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第20話 オレと俺の大決戦、序。勝負服はヒラヒラで

 ――オレは終斗に恋をしている。

 ――俺は始に恋をしている。


 もしかしたらオレの気持ちは、あいつに拒絶されてしまうかもしれない。

 もしかしたら俺の思いが、あいつを傷つけてしまうかもしれない。


 そう考えるとどうしようもなく怖い、本当に怖い。だけど……


 散々落ち込んで、あと一歩が踏み出せなくて。それでもこの気持ちだけはどうしても譲れなかったから。

 散々迷って、一度はそこから逃げて。それでもこの思いとはどうしても向かい合いたかったから。


 ――オレ/俺は、今日も――。


   ◇■◇

 

 オレの視界に、老若男女種類を問わず無秩序な人の波が迫ってくる。波は迫って、左右に分かれて、そのまま通り過ぎていった。

 後ろを振り返れば、『HANAMI』の文字を描く赤いチューリップとそれを囲むように咲いた黄色いチューリップの花畑が。人の波は、花畑を避けて進んでいったのだ。

 その流れにつられるように花畑の奥に目を向ければ、中世の城をイメージした門とその下にあるいくつかの受付。そしてそこへ吸い込まれるように入っていく人々が見えた。中にはカップルのような男女二人組みも、ちらほらと。

 終斗が来たらオレもあんな風に、二人で……。

 なんて夢想しながらも、オレはずっと待ち続けていた。


 最寄の駅から電車で40分ほど。そこそこ近場で結構でかくて、ついでに学生でも気楽に手がだせる程度には安い。『たまにはちょっとだけお金奮発して遊ぼうか』という提案がでれば真っ先に候補として上がるような、無難かつ安定したポジション。

 オレが決戦の地に選んだここ『HANAMIアミューズメントランド』は、大体そんな感じの野外テーマパークだった。書くのも読むのもやたら長いから、みんなからは『ハナミランド』みたいに略されて呼ばれているけど。

 そうそう。ちょっとした余談になるけれど、名前の頭についている『HANAMI』は、アミューズメント産業を中心に多角的な事業に手を伸ばしている大企業だ。たぶん、多くの人にとってはゲームメーカーとして有名なんじゃないかな。オレもほとんどそういうイメージしかないし。

 話は戻り、多くの人が吸い込まれていくように入場していくハナミランドの入り口の前で、しかしオレはずっと……具体的には20分ほど前から終斗を待っていた。

 それでも時刻はまだ10時。ハナミランド的には開店直後で、終斗との待ち合わせに至ってはまだ40分もの余裕がある。

 どちらかといえば時間にルーズな方で、こういう待ち合わせはつい時間ギリギリになってしまう方が多いオレにしては、珍しいどころか前代未聞の1時間前行動だった。

 だけどそれも当然、なにせ決戦の日なのだ、気合の入れようが違う。

 デートプランはもちろん練ってあるし、格好だって自分で頑張って考えてきたんだ。

 白い長袖のカットソーに、薄青色で膝上丈のショートスカート。それと財布とか小物を入れるための茶色のポシェットを肩から掛けている。

 全体的に大人しめの風体だけど、肌は結構さらしてるから吹きすさぶ秋風が何気に厳しい。

 一応カットソーの下には申し訳程度の防寒兼おしゃれの一種としてシャツを重ね着している上に、一応膝下までは黒のハイソックスで覆っているけども……どれもこれもパラメーターを見た目に極振りしているゆえ、防寒性能は低くどうしても寒いものは寒いのだ。

 とはいえ告白が決戦ならば、おしゃれはいわば決戦のための武器であり盾。寒さだって敵のひとつだと思えばなんとも……。


「へくしゅっ」


 ……なんともないからな!

 まだ鼻はむずむずするけど、こんな格好しているのに寒がっているのはなんだかかっこ悪い。だからオレは寒さを表にださないようにくしゃみを我慢しつつ、終斗を待ち続けた。

 この待ち時間は長いようで、短いようで。待ち遠しくないようで、やっぱり待ち遠しいようで。なんともいえないもどかしい気持ちから自然と体が揺れて、白いシュシュで括った自慢のサイドポニーもつられてふわりと軽く揺れた。

 オレがまだ男だったときは『こういうの持ってる女の子って可愛い』とか思っていた気がする。そんな頼りない情報をソースに持参してきたバスケットを持つ両手にも、自然と力がこもった。

 ……おっと、この中には終斗とオレの弁当が入ってるんだ。下手に傾けないよう気をつけないとな。もちろん、オレの手作りである。

 そんなこんなでさらに待ち続けること10分。まだ約束の時刻には30分も余裕があるというのに、なんだか見覚えのある姿がハナミパークへ流れていく人混みに紛れて、一瞬ちらりと見えたような。

 お?と首を傾げた矢先、人混みから抜け出しオレに近づいてきたのは、170cmを越えるすらりと伸びた長身と長くも短くもない自然体の黒髪。茶色のコートと紺色のジーンズという、シックな色合いの衣服が似合っているクールな顔付きの少年だった。

 当然、見間違えるはずもない。彼はオレの待ち人――つまり、夜鳥終斗その人だった。


「終斗!」


 待ち時間のもどかしさがぱっと弾けて、喜びに変わる。その気持ちに急かされて駆け寄ったオレに、終斗は軽く微笑んでみせた。


「始……待たせたか?」

「ううん全然! オレもさっき来たばっかだから!」


 そう言いながら、オレは内心で拳を握る。こういうやりとり、少し憧れてたんだ……!

 それにしても、終斗も来るの早いなぁ。普段はオレの方が後だから気づかなかったけど、もしかしていつもこんなに早く来てくれてるのかな……そう思うと、なんだか申し訳なくなってくる。今度からはせめて約束の時間に遅れることだけはないよう、肝に銘じておこう。

 なんてよそごとを考えて気が抜けたのか、鼻がまた急にむずむずしだして。


「くしゅん!」


 つい口からくしゃみが漏れてしまった。

 うぅ、気をつけていたのによりにもよって終斗の目の前で……。

 恥ずかしさに顔をうつむかせた直後、ふわりと柔らかく暖かい感触とわずかな重みが、背中からそっと抱くようにしてオレの体を包みこんだ。続いて全身から風の感触が消える。

 なにごと?なんて疑問に思ったのも束の間、オレは自分を包む物にすぐ気づいた。これ、終斗のコートだ。

 ……なにごと!?

 すぐに上から声が降ってきた。見上げれば、長袖のシャツを着ている終斗の姿が。


「……いくらなんでもそんな格好じゃ、寒いだろ。足はちょっときついけど、上ぐらいなら凌げると思うから着ておけ。いやならいいけど」

「あ、ありがと……」


 う……やっぱ寒そうって思われてたのか。どうせなら可愛いって思って欲しかったのに……余計な気をつかわせちゃったかな。

 あ、でもあったかい……終斗との身長差のせいで、オレが着ると膝辺りまでならガードできそうな長さだ。

 オレはいそいそと、終斗のコートに袖を通して着なおしてみた。

 指の先まですっぽりと覆われるほどに大きいコートはやっぱり暖かい、情けない話だけどだいぶ快適になった……え、戦い?いや戦士にも休息は必要だから……ん?

 オレの鼻がふと、なにかの匂いを感じ取った。どことなく汗臭さにも似ているけれど、でも不快じゃなくてむしろ安心するような――。


「ぁ……」


 匂いの正体が分かった、かもしれない。

 コートの袖を鼻に近づけて、息で手を温めるような振りをしつつ、スンと小さく鼻を鳴らしてみた。


 ――終斗の、匂いだ。


 自覚した途端、急に心臓がどきどきしてくる。もっもっもっ、もしも終斗に抱きしめられたら……こんな感じなのかな。


「う、うへへ……」


 気づけば口から変な笑いが漏れてしまっていて。ああもう駄目だって、匂いなんて嗅いだのばれたら変態とか思われちゃうかもしれないのに。

 だからオレはごまかすために、あえて声を張り上げてみせた。


「そ、それじゃあちょっと早いけど行こっか!」


 終斗は特に不信感を抱く様子もなく、返答を返してきた。よかった、匂い嗅いだのはばれてないみたい。


「そうだな。思っていたよりも混みそうだし、早く来たのはむしろ正解だったのかもな」

「だね。最初はどこにする? オレ的に気になってるのは――」


 オレと終斗は、二人でいつも通り和やかに話しながら入場門に向かい始めた。

 いつも通り……そう、いつも通りだ。少なくとも終斗は。

 オレは……うん、実はどきどきしてる、すごくどきどきしてる。だけど悟られちゃいけない。不自然になっていぶかしまれないよう、なおかつさりげなく女らしさや可愛さをアピールしなきゃいけないんだ。

 ……頑張ろう。

 幾度となく自分を奮い立たせてきた呪文を心の中で唱えながら、オレはコートの袖に隠れた手をぐっと握り締めるのだった。



   ●



 コートを始に渡したせいで、肌寒いくらいに冷えた秋風がシャツ1枚を隔てて肌に刺さる。だが今はむしろこの寒さが心地良い、むしろありがたいまである。


 ――なにせ、心拍数の上がり方が半端ないからな!


 普段は10分前行動を心がけている程度だが、今回は絶対に遅れまいと30分前に来た……のに、まさかの始が先に到着していた時点でまず心臓に悪かった。

 しかもその始、やたらめったら可愛い格好なんてしてるし。

 あとだぼだぼのコートが妙に似合ってるとか、これ返してもらったときに始の匂いが付くんじゃないのとか、まぁ色々阿呆なことを考えてしまったり。

 とにもかくにも今現在、止まらない驚きとトキメキに俺の頭と体は大層茹ってしまっているわけで、今はそれをなんとか表にださないよう耐えるので精一杯だった。

 これでは告白の話を切り出すことなんてとてもできない。とりあえず一度落ち着いてだな……。

 俺は思案しながら、始と並んで入場門を通る。

 門を抜けて一気に広がった視界に映ったのは、門を囲むように立ち並んだいくつかの土産屋や休憩所、それに園内の奥へと通じるいくつかの歩道だ。奥の方には、この遊園地のシンボルがごとくそびえ立つ大観覧車を中心に、ジェットコースターなどの大型アトラクションなんかも散見された。

 こういう光景を見ると、なんというか遊園地に来たという実感みたいなものが出てきて、さっきまでとは別の意味で気分が高揚してくる。隣の始に目をやればあいつも同じらしく、見るからに目を輝かせて景色を楽しんでいた。

 しかし雰囲気だけに浸かっていてもしょうがない。そもそも今日は告白するためにここへ来たのだ。楽しむだけ、というわけにもいくまい。適当に遊びつつ、話を切り出すタイミングを見つけなければ……。

 なんにせよとりあえずは動かなければと思い、俺は始に話を振ってみた。


「さて……最初はどこに行こうか? 小学生の遠足で来て以来だから、思いのほか記憶と変わっていてどこがどこだか」

「まぁその頃とはもう別物みたいなもんだよな。俺が最後に来たのは2年くらい前だけど、それからも多少増改築されてるみたいだし。でも大丈夫、ここのことはちゃんと調べてあるから!」


 そう言ってみるからにはりきった様子を見せる始だが、あいつにとってはただ友人と遊びに来ただけのはず。そこまで気合を入れる必要あったのだろうか。そんなふとした疑問の表れが気づけば口をついで出てきていた


「……張り切ってるな」

「え゛。ま、まぁ……ほ、ほら近場だって言ってもなんだかんだでこんなとこで遊ぶのって珍しいし!」


 なぜか妙に慌てた感じの早口で捲くしたてる始。なんだか挙動不審な気もするが、とりあえず今日が楽しみだったことだけは伝わってきた。

 しかしそうか、そんなに楽しみにしていたのか……。

 今更になって、ここで告白しようと決意したことを少し後悔し始めてしまう。こんなに楽しそうにしているのに、俺の告白で台無しにさせてしまったらどうしよう、と。

 ……いや、一度やるって決めたんだ。断られたらきっとどのみち気まずくはなるんだし、そう思えばいつフラれてもたいして変わらない……あれ、なぜだろう。目頭が熱く……。


「……いやいや、フラれる前提は駄目だろ俺……!」

「フラれるって?」

「っ!?」


 始がきょとんとした顔で尋ねてきた。また考えを口に……!?

 相変わらず、表情を抑えるほど口が迂闊になってしまう。俺は慌てて適当に言い訳をしてごまかそうと試みた。


「……い、いやこんな青空だと逆にうっかり雨でも降りそうな気がするなって思っただけで……ははは……」

「そっかぁ……でも大丈夫!今日はずっと晴れるって天気予報で言ってたし!」

「そ、そうか。そんなとこまでちゃんと調べてるんだな。えらいぞ」

「そ、それほどでもないよ……えへへ……」


 どうやらごまかすことには成功したらしいが、いったいなにがそんなに嬉しいのか、始の表情が柔らかい笑みに変わった。かっ……可愛いなぁくそう!

 これが本物のデートだったら、この笑顔を気兼ねなく見れるのかもしれないけど……今はまだ『親友』の関係だ。じろじろ見るわけにもいかず、一瞬だけ横目で見て脳内フォルダに保存すると、遠くの景色に目を逸らしつつ始を促した。


「それじゃ、そこまで準備万端なら文化祭と同じく、今日も始に任せようかな」

「う、うん任された! じゃあ最初は――」


 かくして俺たちは最初の目的地を決めて、園内の奥へと続く道を並んで歩き始めた。

 さて、ここの情報は精々ホームページにざっと目を通した程度でしか知らないので、ここからの予定はしばらく始任せだ。もう少し下調べでもすれば格好も付いたのかもしれないが、正直今日のことで気もそぞろだったというか……。

 ただまぁそれでも告白する時と場所くらいは、さすがに考えている。ここの目玉である大観覧車で、沈む夕日を拝みながら……が理想的だ。雰囲気作りはやはり大事だと思う。

 とはいえ告白なんて見てのとおり初めてなわけで、そういう意味ではどんなタイミングが最適解なのかもさっぱりなので『ここで告白するべきだ!』と感じたら、それに従うのもひとつの手だとも思っている。迷わない、これも多分大事なことだから。

 なんにせよ、まずは目の前のデートに集中しなければ……しかしこれがもし普通のデートだったら、彼女にデートプランを決めてもらう彼氏とか情けなくて仕方がないのかもしれない……が、生憎あいにくながら俺たちが恋人同士でない以上、そもそもこれをデートとは呼べない。

 だからこの光景を、いつか本当のデートにするためにも……。


「……頑張ろう」


 俺は始を象徴するような、そして俺自身のお守りにもなっているその言葉を、口の中でそっと転がすのだった。

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