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第19話 オレと俺の決意と幕開け

「――あんた、夜鳥くんといっぺんデートしてみなさい。そんであわよくば、告白までしちゃったら?」


 晴天の霹靂、寝耳に水。もしくは藪から棒になんとやら。

 突拍子がないにもほどがあるその言葉に、オレの低スペック脳みそじゃ理解が追いつかず、ただぽかんと口を開けてゆっくりと言葉の意味を飲み込むことしかできなかった。

 昼休み終了を告げるチャイムが鳴り終わると同時、ようやく理解を終えた俺の口からでてきたのは、


「……ふへぇ!?」


 そんな間の抜けた叫びだけで。

 自由気ままに遊んでいた生徒たちがぞろぞろと自分の席に戻っていく中、オレはその場から動くことも忘れて声を荒げてしまう。


「そっそっそっそっ、そんなの無理だYO!」

「見事なラップね。でもいいじゃない、もうすっぱり当たって砕けてきなよ」

「だから当たるの無理だし砕けるのも駄目だし! ていうかなんでいきなり……」

「んー、なんていうか……ちょっとした勘というか、前々から少し勘ぐってはいたんだけど……もしかしたら夜鳥くん、あんたに気があるかもしれない。ま、あくまで"かもしれない"って話だけど」

「な……ないないないない! だって、終斗だよ!?」


 オレは即座にまひるの言葉を否定する。

 だって終斗は女子に見境ない軟派な性格じゃないし、男のときからの親友だし、オレが女になっても全然態度変わらなかったし、実際そんな素振り一度だって見せたこと……。

 しかし、オレの言葉はさらに否定で包まれて返された。


「そうは言ってもねぇ……昔は知らんけど、今のあんたらはなんていうか普通の親友同士っていうには度が過ぎてるというか……付き合ってるって方がしっくりと来る、まであるのよね」

「えぅ、そんなこと言われても……」


 もしもまひるの言う事が本当だったら、オレはどうしたら……。


「いつまで立っているんだお前ら、さっさと授業始めるぞー」


 オレたちの会話に差し込まれた、やる気に欠ける声。唐突なそれにつられて教壇へと顔を向けてみれば、どこか野暮ったく気だるそうなおっさん教師が、教壇からオレたち含む生徒たちを、面倒くささを隠さないじと目で見渡していた。

 「やばっ」と漏らしてそそくさと自分の席に戻ろうとするまひるの背に、オレは呼びかける。


「まひるっ」

「始?」


 振り返ったまひるの目を真っ直ぐ見返して、オレは短く言葉を吐いた。


「……一晩だけ、考えさせて」



   ◇



『実際のところ、私も言うほど人の心を読める人間じゃない……こう言っちゃなんだけど、彼氏の一人もいないわけだし。それでも、昼休みのときも似たようなこと言ったけどさ……なんとなく『そういうもんかなー』って勘ぐっちゃう程度には、はたから見ればあんたら二人って距離感近い……近く見えるの。この言葉をどう取るかは始次第だし、最後に選択できるのも始だけ。まぁでも、あれだ。こっちは当たって砕けても慰める用意はできてるから』


 下校の際、別れ際に言い残されたまひるの言葉。

 それを反芻はんすうし続けて、もう何度目だろうか。

 時刻はすでに夜11時前。いつもならほどよい眠気に誘われてゆっくりと夢に落ちていくはずの時間なんだけど、今日のオレは未だに目が冴えっぱなしだ。

 その原因は間違いなくひとつしかない。


『――あんた、夜鳥くんといっぺんデートしてみなさい。そんであわよくば、告白までしちゃったら?』


 学校が終わってから今までも、オレはそのことについてずぅっと考えこんでいたのだ。

 考えて、考えて……そして未だに迷っていた。


「はぁ……」


 部屋の隅に置いてあるベッドの上に身を投げだし、えもいわれぬ不安から理由もなくスマホを両手でぎゅっと握った。

 重力に身を任せてベッドに体を沈ませながら、今日何度目になるか分からないくらいに沈んだ思考の海に、再び沈んでいく。


 ……まひるの言葉どおりなら、もしかして終斗もオレのこと……だけど……。


 何度考えても、分からない。言われて思い返してみれば、たしかに気になる言動や行動はあった……かもしれない。

 たとえば今日だって、


『――俺も上手くなったお前の手料理、食べたいしな』


 なんて言ってきた上、あまつさえわざわざ料理を教えてくれるなんて。ただの親友同士、男同士だった頃と同じ距離感だったらこんなことありえただろうか。

 そんなことを思うたびに『もしかしたら』と淡い希望を持つ自分と、『本当にそうか?』と希望が幻想なのではないか疑う自分が現れる。

 どっちが正しいのか、どうしても分からない。相手は一番の親友だっていうのに、その気持ちがまったく掴めない。

 でもそんなことをずっと考えて、気づいたこともひとつだけあった。

 やっぱりオレは臆病だ。臆病だから『オレのことなんか好きになってもらえない』って予防線・・・なんか張って、無意識のうちに終斗に壁を作っていた。作ってそこから逃げていた。

 今もきっとまだ、その壁を壊すことができていない。壊すためにはきっと、終斗と向き合わなきゃいけない。

 考えて、考えて……ようやく思い至った。


 ――結局、そういうことなんだ。


 向き合わなきゃ始まらない。

 『朝雛始美少女化計画』でたしかにオレは多くのことを学んだ。けれどそれにかこつけて逃げているだけじゃ、ただの引き延ばしにしかならないんだ。

 まひるはやっぱりそれを分かっていて、だからここぞというときにオレに発破をかけてくれた。

 いつだってオレのそばで、でもオレとは違う視点から終斗のことを見ていたまひるがああ言ってくれたんだ。それに応えるためにも――。

 はっ、と気づいて上半身を起こし、ぶんぶんと首を横に振る。そしてぽつりと呟いた。


「……違う、よな」


 そうじゃない、決めるのはオレなんだ。

 まひるに言われたから、終斗がオレのこと好きかもしれないからどうだという話じゃない。大切なのは、オレがどうしたいか。

 おしゃれしてみたり、口調とか変えてみたり、料理なんて覚えてみたり。今まで色々やったけれど、結局どれも大成功とは言いがたくて……それでも……それでも終斗はいつだって、褒めてくれたんだ。


『まぁ……そういうのもいいんじゃないか。似合ってるし可愛いと思うぞ』

『俺は無理に飾らない、いつものお前の方が"好き"だよ』

『ちゃんと始の気持ちがこもっているのはこの弁当を見れば分かるよ。頑張ったんだな、一週間でここまでできたんなら、むしろ上出来というものだ』


 一字一句、ちゃんと覚えている。大事な親友の言葉で、心底惚れている人の言葉で。だから絶対に忘れられるはずがない。

 そのひとつひとつが、オレに勇気を与えてくれる。だからこんなちっぽけな胸でも張れる、少しは誇ることができる……あ、胸囲の話じゃないからな!

 そうだ、もう最後の一歩踏み出すための勇気は貰っていたんだ。他でもない、終斗に。

 だったらあとはもう踏み出すだけでいい。

 もしも当たって砕けても、慰めてくれるってまひるは言っていた。もうひとりの親友も、いつだってオレの背を支えてくれているんだ。


 こんだけ至れり尽くせりなのに、やってやれない道理は……ない!


 覚悟は決まった……いや、本当はまだ怖いものは怖いし、ちょっと小突けばぐらぐら揺らいでしまいそうな脆い覚悟だけども、だからこそ大事なのは勢いだ!脆いのなら、行動の中で硬くすればいいだけの話!

 そうと決まれば立ち上がろう。

 勢い良く立ち上がり……はて、まずはなにをしよう?

 決意をしたはいいけれど、プランにAもBもなく強いて言うなら白紙ホワイトのWだったオレは、とりあえず首を傾げてプランを考えてみた。

 うーん……困ったなぁ。男のときに彼女の一人でもいれば、こういうときのための経験もできたかもしれないけれど、悲しがなそんな経験値はゼロだ。

 ……よし、こういうときはまひるに――って駄目だ!

 手に持っていたスマホでつい連絡しようとしたオレだったけど、はっと気づくと慌ててスマホをベッドに向かってぶん投げた。ポスッと軽い音をひとつ立てて、ベッドがスマホを受け止めるのを確認しつつ思う。

 今回ばかりは、まひるの力を借りるわけにはいかない。今までは世話になりっぱなしだったけれど、だからこそこの大勝負くらいは自分でやり遂げないと示しがつかない。

 それ以上に、この大勝負は自分の力でケリを着けたかった。単なる意地かもしれないけれど、それでもいい。この意地がなければ、オレはまた逃げてしまいそうだから。

 ペチンッ!

 スマホを投げ捨てて空いた両手で頬を一回叩けば、乾いた音が部屋に響いて、オレの心に気合が入った。……ちょっと強く叩きすぎてヒリヒリするけど。


「っし、やるぞ!」


 拳を突き上げ、誰にでもなく宣言した。そしてこれからオレはなにをすればいいのかを、まずは考える。

 とりあえずは……デートだろ?それじゃあ、デートのプランから、かな……。


 ――この二日後、オレは終斗に約束を取り付けた。無論、デートの約束である。



   ●



 リビングで一人いつものソファーに腰をかけ、テレビも点けずに腕を組んで熟考する。

 いつからそうしていたのか、いつまでそうしていたのかすら曖昧ではあったが、とにかくある瞬間、俺は思い立った。そして体も立ち上がらせた。

 誰にでもなく、宣言をする。


「――告白しよう」


 そう決心がついたのは、始が弁当を作ってきた日の夜のことだった。

 ……いや、本当のことを言えば決心自体はもっと前からしていた。ただどこかで踏ん切りがついていなかっただけの話で、それが今日の出来事がきっかけでひとつ吹っ切れたというだけの話でもある。

 今日は良い日だった、なんせ始がどうしようもなく可愛かったから。

 誰にも渡したくないって思った、誰よりも近くにいたいって思った。下手でもいいから毎日味噌汁を作ってくれ!とも思った。

 だから吹っ切れることができた。今思えばこっぱずかしい台詞も言ったけれど、それでも開き直ることができた。


 そして、再認識した――俺は始が好きだ、どうしようもなく好きだ。

 それはLike?それともLove?もしもそう尋ねられたら昔は答えられなかったけれど、今なら真っ直ぐ答えられる。

 そのどちらも俺の気持ちなんだ、と。

 異性として焦がれている一方、それを抜きに親友として大切にしたい気持ちもたしかにあって……きっと俺が始に感じるその全てが、俺にとっての『恋』なんだ。

 だってそうだろう?始と育んだ絆も、始に惹かれる思いも、全部あいつと過ごした日々から生まれでたものなんだから。昔の始がいて、今の始がいて。だから俺は恋をしている。

 今の俺にとって、恋も友情も表裏一体。だから俺はもう自分の気持ちを否定しない。感じる気持ちを感じるままに受け入れて前に進めば、それでいい。


 だから俺は決めた、始に告白すると。それが俺のやりたいことなら、もう迷わずに進むだけだ。

 ……と決めたはいいが、決心だけで世界は変えられない。つまるところ行動しなければいけないわけだが……


「……こ、告白って……どうすればいいんだ……?」


 宙に浮かべた問いは、当然誰に届くでもなく地面に落ちた。

 決心した矢先だというのにどでかい壁にぶち当たり、なんだか空気が抜けて風船が萎むような無力感を覚えながらも一人で自問自答を始める。


「こう……たとえばベタにだな、放課後に呼び出して告白するとか……いや、いきなり生で告白とか少々ハードルが……それじゃあ今どきらしく? メールかなんかでさらっと……いやない! 夢見がちかもしれんがいくらなんだってムードがなさすぎる! そうムード、雰囲気、大事だよなそういうの……」


 といった感じで悩みに悩んで二日後、突然チャンスは訪れた。

 え、お前そんなことで二日も悩んでいたのかって?ああ悩んでたよ!笑えよ!

 とにもかくにも、俺に訪れたそれは、始からの一本の電話だった。


「もしもし」

『あ、あ、あ、あの、夜鳥さんのお宅でしょうか! 終斗くんはいらっしゃいますか!?』

「ていうか本人なんだが、これ俺のスマホなんだからむしろ他の人がでてきたら怖いだろ」


 なんだっていうんだ一体。

 テンパッた様子の始を困惑半分ほっこり半分な感じで見……というより聞き守る。


『そ、そうだよね……ちょっと待って。落ち着く、落ち着くから。すぅ、はぁー……』


 なんか深呼吸始めたんだけど……まぁ、可愛いからいいか。


『……よし! あ、あの!』

「ん」

『今度の休みなんだけど、その、単刀直入に言うけど、わっ、ちょっ……うきゃあ!』

「大丈夫か!?」

『こけたけど、とりあえず大丈夫……』


 よかった。しかし本当になんなんだ……とりあえず言えることはひとつ。

 『可愛いのは正義』ということである。

 しかし口調ではあくまでも平静を装ってだな。こういうとき電話越しだと顔面表情筋が楽でいい。

 

「……で、結局お前はなにが言いたいんだ」

『はっ……そ、そうだ! その、実は――お父さんにチケット2枚貰ったから、こっこっこっ、今度の休みに二人で『ハナミパーク』に遊びに行きたいです!』


 その瞬間、俺は思った。


 ――これだ。

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