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今までの僕とは違うけれど

 僕がケルベロスを殺してから二週間あまりが経過した。学園の夏休みももうすぐ終わる。僕は今、町の小さな病院にいた。横たわる幼馴染みの側で丸椅子に座って会話する。

 

「全治三カ月だって。僕の所為だ。本当にごめん。何度謝っても謝り尽くせないよ」


 僕は悲痛な面持ちでベルに言った。両足に包帯を巻いて白いベッドに横たわるベル。ベルはあれから生還することが出来た。本当に良かった。僕の所為でベルが死ななくて。ベルが生きていてくれて。それだけで嬉しい。


「もう何回謝ってるの、ストルは。本当に一千回くらいは謝罪された気がするよ」


 愉快そうに笑ってベルが言った。その後少しだけ辛い顔を見せた。笑った振動で足に少し痛みを感じたようだ。そんなベルの何気ない姿に僕は落ち込む。ベルは明るい僕を望んでいるようだけど、まだ少し難しかった。


「それにしてもストルがケルベロスから逃げ切れて良かったよ。本当に良かった」


 しみじみとするようにベルが言う。僕がケルベロスを殺したことはベルに言っていない。僕の称号の事も。語る必要性を感じない。ベルに余計な懸念を与えたくなかった。それにステータスのロックの数も制限がある。審判を下す者を解放した時の僕のステータスは人間のステータスじゃない。人外の領域だ。周りの人間に妙な事を勘ぐられたくはない。僕の力は秘密にするべきであると結論付けた。


「運良くケルベロスが僕から興味を無くしてくれて助かったんだ。ベルが痛い目にあってから僕だけ無傷なのが凄く申し訳なくて」


 自分で自分を許せない。もっと早くこの世の根本を理解するべきだった。誰かを守れる強さというものは力があって初めて成立する。そんな事に今までずっと気付けなかった。


「そんなことない。ストルに何もなくて本当に良かったよ。それにしても私恥ずかしいこと言ってなかった? もうあれが最期だと思っていろいろ言っちゃった気がするんだけど」


 顔を赤くして悶えながらベルが言う。思い出す。ベルは何も恥ずかしいことを言っていない。ベルの言葉は僕に勇気を与えてくれた。


「ううん、大丈夫だよ。でも一つだけ言いたいことはある。ベルは自分の身体を粗末にし過ぎだ。助けられた僕がこんなことを言うのは烏滸がましいけど、それでも二度と僕の代わりにベルが傷付くなんて嫌なんだ」


 傷付くなら僕がいい。ベルが傷付くのは許せない。ベルが涙を流していたらその涙を拭いたいし、落ち込んでいたら励ましたい。大切なものを守れるようになりたかった。目の前で笑う幼馴染みの暖かさを失うのが怖い。大切な人が僕の代わりになるのは嫌だ。大切なら今度こそ守り通す。たとえ何に代えても。その覚悟を僕は本当に決めた。


「ん、そうだね。言われちゃったか。分かった。自分を大切にする。これでも怖がり屋の臆病だし自分を大切にしてきたんだけど。自分でも少しだけ驚いちゃったかな。たはは」


 戯けたようにおどけるベル。僕はそんなベルの優しい笑いに同調するように笑う。ベルは本当に優しい。本当に最高の幼馴染みだ。


「ベルの怪我を見越して学園には休学届けを出しておいたよ。僕もここにいたいけど」


 本当なら学園なんてどうでもいい。ベルの側で少しでもベルの役に立ちたかった。けど。


「ダーメ。私を口実に学園をサボることなどベルちゃんは許さないのでーす」


 僕はベルの言葉にやっぱりか、と笑う。


「言うと思った。だから僕の分の休学届けは出しておかなかったよ。本当にごめんね」


 ベルを見るとベルの優しさと僕の情けなさを直視してしまう。もう二度とこんな無力さを味わいたくない。二度と間違えたりしない。


「もう、ストルは謝ってばかりなんだから。どうせならありがとうの方がいいのに」

「勿論、ありがとうって思ってるよ。ベルがいなかったらきっと死んでただろうしね」

「そうそう、感謝しなよ〜」


 僕とベルは笑い合う。学園生活が始まってしばらくはベルと会えない。素直に寂しい。

 僕は立ち上がる。鼠が煩いな。ここ一週間で僕がどれだけ不愉快になったことか。


「......ストル?」


 いきなり立ち上がった僕にベルが問う。


「少し栄養のあるものを買ってくるよ。明日また来るね。ベルの怪我が早く治るように教会にも祈ってくる。本当に感謝してるよ」


 僕はベルに謝意を伝え病室の扉に手をかけようとする。瞬間、ベルが声を荒げて言った。


「ストル!」


 僕はベルが好きな笑顔を作りつつ振り返る。まだ難しいが、こなせないことはない。


「なんだい? ベル?」


 なるべく優しくベルに問いかける。僕の笑顔を見てベルは迷うように声をかけてきた。


「私の気のせいかもしれないけど......ストル少し変わった? 本当になんとなくだけど」


 ————驚いた。僕は目を丸くする。ステータスも変動していない僕を見ているのに僕の幼馴染みは僕にそう告げてきたのだ。本当に僕にはもったいないほどの幼馴染みだよ。


「僕は変わらないよ、ベル。大丈夫。いつでもベルが望む僕でいると思うから、さ」


 ————だからこそ嘘を付いた。ベルの前だけでは必ず明るくなれるように、大切な幼馴染みには心配をかけないように。

 僕はそう言って部屋を出た。


 *****


「ストル様、また奴らが来ていました。ストル様以外の面会は遮断していたのですが」


 感情を失った瞳で僕を見る白衣の女性。僕の展開する武具によってこの病院は制圧した。強制暗示の鎌によってここの人間は僕の意思に逆らえない設定にしてある。即ち、ここは僕の管理下になった。支配下ともいうかな。不自然ではないほどの人数の患者に医者。ベルの三ヶ月の拠点にしては過ごし易い場所を目指すとするか。だが、面倒な奴らが来た。


「それで断ったんだろうな?」

「無論です。我々はストル様の僕ですから」


 僕は無表情で頷く。溢れんばかりの統率力で従えても良かったが効率は悪いか。


「それでいい。監視はつけておいたから分かっていたがな。お前達の意思を試しておきたかった。僕の力の把握も並行しているが」


 僕が病院を出ようとするとおせっかいな女が僕に会話を求めてきた。調整が必要だな。


「ストル様。どちらへ?」

「外だよ。お前は通常の業務に戻れ。くれぐれもベルの病室に他者を寄せ付けるなよ」


 白衣の女性は頷く。僕がその命令を下すと同時に女に感情の色が戻った。それでいい。

 病院を出ると黒衣の男達が僕を待っていた。

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