前日談9話 そして祭りの始まりが……
――会いたい。側にいたい。笑顔が見たい。
暇だからとりあえず親友と遊ぼうってなったり、家に帰ったら家族が待っていることがふと嬉しくなったり。それはそういったいつも、なんとなく、当たり前のように感じていたものとは違う確かな"焦がれ"だった。
当たり前じゃない感情。胸の内に生まれていた初めて。自分にそういった気持ちが宿っているのはすぐに自覚したし、それの"正体"に気づくのにもそう時間はかからなかった。
つい目で追ってしまうのも、ただの贈り物が途方もなく嬉しいのも、そのせいなんだろうと理解もできた。けれど同時にそんな気持ちをオレが持ったという事実が受け入れ難かった。
だってまだオレが女になってから3ヶ月も経っていないのだ。それだけで……それだけでこんな、人生ひとつが変わってしまうほどの強い思いを抱けるものなのだろうか。少しずつでも受け入れる、とは決めたものの、ここまで大きいものを受け入れるのには小さなオレじゃ時間がかかる。
そもそもはたしてオレが抱いてるものは本当に、そういう気持ちなんだろうか。そんな疑問もあった。
自分で自分が分からない。絶賛迷い続けているオレだったけど、それでもこれだけは確かな気持ちだった。
会いたい――早く終斗に、会いたい。
◇■◇
時は8月下旬。大半の学生にとっては夏休みも終盤といったところだろう。
後顧の憂いなく夏休みを思いきり遊びつくす者、学校が始まるそのときまで一心不乱にだらける者、2学期に向けて勉強に勤しむ者、宿題に追われて勉強に勤しまざるをえない者。
おそらく全国の学生が悲喜こもごもの夏休みを送っている中、オレはというと……。
「むー、んー、うー……」
自室に敷かれたカーペットの上。仰向けに寝っ転がって、スマホを両手で握りしめ、あっちへゴロゴロこっちへゴロゴロ。きっと傍目から見ればさぞかし変な行動を取っているだろうし、自分でもその自覚はある。
それでもやっぱり落ち着かないし、決心もつかないのだ。
やがて仰向けの体勢で落ち着き、両腕をピンと張り詰める。伸びた腕の先、握る両手の中、液晶画面に映るのは『夜鳥終斗』の連絡先。あとはワンタッチするだけで、あいつが電波の届く場所にいる限りいつでもどこでも繋がれるのだけど……。
スマホから右手を離すと人差し指だけピッと立てて、それをスマホにゆっくり伸ばす。
震える両手、ブレるスマホ。ごくりとひとつ喉を鳴らして、指先ひとつでワンタッチ……できない!
連絡先の画面を閉じて、「あー!」と声を上げながらまたごろごろと転がって行き場のないもどかしさを発散せざるをえなかった。
ひとしきりゴロゴロしてから、また仰向けに戻る。だらりと全身を弛緩させて、ため息をついた。
「はぁ……」
父方の田舎に里帰りしてから1周間。それを終えて自宅に帰ってきてから今日で2日目。
随分と長いこと終斗に会ってない気がする……会いたい、あいつの声を聞きたい。気持ちばかりが募るけど、だからといって今のオレにはあいつと会って普通でいられる自信がなかった。
だってここしばらく、あいつと会えない日々が続く中で……オレは自分の中に宿っていたある思いに気づいてしまったのだから。
「ああぁぁぁもうどーしよー……!」
「始ー!」
「ひぃ!」
階下から唐突に聞こえたお母さんの声につい悲鳴を上げてしまったけど、そんなことを知る由もないお母さんは構わず要件を述べる。
「ちょっと見せたいものがあるからこっち降りてきてー!」
「あー分かった分かったすぐ行く!」
こんな思い、知られるわけにはいかない。なぜなら問答無用で恥ずかしいから。
一度ぺちんと頬を叩いて気合を入れてから起き上がり、オレはすぐに1階へと向かった。
広いリビングに降りてお母さんを探すと……すぐに見つけた。
床に敷かれたカーペットの上。オレに背を向けて正座するお母さんは、なぜか服らしきものを両手で広げていた。あまり見慣れない感じの生地が彼女の背からちらりと覗く。
「なぁ、見せたいものって?」
尋ねると、お母さんが体を捻ってバッと振り返る。はたしてオレの視界に映ったのは、いつもどおりの淑やかな笑みと。
「ほらこれ見て? 押入れから引っ張りだしてきたのよ」
「わっ……」
広げた両腕が見せびらかしたのは日本伝統、上下一体の木綿製衣類。つまり浴衣だった。
涼しげな白い木綿生地に優しい印象を与える淡い青紫色の紫陽花の柄が散りばめられたそれは、不思議とオレの目と心を惹きつけた。いや、普通に綺麗ってのもあるけれどそれ以上にこう、本能的に魅力を感じるというか……。
「うふふ、始もやっぱり気に入ったわね。思ったとおり」
お母さんの言葉によってオレは現実へと引き戻された。自分の中を見透かされたみたいで、気恥ずかしさからか頬が軽く熱を持つ。
「なっ……ま、まぁ確かに綺麗だけど、なんで急にそんなん見せたんだよ」
その場に腰を下ろしつつ照れ隠し代わりに話題を逸らすと、お母さんは笑顔のまま答えを返した。
「そりゃあわざわざ押入れから引っ張ってきたんだもの。着るために決まってるじゃない」
「お母さんが?」
「違う違う、始が」
「ああ、オレが……オレが!?」
「そうあなたが。いいじゃない、素敵でしょこれ」
「いや、まぁそれは認めるけど。でもだからってなぁ……」
いかにも女物って感じの水着に抵抗があるように、この浴衣を着るのも正直気が引ける。いや、浴衣は男でも着たりするけどこの紫陽花は明らかに女性向けだし……。
露骨に気持ちを引いてるオレを諭すように、お母さんは改めて体をオレへと向け直して語り始めた。
「これはね、おばあちゃん……私のお母さんから受け継いだ物なのよ。とはいえ特別な浴衣ってわけでもないわ。おばあちゃんも体小さかったし私もこのとおりだから。せっかくだしって使い回してきたくらいの縁しかない。けどね……この浴衣はなんと、親子二代に渡ってその恋を成就させるきっかけや決め手になった逸話があるのよ!」
「……は?」
おっと妙な話になってきたぞ。
しかしすっかり自分の世界に入ったらしいお母さんは、オレの疑問の声も聞かずにうっとりとした表情で話を進める。
「お母さんはこの浴衣を着たお祭りがきっかけでお父さん……あなたのおじいちゃんと出会い、そして私はこの浴衣を着た日の夜になんとあなたのお父さんをオトすことができたの! そう、あれは忘れもしない18の夏……」
「待って待って話が逸れてる。結局なにが言いたいんだよ」
「あらあら、そうだったわね。この歳になるとつい昔が輝いて見えちゃって……でも確かに昔のあの人は若さと荒々しさに溢れていて素敵だったけど、今だって男としての渋みが歳を重ねることに増していてまた違った輝きが……」
「そういうのもいいから」
「もうせっかちねぇ、でもそれが若さってやつかしら? まぁつまりなにが言いたいかというと……この浴衣はちょっとした縁起物なの。始もなんとなく気に入ったでしょ? 私もおばあちゃんもそうなのよ。うちの女性が自然と惹かれて、そしてこれを着た私たちにはその恋の相手も自然と惹かれる。たまたまだと言われれば反論はできないけど……それでもロマンチックな話じゃない?」
「うーん……」
つまるところ、一家代々受け継がれる恋のアイテムといったところか。
ありがちと言えばありがちだし、受け継がれたとはいえたったの二代じゃ信憑性なんてあってないようなものだけど、言われてみれば一欠片ぐらいの浪漫はある。あるんだけど……。
「でもオレが着る理由になんないよなそれ」
すっと出たのは正直な心境だった。
恋する相手がいなければ恋のアイテムを使う理由がない。そう、オレに恋する相手なんて……。
そのとき一瞬だけ過ぎったのは"あいつ"の顔。それをオレは慌ててかき消した。
まだそうだと決まったわけじゃ……ない。
だがお母さんはそんなオレの心境を否定するように「そんなことないわよ」と頭に置いて言った。
「だって……これ着たらきっと、終斗くん褒めてくれるわよ?」
「え、終斗が……?」
終斗が褒めてくれるかもしれないなら……。
「……」
「……」
お互い黙って黙り続けてワン、ツー、スリー。
……オレは、お母さんの思考にようやく気づいた。
「…………ほぁ!?」
一瞬だった。頬に熱がどうこうとかそういうレベルを超えている。オレの顔は今間違いなく真っ赤に燃えている。
「あらあら」
「な、な、な、な、なななななななな」
オレの脳は即座に熱暴走を起こし、口からは昔のゲームがバグったときの音にも似た奇天烈な声しか出てこない。
誰にも言ってないのに、なんで知ってるの。今すぐにでも問い詰めたいのにテンパり過ぎていて、口が全く言うことを聞いてくれない。
一方のお母さんはさも知っていて当然と言わんばかりに平然とニコニコしている。
「そんなに驚くことでもないわよ。なにせあなた帰省中時々物憂げに佇んでいたり、夜に一人枕をぎゅっと抱きしめてみたり、なんかもうめっちゃ乙女だったもの。それにあなた、この夏休み終斗くんにべったりじゃない。それじゃあもうお相手は彼しかいないでしょ?」
「~~~~!!」
死ぬ!直球に言って死ぬ!ていうか誰かもう殺してオレを!
その場で頭を抱えてただひたすらに、言語化不能な恥ずかしさを堪える。ひどい、もうなんか色々ひどい。めっちゃ乙女な自分とそれを微笑ましく見守っているお母さんを想像する、心が折れそうだ。というか折れた。
羞恥心で脳が焼き切れそうになっている。それなのにそのお母さんの問いかけは、なぜだかいやにはっきりと耳に届いた。
「で……どうするの?」
まるで、オレの迷いを断ち切ろうとするように。
おそらくこれ以上ないくらいに真っ赤に染まっているであろう顔をわずかに上げてお母さんに目を向けると、あの人はやっぱりにこにこと優しく微笑んでいた。
いつも笑顔で自分たちを見守ってくれているお母さん。そんな彼女と目を合わす……オレの口から、その言葉は自然とこぼれ落ちていた。
「……分からないんだ」
「分からない?」
「うん……だって、たったの2ヶ月半だよ? オレが女になってからまだ1年の4分の1も過ぎてないのに。その……"そういう思い"を男の人に抱くなんて……自分でも信じられないっていうか……」
「なるほどね……でも、早過ぎちゃ駄目なの? 時間が経てば良いの?」
「そういうわけじゃ! ……ない、けど、でも……」
「……多分、はっきりと抱いたのは初めてなのよね。持て余すのも、不安になるのもしかたがないけど……でも、なにがどうだから良いってわけじゃない。人の心は理屈じゃ測れないから、あなたの思いだって……その"恋心"だって、杓子定規で測れるようなものじゃないのよ」
「っ……!」
恋心。はっきりと言葉にされると怯んでしまう。でも……分かっている。オレは終斗に抱いている、恋心を……抱いている。そしてオレはそれが真かどうか迷ってもいる。
対してお母さんは、すでに恋した人間だ。決断した人間だ。だからお父さんが、初穂が、オレがここにいるわけで。
ゆえにオレは彼女の話に黙って耳を傾ける。
「始が病気に罹ったあと、私ちょっと気になって調べたのよ色々と。それで知ったんだけど……反転病にかかって性別が変わると体と一緒に脳の構造も変わるんだって。元々男女の脳って結構違うらしいから、当たり前といえば当たり前なんだけど」
その話は知っている。一応オレはオレで反転病について調べたことがあったから。
だけど"その先"は、ほとんど手をつけていない。なんでと言われると言葉に詰まるけど、多分……ちょっと怖かった、のかもしれない。
そしてお母さんが今から話そうとしているのは、おそらくオレが見ようとしなかった"その先"の話だ。なんとなく分かった。それでも今は口を挟まず黙って聞きたかった。
オレの気持ちを整理する時間を与えるように、一拍だけ置いてからお母さんが続きを話す。
「だから普通……っていうとちょっとあれかな。そうね……多くの人がごく自然に異性に惹かれるように、反転病に罹った人がその後の性別にとっての異性に自然に惹かれてもしょうがない。でも逆に、反転病関係なく同性に惹かれる人だって世の中にはそれなりにいるし、反転病に罹った人だって……ううん、その人たちの方がその傾向が顕著になるって説もある。ただ……いずれにせよ誰がどんな人に惚れるかなんて今のところ、はっきりとした原因は解明されてないのよ。元々その素質があったのか、環境によるものなのか、それとも別のなにかが要因なのか……」
「えっと……それってつまりよく分からないってこと?」
「そ、よく分からないの。だからいつどこで誰を好きになっても……っていうのはぶっちゃけただの建前。やれ科学的になんだとか、どうだっていいのよ私としては」
「へ?」
ころりと意見を翻したお母さんに、オレはついぽかんと口を開けてしまう。だけどお母さんは軽い語りに反して、ただ真っ直ぐにオレを見つめていた。優しい微笑みの中でも、その瞳からは確かに硬い意思が垣間見えた。
これが母の強さというものか。ふと心の中で思うと同時、お母さんがまた口を開いた。
「だって……好きになっちゃったんでしょ? 一度そう思っちゃって、迷うくらいには自覚してるんでしょ? だったらそれでいいじゃない。誰がなんと言おうと科学的に間違っているとか言われても、あなたのそれは……恋心は正しい気持ち、存在していいものなのよ。少なくとも私はあなたが誰を好きになったって良いと思ってる。だって親だもの、あなたは私の子供だもの。それに恋の楽しさも愛の喜びも私は知ってるから……そんな素敵な思いを否定なんてしないし、それを悪く言う誰かがいたとしても私が全力であなたを守るわ」
本当は多分、誰かに肯定とか否定とかされるべき思いじゃない。
いつだってどうするのかを決めるのは自分自身なんだろうけど……それでも、背中を押してくれる言葉は心強かった。
「それでも親だから、もちろん悪い人に騙されそうになってたりしたら止めるけど……ま、終斗くんなら心配はないだろうし。だから……まずはちゃんと、始自身の気持ちと向き合ってみたら? これで……ね?」
再び目の前に広げられた、紫陽花柄の浴衣。
今のオレにぴったりと合いそうなそれの横からひょいと顔を出して、再び問いかけてきた。
「どうする? ゆ、か、た」
「オレは……」
自分と向き合う。前に進む。なにかある度に心に刻んだ、それらの言葉が今また浮かび上がる。
前を向いた。いわく『縁起物』らしい、心惹かれる紫陽花柄の浴衣が視界に映る。同時に終斗の姿まで脳裏に浮かんできて。
「……オレは……」
はたしてオレは、浴衣に手を伸ばし――。
◇
カコッ、カコン。おぼつかない足取りに合わせて、履き慣れない下駄が音を立てる。
祭りの会場へと向かう人混みに、時に流され時に抗い目指す場所へと進んでいく。
けれどいつもと違い背中に重心が寄っている慣れない感覚のせいで、加えて下駄の存在も手伝って実に歩きにくい。人混みをかきわける度、背中の大きな帯の結び目がゆらりゆらりと揺れているのがはっきりと分かった。
不意に一陣の風が吹く。晒されているうなじを通りすがりの風に撫でられて、慣れないこそばゆさに体を震わせる。
慣れない物だらけの中で、それでもオレはこけないように、浴衣を汚さないようにゆっくりと歩いて行く。
やがて訪れたT字路。道路の隅、左右に伸びる塀の真ん中辺りで棒立ちしているカーブミラーを安全確認のために見上げる。当たり前だがそこにはカーブミラーを見上げる浴衣姿の少女が映っていた。
少女はその肩にもうじき届きそうな程度のショートヘアーを、ささやかな花飾りの付いたバレッタを使い首元辺りでひと纏めにしていた。
少女は白い木綿生地に淡い青紫色の紫陽花の柄が散りばめられた浴衣を、大きな紫色の帯でしっかりと巻いて留めていた。
少女は亜麻色のシックなポシェットを肩から下げて、小さい素足に小さい下駄を履いていた。
見慣れない姿、見慣れない少女……そう、誰がどう見てもきっとあれは"女の子"だ。
カーブミラーから視線を落とし、オレは自分の両手を見た。白い下地と紫陽花柄の先からちょこんと覗く小さい手。
オレはその両手を一度ぐっと握りしめてから、再び前を向いてゆっくりと歩き出すのだった。
【おまけ:朝雛さん家の大会議。上】
浴衣を受け取り二階へと上がっていった始。その足音が徐々に遠のき、ついには途切れたのを見計らって、彼女の母親である一葉は口を開いた。
「もういいんじゃない二人とも」
「ふぅー、やっとかぁ」
一葉一人しかいないはずの部屋に、若々しい女性の声とついでに同じ方向から物音まで響いた。一葉がその音源に顔を向ける。
視界の先には淡いクリーム色のソファー……の背から、にゅっと飛び出た人間二人が。
床に這いつくばっているのは、一葉の夫にして朝雛家の大黒柱である一義。彼はその背になぜか自分と同じように伏せた体勢の初穂を乗せて、そんな状況でもなお機嫌良さそうに笑っていた。
「はっはっはっ。いきなり『しばらく隠れて』と頼まれたときはどうなるかと思ったが、いやはや中々面白いことになっているじゃないか」
「野次馬根性的には楽しいけど、でもこれ聞いて良かったのかなぁ」
普段は歳上扱いしていなくとも、なんだかんだで姉の秘密を聞いてしまったことに良心の呵責を感じてるらしい。一義の背に乗ったまま体を起こしぼやく初穂に対して、しかし『なにも問題はない』と言わんばかりに一葉はいつもどおりの微笑みを向けた。
「だって聞いてもらった方が手っ取り早いじゃない。どうせこれから協力してもらうことになるんだし」
「協力? なにをさ」
初穂は首を傾げるが、そこは流石近所でも有名なおしどり夫婦。一義はすぐに一葉の意図を察してそれを述べてみせた。
「なるほど。つまり始の恋を成就させるために一家全員で応援しようというわけだな。それもあまり堂々と背中を押す形でなく、こっそりと回りくどく道を整えるような形が好ましいと」
「さすがあなた、理解が早い。二人とも、もちろん協力してくれるわよね?」
「いいじゃないか! 実を言うと、俺も似たようなことはうっすらと考えていたんだ。可愛い愛娘をどことも知れぬ馬の骨に取られるのは癪だからな。彼ならその点、どこに出しても恥ずかしくない品行方正な好青年だし……なにより始のことをよく理解してくれている。少々謙虚過ぎるきらいがあるが、あれも見方を変えれば一種の美徳だろう」
「うふふ、やっぱりあなたもそう思う? 私もね、ずっと『始のお嫁には終斗くんみたいな性格の娘が欲しい』って考えてたのよ。まさか始がお嫁に行っちゃうとは思わなかったけど、彼とくっつけるなら結果オーライよね!」
もう完全に嫁入り前提で勝手に盛り上がる夫婦に、『この二人に目を付けられるなんて終にいも気の毒だなぁ』とか他人事みたいに考えつつも、ひとつの疑問を持った初穂は挙手と一緒に尋ねてみた。
「あのさ。べつに応援するのはいいんだけど、お母さん『あなたが誰を好きになったって良い』とか言ってなかったっけ?」
「それはそれよ!」
言いきりおった。
いつもは淑やかなのに時折妙な勢いの強さを発揮するのだこの母は。思わずたじろぐ初穂だが、そんなこと気にも留めず一葉は語り続ける。
「恋をするのも生涯の相手を決めるのも当人の自由ではあるけれど、親としては良い相手を見初めて幸せになって欲しいって思いもあるのよ。つまり始が私たちの理想の相手に惚れてくれれば需要と供給の一致で万々歳だし……あくまでも決めるのは当人だけど、決めるのが当人ってだけだから恋のキューピットよろしくこっそり誘導する分にはなにも問題ないわよね!」
「……そっか」
少女のようにキラキラと瞳を輝かせる母と、やたら大げさな挙動でうんうんと頷いて納得の意を見せる父。
なんだか逆らえない雰囲気と勢いなのは分かったので、初穂はとりあえずこくりと頷いておいた。
しかし勝手に外堀を埋められているが、例えばこれで終にいがうっかり始をフッたりしたらどうなるんだろうか。この場で一番冷静な初穂は、胸中でそっと終斗のことを心配する……が、初穂は初穂で元々ざっくばらんな人間だった。
「そんなわけだから、私たちはあくまでも外様だし、回りくどく始の恋を応援していくわよ。主に金銭面とか! それじゃあえい、えい、おー!」
「はっはっはっ、こういうノリも若い頃を思い出して悪くないな! オー!!」
(……ま、よくよく考えてみれば終にいが本当にお兄さんになったって私的にも悪くないか。うっかりなんかあったらそんときはそんときだし)
初穂は冷静にかつ適当に考えて、冷静かつ適当に納得した。
そうして年甲斐なく拳を突き上げる親二人に合わせて「おー」と適当に声を出しながら、これまた適当に拳を突き上げるのだった。
同時刻。夜鳥家では終斗が「くしゅっ」と一声響かせていた。
「なんだ、夏風邪の前兆か? 万が一というのこともあるしな……今日の夜はスタミナ付く物でも用意するか」
やがて彼の下に来るは夏のかぜどころか、夏の台風といっても差し支えのない大きな事件なのだが……今の彼がそれを知るよしはない。
――――
実験的にやってみたおまけという名の番外編。上中下の三本立て、つまりはしばらく続きます。
そんでもってここからが真の後書き。真でもなんでもいつもと変わらず軽快なジョークのひとつも飛ばせないつまらぬものですが、せっかくなので補足ぐらいはしておこう。
この番外編にて回りくどく応援した結果が後に本編での始の服代やデート代になります。あと多分、月の小遣いもさり気なくアップしてるんじゃないだろうか。
普段から金欠に喘いでいたはずの彼女がなんだかんだ女の子生活エンジョイできているのはこういうわけですね。つまり世の中は金だよ金!
※今回から前日談終了までは2日おきの投稿となります。




