前日談7話 オレとあいつと……ちょっとだけ、変わった1日と(前編)
――あれから何度も夢を見る。
『それでも変わることが怖いって言うなら――俺は変わらない。俺はずっとお前の親友でいるから、お前がまた不安になっても『お前はお前だ』ってことを証明し続けてやるから。それなら、少しは安心だろ?』
たったひとつのちっぽけな口約束は、それでもたったひとつの大事な約束。
『変わりたいなら変わればいいんだ、いつだって自分が自分であることを忘れなければ少しずつでも前に進める。そういうもんなんだよきっと』
あいつは心の底に積もった"泥みたいななにか"をごっそり掬いあげていった。全部が全部なくなったわけじゃないけれど、それでももう目を逸らさなきゃいけないほど怖くはなかった。
変わる自分を少しずつでも受け入れて、ゆっくりでもいいからひとつひとつと向き合って。そしたらきっと、一歩ずつでも進んでいける。
大丈夫。また怖くなったって、自分を見失いそうになったって。
いつだって、隣には――
◇■◇
「ん……」
漏れる吐息を合図に夢から目覚めて、上半身をふらりと起こす。
「ふわっ……んー!」
小さなあくびひとつに続いて、大きなのびもひとつ。背骨がいい感じにぱきりとなって、すっきりとした目覚めを運んだ。
意識が覚醒してくれば、さっきまで見ていた夢の内容が脳裏で勝手にチラついた。
ここ、オレの部屋には当然オレ以外だれもいないのだけれど、それでも妙に気恥ずかしくなってしまい、手近な『おすわりわんこ』のぬいぐるみをひっつかんで抱き寄せた。
ご立派な金の毛並みを持つゴールデンレトリバーに顔を埋めると同時、終斗の声が脳内で再生された。
『それでも変わることが怖いって言うなら――俺は変わらない。俺はずっとお前の親友でいるから』
もふもふの中でついつい顔がにへらと緩んでしまう。
プールに行ってからもう1周間も経ったというのに相当強く印象に残っているようで、オレは未だにあのときの出来事を何度も夢の中で繰り返していた。
てっきりあんな恥ずかしいのは夏休みの初日だけだと思っていたのに。自分の想像よりもオレはずっと参っていたらしい。
散々カッコ悪いところ見せた挙句、散々どうしようもない弱音まで吐いて。でも……あそこで思いきり吐けて良かった。
本人には恥ずかしくて言えないけれど、あそこにいたのが終斗で本当に良かったとも思っている。
さらに緩みそうな頬を抑えるように、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて顔に押し付けた。返ってくる弾力が実に心地良い。
しばらくもふもふを堪能したあと、オレはぷはっとぬいぐるみから顔を離して勉強机を見上げた。
元々無用の長物だった勉強机の上を徐々に占領し始めている大小様々なおすわりわんこ。ゲーセンで出会って以来その感触にすっかりハマってしまい、その数は今抱きしめてるのも含めて6匹、最早ちょっとした群れと言っても過言ではない。
……そういえば男の頃は、あんなの『恥ずかしいし子供っぽい!』ってまず触れようとすらしなかったよな。
ふと思った。思っても……うん、嫌な気持ちにはならなかった。だって、もふいものはもふいし。
さて思う存分過去は振り返ったし、そろそろ未来に向かって起き上がろう……としたけれど、まだちょっとだけ眠い。
どうせ夏休みなんだしと、オレは束の間のまどろみに身を委ねる。
眠気のせいでぼんやりとしている頭は勝手に一番近い未来、つまり今日の予定に思いを馳せて……体は自然と、再びぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
「今日も、楽しい一日になるかな……」
そんな期待が、気づけば口から漏れていた。
◇
今日も今日とて日は高く、相も変わらず日差しは暑く。
お天道様がてっぺんに登る頃、オレはいつものように終斗の家へと遊びに来ていた。
もう8月も中旬。宿題自体はすでに終わっているのだけど、それでも遊びに行っちゃいけない理由もないし、お昼をごちそうになっていけない理由もない。というわけで。
ピーンポーン。インターホンを押して軽快な電子音を鳴らし、終斗が出てくるのを待つ。
……いつもならすぐに出てくるのだけど、今日はなぜだかちょっとだけ遅い。不思議と体がソワソワ動き、まだかなまだかなと気持ちが逸る。
やがてガチャリとドアが開いて、そいつは姿を現した。
「おはよう、始」
長くも短くもない黒髪に、知的で静かな輝きを湛えた瞳。端正な顔にピンと伸びた背筋のそいつ。他ならぬオレの親友、夜鳥終斗はジーンズとチェック柄のシャツ……の上に無地のエプロンを羽織った、やや主婦チックな格好でオレを出迎えてきた。
読者モデルとして雑誌に載っていても違和感ないくらいにかっこいい顔立ちなくせして、妙にこういう格好が似合う親友にオレは挨拶を返した。
「おはよう、終斗!」
「ん。いつもそうだが、今日は一段と元気だな。なんかいいことでもあったか?」
「え、そう? 特になんもないけど……そんな元気だった?」
「元気だった元気だった。とりあえず上がってくれ」
「んー、自分じゃ意識してなかったんだけど……ま、いいか。元気があるのはいいことだし。おじゃましまーす!」
今日のオレの服装は夏らしくシンプルに、Tシャツと半ズボンのみ。道中でかいた汗をその半袖でぐっと拭うとちょっと内股になりつつ靴を脱ぎ、我が家の次に通い慣れた玄関を、終斗の背に続いて進みリビングへ。
「涼しい! そして涼しそうな!」
リビングはクーラーの冷気で満たされていて、そこの大机にはすでに二人分の昼食が乗っていた。
その夏らしい風情と清涼感の漂う独特な彩りに、一目見た瞬間ピンと来た。これは……!
「今日の昼飯は冷やし中華だ。出来たてホヤホヤ……といってももちろん暖かくはないけどな」
「わーい! 食べていい?」
「そのために作ったんだしな。それじゃ早速食べるか」
「うん、箸と飲み物はオレが用意するよ!」
「それじゃあ頼んだ」
頼まれて、ぱたぱたと足音を立てつつ用意を始める。
勝手知ったる親友の家。あっという間に準備は整い、二人で向かい合って座る。
「「いただきます」」
両手を合わせてさぁご飯だ。
早速目の前の机に視線を向けるとまず目を惹くのが中央の具材たち。添えるようにちょこんと置かれた紅しょうがを中心に、細切りにされたキュウリ、卵焼き、焼き豚がそれぞれ混ざり合わないようにぐるりと一周並べられてひとつの山を作っている。
その見た目麗しい山の麓から覗くのは、細く縮れた中華麺。面と具材で形成された山の周囲には、海のように透き通った茶色のタレがキラキラと輝き、広がっていた。
それだけでもすでに食欲をそそるけど、そこに華を添えるのは皿の隅に生まれたふたつの孤島。プチトマトと半熟ゆで卵が元々綺麗な盛り付けに、さらなるアクセントを加えていて……つまりなにが言いたいのかというと、もう待ちきれないし待つ理由もない!
見た目を楽しむのもほどほどに、まずはタレがほどよく絡まり艶を放っている麺だけを、箸で摘んで口に持っていく。
食べやすいように軽く首を下げると、はらりと髪が落ちて口のそばまでなびいてきた。それを指で耳にかけてから、オレは麺を口に入れた。
ほとんど抵抗もなくするりと口の中に入ってきた麺は、意外にもコシが強く噛めば噛むだけ確かな歯応えを返し、その度に醤油ベースのタレの香ばしくもすっきりとした味わいが口の中に広がる。
その幸福感に「ん……」と小さな吐息が漏れた。
続いて他の具材と絡めて食べれば、きゅうりの瑞々しくシャキッとした歯ごたえや紅しょうがの爽やかな酸味、焼き豚のジューシーな油などが絡み合って、正に味の万華鏡。
……うん、文句なしに美味しい!
美味しい物を食べると自然と頬が緩む。
口角が上がるのを自覚しつつ、この美味しさは一言伝えておかねばと思って料理人たる終斗に目を向ければ……なぜか終斗は変なものでも見たかのように、ぽかんと口を開けてオレを見つめていて。
「終斗?」
きょとんと首を傾げながら名前を呼ぶと、あいつはようやくはっと気ついて慌てだした。
「あっ。いや、その……髪が」
「髪?」
「なんていうか……随分伸びたよなと思って。切らないのか?」
言われてみれば結構伸びたな。
放っておけば、じき肩まで届きそうなほど伸びた髪を指で摘んでくるくると弄びつつ、他人事みたいに納得してしまった。
しかし終斗の言うとおり、ついさっきも食事の邪魔をされたし、オレとしては切ってもいいんだけど……。
「うーん、なんだろう……オレもたまに髪切ろっかなーって悩むんだけど、その度にお母さんと初穂に『もったいない』って口を揃えて言われるからさ。なにがもったいないんだって感じなんだけど、そう言われるとこう、なんか本当にもったいない気がしてさ」
つまるところ一種の貧乏性というやつである。普段は自分の財布と激闘を繰り広げているし、飯は残さず食べる主義なので多分これはしょうがないのだ。
というわけで未だに踏ん切りがつかず、髪は結局長いままだった。
「そうか……」
返事を最後に会話が途切れる。だからといってこれといった話題もなく。
結果的にお互い黙々と麺をすすり具材を噛み切っていると……いつの間にか、オレの視界の中心に終斗がいた。
特になにかおかしな点があるわけでもない。ただただ普通に食事しているだけのあいつを、オレはただただぼんやりと眺めていた。
「……始、あまりじっと見られると食べにくい。なんか変か?」
「あっ……ご、ごめんそういうわけじゃないから。気にしないで」
気づけば終斗が困ったような顔をこちらに向けていて。オレはその困り顔へと慌てて詫びを入れながら、軽く俯き目を逸らした。
またやってしまった……たまにあるのだ、こういうことが。
ここ数日、ふとぼんやりとしてしまうときがあって、そういうときは大体終斗が視界に写っている。プールでの事件を最近夢でよく見るし、あれのせいで自然と意識してしまってるのだろうか。
なんてことを考えていたせいか、また終斗の姿が視界の端にちらついた。
今度は冷やし中華をすすりつつも、やっぱり半ば無意識的にちらちらと終斗へ目を向けてしまうオレ。自分でも変だと感じてはいても不思議と止める気にならず、しばらくそうしていると……不意に気づいた。
なんだろう、単なる勘といっても差し支えない程度のものだけど……終斗の元気がないような。
一度そんなことを考えるとオレたちの間に漂うこの静けさも、終斗のすまし顔に対してもついつい勘ぐってしまう。
気のせいならいいんだけど。でも、もし本当に終斗が落ち込んでるなら……それは、嫌だな。
「ごちそうさま」
聞こえた声に顔を上げると、律儀に両手を合わせている終斗の皿がすっかり空になっていた。対してオレの皿にはまだ少し冷やし中華が残っている。
「ん? 始はまだか。珍しいな、お前が遅いなんて。食欲ないのか?」
「違う違う、ちょっと考え事してただけだから」
逆にこっちが心配されてしまった。
オレは急いで残りの冷やし中華を平らげると、パンと両手を叩いて鳴らし「ごちそうさま!」と元気よく締めてみせた。
「いつもどおり美味しかったよ、さすが終斗!」
「お粗末さま」
オレが笑顔を見せてそう伝えると、終斗の顔も少しほころんだ。
……お、そうだ!
その微笑みを見てあることを思いついたオレに、終斗が尋ねてきた。
「さて……これからどうする? 外は暑いしなんかゲームでも……」
「終斗!」
「お、おお……?」
思いついたら即実行。終斗が急に名前を呼ばれて驚くのを気にも留めず、オレはあいつにひとつの提案を突きつけた。
「――食べ歩きしよう!」
「……は?」
◇
わざわざ涼しい家を出て、蒸し暑い中30分近くも自転車を漕ぎ続けてやってきたのは、とある小さな商店街だ。
オレは入り口辺りで適当に自転車を止めて、商店街特有の丸い屋根に覆われたアーケードへと足を踏み入れる……その途端に全身を襲う熱気がぐっと薄れた。日差しが遮られただけでも結構涼しくなるものだ。
と、すぐに後ろから終斗の声が聞こえてきた。振り返れば、オレの自転車の隣に同じく自転車を止めてこちらへと歩いてくるところだった。
「全く、随分と走らされたものだが……こんなところに商店街なんてあったんだな」
自前のハンカチで汗を拭きながら辺りを見回す終斗にオレは説明を始める。
「そういや終斗と来るのは初めてだっけ。見つけたのは1年くらい前だったかなぁ、それからたまに足を運んでるんだけど……へへっ。実はここ、ちょっとした穴場なんだよね」
「穴場……?」
「そ、穴場。見てのとおり一見普通の商店街なんだけど……ここはなんと、美味しいご飯が多いのさ!」
「……はぁ」
とっておきの情報だというのに、しょっぱいリアクションひとつで流されてしまった。やっぱり……元気がないのか!?
それならばここに連れて来たのは正解だったかもしれない。
「昼飯食べたばっかだけど、自転車漕ぎまくってたから腹は減ってるだろ? ほらほら早く!」
終斗に呼びかけながら、早速オレは商店街の奥へと歩き出す。
「なんだか分からないが……ここまで来たなら付き合わないわけにもいかない、か。一応外出ることも考えて昼飯を少なめにした甲斐はあった」
乗り気とは言い難いものの、なんだかんだでオレの後ろをついて来てくれる終斗。それを確認してから、オレは前を向いて終斗を先導し始めた。
大勢の人で賑わっている……と称するには少々足りないけれど、さりとて寂れていると言えば的外れになる程度の人影と喧騒は、こうしてブラブラと探索するのにちょうどいい空気感を生みだしていた。
アーケードの中央を堂々と歩きながら辺りを見回せば、早速ひとつの店を発見した。
ビルとビルの間に小ぢんまりと建つその店に掲げられた暖簾を見て、オレの小さい脳みそが即座に検索、照合。
オレは検索結果を弾き出すと、すぐにその店へと駆け足で近づく。店の表に貼りだされている商品一覧に目もくれず、すぐに注文を口にした。
「おっちゃーん! たこ焼き二つ!」
オレが呼びかけると、店頭でたこ焼きを焼いているおっちゃん……鉢巻を頭に巻いた中年の店員が反応を返した。
「あいよ。って始ちゃんか! おや、また一段と可愛らしくなったんじゃないか?」
「まーたそういうことばっか言う。そう思うならちょっとおまけしてよ」
「お、前はぷりぷりと怒ってきたのに今日は上手いこと返してくるなぁ。ところで後ろの兄ちゃんは?」
「オレの親友!」
断言すると、おっちゃんはなぜかオレと終斗を交互に見て……それからなにか納得したようにうんと頷いた。
「なるほどな。ま、なんにせよおじさんが口突っ込むのも野暮ってもんか」
「は?」
「いやなんでも。よし、せっかくだ! 一人分おまけしてあげよう、その代わり後ろの兄ちゃんもウチのことご贔屓にな!」
「さすが男前、気前が良い! ありがとなおっちゃん!」
「ど、どうも……」
オレが元気良く、終斗が相変わらず元気なさげにそれぞれ礼を言うと、おっちゃんは「いいってことよ」と返しながらたこ焼きを2パック用意してくれた。
それを受け取って屋台を後にしたオレは、終斗と一緒に座って食べられる場所を探し始める。
オレが説明したとおり、ここは何気に料理を扱う店が多い。そして買った物をすぐに座って食べられるようにという配慮……なのかは不明だけど、ベンチも結構多い。
例のごとく手近なベンチをすぐ見つけたオレは、そこに終斗を誘うと二人並んで座った。すぐにたこ焼きを1パック終斗に手渡す。
「悪いな、わざわざ奢ってもらって。ちょっと待ってろ、お金は……」
「いいよいいよ、オレが勝手にやったことだし。というか1パック分はタダなんだし」
そう断ってからオレは自分の膝の上でたこ焼きのパックを開けた。中身は小ぶりのたこ焼きが6つ。
パックの中に封じられていたソースとかつお節の香ばしい匂いがぶわっと開放されて鼻孔に届いた。うーん、この感覚は何度味わってもたまらない!
表情筋が自然と緩むのも気に留めず、オレは付属の爪楊枝をたこ焼きに刺しこんだ。
ほどよく焦げた表面は固い感触だけど、ちょっと力を入れればあっさり割れて柔らかい中身を掘り進んでいく。だがすぐにぐにゃりと弾き返される感触が。どうやら随分しっかりした肉質のタコにぶち当たったらしい。しかしオレは負けじと爪楊枝をぐっと押し込み、その肉に刺し込んだ。
そこで初めて爪楊枝を持ち上げると、先端に刺さったたこ焼きも湯気を立てて浮き上がった。
宝石のようにソースをてらてらと輝かせるたこ焼きを見て、オレは食べてもいないのに『流石、相変わらず良い腕をしているなおっちゃん』と内心で感嘆を漏らした。
オレほどのレベルになると爪楊枝を刺した時点でたこ焼きの良し悪しが分かるのだけど、これは"外はサクサク""中はふわふわ""タコはがっしり"という三大要素をしっかりと兼ね備えている素晴らしい代物だ。間違いない。
ゆえに迷いなく丸々1個口に入れて……うん、やっぱり美味しい!
暑い日に熱々のたこ焼きというのもこれはこれで乙な物だ。はふはふと息を漏らしつつ堪能して、あっという間に1個目は胃の中へ。
ひょいぱくひょいぱく、2個3個と順調に消化していけば残りは3つ。そこでオレはようやく今日の目的をはっと思い出した。
今日は単なる食べ歩きをしにきたわけじゃなかったのだ。ちゃんと目的がある以上、オレだけ無邪気に楽しむわけにはいかない。
ゆえに隣の終斗へ目を向けると、終斗の膝に乗っているたこ焼きはまだひとつしか減っていなかった。その顔に視線を移せば、あいつは爪楊枝を手に持ったまま軽く俯いてぼんやりとするばかりで。
「終斗、もしかしてまだ腹いっぱいだった?」
「え……あ、いや違うんだ。そういうわけじゃなくて……」
オレの問いに対して、終斗は爪楊枝でたこ焼きをぷすぷす刺していじめつつ、言葉を言いよどむ。
そうしてたこ焼きに5回ほど穴を開け続けたあと、6回目でようやくぐっと深く突き刺して、同時に俯いたまま口を開いた。
「……あの店員、お前が男だったこと知ってるんだな」
「え? まぁそうだけど……なんせ1年前から通ってたんだし」
なんか神妙に聞いてきたと思いきや、そんなこと?
首を傾げるオレに、終斗は面を上げて慌てた様子を見せた。
「べ、べつに大したことじゃないんだ。ただなんていうか……ああやって年齢も性別も全然違う人とも気兼ねなく仲良く出来るのは流石だなって思っただけで」
言いながら、終斗はまたたこ焼きへと視線を戻す。
「そういうもの? うーん、あのたこ焼き屋はこの商店街見つけたその日に食べてさ。それで気に入ったから何度も店に通ううちにああやって話すようになったってだけの話なんだけど」
「流石なのはそういうところだって話だよ」
そう答えた終斗は、なんだかさっきよりもちょっとだけ楽しそうな気がした。単なる雑談だったけど、それがかえって良かったのかもしれない。
「うーん、なんで褒められたのかはやっぱり分からないけど……なんでもいいや」
だって、終斗が楽しそうだから。
その成果に気を良くしたオレは、面白そうな話題を脳内から適当に引っ張りだして話を続けた。
「そういえばさ、オレ女になってから初めてここ来たとき女子の制服姿だったんだけどさ、あのおっちゃんすぐにオレがオレだって気づいて。制服が制服だから一応は女子に見えそうなのに、なんでだろーなって不思議に思って聞いてみたらさ、なんて言ったと思う? 『たこ焼き食べてるときの笑顔が男のときのまんまだから一発で分かった』って。そんときはふーん、そういうものかなってくらいにしか思わなかったけど、今振り返るとちょっと納得いかないかも。そんなに変かなぁご飯食べてるときのオレって」
いや、今と昔でそこまで見た目変わったわけでもないけどさ……仮にも女子の制服着てるんだし、背だって少し縮んでるんだから『あ、兄妹かな?』くらいに思ってくれてもいいのに。一発で見抜かれると、オレの笑顔が普通じゃないみたいからみたいな感じがだな……。
話題のせいで話し終えた頃にはむすっとしていたオレだったけど、隣から「ふふっ」と小さな笑い声が聞こえたおかげで、ちょっとだけ溜飲が下がった。
やった。内心でそっと拳を握った直後、終斗が視線を落としたまま語り始めた。
「確かにお前の笑顔は他人と比べて変わってるかもしれないけど……それはほら、良い意味でだから」
「良い意味で?」
「そ、良い意味で。お前は昔から変わらずずっと、美味しいものを誰よりも美味しそうな笑顔で食べてるから。そういうのって料理してる人にとってすごい嬉しいことなんだよ」
そっか……変顔になっているわけではないらしく、ほっと一息。
それにしても、オレが笑顔だと料理してる人も嬉しいって、それじゃあ……。
「……終斗も」
「ん?」
事ある度にオレにご飯を作ってくれている終斗。ふとわき出た疑問を彼に尋ねた。
「終斗もオレが笑っていると、嬉しい?」
問いかけた瞬間、終斗がはっと目を見開く。そしてオレもはっと気づいた。
な、なんでこんな質問したんだオレ……。
言葉にできない妙な気恥ずかしさに襲われ、慌てて訂正しようと試みる。
「ご、ごめん変な質問しちゃったな! 気にしなくても――」
「――嬉しいよ」
「え」
終斗は未だ視線こそ落としていたものの、その顔にはあいつらしい優しい微笑みを浮かべていた。
その表情のまま、終斗は今度こそはっきりと答えた。
「――お前が笑顔だと、俺も嬉しい」
「あ、えっと……そ、そっか……」
今度はオレが俯いてしまう番だった。
変だ。変な感じだ。ムズムズして、終斗からつい顔を逸らしてしまった。
恥ずかしいとか、嬉しいとか、そんな感じなんだけど……なにかがちょっとだけ、いつもと違う。
男のときには感じたことのなかった不思議な気持ち、でも……嫌な気持ちじゃない。嫌じゃないならきっと良いものだ。
でもやっぱり終斗の顔は見れなくて、しかたないから一心不乱にたこ焼きを頬張り始めた。
4、5、6個目と急いでパクパク食べきって、「ごちそうさま!」と両手を合わせた頃には変な気持ちも大体収まっていたので、ようやく終斗に目を向けられた。
一方の終斗はちょうど3つ目に爪楊枝を刺したところだった。元々ゆっくり食べるやつだったけれど、今日は一段とペースが遅い。それに表情も、ちょっと前よりは軽くなったけれどどこかまだ影を感じる。
……うん、まだ足りないな。もっと頑張らなくちゃ。
オレがここに来た"目的"を思い出して体にぐっと力を入れた。だけどそんなオレに気づいて一体なにを勘違いしたのか、終斗は爪楊枝に刺さったたこ焼きを持ち上げたあと、残りのたこ焼きが入ったパックをオレに差し出してきた。
「食いたいなら食いたいって言え。そんな見られるとちょっと怖いぞ」
「え゛、いやそういうわけじゃ……」
じっと観察していたせいか変な勘違いをされてしまった。そんなにたこ焼き食べたいわけじゃ……いや食べたいけれど!ただ今回はオレばかりが楽しむわけにもだな……。
「俺はお前じゃない。どうせまだ食べ歩くつもりなんだろうが、昼飯食べてそんなに経っていないのにこれ全部食ってしまったら、すぐに腹膨れて俺が付き合えなくなる。だからほら、どうせお前の金で買ったものだし遠慮するな」
「うーん……分かった、それじゃあ食べる!」
まぁ、オレが楽しんじゃいけない理由もないよな!終斗もオレが笑顔だと嬉しいって言ってたし!笑顔……そう、笑顔。
終斗を笑顔にする。
その目的のために、オレはとりあえず全開の笑顔でたこ焼きを頬張るのだった。




