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第9話おまけ 君らしい、袖が好き

 人間、頑張っても限界というものはある。たとえるなら、始がいくら身長を伸ばす努力をしてもお手ごろサイズのままであるように。

 一晩中考えて、考えて……それでも結局思考は堂々巡りのままで、答えも全然でなかった。

 とはいえ、そんなあっさり答えを見つけられるなら俺だってきっとこんなに悩んでない。大事な問題なんだ、焦らずに考えていこう。

 それはそれとして。


「眠い……」


 寝不足である。

 無論、一晩中考えた成果だ。もしくは失敗とも言う。

 下旬とはいえまだ10月。だというのにどこか冬の訪れすら感じさせるような冷え込みの中、それでも冴えることのない瞳を擦りつつ、学ラン姿の俺は自転車を手で押して青高までの道のりをちんたら歩いていた。

 そんな俺の横を、同じく登校中の青高生たちが通り過ぎていく。寝不足の俺とは比べるまでもなくしっかりとした歩みで俺を追い越す彼らからは、ちらりと見やるような軽い視線をたまに感じた。

 『自転車あるなら乗ればいいのに』なんて疑問がその視線からだけでも伝わってくるが、俺だって乗れるものなら乗っている。

 だが断言してもいい。今自転車に乗ると事故る、絶対に事故る。その保証は、俺自身が先ほど事故りかけたという迫真の経験談だ。

 自転車漕げば眠気も覚めるかと思ったし、実際多少の眠気なら吹っ飛ぶが、度を越えるとその限りではないらしく。

 ひとたび漕げば、あっちへふらふらこっちへふらふら。

 青高まで自宅から自転車で25分とそこそこの距離があるので、半分ぐらいまでは気合でどうにか漕いだ。が、ひとたび気づけば目の前に壁が広がっていたという末期的状況を経てギブアップ。壁にダイブして眠気と痛みを等価交換するよりかはまだマシだろうと、こうして徒歩に切り替えたのだ。


「ふぁ……」

「あれ……終斗?」


 路上で大口開けるのをみっともないと思う程度の理性は残っている。あくびをなんとか噛み締めて抑え、重い足と重い自転車を引きずってのそりと歩みを進めていた俺だったが……不意に後ろから、馴染みの深い声が聞こえた。

 ほんのわずかだが眠気が軽くなる感覚とともに振り返ってみれば、そこにいたのは予想通り俺の親友であり片思いの相手であり、ついでに言えば今の寝不足の原因でもある、朝雛始だった。

 学校指定のセーラー服に加えて、暖かそうな茶色のカーディガンを羽織った始は、丸い大きな瞳で不思議なものでも見るように俺を見つめていた。

 ……ああ、そういえば始もこっちが通学路だっけか。

 寝ぼけた頭をなんとか回し、始が抱えているであろう疑問の理由を紐解く。

 まず通学の足が、俺は自転車で始は徒歩通。そして二人の通学路は都合上、途中で合流するのでそういう意味ではばったり出くわしても不思議ではない。

 だが俺は基本的にいざというときを考え、学校へと早めに着くよう想定して家をでているのに対して、始はどちらかといえば『時間内に着けばセーフ』というようなタイプだ。

 そういった性格の違いがあってか、こうして出くわすというのは実のところ結構珍しい。その上自転車で通学してるのだから本来は自転車に乗っているはずの俺が、なぜか降りて歩いているのだ。それは不思議に思われてもしかたがないだろう。

 ちょっと寝不足でな。始にそう弁解しようとした俺だったが、その言葉が口からでる前にふと思考が横道に逸れてしまった。

 どこに逸れたのかといえば……始が、今年になって初めてカーディガンを羽織っていたのだ。

 今の時期を考えればまだかなり早いはずだが、今日は最近でダントツの冷え込みだ。それを加味すればべつに不自然なこともない、むしろ妥当ともいえよう。だが自然不自然など、実のところ些細な問題でしかない。


 ――"袖"である。


 防寒具として着てるのだから当たり前といえば当たり前ではあるが、始が着ているカーディガンは長袖だ。

 ウールだかアクリルだか分からないが、その素材にはそれなりの伸縮性もある。寒さをしのごうと目一杯まで伸ばせば、なんとその袖は中指の第二関節辺りまでを覆うことができるのだ。

 そして現に始は、カーディガンの袖を伸ばしていた。

 ゆえに、必然的に、その小さい中指と左右の2指が袖の先からちょこんと飛びでる形と……いや、よく見れば小指までもがほんの僅かではあるがでているではないか。

 それはある種の本能によるものなのだろう。未だまどろみの中に沈む俺の脳でさえつつがなく認識した、袖。

 まどろみに鈍った理性が制するよりも早く、その思考は俺の口を継いでダイレクトにぶん投げられた。


「……その袖、可愛いな……」

「袖……?」


 俺の言葉に首をかしげたあと、始は自分の袖を見る。

 一拍置いて、


「……わ」


 顔が真っ赤に染まった。

 「わ」だの「あ」だの「は」だの、言葉にならない声を発し、また一拍置いて。


「ひゃぁぁぁ……」


 おかしな声を置き土産に、走り去ってしまった。

 その一連の流れを見送ったあと、ようやく俺の理性が追いついてひとつの結論を弾きだした。


「逃げられた……」


 寝不足でぼろぼろの理性で始が逃げた理由を推察するのなんて、土台無理な話ではある。だがそれでもひとつだけ、分かったこともあった。


「……やっぱり、本音だからってぶつけちゃいけないこともあるよな」


 自転車で事故る前に、本音で向き合うどころか本音を正面衝突させてしまったことに、両手を離して項垂れるしかなかった俺。

 隣では支えを失った自転車が当然力なく倒れて、虚しく音を響かせるのだった。

【おまけ:言いたいこと言ってみた結果】

始「うへへへへ……」

まひる「どしたの始」

始「終斗が可愛いって……」

まひる「そりゃよかったわね。で、どこが?」

始「袖」

まひる「は、袖?」

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