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第16話 文化祭延長戦その4―お気楽な姉の場合―

 いつもは穏やかで慎み深く、虫も殺さないような性格なのに、たまに驚くほど芯が強くて大胆な母。

 一見すれば厳格で寡黙。しかし中身は真面目すぎてついなんでも真剣に根を詰めすぎてしまう、不器用な父。

 そんな二人から生まれた私の弟は、母のように穏やかで、父のように寡黙な子供だった。

 どちらかといえば父親似の彼は真面目で、不器用で……それがこじれたせいかずいぶんと内気でもあった。親戚からは『姉弟の性格を足して2で割ればちょうどいいのに』的なことをよく言われたものだ。

 だからこそ、私が支えてあげないとって思っていたし、実際当時の終くんは結構なお姉ちゃんっ子だったとも思う。今それを言うと全力で否定してくるけれど。

 そんな終くんが変わり始めたのは、中学校に入学してからだった。

 熱だしてぶっ倒れたときはどうなるかと思っていたけれど……それからしばらくして、少しずつ笑顔が増えてきた。外へと遊びにでることも、生意気な口を利くことも増えてきた。

 たまにだけど、友達を連れてくることもあった。

 そんなことがあるたびに、気になっていた。


 ――この子を変えたのは、誰なんだろう。


 焼きもち……は姉心的になきにしもあらずというやつだけど、それよりもただ会ってみたかった。会ってじっくり話してみたかった。

 私は姉だから、家族だから終くんとの距離は近いけれど……家族だから、姉だからこそ分からない、触れられない部分も確かにあって。

 だから純粋に知りたかったのだ。大切な弟の世界を広げてくれた子のことを……終くんいわく『一番の親友』くんのことを。

 終くんはその親友くんのことを話すとき、とびきり楽しそうに語るのだ。はたから見たらあまり表情に変化はないけれど、そこら辺も姉だからばっちり分かるのよふふふ。

 でもあの年頃の男子っていうのは、どうにもこうにも反抗期というか、家族から距離を置きがちというか……。

 終くんはあまり自分のことを話してくれないし、友達を家に呼ぶときも私がいないときを狙ってくるし……まぁ、これは私のなんでもかんでもネタにしちゃう病にも原因があるかもだけど。しかし病なのだから仕方がない。

 とにもかくにも、いつか根掘り葉掘り聞きだしてやろうと思っているけど、なんだかんだで今の今までその存在についてほとんど知ることのできなかった親友くん……


『――俺はずっと、お前の親友でいるから……』


 もとい、親友ちゃん?

 かつて終くんを変えてくれた彼女が、また終くんに面白い変化をもたらしてくれているようで。

 終くんの恋がうっかり実っちゃえば、彼女とも話す機会がくるのだろうか。もし会えたらなにから聞こう、とりあえず二人の馴れ初めでしょ?あ、友達になったときと恋人になったときの両方ね。

 他にも終くんのどこに惚れたのとか、初デートの話とか……聞きたいことはたくさんあるのだ。専用のメモ帳をひとつこしらえておいたぐらいには。

 あとは……お礼も、ちゃんと言いたいから。

 そんなわけで私の計画を皮算用にしないためにも――終くんにはなんとしても、恋に前向きになってもらわないとね。


   ◇■◇


「とりあえず、話も終わったことだしシャワー浴びてくるか……」

「はいはい、いってらー。あ、部屋漁っていい?」

「駄目って言っても漁るだろどうせ。良心に任せる、とだけ言っといてやる」

「さっきの話で働きすぎたから、良心は今休暇中だって! つまり無敵ね!」


 私の言葉をガン無視して、リビングを出ていく終くん。

 言外に阿呆扱いされたような気もするが、なにはともあれ許可は取れたので無問題。

 しばらくして、物音から終くんが風呂に入ったであろうことを確認した私は、早速終くんの部屋を漁るため立ち上がった。


「さて……行きますか!」


 リビングと廊下とを隔てるドアを開けて、向かうは終くんの自室。

 玄関入ってすぐ左、今の私から見れば廊下の奥の右側に終くんの部屋はあった。

 私は『SYUTO』と書かれた木製のネームプレートが引っ掛けられたドアを開けて、躊躇なく部屋へと踏み込んだ。

 さすが男子高校生の一人部屋、ドアを開ければすぐ鼻につくような男臭さが……なーんてこともなく。

 あの弟らしい、簡素で小奇麗にまとめられた部屋がそこにはあった。個人的にはもう少しごちゃついてた方が好みなんだけど、まぁそれはそれとして。

 フローリングの床には茶色で無地のカーペットが敷かれている。そこそこ年季が入っているような色褪せ方だけど、しかしシミや汚れは見当たらず、丁寧に扱われているのが一目で分かった。

 壁を背に立つ本棚にピシッと並べられている本たちは、巻数が1から順番に揃えられているどころかよく見ればジャンル順、そしてその中でさらにあいうえお順にも整理されている。正直ここまで整理されていると感心よりも先に「うわっ」みたいな声が上がってしまう辺り、ほんと終くんと私の性格は間逆なんだなというか。

 部屋の隅にどんと置かれた勉強机も勉強道具以外のものは一切見当たらず、『ここに座るなら死んでも勉強しろよ、な?』と言わんばかりだ。

 あとは木製の箪笥とか、"まっ"が付くほど白い清潔そうなベッドとか、小さい丸テーブルの上にノートPCが乗っていたりとか、額縁に入れて壁に掛けてある何千ピースとかありそうなジグソーパズルとか……お、なにあれ。ボトルシップ?あんなのいつの間に……なんともまぁ洒落たもの作ってるわね。

 そうしてひととおり終くんの部屋を観察してから、私は意気揚々と部屋を物色し始めた。


 まずは定番、ベッドの下……はさすがにベタ過ぎるか。当然のようになにもなかった。一応、ベッドのシーツも軽く引っぺがしてみたけど、その下にも反応はなし。

 今勉強机に鎮座している、ケースに入った辞典なんかもたまにケースの中身がアレなものと入れ替えられていたりするんだけど……今回はなにもないか。勉強机の引き出しもひととおり確認してみたけれど、こっちもハズレ。引き出しの底に細工してある様子もなかったし……。

 それじゃあ、あえてこないだの隠し場所だった箪笥を探してみよう……ちっ、駄目だったか。終くんの性格だから裏の裏を……ってことも考えたけど、さすがにまんま同じ場所に隠さないわよねぇ。細工も含めてなにもなく、収穫ゼロで箪笥漁りも終了。

 あとは……ぱっと思いつきそうなのが、本棚くらいしか残っていないわね。もうちょっと捻ったところに隠してあるかもしれないけれど……とりあえずは、分かりやすいところから潰していくのが定石ということで。

 てなわけで私は、本棚を漁ろうと早速目を向けてみた。終くんは結構小説や漫画を読むし、私が置いていった漫画なんかもいくらかあるから、それら全てを収めるためにこの部屋の本棚は何気に大きい。

 さて、じゃあこれらのどこにお宝があるのかといえば……たとえばベタなところだと、小説や漫画のカバーの中身がすりかえられているとかありがちだし、実際そのパターンも何度かあったけれど……姉の勘だと今回は違う気がする。根拠もなにもあったものではないが、これが結構当てになるのだ。

 それなら……私は本棚の一区画、小説や漫画以外の、図鑑やアルバムなどが収められているところに視線を移した……瞬間、


「……はっ! 私のレーダーに反応があるわ!」


 姉の勘という名の高性能レーダーが、秘密の気配を察知した。

 長年こうやって終くんのお宝を漁っては隠されてを繰り返してきた私だから、直感で分かる。あそこの辺りには……なにかがある。

 私は迷わず本棚の、気配を感じたところの前に立つ。そしてそこに陳列している本を吟味し始めた。正確には、その本にカモフラージュされたであろうお宝を、だが。

 終くんが小学生の頃から置いてある動物図鑑に植物図鑑。そんでその隣の宇宙の図鑑はたしか終くんが中学生の頃に私が買ってあげたやつだ。あとは変な深海生物をまとめた本に、世界の刀剣図鑑なんてものも。そんでもって小学校のアルバムに、中学校のアルバムも……お?


「中学校っていえば……」


 不意に、ピンとくるものがあった。お宝レーダーとはまた別のなにかが……。

 私はおもむろに、終くんの中学校のアルバムが収められた分厚いケースを本棚から取り出した。

 終くんの通っていた中学校の名前である『市立東春中学校』の文字とその校章である、桜の花びらをモチーフにしたマークが側面に書かれたケースの中には、そのケースの分厚さに見合った重厚なハードカバーの本が一冊収められていた。

 『市立東春中学校卒業アルバム』。そう表紙に記された本を、私はぱらぱらと捲ってみる。

 高校生一歩手前、大人と子供の狭間に位置する少年少女たちの姿が私の視界を流れていく……が、私は視界にある少年の姿を捉えて、ページを捲る手を止めた。

 その少年の顔写真の下に書かれていた名前は『夜鳥 終斗』。無論、うちの弟以外の何物でもない。

 写真に写る終くんは、今の彼より少しだけ丸顔で幼さを残していた。この写真がいつ撮られたものか正確には分からないけど、、間違いなく3年生のうちに撮られたものではあるだろう。ざっくり計算して今から1年ないし1年半ほど過去の写真だ。この年頃の男子はそれだけの月日でも結構成長するものなんだなと、ちょっとした感慨に私はしみじみと耽り……そして不意に我に返って、はてと首をかしげた。


「あれ? 私、なにしようとしてたんだっけ?」


 考えること1秒、2秒……10秒……思い出した!


「ああそうだ、お宝探しよお宝探し!」


 うっかり忘れていたけれど、私はそのためにこの部屋まで来たんだった。

 終くんはどちらかといえば長風呂の方だが、おそらくそろそろ上がってきてもおかしくない頃だろう。

 こんなことしている場合ではない、と私はアルバムを閉じようとして……視界の端にちらりと見えた"なにか"が気になって、動きを止めてしまった。


「んー……?」


 自分でもなにが気になったのか不思議に思いつつアルバムの中の、終くんと同じクラスの人たちの顔写真が並べられたページに写る"誰か"へと視線を向ける。

 その先に載っていたのは一人の少年の写真だった。写真の下には『朝雛 始』という名が記されていて……。


「お、お、おー……?」


 こう、なんだろう、喉元になにかが引っかかるような……?


「お、お、お」


 あと、少し、で――


「――お、思いだしたー!」


 誰もいないというのについ声を上げてしまったけれど、それもしかたのないことだ。

 だって思いだせたのだ、終くんの親友の名前を!

 終くんが昔、一度だけぽろりと漏らしていた親友の名前、それが『始』だったのだ。

 他のクラスのページも見て名前だけをざっと確認するも、『始』という名前の子は一人もいない。

 噂の親友ちゃんは、やっぱりこの子だっ……う、うん……?親友、くん……?

 くりくりと丸い大きな瞳、もちっと触り心地が良さそうな頬が目を惹く童顔。凛々しいよりも、可愛らしい。それはいい、それはいいんだけど……


「男の子、よね……?」


 写真では首から上しか写っていないけれど、襟元の学ランははっきりと見えている。

 ついでにいえば、童顔だから気合入れて女装でもさせれば似合いそうな気はするけれど、それでも普通にしていればやっぱり男の子にしか見えない。

 でも終くんは、ほぼ間違いなく親友=始……くん?のことが好きなのよね。

 ……ヘイヘイヘイ!?つまりそれってヘイヘイヘイ!?

 なんて動揺しかけたけれどこのご時勢、冷静に考えればすんなりと納得のいく理由がそこら辺に転がっているわけで。

 具体的にいえば、反転病。

 事実は小説よりも奇なりを地でいく奇病が、この世界にはそれなりにありふれていて。

 その奇病を思い出したとき、終くんの過剰なまでにおかしな態度についてもすとんと腑に落ちた。


『あいつとの友情は守りたいし、それでも惚れているから誰にも渡したくない。"友情"か"恋愛"か、その二択を選べなくて困っているんだ』


 もしも終くんとこの始……ちゃん(だと思う)が普通に男女同士だったら、終くんはもう少し自然にゆっくりと自分の恋心を育めたのかもしれない。気持ちの整理をつける時間だってたくさんあったはずだ。

 だけどはたから見ても分かるくらい大事にしていた親友が、突然異性になってそれに惚れてしまったのだとしたら……。


「しかもそれが、初恋なんだもの。色々大変よねぇむふふ……おっと」


 中々どうして楽しそうなネタに、つい笑みがこぼれてしまった。

 それにしてもこの写真の中の始くんが始ちゃんになったら、どんな感じの子なんだろう…………うん、中々可愛いじゃない。妄想だけど。

 そういえば終くんのお宝の好みも、いつの間にかこんな感じの子に寄っていたような。ああ……ああ、そういう。なんていうか、思春期ねぇ。


「なんにせよ、思わぬ収穫ってね。始ちゃん、ちゃんと覚えとかないと……」


 ずっと詳細不明だった終くんの親友ちゃんについて情報が、思わぬ機会に得られたことに満足感を覚える私。

 だけどもちろん、ここへ来た元々の目的を忘れているわけでもない。そう、お宝探しである。

 アルバムを床に置いて、早速探索を再開し始めようとする。


「早くしないと終くんが風呂から上がってくるからねー。さーて、ここら辺に――」

「――生憎だが、ゲームオーバーだ。今回は俺の勝ちだな」

「……ちっ。予想より早かった……いや、私が寄り道してたせいかしら、ね」


 後ろから突然聞こえる声に、ややシリアスっぽい感だしつつ振り向いてみれば……そこに立っていたのは灰色のスウェットを着た風呂上りの終くんだった。


「なんだそのややシリアスっぽい感じの言い草」


 呆れたような表情でツッコミを入れる終くん。こういうところの感性は姉弟らしく似ているらしい。

 しかし、さすがに本人の目の前で部屋を漁るわけにもいかないか。


「しかたない、今日のところは負けを認めてやるか。ま、とりあえずは帰るけど――」


 お宝を見つけられなかったのは確かだが、姉としてただで負けを認めるわけにはいかない。

 私は部屋をでる直前、終くんの肩を叩いてニヒヒと意地悪く笑いながら言ってやった。


「『始ちゃん』との恋、絶対に実らせろとは押し付けないけど……逃げちゃ駄目よ?」

「えっ、ちょ……は!?」


 私が『始ちゃん』のことを知っているとは夢にも思わなかったのだろう。豆鉄砲でぶん殴られた鳩のような顔をする終くんを見て、私は満足感に満たされつつ部屋を去る。


「ちょっ、ちょっと待て姉さん今のっ……大体、恋愛相談は友達のだって――!」

「途中から完全に忘れてたでしょその言い訳。うふふそれじゃあもう帰るけど、恋が実るにしても振られるにしても、結果は姉さんに報告しなさいねー」

「なっ……するか阿呆っ!」


 そういう態度だからばれるのよー。

 背後で叫ぶ終くんを置き去りに、私は玄関のドアを開けて外に出た。

 マンションの廊下の塀まで寄って空を見上げれば、すっかり夜も更けていて。大都会の輝きはないが大自然の静寂よりかは人の灯りが輝いている、そんな田舎町の夜空にはぽつぽつと散りばめられた星たちが、淡く儚げな光を放っていた。

 そんな夜空をなんとなしに見上げていると、この夜が明ければまたなにかが変わるのだろうか。なんて、らしくもない考えに浸ってしまう。

 限定スイーツを買ってもらう約束をすっぽかされ、終くんの様子が愉快な感じになっていたあの日から、もう3週間。

 逆にいえば、あれからまだ3週間しか経っていないのに……終くんは、随分と変わり始めている。もちろん、良い方向に。

 "男子三日会わざれば刮目して見よ"とはよく言ったものだけど、恋する男は1日あれば変わることもある。終くんもきっと、この夜が明ければまたひとつ前に進んでいたりするのかもしれない。

 そう思うと、夜が明けるのがなんだか楽しみになってくる。

 朝が来て、昼が来て、夜が来て、また朝が来て。

 その度に弟は面白おかしく変わっていって、私の将来のネタも膨らんで、そのうち噂の始ちゃんとも会えるかもしれない。

 そう思うと、時間よ早く経ってしまえだなんて、子供じみた願いを抱いてしまうのもしかたがないわけで。


「やっぱ楽しみがあるって良いわよねー、人生が潤うわぁ」


 これからの楽しみに胸を弾ませ、若干足並みが揃わないスキップで帰路に着く私の上に淡い三日月を照らしながら、今日も夜はゆっくりと更けていくのだった。



「…………あ、やっぱちょっとだけ一旦戻ろっかな」

【おまけ:リターンオブ姉】

終斗「まったく、姉さんと関わると毎度毎度、本当に疲れる……ん? 中学のアルバム……ああ、もしかしてこっから始の名前を……。……まぁ、いいか。今回はアレが見つからなかっただけよしとしよう。わざわざ動物図鑑の表紙だけを切り取って、その中に閉まって……図鑑一冊を犠牲にした甲斐があったというものだ」

十香「なるほど、そんなところに隠してあったのね」

終斗「!?」


――


これにて文化祭延長戦も全て終了です。長々とやってまいりましたがお付き合いありがとうございました。それではまた次回の更新で。

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