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献身の幼馴染み

 足りない頭で瞬時に思考を回し、ベルの身体を引き寄せてまだ炎が回っていない森の茂みに身体を隠す。ケルベロスの視線上からベルと僕の身体を隠した。これからどうする。どうすればいい。こんな時の為に僕はベルを守れるように鍛錬を続けていた筈だ。ベルだけは守るんだ。僕には出来過ぎたこの大切な幼馴染みだけは絶対に失ってはいけない。


「あいつが私達の村をっ......!! 離してストル!! あいつを殺さなくちゃ!!」


 ベルから発される強い言葉。僕はベルの身体を後ろで抱くようにしてベルを抑えていた。


「ベルの気持ちは分かるよ。僕も同じだからね。でもベルが死ぬのは絶対に嫌なんだ」


 ベルが僕を睨んで言った。


「ストル、落ち着いてるね。あいつがここまで来てたの知ってたんだ」


 ベルが非難を込めて僕に言った。


「うん。知ってたよ。王女様の国葬っていうのも嘘でね。逃げるために嘘をついたんだ」


 あぁ、ケルベロスなんかどうでもいいんだ。あいつは憎いけど、それでも僕には今の方が大事だから。僕達の両親を殺したケルベロスはもう死んでいる。目の前のケルベロスは無関係の理不尽だ。だから、僕はベルが生きてさえいてくれれば他には何もいらない。


「やっぱり優しいね、ストル。私ではケルベロスに勝てないから逃がしてくれるんだ」


 ベルが苛立ちを込めて僕に言った。ベルの気持ちも分かる。ベルの夢が魔物を殺すための騎士だっていうのも理解している。ベルの怒りを目の前で感じていたのは僕なんだ。


「うん。今のベルじゃ、絶対にケルベロスには勝てない。もちろん僕もね。そんなことベルにも分かってるよね? だから、逃げよう」


 僕はベルの手を掴んでそう言った。


「やってみなくちゃ分かんないよ。もしかしたらってこともあるかもしれないじゃん」


 ベルが僕の手を振りほどくように言った。ここまで意思の堅いベルを見るのは久しぶりだった。僕がベルの夢を危ないからやめた方がいいよって否定した時以来かな。そんなベルの意思の強さは筋金入りだった。

 だからこそ僕はベルに呪いの言葉をかける。情けないがベルが死ぬより余程ましだ。

 僕はベルの手をもう一度掴む。


「頼むよ......ベル。僕を一人にしないで」


 ここにきてベルの瞳が初めて揺れた。


「それは......」

「ベルがケルベロスと戦うことを選ぶんだったら僕も戦う。ベルを失うくらいなら僕も戦った方が何倍もマシだ。だから考え直して欲しい。僕は未来が大事なんだ。両親が守ってくれた未来を奪わせるわけにはいかない! 」


 僕はベルの身体を引っ張り走る。最早ベルの言葉を聞く余裕などない。あいつの気配を感じる。あいつに比べれば体躯が小さい僕達の身体を活かして隠れながら走るしかない。


「ベルの想いは、誰よりもベルの側にいた僕が一番に理解しているつもりだよ。けれどケルベロスと戦うのは今じゃない。ベル。ベルがケルベロスと戦いたいなら僕の手を振りほどいて引き返すといい。けどその時は僕も行く。絶対にベルを一人にはさせないからね」


 僕は十年前にもベルに似たようなことを言った気がする。何だか懐かしいな。

 数十分は走ったと思うほど走った時、僕は木の幹に沿って座り小休止する。


「少しは距離を離せたかな。あいつが僕達を狙うとは限らないし、最悪このまま王都、もしくは近隣の街へ向かってもいいかな」


 現在地は把握している。北へと進んできた。人が多ければ多いほどケルベロスも近付き難い筈だ。奴の同胞も最終的には苦渋を舐めている。人間の実力を侮ってはいない筈だ。


「何だか十年前みたいだね、ストル」


 ベルが笑いながら言った。先ほどまでの険は消えて、優しい声音に戻っていた。


「僕もそう思ったよ、ベル。ベルの手を引いて走っていると十年前を思い出す。無我夢中で走って、気付けば助かってたっけ」


 僕もベルに笑って言った。


「私ね、あいつの姿を見たときに十年前のことを思い出したの。お母さん達が私達を庇いながらあいつの吐いた黒炎に呑み込まれていくのを。許せないって思った。今でも思う。でもね、もう一つ思い出したの。ストルが私の手を引いて逃げてくれた。そして、一緒に生きようって言ってくれた。嬉しかった。孤独だった私にストルは直ぐに手を伸ばしてくれた。心が温かくなったの。ストルが居なかったら私は多分死んじゃってた。今もそう。私、十年で成長したって思った。でも何も成長してなかったみたい。それが悔しいや」


 ベルが瞳の端に涙を浮かべて言った。


「ベルは変わったよ。努力してステータスも上がったじゃない。それでもベルが自分を変わらないと思うのなら変わらないでいいよ」


 僕はベルの目を見て言った。


「いつまでも変わらないベルで居て欲しい。優しいベルのままで居てくれることがきっと僕達を守ってくれた父さんや母さんへの餞になるんだから。きっと、そうだと思うよ」


 ベルが僕の手を掴んで言った。


「ふふっ。やっぱりストルには敵わないや。私が言って欲しいことを言ってくれるんだもん。卑怯だよ、もう。なんか凄く悔しい」


 ベルが顔を赤くして、膨れて言った。そしてベルも僕の瞳を見て言ったんだ。


「ストルも......変わらないでね」


 ふと、ベルがそんなことを言った。僕はベルの言葉を胸に刻み込んで確かに言った。


「うん。僕は変わらないよ。いつまでたってもベルが望んでくれる僕でいたいって思う」


 そう。僕は優しさを第一に生きてきた。たとえステータスが低くても、弱くても。優しさがあれば生きて行けると信じているから。


「それを聞いて安心した。うん、大丈夫」


 ベルの手を握り返す。二人で頷いてまた走るんだ。二人で生きるために。十年前と二人の姿がまた重なるように懸命に、ひたすら。お互いに何にも代えられないもののために。

 だがそれはすぐに否定される。僕達の道を塞ぐように黒い炎が僕達の行く手を阻む。


「ぐっ......速過ぎる......!! 嗅覚か聴覚かは分からないけど人間の比じゃない......!!」


 僕は唇を噛みしめるようにそれを見る。先回りするように僕達を見るケルベロス。


「グガガガガガァ!!!!!!」


 その咆哮は魔物の王者たる存在に相応しい。ベルの身体は決意に震える。


「ストル......ストルは生きてね」


 手を繋いでいた幼馴染みが僕の手を離す。そして、ベルは僕の身体を押した。

 三つ首の獣が鉤爪を振り下ろす。僕の身体は後ろへ飛ばされ、ベルが前に立つように。

 僕の両親とベルの姿が重なる。僕とベルを巻き込むようにケルベロスの攻撃の衝撃が森を抉るように、響き渡る。

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