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第1話 今日もオレ/俺は――

 この世界には男性が女性に、女性が男性に。その性別がある日突然ひっくり返るわけの分からない病気が存在する。しかも、わりと身近に。

 その名は反転病。

 本来はもっと長く小難しい名前がつけられているけれど、世間一般ではおおむねその名前で浸透している。

 "病"というよりも"謎現象"の方が似合いそうなそれが世界中で発生し始めたのは、おおよそ40年ほど前の話だそうで。

 発症するのは10代のみ。この病気で死ぬことはないけれど、一度かかれば100%性別が変わる。未だその程度しか全容が明らかになってないこの奇妙極まりない病。

 発生が確認され始めた当初は、当然のように法律やら人権やら男女差別やら小難しい問題が山積みだったらしい。おまけに世間はやれ科学テロだのバイオハザードだのといったよくある胡散臭い説から、果てには『生き物に眠っていた一種の生存本能』や『神が与えし天罰』のような突拍子のない与太話まで、バラエティ豊かな噂で無駄に大盛り上がりするわでとにかく色々上から下までてんやわんやの大騒ぎだった……みたい。

 その頃はまだオレどころか、オレの母さんも生まれてなかったから、もちろん伝聞でしか知らないんだけど。

 とはいえ人という生き物は存外なんでも慣れるものだったようで。

40年経った今ではなんやかんやで法整備もちゃんと整えられ、世間でも時と共に認知が進み「ああわりと珍しい病気だよね、あれ」ぐらいのノリでわりとゆるーく受け入れられている。そのおかげでオレも今こうしてのほほんと日々を過ごせているのだから、時というものは偉大だなぁというか。

 そんなこんなでわりと性別に対するアレコレがちょっとだけ緩かったりするこの世界だけど、それでも年頃の男女というのは当たり前のように恋だの愛だのするわけで。こんな世界だからか例外もわりといるようだけど、それはそれとして。

 そして恋だの愛だのに振り回されるのは、反転病により性別が変わった少年少女たちでも変わりはないわけで。

 こんな事実を前提に置けば、今から始まる物語はごく普通……というには物珍しいかもしれないけれど、さりとて言うほど希少でもない程度にはありふれた恋物語だ。もしかしたら物語、なんて表現すら大袈裟かもしれない。

 かつて少年だった少女が恋を知って、空回って、それでもどうにかこうにか頑張って、恋を成就させようとする。それだけの話なんだから。

 だけど……



 ――だけど、それはきっと誰でもない"オレ"だけの……



   ◇■◇



 オレの通う市立青陽せいよう高等学校、通称『青高』の校舎は、おおよそ築50年程度とそこそこ年季の入っており良くいえば味がある。悪く言えば古臭さがどうしても拭えない建物だ。

 たとえば1階の女子トイレなんかは壁面のタイルがちょいちょい欠けている……だけなら良かったんだけど。ペンキで塗装された部分も色褪せ剥げあがり、またそれらを塗りなおして。なんか結果的に奇妙なまだら仕立てになってるし。

 一言で言えば全体的にボロい。あまり長居したくもない場所だ……そう感じつつもオレは今、そのくだんの女子トイレにいた。用を足……お花を摘むためではない。オレの目的は、女子に大事なもうひとつ。

 出口近くに設置された洗面台。そのすぐ上の壁に据え付けられた鏡には、真剣な眼差しをこっちに向けたひとりの女の子が映っている。つまるところ、身だしなみのチェック中である。

 部屋の窓から差し込む夕焼けの光に照らされる中、オレは自分の姿をまじまじと確認し始めた。

 うーん、それにしてもちょっと前までだったら女子トイレってだけで変な緊張感に襲われて、用を足すだけでも気が気で無かったものだけど……あの頃に比べたらオレも成長したものだ。

 って、いかんいかん。しょうもないこと考えてる場合じゃないな。人待たせてるんだし……。


「とりあえず……」


 高校指定の制服であるシンプルなセーラー服の裾や、胸元のリボンなど皺の寄っているところを指で摘んでピッと伸ばす。あとは着崩れがないのを念入りに確認して……よし、大丈夫そうだな。

 次にオレは、目の前の鏡へと顔を近づけた。

 そうなると当然鏡は己と向き合う、くりくりと丸く愛嬌のある黒い瞳。そしてぷにっと柔らかそうなもち肌が特徴の少女をアップで映し出した。

 こうやって鏡を見るとたまに思う。鏡に映った少女――つまりオレの顔は自分で言うのもなんだけど、どっちかっていえば可愛い方じゃないか。

 とはいえ所詮自己評価だし、はたから……たとえば『あいつ』から見たら、ただ子供っぽいだけで女の魅力なんて全然ないんじゃ……背は145cmぐらいとそんじょそこらの中学生よりも低いし、その低身長も相まって未だに小学生と間違えられるほどの童顔だし、胸だってぺったんこで……っていやいや、これから大事なときだってのにネガティブになってどうするんだオレ!

 ふるふると頭を振って嫌な考えを弾きだし、再び鏡と向かい合う。


「顔は……ニキビとか大丈夫だよな?」


 顔をゆっくり傾けて鏡にまんべんなく映し、できものの類がないことを確認したオレは鏡から軽く距離をとる。今度は視線を鏡に映る自身の髪へと移した。


「髪も、跳ねているところは……あっ、あった」


 肩甲骨の辺りまで伸びる栗色のストレートヘアーには、いつの間にやら一箇所ぴょんと跳ねている部分が。朝直したはずなのに……。

 オレはその跳ねてる部分をさっと手櫛で直して……あ、また跳ねた。こんにゃろ。

 それならばと目の前の洗面台の蛇口を捻り水をだす。右手を軽く濡らしてから、跳ねている部分をまた何回か撫でて……よし、今度は直った。

 つま先からてっぺんまで自分の姿を確認し終えたオレは、鏡から一歩引いて上半身が丸々映りこむように立ち、そこに映る自分の姿を再チェック。

 これからのことを考えるとオレの全身に緊張が走り、鏡に映ったオレの顔もまるで死地へと赴く武士のように張り詰めた表情となってしまう。


「よし……やるぞ、今日こそやってやるからな!」


 他の誰でもなく自分自身に向かって、オレはそう宣言した。

 男は度胸だ! ……って今は女だった。でも、女だって度胸だ! もう呼び出しまでしたんだ、ここでやらなきゃいつやるんだ! 頑張れオレ、負けるなオレ!

 なんの変哲もない出口のドアが、地獄の門もかくやといった威圧感が放たれているような錯覚を覚えてしまうけれど、それでもオレは行かなきゃいけないんだ。

 全身を覆う恐怖と緊張を胸に宿した決意で無理矢理ねじ伏せる。そして、この先へ行くなと警告するかのごとく激しい鼓動を鳴らす心臓を抱えたまま、オレ――朝雛始あさひなはじめは出口のドアを勢い良く開け放ち、地獄への一歩を踏み出した。



   ◇



 トイレからでたオレが向かったのは校舎3階の一角にある、1-Bの教室だ。

 今日は登校日ではあるものの今はもう放課後。外から届く茜色に染め上げられたその室内は、普段生徒たちで賑わっているときの騒がしさからは想像も出来ないほどの、不思議な儚さと寂寥感を持ってオレを迎え入れた。

 一瞬その空気に飲まれそうになったけど、今のオレにはやるべき事がある。

 ゆえに普段と違った印象の教室に対してもほとんど感慨にふけることなく、オレは教室を見回してある人物を探し始める。

 目的の人物はすぐに見つかった。教室の奥、開け放たれた窓のそばにいる学ラン姿の『あいつ』だ。

 その『あいつ』の名前は、夜鳥終斗やとりしゅうと

 何をするわけでもなく。ただただ外の景色をぼぉっと覗いているだけだった終斗はオレが来たことに気づくと、すぐにそのスラッとした細身の長身をこっちに向けてきた。オレとの身長差はなんと約30cm、実に羨ましい限りである。

 終斗は身だしなみにあまり頓着しない。だからその黒色の髪も肩にかからない程度の適当な長さに適当な整え方って感じなんだけど、冷静さと知性を感じる涼しげな瞳に、日本人らしく控えめながらもすっと通った鼻梁。有り体に言えば目鼻立ちの整ったかっこいい顔をしており、そのおかげで適当な髪もむしろ一種のファッションにも見える。

 というか改めて見ると本当にかっこいいのなこいつ。イケメンは自然体のままでもイケメンって事かよ爆発しろ!って昔はたまに嫉妬したもんだけど、今はそういう所も、その……なんて考えてしまうのはきっと現実逃避以外の何物でもないのだろう。

 でも今は逃げている場合じゃない。ちゃんと向き合って、言わなきゃいけないことがあるんだ!

 オレに視線を向けた終斗は普段と同じ、控えめだけど穏やかで柔らかい微笑みを浮かべて口を開いた。


「遅かったな、なにかあったか?」


 今日の放課後、ここでの待ち合わせを指定したのはオレの方だ。

 身だしなみを整える必要があったとはいえ、そんな事情を知る由もない終斗を無駄に待たせてしまったことには変わりない。


「わ、悪い悪い。その……何かあったって言うか、これから何かあるって言うか……その為に、まぁちょっと……」


 オレは一言謝ったあと、待たせた理由に関しては曖昧にぼかしてごまかした。

 いやだって「身だしなみ整えてたんです」とは言えないし……。


「……成る程、よく分からんが大変そうだな」

「お、おう。まぁ、そんな感じだ」


 オレのしどろもどろな発言の意味が当然ながら分からないであろう終斗は、しかし随分とあっさりとした一言で話を終わらせた。

 クールな見た目で口数もあまり多くないので誤解されることもあるけど、終斗はとても穏やかで優しい性格だ。きっとオレの様子を見て、真意が分からないなりにこっちから口を開くのを待ってくれているんだろう。

 いつも周りをよく見て、ささやかながら嬉しい気配りを忘れない終斗は、やっぱりかっこいい……ってだから余所事で現実逃避している場合じゃなくて。


 言わなきゃ、言わなきゃ。ここまできたんだ、一言でもいいから、自分の気持ちを伝えるんだ――!


 キッと顔を上げて正面から、終斗の開かれた黒い瞳と視線を合わせる。あ、やばい。何か心臓の音が今まで以上にやかましくなってきたし、頬が溶けるんじゃないかってくらいに熱くなってきた。


「あ、あ、あ、あの」


 テンパってどもるオレに対して、終斗は先程と変わらない表情でオレの目をじっと見てくる。

 駄目だって、そんなに見つめられると頭がふわふわして倒れそうになっちゃうから。

 でも今のオレは命を賭けるに等しい大勝負に出ているのだ。倒れそうなくらいではもう止まれないのもまた事実。


 すぅー、はぁ……すぅー、はぁ……。

 荒れる呼吸を無理矢理にでも整えて、負けじと終斗の目を見つめ返して。


「お、オレ、その……実は、その、す、す、す……!」


 後一押し、後一歩。

 オレはあと一歩を踏み出すように最後の一呼吸を置くと、もはや叫ぶように今言うべき言葉を――終斗への告白を、口にした。


「すき――――――!」



   ◇



 そして、次の日。

 たとえオレの告白がどうなろうと、学校はいつもと同じく開かれるわけで。


「……で、そこまでやってなぁーんで最後の最後に日和るかなぁ。このヘタレは」


 オレの所属するクラスである、1年A組の教室にて。

 貴重な昼休みだってのに情けなさとか悔しさとかその他諸々の苦い感情から昼食を取る気にすらなれず、自分の机にぐだりと突っ伏しているオレの頭上から明らかに呆れた口調の声が降ってきた。


「オレだってなぁ……頑張った、頑張ったんだよ……頑張ったんだよぉ……」


 たとえヘタレ呼ばわりされても事実なので反論できない。オレはまるで会社を首になったサラリーマンのような、くたびれた台詞を吐いて嘆くことしか出来なかった。


「はぁー……で、何か。結局昨日はマジですき焼き食って終わっただけって事か」

「美味しかった!」

「そうじゃねぇだろ」


 『すき焼き』という単語に昨日の夕食の美味しさを思いだしてがばりと顔を上げたオレを目の前には、オレと同じセーラー服を纏う大人びた雰囲気の女子が立っていた。

 黒髪を後頭部の上の方で一本に束ね、頭の付け根辺りと同じくらいの高さまで垂らした凛々しいポニーテールの彼女は、梯間はしままひる。

 まったくもって羨ましいことにボディラインのメリとハリが輝かしく、終斗ほどではないにしろ女子にしては背も高い。そんな彼女とはまだ一ヶ月ほど前に仲良くなったばかりだけど、そのときちょっとした出来事があってそれ以降オレと終斗との恋を応援してくれているのだ。

 出会ってからまだあまり時間が経ってないとはいえ、竹を割ったように勝気な性格がいつだって頼もしいまひるはすでにオレにとって大切な親友の一人だった。だけどそんな頼りになる彼女も今回ばかりは少々投げやりなテンションになっているようで。

 すき焼き、本当に美味しかったのに。ああでも……。


「お母さんに無理矢理頼んで急いで作ってもらったから、材料費がオレのお小遣いから天引きされる事になった……」

「悲しむのそこかよ。"すき"じゃなくて"すきやき"ってのたまってしまったことに対して、アンタはもうちょっとなんかないわけ?」

「違う、わざとじゃないんだ。告白するその瞬間まではオレだってイケるって思ってた。でも……」

「でも?」

「……なんか気づいたら、言えなかった」

「はぁー……」


 オレの視線の先で、まひるはこりゃ駄目だといわんばかりにため息をついて首を振った。

 その気持ちはオレだって分かる、なにせ当事者なんだし。当然オレだってため息の一つはつきたい、もう昨日から数えて百回ぐらいついているような気もするけど。

 オレは後悔の気持ちに暮れながら、脳内で昨日の告白の顛末を思い返す。


『すき――――――焼き、今日うちで、やるんだけど、お前も一緒に……どうかなぁー……って……』

『……すき焼きか。ああ、うん。お前が構わないならお言葉に甘えて同伴させてもらおうか』


 というわけで最後の最後、結局変なプレッシャーに負け日和ってしまったオレはその後すぐ母さんに頼み込んで、嘘を真にしてもらったのだった。大事なことだから2度言うけど、すき焼きは美味しかった。

 しかし事情を話した時に母さんの口からでた『ああ、うん……それならしょうがないわね……』には、一体どれほどの思いが込められていたのだろうか。今のオレには知る由も……うん、まぁ間違いなくまひると同じ感じなんだろうな。どうせオレはがっかりなヘタレだよ!

 昨日のことを思い返してますます気落ちするオレに、まひるが言った。


「結局のところ、アンタには度胸が足りないのよ。まぁそりゃ親友だった奴に告白するって言うんだから色々と大変なんだろうけどさ」

「『親友だった』じゃなくて今でも『親友』だよ、まぁ出来ればそれ以上の関係になりたいっていうか……」

「そういうの良いから。そうじゃなくて……『男同士の』って話よ」

「まぁ、うん。……そうなんだよ、本当になぁー……」


 たまに思う。オレが本当に生粋の女子だったら、終斗に気負いせず告白出来たのかなぁと。


 ――オレは今年の5月頃、今が10月だから約5ヶ月ほど前までは男だった。ごくごく普通の、少なくとも今オレが着てるようなセーラー服なんて縁がないはずの男子学生だったのだ。

 それが何の因果か、突然『反転病』なる妙な病気にかかった結果、文字通り性別が反転して女の体になってしまった。

 幸い、その奇病の存在が世間に十分浸透していたのと、学校や周りの皆も良い人ばかりだったのもあってイジメみたいな不幸もなく……とはいえ性別が変わるなんて、小市民の自分にとっちゃそれなりに大事件。未だ頭を抱えるようなこともいくらか残っているけれど、なんだかんだで今の生活にも大分慣れてきた。


 それでもただ一つだけ……オレにはすごく、すごぉーく深刻な悩みがあった。オレの大事な『親友』、夜鳥終斗のことだ。

 終斗は本当に良いやつだ。口数は少なめだし外見も喋り方もクールな感じだからたまに誤解されるけど、本当は優しく穏やかな人柄で、いつもさりげなく誰かを気遣ってあげられるような人。なにかと鈍くさいオレは、あいつに何度助けられたか分からない。

 それに……オレが女になって、昔とは違う環境に放り込まれて。周りからの扱いも、まぁひどくはならなかったけど多少なりとも変わったり遠巻きになったりと少し微妙な感じになって、そんな中でも終斗はいつもと変わらず親友として接してくれた。

 女になってもオレが今日まで自分らしくいられたのは、多分終斗のおかげだろう。

 そんなこんなで女になってから数ヶ月。平穏ながらも平穏なりになんだかんだあって、気づけばオレは終斗に惹かれていて……そしてあいつに対し、はっきりとした恋愛感情までもを抱いていた。

 最初は隠そうとした、諦めようとも思った。

 オレがこの体のことで落ち込んでいたとき、終斗が約束してくれたから。


『――俺は変わらない。俺はずっとお前の親友でいるから』


 終斗はその約束どおり、今もオレに対して男のときと変わらず親友として接してくれているのに、オレだけこんな感情を抱いているなんて不誠実じゃないか。

 それに終斗だって元々男友達だったオレから告白されても気持ち悪いって思うかもしれないし、アイツは格好良くて性格も良いから、オレなんかよりもよっぽど釣り合いが取れる魅力的な女の子だっていくらでもいるはずだ。

 そんな感じであーだこーだと悩んでいたときに出会ったのが、まひるだった。そしてオレは彼女のおかげで、大切なことに気づくことができたのだ。

 それはオレがどうしたって、終斗のことが大好きで仕方ないんだっていう単純な事実。惚れた相手としても、親友としても。

 だから隠しごとなんてせず誠実な自分になって、『親友』として胸を張って終斗の隣に立ちたい。そしてありのままのオレを、終斗の親友としてずっと一緒に過ごして終斗に恋したオレを見て欲しい。その上であいつと『恋人』になりたい。

 そのためにはまず、終斗にオレの本当の気持ちを伝えなきゃいけない……はずなんだけどなぁ。

 オレは自分の駄目さ加減を再自覚してしまったせいで、再び机に突っ伏してしまった。


「あー……でも、うん……今回は頑張った方だと思うわよ? なんせ今までは、呼び出すところまですらいかなかったんだから」


 あまりにも気落ちしている様子のオレに、さすがのまひるも気遣いの言葉をかけてくれたのだけど、今のオレにそれは逆効果である。


「たしかにそうだけどさー……」


 これまで何回何十回も告白しよう告白しようって決意はしてきたけど、結局『振られたら、嫌われたらどうしよう』『もう親友ですら無くなるのかな』とかそんな後ろ暗い躊躇から行動にすら移せなかったわけだし。

 たしかにその時に比べれば大進歩ではあるんだけど……。


「この世は所詮結果主義なんだ……結果が出せなきゃしょうがないんだよ……」

「うわぁ、このヘタレめんどくせぇ……」


 オレが未だ最後の一歩を踏み出せないでいることに、変わりはないわけで。

 そんな自分がさらに不甲斐なく感じて、最早オレの体はスライムもかくやといった感じで脱力してしまっていた。

 このまま溶けてしまいたい……と、不意にまひるが大きな声を上げた。


「お、そうだ!……始みたいなヘタレでも、告白すらできなくても、夜鳥くんと恋人同士になれる方法がひとつだけあるわ」

「マジで!?」


 再びがばりと顔を上げて、まひるの言葉に食いつくオレ。


「あんた躁鬱激しいわね……ま、親友だからどうだのありのままの自分をなんだのって言っても、ぶっちゃけ最終的には夜鳥くんと恋人同士になりたいんでしょ? 思う存分イチャイチャしたいんでしょ?」

「こっこっこっ恋人とかイチャイチャっておまっ、たしかにぃ……そうだけどぉ……そんなはっきり言われると……」


 まひるの大胆な発言に、ついモジモジとなってしまう。

 だけどまひるの言うことにも一理ある。オレの気持ちをアイツに伝えるのがまず最初の目標ではあるのだけど、たしかにまひるの言うとおりそのゴールはもちろん恋、恋び……うんまぁ、そういう関係な訳で。告白すっ飛ばしてでもそうなれるんなら、それに越した事はないのかも。


「いまさらなに言ってんのよ。話を戻すけど、重要なのは夜鳥くんと恋仲になるのに必ずしも始から気持ちを伝える必要はないってことよ」

「お、おお……?」


 頷いては見たものの、まひるの言っている意味が今一理解出来ない。

 終斗はオレの気持ち知らないんだから、恋人になるには告白しなきゃいけないんじゃないの?

 きょとんと首を傾げるオレに、まひるが呆れたようにため息をついた。


「はぁ、アンタ分かってないでしょ……要するにさ――夜鳥くんから告白させちゃえば良いんじゃないの?」

「はぅぁ」


 まひるからの思いもがけない提案に、オレは思わず変な声を上げてしまった。

 自分が告白しなきゃ駄目だとずっと思い込んでいたからそんな発想は全然思い浮かばなかったけど、告白出来ないならさせてしまえば良い。

 確かに妙案といえば妙案だ。鳴けぬなら、告らせてみよう、ホトトギス。

 でも……。


「冷静に考えたらさ、終斗がオレに惚れるなんて……有り得るのかな……」


 だってオレ胸も背も小さくて女らしい魅力なんてないし、ファッションセンスも自慢出来ないし、家事だって全然だし、未だに男言葉使っちゃってるし、つうか元々男だったし……」


「またアンタはそうやってすぐ凹む……自分の欠点が分かってるなら話は早いでしょうに」

「そんな事言われても……って何でオレの考えてること分かったんだ! エスパー!?」

「ねぇよ。途中から口に出てたのよ……具体的には「胸も背も」って辺りから」

「殆ど最初からだった!」


 うわぁー。


「自分の考えが筒抜けになってたって中々恥ずかしい!」

「まぁアンタの場合口に出さなくてもどの道分かりやすいから、あんま気にしなくてもいいんじゃない?」

「しまった、また口に……!」

「はいはいまた脱線してるからもう要点だけ言うわよ、昼休みも終わっちゃうし」


 失態に頬を赤くしてしまうオレの様子を気にせず、まひるは宣言通りの単刀直入で一言。


「――始、アンタ……終斗も惚れるような可愛い女の子になりなさい」

「…………へ?」



―――――――――



 間の抜けた声を合図に幕を上げるは、元男というちょっとだけ変わった過去を持つ一人の少女が紡ぐ恋物語。

 だが恋とは一人でするものにあらず、当然相手がいるわけで。

 少女の知らぬ間に幕が上がるは、もう一人の恋物語。



 ――そう。これはきっと"俺"だけが、心に秘めておくべき……



   ◇■◇



 その夜、"俺"は悩んでいた。


『お、オレ、その……実は、その、す、す、す……!』


 うんうんと唸りを上げて、悩みに悩みまくっていた。


『すき――――――!』


 まるで映像のような鮮明さで脳裏に繰り返されるのは過去の記憶。それもつい最近、というか今日の夕方の光景だった。

 一体全体なんの用事かと呼び出されてきてみれば誰もおらず、しばらく待ったのちにようやく表れた『あいつ』はみるからに顔を赤くしてテンパッてるし、なんだか雰囲気もそれっぽいし。

 俺だって思春期の男子だ。否応無しにでてくる妄想は、すなわち夕焼けの教室で巻き起こるベッタベタな告白の光景で。

 なんでよりによって『あいつ』なんだ。ちょっと待て心の準備が全然できてないのに、そもそも本当に告白なのかこれは。

 ぐるぐると回るだけ回って思考をかき乱し続ける妄想に混乱を極めた脳は、しかしその瞬間を迎えるとびっくりするほどあっさり回転を止めた。


『すき――――――焼き、今日うちで、やるんだけど、お前も一緒に……どうかなぁー……って……』


 なんていうか、色々と気が抜けすぎてその後のことはあまり覚えていない。すき焼きの味もほとんど感じなかった気がする。

 適当にお邪魔して適当にすき焼き食べて適当に帰宅して。

 そしてようやく正気を取り戻し、その弊害であのときの光景がぶり返してきたのが今である。


「結局なんだったんだあれは……! まさか本当にすき焼きか? いやでもすき焼きのためにわざわざ教室に呼び出すか普通……!」


 とあるマンションの一室にある俺の自宅は、どちらかといえば家族向けの広さを持つ3LDKだ。だが父の仕事の都合上、今は両親共に海外暮らし。一応上に姉が一人いるが、その姉もここを離れて久しい。

 ゆえに現在一人暮らしの俺には少々広く感じるリビングに置かれた、多人数用のソファーに一人で寝転がりながら、俺は文字通り頭を抱えて悩んでいた。


「もし本当に告白だったら? いやそもそもあれが告白だったとして俺はどうすれば――」


 瞬間、かつて『あいつ』と交わした約束が脳裏に割り込んでくる。


 ――俺は変わらない、俺はずっとお前の親友でいるから。


 頭から冷水を浴びせるがごとく、その言葉は俺の脳を急激に冷やした。

 冷静になった俺は、自分の馬鹿さ加減に呆れてため息をつきつつ立ち上がる。そしてつい自嘲気味に呟いてしまった。


「……そうだよな。『あいつ』が――始が、告白なんてするわけないよな」


 忘れてはいけない、始と俺が親友であることを。それ以上でも以下でもないことを。

 だから俺はこの思いを胸にしまう。これを吐き出して、その結果あいつを裏切って傷つけてしまうくらいなら、墓場にだって持っていこう。

 だって、本当に大切な親友だから。だって、本気で惚れてしまったのだから。

 だから……忘れよう、今日のことは。この恋心だけは絶対に隠して、淡い期待なんて一切捨てて、明日からまた始の親友として振舞えばいいだけだ。

 そう結論づけて無理矢理思考を打ち切った俺――夜鳥終斗は、悩み続けていたせいでまだ終わらせていなかった今日の家事に、ようやく手をつけ始めるのだった。



   ◇■◇



 学校に必ずいるほどでもないけど、一人ぐらいならいても珍しくはない程度。

 大体それくらいの確率で少年少女が反転病にかかるちょっと変わった世界でも、人は恋をするものだ。たとえ自身の性別が変わっても、身近な人の性別が変わっても。

 そして彼ら彼女らももちろん、恋に悩めば迷いもする。普通の男女と同じような悶々とした悩みから、性別の境界線と自身の思いに対する迷いまで、色々悩んで散々迷ってそしていつか答えを見つけるのだ。



 ――かつて諦めかけたそれに、また向き合いたいって心の底から思った。だから、

 ――気づけば芽生えてしまっていたそれを、無理矢理心の底に捻じ込んで。それでも、



 ――今日もオレ/俺は恋をする。



 これは少しだけ変わった現代日本で、少しだけ変わった境遇を持った男子ひとりと女子ひとりが、恋に振り回されたり奮闘したり空回ったり悩んだり向き合ったりとにかく頑張ったりするだけの、わりとよくある恋物語。

 そしてこれから彼ら二人が紡いでいく、二人だけの人生。そのほんの一ページである――。

 どうも、はじめましての人ははじめまして。お久しぶりの人はお久しぶり。ハルです。

 「あれ、この小説どこかで……」という方のために説明しておきますと、この小説は昔書いた短編『恋せよTS娘!』を長編化したものになります。まぁこねくり回しているうちにだいぶ色々変わりましたが、大事な軸はぶれていないつもり……つもり、です。

 それはそれとして、基本コンセプトは『明るく、可愛く、情けなく』辺りでいいかな。大体そんな感じでゆるーく書いていきますので、これからもよろしくしていただければもっけの幸いというやつです。


※2016/8/1 ちょっとだけ修正。ちょっとだけ読みやすくなりました多分。

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