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第14話 文化祭延長戦その2―恋する彼女の巻―

 祭りの終わりはいつだって寂しいものだ。

 大盛況だった文化祭、そのバトンを受け取って盛り上がり続けた後夜祭もとうとう終わり、残っていた生徒たちは盛況の残滓と一抹の寂寥感を感じながらも、生徒会や文化祭実行委員の人たち主導の下、みんなで協力して片付けを始めていた。

 校内含め本格的な後片付けは明日の休日を経て明後日の登校日からになるけれど、授業との兼ね合いなど学校の都合もあるから、屋台の撤去など簡単な片付けは今のうちに行う決まりになっているのだ。

 もちろん最後まで残っていたオレと終斗も、屋台を開いていたまひるも片付けに参加している。任意参加ではあるけれど、楽しませてもらったお礼代わりって感じということで。それと……もしかしたら、この祭りに少しでも浸っていたかったという感傷もあるのかもしれない。


「そういえばまひる、後夜祭はずっと焼きそば屋だったの?」

「まあね。焼きそば自体はバイトで焼いたことあるけど、こういう屋台は初めてだったから楽しかったわ。まぁでも……あれね、しばらく麺類とソース系はいいわね」

「そういうものかな。オレだったら焼きそばの香りなんて一日中嗅いでても飽きない自信あるよ!」

「まずあんたの場合は香りに耐えられなくなって、つまみ食いしだすから無理よね」

「し、しないよそんなの! ……ちょっとだけしか」

「自覚があるだけマシと言うべきか自覚あってそれかよと言うべきか……」


 なんて他愛もない雑談をしながら、オレとまひるは他数人の生徒と一緒に焼きそば屋を解体している最中だ。ちなみに、終斗はべつのところでお手伝い中。

 ビニールの屋根が剥がされて、パイプの骨組みも分解されて。祭りの景色が痕跡と成り果て、最後には綺麗さっぱり思い出の中だけに消えていく。その光景に少しだけ眉尻が下がるけど、それでも終わるまでが祭りだ。


「よいしょっ……っと」


 屋台の解体が一通り済んだあと、オレは解体されて一箇所に置かれた鉄パイプを、持てる限りの量を纏めて持ち上げわき腹の辺りで担いだ。隣でまひるも俺と同じようにパイプを持ち上げる……まひるとオレが担いだ鉄パイプの本数に二倍近くもの差が付いている辺り、オレの中でわずかに残っている男のプライドが地味にショックを受けていた。これが男のときならば……とか思いかけたけど、冷静に考えたらそれでも勝てそうにないのがまた地味に悲しかった。


「よし、それじゃ行こっか……ってなにその微妙としか表現できない顔」

「いや、うん……なんていうか、うん……」


 曰く微妙としか表現できない表情のままオレが歩き出せば、まひるもつられるように歩き出した。

 目指すはグラウンドを渡り、校舎をぐるっと半周回った先の校舎裏だ。祭りの備品はとりあえず全部そこに集めておいて、明後日一斉に片付けることとなっているのだ。

 足を動かしながらなんとなしにグラウンドを眺めれば、オレたちと同じように多くの生徒が後夜祭の片付けに勤しんでいる。

 その一角に、オレはある人を見つけて不意に足を止めてしまった。突然足を止めたオレに、まひるが疑問の声を上げる。


「始? ……ああ、なるほど」


 オレと同じ方向に顔を向けたところで、まひるはオレが足を止めた原因について察したらしい。

 オレたち二人の視線の先にあったのは、解体された屋台の前で『生徒会』の腕章を腕に付けた女子と会話している終斗の姿だった。

 途端に胸にちくりと小さな痛みが走ったような感覚と、形容しがたい息苦しさを感じた。

 と思えば、頬にぷにっとなにかで突かれた感触が。隣を見れば、まひるがオレに向かって人差し指を差し、からかうような笑顔を見せていた。


 「あんた今、いっちょまえに焼きもち焼いてたでしょ。そんなモチみたいなほっぺ膨らませて」

 「ほ、ほっぺは関係ないだろ突っつくなよ! けど、まぁ……ちょっとは、多分……」


 焼きもち、嫉妬。言われて気づいた、オレが感じていたのはそういう気持ちなのかと。

 べつに"そういう雰囲気じゃない"ってことは、遠目で見ただけでも分かるのに。思っていたよりも自分の心が狭くて、自己嫌悪から自然とため息が漏れてしまう。


「……はぁ、こんなことで焼きもち焼いちゃうなんてまだまだ駄目だな。こんなんじゃ、終斗に好きになってもらえない」

「いいんじゃないのべつに。むしろ好きなのに焼きもちひとつ焼かない方がある意味怖いわよ」

「そうかな」

「そうそう」


 気楽な感じで言われると、胸の溜飲がすっと下がった気がした。まひるの言葉には不思議と説得力がある、きっと本人の頼れる気質からくるものなんだろう。


「まひるはすごいよなぁ」

「どしたのいきなり」

「ん、なんかふと思っただけ」

「そっか」


 会話を終えて、オレたちはまた歩き出した。

 そうしてグラウンドを越えた辺りで、不意にまひるが歩きながら口を開いた。


「……ま、でもさ」

「ん?」


 なんだろうと首を傾げるオレに対して、まひるは「いや……なんていうか」と頭に付けて少し言いづらそうな素振りを見せながらも、結局は話を始めた。


「……夜鳥くんは結構人気あるからね。あの女子も案外下心あるかもしれないし、そういう意味ではあんたものんびりしちゃいられない……かもね」

「……そう、だな」


 いつも胸の奥でくすぶっていた、ほんのわずかな焦燥感。

 まひるの言葉でそれが刺激され、じわりと表にでてきたのをオレは感じてしまった。

 惚れたひいき目もあるかもだけど、終斗は普通に見た目がかっこいいし、誰が見ても性格だって良い。あいつが隠してなければ、彼女がいたことはないはずだけど……だったらなおさら人気がでないはずもないだろう。

 まひるの言うとおり、急がないといけない。"あわよくば""惚れてもらえれば"なんてことは悠長過ぎる話だ。本当に付き合いたいと思うなら、きっと自分から言わなくては間に合わないかもしれない。

 本当はずっと分かっていたんだと思う。この胸の焦燥感がその証だ。

 それに……親友だから。好いた惚れたの前に、オレとあいつは親友で。きっとこれからどんなに関係が変わってもその事実は変わらない。大事な、大切な宝物。

 だからオレはあいつとの約束を破ってしまうとしても、だからこそちゃんと自分の気持ちをあいつに伝えて、真正面から向き合わないといけない。そうしないと、胸を張って好きだと言えない。

 最初はたしかにそう思っていたはずなのに、弱いオレはいつの間にか逃げていたんだ。


 ――大好きだよ。


 伝えたい。プラネタリウムのときみたいな口パクなんかじゃなくて、正面からオレ自身の声で。

 だけどまだ、怖い。

 おしゃれを少しずつ覚えて、可愛いって褒められたりもした。似合わない演技もしたけれど、自分らしいのが一番だって言ってもらえた。

 

『……ま、なんていうかさ。あんたは多分自分が思ってるよりも可愛いだろうし、もうちょっと自信持ってもいいんじゃない?』


 オレの恋をずっと支えてくれていたもうひとりの親友が、こんなオレでもそうやって認めてくれた。

 だけど、まだ……。

 さっきのまひるの言動に、少し感じることがある。もしかしたら彼女も考えてくれているのかもしれない、時間がない可能性を。本当はオレが告白するべきだということを。

 だけどまひるは無理にオレの背を押さず、バカなことでも一緒に付き合ってくれている……。

 と、気づけばすでに校舎裏へとたどり着いていた。

 オレは「よいしょ」と軽く声を上げて荷物を下ろす。抱えていた重りがなくなれば、体は軽くなった。

 だけどまだ……オレひとりの小さな体じゃ背負うには重過ぎる重りがあって。


「……まひる」

「どした」


 言わなくてもいいことかもだけど、黙っていてもまひるのことだから、察してくれているとは思うけど。それでもオレは伝えなきゃって思ったんだ。


「……もうちょっとだけ、背中借ります」


 その言葉を聞いたまひるは、一瞬目を丸くしたけど、すぐに気さくな笑顔を見せる。

 そして担いでいたパイプを、軽々と放るように下ろしてから言った。


「あんたみたいなちっこいの、いくら乗せてもこの鉄パイプより軽いからべつに構わないわよ」


 なんでもないようにそう言ってから、グラウンドに戻ろうとするまひるに、オレは駆け足で着いていく。


「そ、そんなに軽くないよ! けど……ありがと。この恩はいつか絶対返すよ!」

「鶴ならぬ始の恩返しかぁ……頼りにならないどころか逆にトラブル持ってきそうで、あまりいらないかな」

「ひどい。オレへの信頼度が鳥より低いなんて、いやこれ逆に信頼度高いからこそかも。でもどっちにしろひどい」

「ま、こっちだって好きで世話焼いてるんだから気にしなくていいんだけど……とりあえず、夜鳥くんと結ばれることが最初の恩返しになるかしらね」

「それは……ガンバリマス」


 なんにしても、目指すのはそこかぁ。ま……目指すところがひとつなら、そこを目指して頑張るだけ。そういうものだよな。

 そう気合を入れなおしながら歩き、やがてグラウンドに到着したとき、まひるがなにかに気づいたような声を上げた。


「おっ」

「まひる?」

「ほら見て始、夜鳥くん今ひとりみたいよ」

「あ……」


 まひるに促されてグラウンドの向こうを見てみれば、いつの間にか生徒会の女子と別れたらしく終斗がひとりで歩いていた。

 オレたちと同じく片付けの帰りか、それともべつの作業か。なにしてるんだろうって気になるけれど、駆け寄るのは不思議とためらってしまう。

 だけどそんなオレの背中から、声がかかった。凛とした頼もしい声。同時にぽん、と柔らかく背中を押される。


「ほら、なにしてんのよ。そういうところで考えずためらわないのが、あんたの良いところ。でしょ?」

「……そうかな」

「そうそう」

「……よし、行ってくる!」

「行ってこい行ってこい」


 はたしてオレはまひるに見守られて、終斗の下へと走り出した。まひるに心の中で「ありがとう」と呟きながら。

 ……オレはいつだって、誰かに助けられてばかりだ。まひるにも、終斗にも。あとは家族に、友達に……とにかく、オレはひとりじゃなんにもできないくらい弱っちいから、いつも助けられてばかりで。

 だからこそ、頑張れることは全力で頑張る。目指せるところは全力で目指す。そういうものなんだ。だから――


 歩みを進めれば、終斗の背中が近くなる。線は細めだけど、こうして見れば肩幅は広くて、男らしい大きな背中だ。

 いつか追い越したいと思っていた大きな背中に、いつからか胸を高鳴らせるようになっていた。

 終斗がオレの方を向いた。駆けてくるオレの姿に驚いたのだろう、その端整な顔が少しだけ驚きの色に染まる。

 密かに憧れていたその大人びた顔に、いつの間にか焦がれていた。


 オレはあえて威勢良く、終斗の名前を呼んだ。自分を奮い立たせるのも兼ねて。


「終斗!」

「始。そっちはいいのか?」

「うん、なんかある? 手伝うよ!」

「なら、ちょうどよかった。それじゃあ――」


 ――大好きだよ。

 いつか、真正面から伝えてみせるから。

 そのために少しずつでも、進んでいこう。うじうじするのはやめるって決めたしね!

 だからまずは、後夜祭の片づけから。

 こうしてオレの心が歩き出すと共に、ゆっくりと夜も更けていく……。

まだまだ続くよ延長戦。次は皆大好き?めんどくさいあいつのターン!


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