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第21話 オレと俺の大決戦、破(前編)。リベンジオブ白魔法

 ハナミパーク最初の行き先は、3D映像を使ったアトラクションや体感型のゲームなど、主に電子機器を利用して屋内で遊べる施設が集まった『フューチャーエリア』だ。位置的にはハナミパークを縦に大体3等分した内の左側を担っている。ちなみに中心と右にも、またべつのエリアがあるのだけどそれはまた後々に。

 オレ個人としては真っ先にジェットコースターみたいな絶叫系のアトラクションを堪能したかったんだけど、ああいうのは結構疲れるからな。今日は終斗もいるんだし、まずはこういうところで適度に肩慣らしをしようというわけだ。

 ……それにコースターとか乗って、もし終斗が酔ったりしたら弁当食べてもらえなくなるし。それだけは……絶対に、避けなければ!

 そんな狙いから終斗を連れてやってきたフューチャーエリアだけど、名前どおりどうやら近未来をイメージしているらしく、銀色中心の配色と機械的な意匠で彩られた建物が立ち並んでいた。


「へぇ、こんなところができてたんだな」

「オレも来たのは初めてなんだ、一番最近できたエリアなんだって。一番の目玉はここ唯一の3Dシアターを使った、大迫力のライドアトラクション! 他にも電子銃を使った射撃ゲームとか、HANAMIのアーケードゲームが遊べる施設なんかもあるみたい」

「なるほど、SFチックな外装らしくゲーム的なものが多いのか」

「そゆこと」


 オレは予習してきたハナミパークの知識と、入場門で貰っておいたパンフレットを参考にして、歩きながら終斗にこのエリアを紹介していく。


「でも意外なことにさ、ここって結構体動かすものが多いんだよね。ゲームはゲームでも体感型のやつばかりでさ。ほらゲーセンとかにあるじゃん、矢印が書かれたマット踏んで踊るゲームとか、DJみたいにえっと……円盤っぽいのをスクラッチするゲームとか」

「ターンテーブルな」

「そうそれ。HANAMIってそういう音ゲーいっぱい作ってるし、それをでかくしたようなものとか、あと実際に体動かすスポーツゲームとか……だからさ、このエリアで体動かして軽く汗流してからご飯食べよう、って思うんだけど……どうかな?」


 そう、これもオレがここに来た目的のひとつ。その名も『空腹は最高の調味料作戦』!

 体を動かせばおなかは当然空く。そしておなかが空いた状態で食べるご飯は、当然いつもよりも美味しい!

 ふふふ……これでオレの弁当は、ざっと見積もって3割増しで美味しく食べてもらえるはず……!

 内心でニヤリと笑いながらも、それをおくびにも出さず自然に振舞うことができたのは、きっと淑女になる特訓のおかげだ。特訓こそ失敗したけど、その経験は間違いなく血肉になっている。


「そうだな……いいんじゃないか。あ、でも3Dのやつは見たいかな」

「それじゃあ最初にそっち行って、そのあと汗流そっか」


 思惑どおり、終斗はオレの術中に嵌ったことに気づいてないようで、あっさりと提案をのんでくれた。よし、第一段階成功!

 予定が決まったオレたちは、早速ライドアトラクションの施設に行き大迫力の3D映像を心ゆくまで堪能してから、次にHANAMIのアーケードゲームが集まる施設へと入るのだった。


   ◇


「おおー!」


 ゲーマーと自称できるほどのものかは微妙なところだけど、ゲームは結構遊ぶ方だ。

 それゆえに施設へと足を踏み入れた途端、ずらりと並んだゲームの数々に目を奪われ、歓声を上げてしまうのも当然と言えた。なにせここのゲームはなんと、全部無料タダなのだから。


「これ全部無料で遊べるのか? すごいな……」

「うん! ゲームの機能にある程度の制限はかかってるみたいだけどね。ゲームデータを登録するためのHANAMIのIDカードが使えなかったり、プレイできる曲に制限があったり。でもタダより安いものはないし! 思う存分遊びつくすぞー!」


 オレは早速手近な筐体に駆け寄った。例の有名な、矢印が書かれたマットを踏んで踊るアレだ。

 手近な地面にバスケットを置き、上下左右4方向の矢印が描かれたマットに乗ると、早速目の前の筐体を触り始めた。


「それを言うならタダより高いものはないだろ、それにここのためだけにハナミパークに来たわけじゃ……って、もうやり始めてるし」


 終斗が呆れた声をだすが、今はそんなこと気にしていられない。ここに来た目的だって忘れたわけじゃないけれど、だからこそ時間が惜しいのだ。時は金なり、という言葉もある。

 そう、世の中お金が全てじゃないけれど、それはそれとしてお金は大事なんです。

 最近、服とか装飾品にお金を使うようになって、本当に出費が増えてしまったのだ。ゲーセンだって買い食いだって、我慢することも多くなった。だからこそこういうチャンスは逃さない、逃せない。


「終斗も早く! 二人用なんだし一緒にやろうよ!」

「まったく……ま、せっかくここまで来たんだ。やらない理由もないか」


 オレが呼びかけると、終斗は軽い苦笑いを浮かべながらもオレの隣のマットに乗ってきた。

 それを確認してから筐体のボタンを押して曲を選ぶ。とりあえず適当なJPOPを選んで、ゲームスタートだ!

 軽快なイントロとともに、筐体のディスプレイには下から上へと矢印のアイコンが流れだした。


「さて、音ゲーはあまりやらないんだが……あれだ。ミスしたらすまん」

「いいって、どうせタダなんだし。それに簡単なやつだから大丈夫だって」


 画面下から流れてくる色つきの矢印アイコンが画面上部で固定されている透明な矢印アイコンに重なった瞬間、マットに描かれた同じ方向の矢印を踏む。言ってしまえばそれを繰り返すだけのゲームだけど、リズムに合わせて4方向の矢印が流れてくるからそれを指示どおりに踏んでいけば、それだけで踊っているような感覚になれる面白いゲームでもある。さすが、一度社会現象にまでなった人気は伊達じゃあない。

 オレはディスプレイの表示に合わせて足を動かしながら、隣で同じように足を動かしている終斗をちらりと覗き見る。

 おお、やっぱ様になってる……。

 さっきは自信なさげだったわりに意外と軽快に、そして踊るようにマットを踏んでいく終斗。

 黒髪をなびかせて、ディスプレイから視線を外さず動き続けるその姿は、普段の物静かなあいつからじゃ想像できない一面だけど……真っ直ぐ前を見つめる端整な横顔と、リズムを刻んで揺れるスマートな長身。有体に言って、見惚れるほどにかっこよかった。

 自然と足が止まり、視線が終斗に釘付けられてしまう。

 そうなれば当然矢印は踏めずゲーム画面ではmissの文字が量産され、終斗も怪しむわけで。


「……ん。始?」


 終斗が踊りながらオレに視線を向けてくる。

 目が合ったことで、オレの意識はようやく現実に引き戻された。


「はっ……ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてただけだから」

「……大丈夫か?」

「だ、大丈夫だって。よし、気を取り直して踊るぞ!」


 勢いで適当にごまかして、ディスプレイと向かい合う。

 それでも終斗は少しの間、疑うようにこっちを見ていたけど、すぐにオレと同じようにディスプレイへと顔を向けなおしてゲームに集中し始めた。

 そうして二人でゲームに勤しむこと約3分。

 簡単な曲ではあったけど、終わってみると結構動いていたらしくて、体が火照ってきているのを感じた。

 んー、でもそんなに動いたかなぁ。なんだか妙に暑いような……あ。

 そこでオレは思い出した、自分が終斗のコートを借りているという事実を。

 外はたしかに寒かったけれど、ここは空調が効いてるしこうして動けば体も暖まってくる。それによく考えればせっかくおしゃれしてきたんだから、終斗にちゃんと見せないと。今みたいに軽く運動することだって考えて、それなりに動きやすい格好をしているつもりでもあるし。

 オレは一抹の名残惜しさを感じながらも、コートを脱いで終斗に返した。


「んしょ……終斗、これ返すね。ありがと」

「あ、ああ。まだ俺も着ないしそこら辺に適当に置いといてくれ」


 そう言われたのでオレは先に置いといたバスケットの上に終斗のコートを畳んで乗せてから、ゲームを再開した。

 ひとつクリアしたらちょっと難しい曲に。またひとつクリアしたらさらに難しく。

 難易度が上がるにつれて、オレの動きもどんどん忙しなくなっていき、合わせてスカートが波打つように翻る。踊る時間と難易度に比例して、体がまた一段と火照ってきた。


「ふぅ……」


 曲の合間に、服の胸元を摘んでぱたぱたと仰ぐ。さすがにそろそろ曲についていくのが辛くなってきた……。

 だいぶ体も暖まってきたし、そろそろ別の場所に行きたいかな。


「終斗ー。次の曲終わったら別のゲームか施設に……」


 キリリと真剣にディスプレイだけを見据えた横顔はやっぱりかっこいい……んだけど、なぜだかオレの呼びかけには気づいてない様子。


「終斗?」

「はっ……あ、いや……えっと、次で終わりだっけか?」


 オレの声にようやく気づいた終斗は、珍しく狼狽した様子を見せた。


「う、うん……でも今すごい集中してたね。そんなにこれ好き? なんならもう少しやってもいいけど」


 そういえば、曲が難しくなるにつれてオレは純粋に難易度の高さや暑さに気を取られてのmissが多くなってきたのに対して、終斗の集中力は衰えることなくmissも全然していない。


「いや、その、そういうわけじゃなくて……あれだ、久しぶりだったから思いのほか楽しかったってやつだ。うん」


 なるほど、たしかにこういうゲームはたまにやると、滅茶苦茶ハマる場合ってあるよな。


「たしかに。いやぁ、オレもちょっと熱中しすぎて暑いのなんのって」


 気づけばわずかに汗まで流れてきていた。服に付く前に、ハンカチでふき取っておく。こんなことならもっと動きやすい服で来たら良かったかな……と一瞬思ったけど、すぐに『いやいや駄目だろ』と自分自身に心の中でツッコミを入れた。

 好きな相手に可愛いところを見せようとおしゃれしてきたのに、すぐ目先の欲に釣られそうになる……こんなことでは魅力的な女子には程遠い。もっと精進しなければ。

 うん、色気のないこと考えるくらいなら、少しでも終斗を誘惑できる方法でも考えよう……誘惑、ゆーわく……色仕掛け……。

 オレは自分の胸に目線を向ける。


 …………やめよう!この話はやめ!人間できないことは潔く諦めるのも重要だし、人は自分の弱さを認めて強くなるものだから悔しくなんて……ないしっ……!


「終斗! 最後なんだし滅茶苦茶むずいのやるぞ!」

「え゛。べつに最後だからって無理に難しいの選ばなくても……」

「えーらーぶーのー! 終斗がやらなくてもオレひとりでもやるからな!」

「いや、俺がどうとかじゃなくてお前の、その、スカートがだな……」

「選択!」


 終斗がなにやらごにょごにょ言っているが、よく聞こえないので無視。前曲より二段飛ばしぐらいで難しい曲を選んでやった。

 べ……べつにやけっぱちになったわけじゃないんだからな!体を動かして腹を減らす以外の目的なんてない、断じてない!

 その後、オレは半ば連れまわすように終斗とフューチャーエリアの施設を駆け回り、お昼時にはすっかりくたくたになってしまったのだった。

 ちなみに終斗は終斗でゲーム系のアトラクション(いずれも体をよく動かすもの)で毎回驚くくらいの集中力を発揮して、ことごとく高得点を叩きだしていた。それにしても終斗がこんなに動けるとは……意外な一面を見れたのは、思わぬ収穫だったのかもしれない。



   ●



 フューチャーエリア内を強行軍気味に隅から隅へと駆け回って、ゲームや運動を堪能して。

 そろそろ昼食にしよう。

 そんな提案が自然と浮かび上がってくる頃には、俺の両肩が疲労で押しつぶされそうになっていた。体も随分温まっており、始から返してもらったコートも当分は必要ないだろう。

 なんでそんなことになっているのかだって?そんなの全力で運動したからに決まっている。

 じゃあなんで全力で運動したかって?そんなの……始が無防備すぎるからに決まっているだろう!

 スカートをほとんど気にせず翻すわ、胸元で急に仰ぎだすわ……ちなみにどことは言わないが、一瞬見えた色は薄桃色だった。良い趣味してると思う。

 とにかく無防備な姿の始をあまり見ないために、男子高校生特有の邪な念を振り払うために必死でゲームにのめり込んでいたのだが、そのおかげで思いのほか高得点をだしてしまい記念写真やらHANAMIのグッズやらを貰えることもあったので、±0としよう……いやむしろ視覚的には+……いやよそう、この話は。ぶり返すとろくなことにならない、主に俺が。

 それよりも昼飯だ昼飯。なんと今日の昼飯は、またしても始が手作りしてきたのだという。

 余談だがこの間始に料理を教える約束をして、実際に何度か教えもしたのだが、上達速度が予想以上に目覚ましく驚いたものだ。始が言うには「目標があるからね!」とのことらしく、聞けば自主練習もかなり力を入れているとのこと。始の目標がなにかは分からないが、人間目指すものがあると成長が早いという証左だろう。

 そのことを思えば、今日の昼飯も俄然楽しみになってくる。

 しかし、目標か……もしかして、まさかとは思うが、万が一いや億が一、好きな男に手作りの弁当を……とか……いやいや始に男の気配なんてなかったはずだし、大丈夫大丈夫……大丈夫、だよな!?


「終斗?」

「はっ……ご、ごめん。さすがに少し疲れていたみたいだ」

「あはは、終斗はりきってたもんね」

「は、ははは……」


 苦笑いでごまかす以外の選択肢が見当たらない……。

 ちなみに俺たちは今、フューチャーエリアの一角にあるベンチに並んで座っていた。

 内心で冷や汗をだらだら流していた俺をよそに、隣に座る始はさらに隣に置いたバスケットから、プラスチックのケースを二つ取り出す。そしてそのうちのひとつを俺に手渡した。


「はい、終斗の分」


 これが始の手作り。そう思うと中身も分からないただのケースが、幕の内弁当なんぞよりも遥かに価値が高い物に思えてきた。お高い料理を食べるとき特有の、あの無駄な緊張感に似た感覚が俺の背筋を走る。

 ケースをそっと膝に乗せてから、改めて始に尋ねた。


「開けて……いいか?」

「う、うん。そんなすごい物でもないから、改まって聞かなくてもいいんだけど……」


 始が少し困ったような顔をして言うが、しょうがないだろう。俺にとっては"とても"と頭文字に付くぐらいすごい物なんだ。

 おそるおそるケースの蓋を開ける。すると俺の目に飛び込んできたのは、白く薄い断面だがほんのりきつね色の焦げが窺える二枚の食パンの間に色とりどりの具が挟まれた料理。すなわち、


「……サンドイッチか」

「えっと……前回の失敗を踏まえてというか、身の程を弁えてというか……今回は、あえてシンプルにまとめてみた感じなんだけど……どうでしょう」


 俺がつい真剣な態度をとってしまったせいか、始も神妙な面持ちで尋ねてきた。

 そうなると連鎖的にこちらの真剣度合いも増してしまい、その結果サンドイッチをいきなり手に取るのもなんだかいけない気がしたので、とりあえずその観察から始めることと相成った。

 とはいえ……。


「……美味しそうだな」


 旅番組のレポーターとかならともかく、ただの男子高校生でしかない俺にできるコメントなんてそんなものだ。

 べつにそうあって欲しかったわけでもないが、たとえば目の前のサンドイッチがもっと奇抜な具を挟んでいたり、ドが付くほどの下手な料理だったら言えることもあったのかもしれない。

 しかしただ挟んだだけでなく軽く焼いて一手間加えてある、具の絡みやすさを重視したであろう薄めのパン生地。

 挟んでいる具もベーコン、レタス、トマト……いわゆるBLTの組み合わせ。あと照り焼きチキン+レタス、ほかにもシンプルな卵サンドなど、真っ当かつ食欲をそそるものばかりだ。多種多様なサンドイッチは並んだ色合いも綺麗で形もちゃんと整っている辺り、前回の反省がしっかり生かされているのだって分かる。

 つまるところ美味しそうなサンドイッチ以外の何物でもなく、逆に言えば一目見ただけで直感的にはばかることなく美味しそうといえる、良い出来だという証左でもあった。

 だがはたして俺の口から飛び出したのはあのしょぼい一言。

 好きな女子の料理を褒めるのに、もう少しなにかなかったのか。そう貧相な脳内辞書を罵っていた俺の横で、始が口を開いた。


「お、美味しそう……」


 呟くように俺の言葉を反芻する始へと顔を向けてみれば、始はすでにその小さい口をきゅっと一文字に結んで無表情を装っていた……が、口の端が上がっている辺り、明らかににやけるのを抑えているといった風体で。

 ……どうやら、あんなコメントでよかったらしい。

 始が喜んでいることを知った俺は、心の中でほっと一息ついた。しかし、にやけるのを抑えきれないほど嬉しかったのか始よ。まぁ前回の失敗を踏まえてみれば、当たり前なのかもしれないが。

 なんにせよ、あとは食べるだけだ。腹の具合的にも俺の心境的にも、もうどうしたって待ちきれない。

 相変わらずな表情で俺を見つめる始に、一言断っておく。


「えっと……それじゃあ、食べていいか?」


 これがきつつきならば木を突くどころか抉るんじゃないかという勢いで、始は返答代わりに首をぶんぶん縦に振って応えてきた。

 それが了承の意でなければ、新手のヘッドバンドぐらいしか思い当たるものがない。俺は早速サンドイッチに手を付けようとして……。


「あ、あ、あ、あの」


 どもりながらも一生懸命なにかを伝えようとしてきた始の声に、サンドイッチへと伸びかけていた手を止められた。


「落ち着け」


 応対が短いのは、一刻でも早く昼飯を食べたいことの表れである。

 そんな心境を知ってか知らずか、こっちがもどかしくなるほどテンパりながらも、用件を伝えてきた。


「そ、そ、それ、自信作……」

「それ?」


 震える小さい手で始が指を指したのは、照り焼きチキンとレタスが具として挟まれたサンドイッチ。


「自信作?」

「自信作!」


 始はその言葉のとおり自信満々らしく、キリッとした真剣な面持ちで俺を見つめてくる……が、童顔のせいで真剣な表情なのに緊迫感がまったくでないなこいつ……。むしろ本人の真剣味と可愛い顔つきのギャップが、ここに新たな癒し空間を生み出したと言っても過言ではないだろう。

 金を払ってでもあと1時間ぐらいは愛でたい気持ちがわきあがるが、悲しいことにそれはできない。

 俺は名残惜しくも始から顔を逸らして照り焼きサンド……始が言うところの"自信作"に今度こそ手を伸ばし、掴んで引き上げた。

 側面を見てみれば、やはりパンは軽くトーストされており、こんがりきつね色に焦げたその表面に一段と食欲がそそられる。

 ここまできたら我慢できないしする必要もない、俺はおもむろに腕を持ち上げサンドイッチを口へと運んだ。

 大口を開けて、口の中に飛び込んできたサンドイッチに歯を突き立てれば、サクリ。軽い音とともにパンの表面が割れて、鼻腔をくすぐる小麦の香りと柔らかなパン生地が出迎える。

 だがまだ自分は前座だと言わんばかりに薄い生地はすぐ噛み切られ、現れたるは照り焼きチキンとレタスの二重奏。

 醤油ベースであろう甘辛のタレが肉厚のチキンによく絡み、味と感触の両面で口内を刺激する。結構濃い目の味付けだが、水気が多くしっとりとしたレタスとの相性を考えてのことだろう。実際チキン単体で食べるとくどくなりそうな味もレタスのおかげで中和されて、これならいくらでも食べられそうだ。……お、何気にカリッと香ばしい素敵な感触が。

 どうやらこのチキン、こんがり焼けた皮も付いていたらしい。それが偶然なのかそれとも意図的に皮付きの部分を焼いたのか、なんにせよ照り焼きダレに鳥皮の組み合わせなんて最早言わずもがなのベストカップル。口内としては諸手を挙げて大歓迎の所存だ。

 そんなこんなで俺はサンドイッチをじっくりしっかり、最後の一切れまで存分に味わい尽くしてから、始に向き直って口を開いた。もちろん、食べるためではなく声を出すためである。


「……すごく美味かった、お世辞なんかじゃなくて本当にな」


 素直な気持ちを口にだすというのは少し気恥ずかしいことだが、他ならぬ始が俺のために作ってくれた料理だ。誠意には誠意を持って返すのが礼儀というものだろう。

 それに、普段自炊している身としては、誰かに食べてもらって"美味しい"と言ってもらえる嬉しさだって知っているつもりだしな。

 俺の感想を聞いた始の表情は、みるみるうちに喜色満面へと変わろうとして……でもそれは恥ずかしいのか笑みを抑えようと頑張って、その結果じつに珍しい表情になっていた。なにこれ可愛い、写真に撮りたい。


「あ、う、えへ……で、でもパンで具材挟んだだけだし、まぁ一応、照り焼きは手作りで……と、とにかく美味しいなら良かったかな……あ、そうだ。あれ忘れるところだった……」


 嬉しさのあまりか軽くテンパりながらも、始がバスケットからそそくさと取り出したのは一本の水筒だった。

 蓋にお茶を注ぐタイプのもので、始はすぐに蓋を開けるとその蓋へと温かそうに湯気の立った茶色の液体を注いで……なにぃ!?


「そ、粗茶ですが……」

「そ、粗茶ですか……」


 差し出された蓋に、俺は内心で驚愕せざるをえなかった。

 え、なにこれ受け取っていいの?今しがた俺の中で粗茶=神酒ソーマみたいな扱いになったんだけど、受け取って良いのか神酒。

 おそるおそる、始の両手から蓋を受け取る。俺の両手が始の両手と触れてしまい手が跳ねそうになったが、これをこぼすなど万死に値する。動揺を気合で抑えて受け取って……このまま保存しておくわけにもいかないので、とりあえず口に付けた。

 すると自然に気が抜けて、お茶で温まった息が口から漏れた。


「ふぅ……うん、いいな……」


 舌を引っ込めなければいけないほどの熱さではなく、逆に舌を包み込んでくれるような程よい温かさが、いきなり心を穏やかにしてくれる。

 色的に麦茶か烏龍茶辺りかと思っていたが、この味と香りは……前者か。淡い苦みとほんのり漂う香ばしさが、照り焼きのタレを洗い流して口内にさっぱりとした清涼感をもたらしてくれた。

 同時に、俺は自分の心が幸せに満たされていくのを感じていた。

 美味しい食事は、性別も年齢も問わず人に幸せと安らぎをもたらすもの。それが大切な人……たとえば、気になるあの子の手料理とかならなおさらだ。

 俺の膝の上には、正しくそれそのものがある。そして隣には、気になるあの子本人が座っている。しかも甲斐甲斐しくお茶まで注いでくれた。


 ……なんだこの幸せ空間……!


 ここまできて、俺はようやく自分がどれだけ恵まれた環境におかれていたのかを自覚し、その素晴らしさを噛み締めた。今だけなら世界一の幸せ者だって名乗れる自信がある。

 嗚呼、今日はなんて最高の日なんだろう。今この瞬間を過ごせているだけで、このデートに来た甲斐があったというものだ。

 だが素晴らしくも恐ろしいことに、今日という日はまだ半日も残っているのだ。始とゴーカートで二人乗りしたり、始とジェットコースターで一緒に叫んだり、そして最後には大観覧車で、紅く映える夕日を背にロマンチックな告白を…………うん、告白……?


 ……告白――――!!


 つい夢みたいな現実のせいで夢と現実がごっちゃになっていたけれど、そういえば俺と始ってまだ付き合ってすらいなかったんだ!

 というか今日は告白するためにここへ来たのに、未だ告白どころか"告白するための前フリ"すら口にできていないとかどういうことなんだ俺。それこそ『最後に大事な話があるんだ』とか一言、言っておくだけでいいのに。

 そうだ、今なんてちょうど良いじゃないか。言ってしまえ俺、そのためにここにいるんだろう俺!

 決意して、口を開く。


「始……!」

「ふぁふぃ?」


 言語化すれば「なに?」辺りだろうか。

 どうやら俺が幸せに浸っている間に始も食事にとりかかっていたようで、BLTサンドを頬にめいっぱい詰め込んで気の抜ける返事を返してきた。

 もっちゅもっちゅといった具合で頬を膨らませて咀嚼する様は、頬袋をぱんぱんに膨らませたハムスターを連想させる。

 なんというか、真面目な気分が一気に削がれてしまったが……まぁ、あとでもいいかな。いいよな。


「なんでもない」

「?」


 きょとんとする始をよそに、俺も残ったサンドイッチに手を付け始めた。

 ……一応弁解しておくと、べつに告白が怖いから先延ばしにしたわけじゃなくてだな。

 せっかくこうして美味しい食事と落ち着いた雰囲気で和んでいる中、わざわざ真面目な話をぶちこんで雰囲気壊さなくてもいいじゃないかと思っただけであってだな。まだ半日もあるんだし。

 けっして怖いわけでもなければ、この幸せ空間に未練たらたらだとか美味しそうに飯を食べる始をじっくり観察したいとかそんなわけでもなくてだな。

 どこかの姉が『やーいこのムッツリヘタレー』と馬鹿にしくさってきたような気がしたが、即座に始を眺めることで脳内から叩き出した。うん、始ってすごい。

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