「おおう、終斗が悪い遊びに誘ってくる……でも、やっぱ興味はあるから考えとく」


 この彼氏は日を追う毎に大胆になっていくような。まぁそんなところも素敵なんだけど……。


「ふふ。昔二人乗りしてた身としては止めないけど、怪我だけはしないようにね」

「はは、それは当然気をつけますよ。それにしてもおばさんたちって、昔からそんな感じだったんですね。同じ夫婦でもウチとは全然違うな……」

「あらそうかしら? こないだの旅行を見る限り、仲の良さじゃ私たちに負けず劣らずだったように見えたけど」

「え、そういうもんですか?」

「そういうものよ、愛の形は人それぞれってね。ところで、そろそろ出た方がいいんじゃない?」

「おっと、ホントだ。そろそろ行くか……それじゃ、おじゃましました」

「そうだね。それじゃ……行ってきます!」

「うふふ。二人とも、いってらっしゃい」


 いつもどおり微笑むお母さんに見送られて、私たちは家を出る。

 そしていつもどおり……終斗と付き合ってから始めたいつもどおり。私たちは手を繋ぎ、並んで通学路を歩き始めた。

 今度はクラスが一緒になるといいな。2年生最初の遠足はどこかな。勉強は難しくなるのかな。そろそろ将来のことも考えなきゃな……。

 ウチから学校まで徒歩15分の通学路をのんびりと歩きながら、他愛もない会話を楽しむ。

 

「あ、そういえば私ね――」


 会話の中でふと、終斗が目を丸くした。

 その様子に私は……内心でちょっとしたドヤ顔をしていた。プチサプライズ成功、である。


「実は、一人称変えたんだ。春休みにまひるに付き合ってもらってちょっと特訓してさ。ふふん、驚いた?」

「まったく、お茶目な……でもどうして急に?」

「うーん……」


 そう言われたら悩んでしまう、なにせ具体的な理由があるわけじゃなかったから。

 今まで慣れた一人称でも不自由しなかったし、その意味じゃ無理に変える必要だってなかったんだけど……今までの色んな積み重ねがあったからというか……そうだなぁ、強いて言うなら。


「今までの延長線、かな。だってさ……"私"の方が、可愛くない?」

「……正直に言うぞ」

「言っていいよ」

「なんか結構ドキっとした……」

「やったっ」


 口を抑えて軽く悶える終斗の様子に確かな手応えを感じ、私は終斗と繋いでいない方の手をぐっと握った。

 そうだ。女の子らしくなりたい、可愛くなりたい、魅力的になりたい……その理由は色々あるけれど、元を辿れば全部終斗に私のことを好きになって欲しいから。それは今までも、そしてこれからもずっと変わらないだろう。


「……お。そういえば話が逸れたけど、さっきはなにを話そうとしてたんだ?」

「あ、そうそう。今日ね、私……夢を見たんだ」

「夢?」

「うん、夢ならではーって感じなんだけど、なんとなく懐かしい夢」


 宙舞う桜にふと気づいた。話しながら歩いているうちに、いつの間にか住宅街を抜けたらしい。

 青高では昔、そこを中心とした周辺地域に結構な数の桜を植えたようで、今では育った桜並木が近所でちょっとした名物と化しているんだけど……その桜並木の下を私たちはたった今歩いているのだ。

 ひらひらと舞っては落ちゆく多くの花びらに夢の景色を思い出しながら、私はそれを話し始める。


「終斗が隣にいて、今みたいで二人に他愛もない話をしながら歩いていて……違うのは私が男の子だったことと、終斗が"親友"だったこと」


 それを聞いた終斗はしばらく考えこむように黙って……だけどやがてふっと軽く笑い、返事を返した。


「……そっか。それは確かに、夢じゃないと有り得ないな」

「でしょ?」


 反転病に罹らなかったらきっと……いや、絶対に私たちはあの夢のとおりに生きていたのだろう。

 だとしても、今この現実で私は女の子として、終斗の彼女として生きている。

 もうちょっと前にあの夢を見ていたら、もしかしたら泣いていたかもしれない。色んなことに後悔していたかもしれない。

 だけど今は……あの夢を見れて嬉しかった。だって、


「私、思ったんだ。私が男の子として生きていても、終斗としょうもない話をして、なんでもないことで笑い合っているんだよ? そういうのって、なんか良いなぁって……終斗はどう?」

「俺? そうだな……うん、俺も良いと思う。性別とか、距離感とか、約束とか、今まで散々悩んできたけど……お前の隣に居たいってことだけはずっと変わらなかったから。そういうものなんだろうな、きっと……だけどさ」


 突然、終斗が私と繋ぐ手をぐっと引っ張った。私よりも一歩分だけ前に踏み出してから、終斗は振り向いて私に笑いかけた。


「もしもの俺がどうであれ、今ここでこうしてお前の手を引っ張っている俺は、間違いなく女のお前に恋してるんだ。変わらないこともあるけど、変わっていくこともある。悪いな、俺は夢のように並んで歩いてるだけってのは嫌なんだ」


 瞬間、あの夜の言葉が脳裏に過ぎる。


『今まで驚かされてきた分、振り回されてきた分。お前のことを何度も何度も可愛いって感じて、恋をしてきた分だけ……いや、もっともっとたくさん、お前のことを引っ張っていきたいんだ』


 変わらないことがあれば変わることもある。いつだってそうだった。

 物理的に性別が変わった私だけじゃない。終斗だってあの頃から随分と変わった。

 私や終斗の関係がここまで大きく変わったきっかけだけ見れば、その発端は反転病に他ならないのだろう。

 だけど変わっていく自分と向き合い、悩み、受け入れたのも、変わらないものを大切にするのも、自分から変わっていきたいと願ったのだって……全部自分たちで決めたことなんだ。

 大事な人たちと触れ合って、ぶつかって、時にはすれ違って、みんな変わったり変わらなかったりする。性別が変わったから始まって、受け入れたら終わり……なんて単純な話じゃなくて、今私たちが立っているのもあくまでひとつの通過点なんだろう。

 だって今も、私は変わっていこうと思っている。春休みの旅行の夜、私は終斗の言葉を受け入れた。彼に手を引っ張られることを受け入れた。だけど、今は。


 大きく一歩を踏み出して、もう一度終斗の隣に立つ。


「終斗、ちょっと屈んで?」

「ん? こう――」


 私の唇が、乾いてカサついた男の唇と重なった。

 中腰になった終斗に、私がそっと口づけをしたのだ。あれ以降も頬へのキスは何度かされたけれど、口と口を合わせたのはこれで2回目。久しぶりの感触だからか、それとも私からしてくることを想定していなかったのか、とにかく終斗はキスされたときの体勢のまま、小さく口をOの字に開けたまま固まっていた。

 さて今日は始業式。桜並木の通学路には当然のことながら私たちだけじゃなく、同級生やら上級生やらあるいは新入生だって利用しているわけだけど、道のど真ん中で突然キスをおっ始めた私たちに対して当然周りの人間はびっくりしたり、あるいは微笑ましそうに頬を緩ませたり、もしくは悔しそうに白目をむいたりしながら通り過ぎていく。

 実は結構恥ずかしいんだけど、自分からやっておいて恥ずかしがるのもみっともない。私の彼氏を見せつける分にはちょうど良いのかもしれないと前向きに考えて、冷静さを保つ。

 その間も終斗は十……いや、数十秒ほど固まり続け……唐突に、耳までボッと赤くして慌てだした。ばっと手を離し、後ずさりまで加えて。一目で分かる狼狽具合だった。


「は、は、は、始っ! お前こんな往来でっいきなり、ていうかなんでっ」


 最初の1回以外は未だ頬へのキスで留めている辺りから察せられるはずだけど、彼はなんだかんだでまだまだヘタレだ。今の今まで自分からできなかった私も人のことは言えないんだけどさ。

 私は慌てる終斗に向かって不敵に微笑んでみせた。


「ごめんね? 引っ張られるのも好きだけど、それだけってのは私もやっぱり嫌なんだ。私が男のときからずっと終斗はクールで優しくて、賢くて、背も高くて。そこに昔は憧れていて、今はそこに惚れてるんだけど……それはそれとしてさ。憧れてたから羨ましいし妬ましい、みたいなところもあるんだ。そしてどうも私は、男のときからそれをずーっと引きずってるっぽくて……だから、負けたくないみたいなんだよね。終斗には」


 旅行や今日のサプライズとか、他にも終斗を惚れさせるための作戦とか……自分から色々やろうとしていたのだって、そんな意地がどこかにあった表れなのかもしれない。張りたい意地があるのは男だけじゃないのだ。


「だから私、これからも頑張って終斗の手を引っ張っていくつもりだから。こんな私でも、好きでいてくれる?」


 私が彼の目を真っ直ぐ見つめると、彼も未だ恥ずかしそうにしながら、それでも私の目をしっかりと見返して。

 そしてすぐ、二人同時にくすくすと笑い出した。


「ふっ……ふふっ、本当に俺たちって」

「似た者同士なんだね。あははっ」


 まだ登校中だということも忘れたように歩みを止めて、二人でひとしきり笑い合ってから終斗が口を開いた。


「お前がそういうつもりなら、それはそれでいいさ。俺がもっと頑張って引っ張っていけばいいだけだからな」

「えー、さっきあんなに慌てていた人にできるのかなぁ」

「そうだな……余裕ぶってるくせに真っ赤な耳してるやつよりかは、見込みがあるんじゃないか?」

「なっ、そんなこと……あっ嘘なんでこんな!?」


 そうからかわれ、慌てて耳を押さえてみたら本当にびっくりするほど熱が集まっていて、自分のヘタレぷりをようやく自覚した。自覚してしまえば、先程まで抑えていたはずの恥ずかしさも一気にこみ上げてきてしまった。

 ゆえに私はさっさと話題を打ち切って、終斗の手を物理的に引っ張り早足で歩き始める。


「うー……もう! こんなことずっとやってたら遅刻しちゃうよ、早く行こう!」

「あ、本気で忘れてた。始業式から遅刻は締まらないにも程があるな……」


 なんて言いながらも終斗はさり気なく私より前に出ようとするので、私もまた足を早める。

 私が前に出たら終斗も前に出て、私が更に前に出て……そんなことを何度か繰り返して、二人とも無駄に疲れて。そのうちに自然と歩みを緩めて、また二人並んでゆっくりと歩き出す。


 私たちはずっとそうやって、二人で歩いて行くのだろう。

 二人で意地を張り合ったり、時には立ち止まってしまったり、やっぱり並んで歩いてみたり。


 それでも二人一緒なことだけは、絶対にいつまでも変わらない。繋いだ手と手を大事に握り続けて、伝わる想いと向き合い続けて。


 今日も、明日も、これからも。ずっと私は、恋をしていく。






 これにて二人の恋物語は本当に閉幕となります。閉幕というか自分に書けるのがここまでというか。なんにせよ、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。ここまで筆を折らなかったのも、この作品を最後まで愛することができたのも、読んでくださった皆様があってこそです。いやほんとに。

 さてラブコメとしてもTS物としても、なろうの流行り的にも、なんかあらゆる方面においてワガママだったこの作品。

自分でも好き勝手やったなと自覚しつつも、なんだかんだで『自分の"好き"を誰かに押し付けたい、"好き"を共有したい。あわよくば"好き"になってほしい』と、顔も名前も知らない沢山の"誰か"に向けて書いた代物なので、これを読んでくださった方々の"好き"に、ちょっとでもこの作品が引っかかっていればいいなと願いつつ、ここらでお別れとさせていただきます。

 そんなわけでまたいつか、うっかり交わる機会があったときにでも。

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