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第15話 文化祭延長戦その3―悩ましい彼の巻―

 そのときはなんとも思わなくても、あとになってぶり返してくる……なんてことはいくらだってあるものだ。

 どうして当時はなにも感じなかったのか、少しでも疑問に思わなかったのか。自分でも不思議なくらいに、後悔をしたり感情がかき乱されたりする。

 たとえば小学生のとき、ふとしたはずみで学校の植木鉢を割ってしまい、それを咄嗟に隠してしまったあとのじわじわくる罪悪感とか。

 たとえば中学生のとき、ふざけて漫画の技を真似する友人を笑いながらも隠れてこっそり書いていたアレがアレでアレなノートを、数年後に偶然見つけてしまったときの血反吐を吐くような羞恥心とか。

 たとえば高校生のとき――


   ◇■◇


 文化祭が終わり、後夜祭が終わり、任意参加の後片付けも終えて、ようやく自宅に帰り着き。

 しばらく経った後……俺は、悶えていた。ぶり返していた。

 なにに対してそうなっていたのかといえば、それは今日の文化祭のとある出来事が原因で。


『今からオレが口パクで単語言うから、当ててみてよ』


 始に持ちかけられたゲーム。そのときは一応不思議に思いつつも、答えが分からなかったし祭りの雰囲気に流されて気に留めなかったのだ……が、こうしてひと段落ついてふと思い出したとき、あのときの答えがふと思い浮かんできたのだ。


 ――大好きだよ。


 いや、さすがに妄想が過ぎるだろ!思春期かよ、そうだよ思春期だよ!

 最初は本当にただの閃きでしかなかったのに、違う違うと思えば思うほど逆にどうしようもなく意識してしまう。

 リビングのソファーの上でひとしきり悶えたあと『思春期にありがちな過剰妄想だ』と無理矢理割り切り、とりあえず思考を切り替えた。

 こんなことを考えてしまうのは俺がはっきりと自分の道を、俺自身の気持ちを見出せていないせいだ。

 始のことを親友だと考えながらも、一方でやっぱり始に心底惚れている自分もいる。

 今日の文化祭、始と思い切り楽しんで、その一方で鼓動が高鳴る思いもたくさん感じて。

 俺は矛盾するかもしれない二つの思いが、たしかに自分の中にあることを自覚した。

 そして思った。この位置は誰にも渡したくないと。なんにせよ俺は、始の隣にいたいのだと。

 それでもあいつとの約束があって、あいつの気持ちを踏みにじりたくないという思いもあって。

 この文化祭を経て少しずつなにか・・・が見えてきた気はするけれど、同時に自分の中で焦燥感や苛立ちなど負の感情が膨れ上がってくるのも感じていた。答えを見つけられないもどかしさ、無為に時間ばかりが過ぎていくことに対する無力感などが、それらをもたらしているのだろう。


「……駄目だ、これじゃまたひとりで拗らせるだけだ」


 自分の中にわだかまる負の感情。押しつぶされればまた間違えてしまう、だからちゃんと向き合って、どうすればいいのかを考えなければ。

 俺にだって、プライドはある。

 始とのことはひとりで……俺自身の力で解決したい。そんなささやかなプライドが。

 言ってしまえば、ただの自己満足。それが必ずしも悪いとは言わない……ただ、少なくとも今はきっと、プライドなんて抱えている場合じゃない。


『どーせまた誰にも相談せず一人で拗らせてるだけでしょ』


 いつぞや姉さんに言われた言葉が蘇る。

 悔しいが、反論できない。好いた惚れたなんて大事な問題を一人で抱えて解決できるほど、俺は器用な男ではないのだ。最近、ようやく自覚したことだが。


「……誰かに相談、するか」


 恋の相談なんて、正直頭抱えるほど恥ずかしいけれど、それが必要ならばやるしかない。きっとそれがなによりも、一番大事なことだから。

 さてしかし、こんな性格でもありがたいことに友人関係に不足はないのだが……とはいえ恋の話、略して恋バナなんて問題を気楽に相談できるほど仲の良い人となると、存外思いつかないもので。惚れたのが始以外なら、始に相談できるんだがな……。

 恋バナといえばプライベート、それもかなりの心の奥にまで踏み込む話である。つまり俺に対してかなりの理解があって、なおかつ恋愛事情に明るい人間が望ましい。ついでに口も堅ければなおよし。

 が、そんな都合の良い人間なんて早々……。


「……あ」


 いた、一人。いや、でもな……。

 一応、該当者はいた。ただその人の呼び名を口にだすとき、つい額にしわを寄せてしまう。そんな人物だが。


「姉さん、かぁ……」


 姉弟だから理解はあるし、本人は恋人いないけれど持ち前の社交性とネタ集めの悪癖のおかげで、恋愛事についてはそれなりに詳しいはずだ。

 口の堅さだけが不安すぎるが、しかし本気で口止めすればネタにはすまいと信じたい。

 ただそれはそれとして、あの人に頼みごとをするのは……ぶっちゃけ癪である。そう、ものすごく癪ではあるが……さきほど『プライドなんて抱えている場合じゃない』なんて思い立ったばかりなのも俺なわけで。


「……はぁ」


 俺はすぐそばの机に置いてあったスマホを手に取ると、ため息ひとつを決心代わりにして姉さんに電話をかけ……ようとしたその瞬間、インターホンのチャイムが景気良く音を鳴らした。

 噂をすればなんとやら。


「ちょうどいいと言えばちょうどいい、かな」


 確認もせずに、来訪者の姿を予想して思い描く。

 そういえば学校はあったけれど、今日は土曜日だったな。なんてこともついでに頭の片隅に思い出しながら、俺は玄関へと向かうのだった。


   ◇


 うちに来たのは予想どおり、俺の姉の十香だった。


「連絡なしで来たことについては、この際問わない。とりあえず……焼きそば食べるか?」

「あらやだなにその高待遇、でも胡散臭かろうが貰えるものは貰う主義よ。あ、ちなみに連絡は普通に忘れてたわ」


 毎度毎度どこからそんなものを調達してくるのか、胸元にでかでかと『鯖』の一言だけ書かれた胡乱な長袖のTシャツに藍色のジーンズ、無造作に縛った黒髪というおなじみのずぼらな格好の姉さんを、俺はリビングまで出迎えてから焼きそばを1パック渡した。梯間から貰い、余ったものだ。

 姉さんは焼きそばを受け取ると、不意に動きを止める。が、すぐになにか合点がいったような素振りを見せた。


「それにしても、今日はいつもより遅かったな」

「んー、ちょっと所用が……あっ、そっか。そういえば今日は文化祭なんだ青高。どうりで焼きそば」

「そういうこと。お茶いるか? 水でいいか」

「そこは素直にお茶だしてよ。でもいいわねぇ文化祭、ネタの宝庫で。それに青高の文化祭って行ったことないけどすごいんでしょ?」


 姉さんはソファーにどかりと腰をかけながら尋ねてきた。

 俺は冷蔵庫から冷えた緑茶を、戸棚から湯飲みを用意しつつ答える。


「まあな。よその文化祭は知らないが、それでも結構なものだったと思うぞ」

「くっそぅそれ知ってれば今日の用事なんてボイコットしてでも行ったのに! なんで教えてくれなかったのよぉ」

「姉さん来ると余計なちょっかいかけてきそうだからな」

「そんなこと……あるにきまってるじゃない」

「言うと思った」


 俺は呆れた顔をしながら、用意したお茶をソファーの目の前の机に置いた。

 距離が近くなったからか、姉さんは俺の髪の毛を見て「おっ」と声を上げた。


「よく見れば髪弄ってる。なになに、文化祭仕様? それともついに目覚めた?」

「なににだ。まぁ、文化祭でちょっとな」


 姉さんに言われて、文化祭で固めた髪がそのままになっていたのを思い出した。

 俺が普段髪を弄らないからか、姉さんは物珍しそうに眺めてくる。なんか腹立つからやめろ。


「コスプレでもしたの? 写真ないの写真」

「いや仮装……ってまぁ大して意味変わらないか。あと写真はないしあっても見せない」


 精々髪と服ぐらいしか弄っていないとはいえ、仮装姿を身内に見せるのは個人的に結構キツイので却下で。


「ちっ、弟の晴れ姿を存分にからかってやろうと思っていたのに……んじゃあ終くんはいいから他の写真でも。漫画のいい資料になりそうじゃない」

「そういうことなら、結構写真撮っていたやつに心当たりあるから、またその内貰ってやるよ」


 始がたしか色々撮っていたはずだからな、また分けてもらおう。

 俺の写真以外ならべつに支障はないし……それに、"交換条件"にはちょうど良い。


「さすが我が弟、話が分かるじゃない」


 わざとらしく指を鳴らそうとして、結局カスッとわずかに指が掠れた音しか鳴らせなかった姉さん。

 悔しかったのかその後も指を鳴らそうとリトライを繰り返す彼女に向かって、俺はとある話を持ちかけた。それは、今日の本題……つまり。


「代わりに、と言ってはなんだが……少し、話に付き合ってくれないか?」


   ◇


 ソファーに座って焼きそばをすする姉さんに対し、机を挟んで向かい側の床にクッションを敷いて正座した俺は、神妙な雰囲気をだして口を開く。


「――いいか、あくまでも友人の相談事だからな。念を押すが、俺じゃない。友人だ、いいな」

「はいはい、いいから話してみなさいな」


 姉さんが青のりの付いた箸を片手に話を促してきた。

 ああ、この適当に流される感覚……この時点ですでに俺のことだと明らかにばれているような気もするが、あえて目を背ける。背けなければ耐え難いことだってあるのだこの世には。

 俺は自分の中で俺と始の関係を改めて、ひとつひとつ整理し噛み砕きながら話を続ける。


「その、相談者の友人は、そうだな……"S"と仮定しよう」


 終斗のS。自分でも安直過ぎるとは思うが、重要なのは俺の名前を隠すことだから。半ばヤケである。


「それで、Sにはすごく仲のいい友達がいたんだ」

「ふむ」

「なんでも言い合えて気の置けない、"親友"と呼べる仲だった」

「ふむふむ」

「だけどSはある日、その親友に恋をしてしまった」

「ふ……え、ちょっと待って。その親友って性別は?」

「あー……Sは男、その親友は……女だ」


 始をどう答えるか少しだけ隠したが、とりあえず反転病のことは隠しておいた。姉さんのことだから、べつに言ってもそんな支障ないとも思うが、込み入った事情だ。あまり言いふらしていいものでもあるまい。


「ふむふむふむ……それで?」

「ああ……その親友のことを好きになってしまったSだが、しかし二人の友情は守りたい。ずっと親友として付き合ってきた二人だ。きっと相手には恋愛感情なんてないだろうし、S自身その親友との友情を壊したくなかった。だからどうしても告白できなくて、それでも結局は諦めきれなくて。んでどうしたらいいのか分からなくなったから――」

「私に相談したと」

「……俺に、だからな。あくまでも相談者は友人Sであってだな……」

「ふむ、ふむ、ふむ、ふーぅむ……」


 神妙に3度頷いて、4度目を意味深に伸ばしては『納得いかねぇ』と言わんばかりに首を傾げる姉さん。


「なんだその反応、無駄に腹立つな」

「いやあね、なんていうかー……腑に落ちないっていうか」

「ふむ」


 姉さんの言わんとしていることが分からない、今度は俺が頷いて話を促す番だった。

 姉さんが話を続ける。


「『どうしたらいいのか分からない』って、そんなのやりたいことやればいいじゃない。人がどうこういったからこうするって話じゃないでしょ好いた惚れたなんて。ま、私は恋愛したことないけどね!」


 説得力ぶち壊しの一言が付け加えられたが、その前の言葉に関しては理解できなくもない。

 心のままに、気持ちのおもむくままに。実際、俺もそうは思っている。だが俺はそもそも、それ以前の問題で悩んでいるのだ。


「その、なんていうかな……本当に、分からないんだ。自分がどうしたいか、すら……あいつとの友情は守りたいし、それでも惚れているから誰にも渡したくない。"友情"か"恋愛"か、その二択を選べなくて困っているんだ」


 俺の言葉を聞いた姉さんは、しかしまたも「うーん……」と納得いかないような声を出した後……人が真剣に話してるというのに、あっけらかんとした口調で言葉を返してきた。


「こう言っちゃあなんだけど、それじゃあそれが答えなんじゃないの?」

「……は?」

「あれ、聞こえなかった? だから、それが答えなんじゃ――」

「いやいや聞こえた、聞こえた上で意味が分からない」


 たとえるなら『1+1=1+1』と言われたようなもの。

 合っているといえば合っているのだが、とんちを聞いているわけではないのだ俺は。

 それだというのに解答をだしてきた本人は、できの悪い生徒を見る先生のように呆れた目を向けてくる。

 若干イラつきを感じて額にしわを寄せた俺だったが、姉さんはそれを気にも留めずに再び口を開いた。


「……ほんっと、頭固いわねぇ。仕方ないから、終くんにも分かりやすいよう具体例を出してあげよう」

「くっ、変に調子付きやがって……」


 だが相談者側として文句は言えまい。

 ささくれるプライドをなだめて、俺は姉さんの話に耳を傾ける。


「これは私の聞いた、とある仲の良いご夫婦の話なんだけど……その夫婦は小さい頃からの幼馴染同士で、さらに言えば家もご近所。二人は当たり前のように仲良く、兄妹当然とも言える仲だったそうよ」


 元々幼馴染同士だった夫婦。どこかで聞いたような既視感を一瞬感じたが、よくあるといえばよくあるかと、再び話に集中する。


「それで、なんの縁か小中高果てには大学まで一緒だった二人なんだけど、大学生時代に今の夫……面倒だからTさんって呼ぶわ。Tさんが、のちの妻となる……Kさんに告白してきたのよ。んでKさんはあっさり承諾、二人は晴れて付き合うことになったんだけど……さて、ここで問題。KさんはなんでTさんの告白を受け入れたと思う?」


 唐突な問題が投げかけれられた。

 登場人物の気持ちになって考えろとか、国語の問題じゃないんだからと思いつつも、今の俺の問題にも関わる話らしいので、とりあえず考えてみることにした。

 幼馴染同士、といえば、こう……ベタなところでは……。


「えっと……幼い頃から仲の良かった二人は小さい頃こそ純粋に仲良しだったが、成長とともに互いの性を意識し始め、自然と互いに恋心が芽生えてきた、的な……」

「はんっ」

「率直にうざい!」


 人を鼻で笑う。単純だが至極真っ当に腹立つ所作をかましてきた姉さんは、俺の怒りを柳に風と流してから解答を話し始めた。


「それじゃあ夢見がちな終くんに、正解という名の現実を教えてあげよう」

「焼きそば返せ」

「断る、結構美味しいのよこれ。あ、そうそうKさんが告白を受け入れた理由だけどね……『まぁべつに惚れてるわけじゃないけど、好きな人もいないしこの人ならべつにいいかな』ってくらいのノリだったらしいのよ」

「軽い! いや、こう、もう少し……なんかあるだろ!」


 そんなふわっふわしたノリなのに今は夫婦……つまり、最終的には結婚まで達した。という事実が信じられなくて、俺はつい反射的に聞き返してしまった。

 だが姉さんも姉さんで思うところがあるらしく、軽い苦笑を見せてから話を再開した。


「私も今の終くんみたいにびっくりして、聞き返したんだけどねぇ……それが、本当になにもなかったんだって。しかもKさん、結婚したときも同じようにTさんから告白されたんだけど、そのときも『この人ならまぁいいか』くらいの感じだったって言うのよ。すごくない?」

「すごいっていうか……その、こう言っちゃ失礼かもしれないが、よく今でも仲睦まじくいられるなその夫婦……」


 あまりに期待はずれな適当感に、ついそう漏らさずにはいられなかった。いや勝手に期待しておいてなんだけど、俺の問題にも関わる話なら期待のひとつもだな……。

 それはそうと、そこまでふわっふわしたノリで人生を左右する決断をして、生涯の相手を決めてそんなに長続きするものなのか、Kさんに後悔はなかったのか。俺には不思議でならなかった。

 そんな俺になぜか姉さんはふふっ、と穏やかに笑いかける。普段俺をからかうときのような、人を小馬鹿にした笑い方とは少し違う柔らかい笑顔。普段の姉さんには珍しいそんな表情を見せてから、彼女は俺の問いに答えた。


「……その人たちが結婚したのはもう20年以上も前になるんだけど、この話を聞いたのは大体2、3年前。それで話を聞いたとき、その人は最後にこう付け加えたの。『昔からあの人が隣にいないとなんとなく、しっくりこなかった。深い仲になりたいって願望はなかったけれど、離れるのはいやだったから、告白も結婚も『この人と一緒ならいいや』って感じで受けいれられた。だけど今なら分かる、そのときからきっと私はあの人を愛していた』ってね」

「それは……」


 姉さんの口から語られたKさんの言葉を聞き終えたとき、俺の中では言葉にし難いわだかまりが生まれていた。

 それを見透かすように、姉さんが俺に促してくる。


「今のを聞いて、なんか思った? せっかくだから言ってみなさいな」

「……」


 姉さんの言うとおり、なんとなくだけど思った。このわだかまりはきっと今の俺が抱えている問題に繋がっている気がする、と。

 だから俺は少しずつ、自分の言葉でわだかまりを紐解き始めた。


「……"すごい"。話を聞いたとき、俺は多分最初にそう感じた。だけど次に……多分、"怖い"とも感じてしまったんだ」

「それは、なんで?」


 姉さんは俺の言葉に口を挟むわけでも大袈裟に反応するでもなく、ただ促してくれた。

 促されるままに、俺は話を進めていく。


「えっと、多分……あー、さっきから"多分"ばっかだけど、こっちでもいまいち整理がついてないから、ちょっとごめん。それで話の続きだけど、俺が二つの気持ちを感じたのは多分、Kさんが"決断した"からなんだ」

「決断、ね」

「そう、決断。告白も、結婚も『隣にいないとしっくりこない』ってだけでそれを決めて、実際20年以上も仲が良いっていうのは本当にすごいと思う」

「じゃあ、怖いっていうのは?」

「それは……どうだろ。その人に対して怖いって感じた……っていうよりかは、多分俺に投影したっていうか……俺だったら、きっと躊躇いそうだから。自分の気持ちが分からないんじゃ、怖くて一歩も踏み出せないだろうから……」


 自分で口にだしてから、はっと息を飲んだ。

 この話と俺の問題との繋がりが、今少しだけ分かった気がした。

 自分の道が見つからなくて、前に進めない俺。"しっくりこない""なんとなく"、曖昧ではあるが恐れず自分の気持ちに従って、結果幸せな未来を掴んだKさん。

 二つを見比べてみる……わずかだが"答え"が見えてきた、ような。

 今度は俺から姉さんに問いかける、Kさんのことを。俺自身の答えを見つけるために。


「……Kさんは、怖くなかったのかな。隣にいないとしっくりこないって言えるほど仲の良い幼馴染とはいえ、ただの幼馴染と恋人とは、その……色々変わってくるだろ。生活自体もだけど、互いの心境なんかも……。そういうのもKさんは一切合財受け入れていたのかなって……それに、Kさんはその人のことを当時は恋愛的な意味で好きかどうか、分からなかったんだろう? だから、なんていうか仲の良かった幼馴染にそういう感情を抱かれているのも、怖くなかったのかなって……」


 自分の答えを掴むため、手探りのような感覚でたどたどしく質問を重ねる俺だが、姉さんはなにも言わず話を最後まで聞いてから真面目に答えてくれた。


「うーん……"一切合財"って言われると実際どうなんだろうって思うけど、私も本人じゃあないし。ただKさんはこうとも言ってたわ。『あのときは自分でも彼をどう思っているのか、正直言葉にできるほど分かってはいなかったけれど……それでも、とりあえずあの人と一緒にいたいってことは確かだったから、それさえ分かっていれば十分だった』だって」

「っ……!」


 つい、言葉に詰まってしまった。

 Kさんの言葉から、俺になかった強さを感じたから。

 押し黙る俺に、姉さんは苦笑を添えて言葉を付け加えた。


「まぁ、Kさんは普段虫も殺さないような顔して、ここぞというときの度胸は半端ない人だから。ヘタレな終くんがそれを全部が全部真似できると思わないし、そうする必要もないとは思うけど……ただ、そういう考えもあるってことは、覚えておくといいんじゃない?」

「ん……」


 俺が自分の中で今までの話を噛み砕いていく中、姉さんの話は続く。


「それと、こっからは私の考えなんだけど……恋愛感情と友情を全く同じものだとは思わないけど、あなたがその親友に惚れたのはきっとそれまで培ってきた友情があるからじゃない? それに今だって、それを大切にして様子がおかしくなるくらいに悩んでるんだから。友情があって、恋があって。それぞれが相互に関わりあってるなら、どっちも一緒くたにまとめちゃう選択肢もあるんじゃないかな……なんてね」


 恋と友情。別個のなにかじゃなくて、どっちも重なり合うもの。選択肢は必ずしも二者択一じゃない……姉さんの言葉が、ひとつひとつ俺の心にはまっていく。パズルのピースが、音を立てて埋まっていく気がした。


「そう、かもな……ありがとう姉さん。だんだん見えてきた気がするよ、俺の気持ちが」

「珍しく素直じゃない」

「たまには素直にもなるさ。俺だってもう子供じゃない」

「説得力があるんだか、ないんだか。ま、なんにせよ……告白するなら、早くした方がいいわよ?」


 背中を後押しする姉さんの言葉に、俺は素直に頷く。


「……まだそうするって決まったわけじゃないが、まぁ俺も早く決断しないといけないってのは分かってるよ。これから先、悠長に構えている時間があるかなんて誰にも分からないんだし……」


 まだまだ長いけれど、高校時代だって有限だ。もしかしたら……あまり考えたくはないが、なにかの拍子に始を他の男に奪われる可能性だってある。こういっちゃなんだが、あいつは可愛いんだ……ひいき目に言ってるわけじゃないぞ!

 だが姉さんの心配は俺のそれとは違ったらしく、姉さんはさっきまでの真面目な雰囲気をからっと消し飛ばした、なにやら意地の悪い笑みを浮かべだした。


「ああいやいや、そういう話じゃなくてね。Kさんの夫のTさん、告白もプロポーズも一応彼からだったんだけど、これがまた面白くてねぇ。なんとTさんの方はKさんと違って、中学生の頃から恋愛的な意味でKさんを意識してたみたいなのよ」

「え、でも告白したのは大学って……」

「そうそう、どんだけ暖め続けてたのよって話。それだけじゃ留まらず、プロポーズだってしたの28よ28。たしか19だか20くらいから付き合い始めたって話だから、なんと約8年! よくKさんも待ったって話だわ、ヘタレなのも考えものねぇ。ほんと誰かに横からかっさらわれなくて良かったわ!」

「うわぁ……」


 自分で言っててツボにはまったようで、姉さんは一人でゲラゲラと大笑いをしだしたが……一方の俺は、笑いは笑いでも顔を引きつらせた苦笑いしかできなかった。なんというか、どうにも他人事だと思えないのだ。

 あんまりにも姉さんが笑うものだから、出会ってもいないTさんが不憫に思えてきて、俺は姉さんにストップをかけた。


「ね、姉さん……そのくらいでもう、だな……Tさんにも悪いし。まぁ会ったことないけど……」

「え? 会ったもなにも……あ、ほんとに気づいてない?」

「え……?」

「今の話って、うちの両親のことよ?」

「え?」

「Kさんは母さん、Tさんは父さん。ほら単純、ぶっちゃけ普通に気づいていると思ってたんだけど」

「……え!? いやだって、父さんって、ほらもうちょっとイメージが……」


 衝撃的な真実に信じられず、俺は思わず脳内に父さんの姿を思い浮かべてしまう。

 齢50過ぎでその黒髪にはいくらか白髪が交じっているものの、禿げ上がりの兆候もなくまだまだ衰えたと評するには早い頭髪は、さっぱりと短く整えられて清潔感を常に保っている。

 ともすれば怖いくらいに鋭い眼光と、それに見合う精悍な逆三角の顔型。全体的に痩せ型で、しかも180を越す長身。

 寡黙で厳格な性格も相まって完成されていた、威厳のある父親像が……今のエピソードを聞いて、ぼろぼろと崩れていってしまう。


「あー、母さん教えてなかったんだー。ま、父さんに口止めされていたってのが妥当かしらねぇ。あの人意地っ張りだし。ま、私が喋ったけどね今この瞬間!」

「いじっ……ぱり」

「そうそう、父さんってああ見えてほんとはめっちゃ小心者でさぁ。寡黙なのは色々考えすぎているからで、厳格な雰囲気だしてるのもわざとよ、わざと。ヘタレなのを悟られないための演技みたいなものよ、うはは」

「ああ……」


 姉さんの笑い声とともに、既存の父さん像がどんどん砕かれていく。ああ、次からどんな顔してあの人に会えばいいんだ……。


「ま、終くんが父さんの素を知らなかったように人間親しい仲でも、意外となに考えてるのか分からないところもあるから、一人で悩み続けるよか当たって砕けるのもひとつの手ってね。それに、あんまり行動が遅いと……将来こうやって、父さんみたいにネタにされるわよ?」

「……肝に銘じておく」


 いやに真に迫る忠告である。特に後者。


「とりあえず、話も終わったことだしシャワー浴びてくるか……」

「はいはい、いってらー。あ、部屋漁っていい?」

「駄目って言っても漁るだろどうせ。良心に任せる、とだけ言っといてやる」

「さっきの話で働きすぎたから、良心は今休暇中だって! つまり無敵ね!」


 阿呆なことを叫ぶ姉さんはもう放っておいて、俺は着替えを取りにリビングを後にする。どうせどうあがいても漁るだろうし、反抗するだけ無駄だ。それにこないだと違って隠し場所は念入りにしてあるから、今度は大丈夫だと信じたい。

 それよりも……俺自身の問題について、ようやく光命が見えてきたのだ。もう一度きちんと整理しなければ。

 恋と友情、二者択一、もうひとつの選択、本当に大事なのは……。

 自室から着替えを取り、風呂へと向かいながら、早速思いを巡らせる。

 俺の気持ちが少しずつ、はっきりと形を成していく中で、静かに夜は更けていく……。

途中から明らかに"友人の相談"という設定を忘れていた終くん。無論姉はそういうところにばかり目ざといので、気づいています。気づいて「うへへ」とか内心で言ってます。

それはそうと次回でラスト。逆に言えばまだ続くんだよ文化祭延長戦。

長々とやっておりますがある種のターニングポイントなので、もう少しだけお付き合いいただければと。ではまた次回更新で。

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