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今日もオレ/俺は恋をする  作者: 秋野ハル
番外編【後日談前編】
35/57

閑話 JKの朝はまだまだ遠く

 風呂から上がったら、愛用のドライヤーと櫛で髪を丁寧に手入れして。

 いつもの工程を終えたあとは、うつ伏せでベッドに寝転がり正面にスマホをかざして、指先でちょちょいと操作。

 ほどなくしてスマホから流れてきたのは、とある男性の声だった。


『読み上げるなあああ!! そうだよ俺は山よりも海派なんだよ! お前らみたいなそんじょそこらの山々よりも世界にただひとつの雄大な大海原の方が何倍も愛おしいんだよ、悪いか!』

「むふ、むふふふ……」


 枕に顔を埋めて、ただひたすらに変な笑いを漏らす。

 夜更けと呼んでも申し分ないこの時間帯、自室で一人こもってやるには悪趣味な気がしないでもないけど、さりとて人前でこんなことができるわけもなく。

 終斗には申し訳ないな。なんて良心の呵責を若干感じつつも、オレはまひるたちが撮ってくれた録音を、何度も再生しては枕に顔を埋めていた。

 そんな頭の悪い一人遊びに興じていた真っ最中、一本の着信がかかってきた。

 どうやらまひるからのものらしい。はてどうしたのだろうと思いつつ、今日のお礼も言っておきたいついでにオレは素直に電話へと出た。


「もしもしー」

『もしもし始、今いい?』

「ん、全然大丈夫だよ。特にやることもないし」


 強いて言うなら、もしもこのまま暇だった場合延々と一人遊びに興じているつもりではあったけれど、それを口にしちゃうのはまぁ、うん、ほらちょっと変態っぽいし……。

 オレがちょっとごまかして答えると、まひるも特に追求することなく話を始めた。


『それならよかった、こっちも大した用事じゃないし。ただ後始末というか、事の顛末くらいは直接聞いときたいかなって』


 今日の事の顛末といったら、もう思い当たる節はひとつしかないけど……そういうことなら教えない理由はない。なにせまひるたちは今回の立役者なんだし、特にまひるには日頃からお世話になっているんだし。

 というわけでオレはざっくりと、終斗と分かり合ったことや今度の水着についての話を語っていった。


「――そんな感じで、オレは晴れて終斗と仲直りをした上に、水着の好みもばっちりと聞いてきたわけさ!」

『なるほどね……ま、なんとかなったようでなによりだわ』

「えへへ、おかげさまで。こっちこそありがと……あ、でもこれからはもうちょっと相談とかしてよね! さすがに突然『今から乗り込んでくるわ!』とか言われたらびっくりするから!」

『はいはい。でもあれよ、ぶっちゃけ人選ミスじゃない?』

「あ、自分で言っちゃうんだそれ……」


 薄々勘づいてはいたけどさ。次からはそこら辺も気をつけなければ……。なんて思っている一方、実際はそんな後悔しているはずもなく。


「とはいえ今回も、終わりよければ全て良しっていうことで。さっきも言ったけど本当にありがとう、まひる」

「ま、いいってことよ。最後に決めたのは始だし、ほら私らは半分冷やかし目的もあったから。他人の恋バナなんて女子にとっちゃ最高のつまみってね」

「それは……つまり惚気話をいっぱい聞きたいと」

「いや用があるのはハイライトだけだから。どうでもいいところは本当にどうでもいいから」

「どうせ聞くなら全部聞いていってくれればいいのにぃ!」

「…………」


 自然と口から出たツッコミは、しかし自然に拾われることなく地面に落ちた。

 半端に途切れた話にオレは首を傾げ、まひるに尋ねる。


「まひる、どうかした?」

「……ん? ああいや、今のあんたを見てる……って電話だから見てるってのも変か。今のあんたとこうやって喋ってるとさ、ちょっと前に川原で泣きべそかいてた子と同一人物とは思えなくてね。ちょっと懐かしくなっちゃった」


 はて?とクエスチョンマークを頭に浮かべかけて、でもすぐにまひるの言葉が意味することにたどり着いた。

 それまでただのクラスメイト同士でしかなかったオレとまひるが、友達になった日。あれからたったの4ヶ月だっていうのに、随分と遠い昔のように思える。

 あれから色々あったなぁ。しみじみと感じているうちに、まひるが言葉を続けていた。


「ついでにふと思ったんだけどさ……あのときの始に、今の始を見せたらさぞ驚きそうね」


 うーんたしかに。当時のオレは完全に終斗との恋を諦めていたからなぁ。でも驚きそうってことならば。


「それなら、1年くらい前の……まだ男だったときのオレに今のオレ見せたら、ひっくり返って気絶するかも。当然男に恋するなんて夢にも思っていなかったし、よりにもよって相手が大親友の終斗だし」

「あはは、そりゃそうよ。それにしても、昔の始かぁ……そういえば出会ってからの始は知ってるけど、その前のことは聞いたことなかったわね」


 それは前フリの一種なんだろうか。オレの『惚気を聞いてくれそうな人に反応するセンサー(仮)』が耳聡く反応し、そこから送られた指令がすぐに口を動かした。


「あれ、そうだっけ? べつに話したくないわけでもないし、聞いちゃう? オレと終斗のな・れ・そ・めっ」


 当時は単なる男友達だったから"馴れ初め"というのも微妙におかしな話だけど、細かいことは気にしない。

 ここぞとばかりにずずいと迫るオレに、まひるは若干引きながら返答を返した。


「いや、まぁ興味はあるけど……さっきも言ったとおりどうでもいいところは抜いて、重要なところだけを語っていく総集編方式でよろしく」

「だからつまみ食いは行儀悪いってばぁ!」


 とはいえ聞いてもらえるのならば、話さない理由はない。


「それじゃあどっから話すか考えるから、少し待っててよ」


 そう一言伝えると、オレは早速思案を始めた。

 幸い今日は土曜日、明日は日曜。つまり今宵はまだまだ長く、時間自体はいくらでもあって。

 うーん、なにから話そうか。オレも終斗も平凡な身の上ながら平凡なりに色々あって、どこからにしようか迷ってしまう。

 やっぱり一番大きな区切りだし、オレが女になったとき辺りから?あ、そうするにしてもオレと終斗の出会いくらいは触れておいた方がいいのかな……。


「ねぇまだ?」

「ちょっと待って!」

「こりゃあ、長くなりそうねぇ……」


 その予想が予想以上に当たることを、オレもまひるもまだ知らない。

 お酒代わりに夜更かし特有のテンションを、そしてオレの過去をつまみ代わりにして、長い夜が始まろうとしていた。

今回は前日談……の前の小話となります。体育で言う準備運動、居酒屋で言うお通し的なあれ。

次回からぼちぼち本番と言うことで、どうぞよろしくお願いします。ではまた次回。

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