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宿敵

 ベルに注意こそされていたが、森の浅い部分には弱い魔物しか生息していない。ここから三日ほど歩けば中型の魔物はいるかもしれないが、彼らの縄張りは僕達とは重ならない。

 十年前の魔物の奇襲は悲劇であり、理不尽なのだ。小型の魔物くらいなら僕だって逃げることくらいは出来るし、一応戦える。ここの周辺には魔法省が格付けしたEランクの魔物しかいない。僕の相手にはもってこいだ。


「とはいっても魔物の数自体は少ないから基本は素振りなんだけど......ねっ!」


 ベルに内緒で買った鉄の剣を振り回す。重さはしっくりくるが剣に振り回されている印象は拭えない。僕の未熟の証だった。

 ふと、森の奥を見る。十年前の魔物の大群は僕達の故郷であるレリューシアにこの森から侵攻してきた。あれから十年。僕は何も変わっていない。頼れる両親は死んだ。僕にベルしかいないように、ベルにも僕しか家族と言える人間がいない。両親の代わりに僕達が生き残れたのなら、もし今度何かあったら。


「僕がベルの代わりになれるように。そんな強さと覚悟がずっと欲しかったんだ」


 鉄の剣を振るう。弱い少年でしかない僕が剣を振り回したところで何も変わらない。それでも何か予感がするんだ。もう少しで僕とベルの世界がぶっ壊れてしまうような予感が。

 だからこそ鍛錬は欠かさない。予感は常にあった。十年前の悪夢を見た。黒炎に包まれながら村を焼き払う三つ首の魔物。

 あんな悲劇は繰り返させない。僕の中の何かが警鐘を鳴らしている。


「おかしいな......今日はやけに魔物と遭遇しない。数時間は鍛錬しているのに一匹も魔物と出会わない。今日の森は不気味過ぎる」


 昨夜の夢といい、不安が拭えない。ベルの言葉を思い出すなら引き返すべきだろう。けれど目の前に危険が迫っているのならば。


「ベルに何かが起こるくらいなら、僕が行った方がいいな。杞憂かも確かめたい」


 静かな森。喧騒の無さは好きだったが、今は森の木々の一つ一つが刃のように鋭く僕を拒絶しているようにも感じられる。それとも僕のことを守ろうと鋭さを見せているのかな。

 森をしばらく進んで驚くべき光景を見た。嘘だろ、まだ歩いて数時間なのに。


「馬鹿な......こんな森の中腹に中型の魔物が」


 小型の魔物を捕食する、斑点が見える虎型の魔物。魔法省が発行する図鑑で見たことがある。

 ランクB、ジャガード。魔物の習性は凶暴。人をも捕食する悪魔の使い。ありえない。彼らの縄張りがこんな浅い森にあったのか。小型の魔物では実入りが少ない筈なのに。それにこの近辺でベルと戦闘力が同ランクの魔物がいるのは流石に予想外が過ぎる。


 ジャガード


 統率力 E

 頭脳力 B

 容姿力 B

 知識力 D

 戦闘力 A


 これがジャガードのステータスだ。ステータスは人類だけではなく魔物にも適応される。ジャガードは群れをなすことこそ少ないが単体の戦力はベルを凌駕している。この場所はレリューシアから離れてはいるが危険だ。


「中型の魔物とはいえベルと僕を殺すくらいのポテンシャルはある。知らせなきゃ」


 ベルには事情を誤魔化してとりあえずレリューシア近辺からは逃げよう。ベルは魔物を憎んでいる。流石にジャガードに突っ込むとは思わないが、分からない。

 僕は木々の隙間からジャガードを盗み見ることをやめてレリューシアへ向かおうとする。

 だが僕は身体の向きを反転させる途中、木々を踏んでしまった。木々の音は静かな空間に煩いほど響く。


「っ! しまった!」

「......グルル」


 ジャガードは音に敏感だと聞く。僕の気配を捕捉された筈だ。だが、何かがおかしい。まただ。ジャガードは小型の魔物より大きい僕という餌を無視して後方を見ている。何だろう。とてつもなく嫌な予感がする。

 瞬間、大きな大地が揺れる。


「グガガガガガァ!!!!!!!!」


 大きな咆哮。魔物の頂点に相応しい僕達の宿敵の雄叫び。その叫びは大地を揺るがす。十年前に僕達の村を、レリューシアを滅ぼした主犯格の最強の魔物。

 一瞬、足を踏み出した。両親をそいつに奪われ、僕も少しだけ怒りという感情を抱いた。


 ———–思い出す。自身の称号のことを。


 だが理性でそれを抑える。同時にその絶望のステータスを頭に想起する。世界に数十種類しか存在しないランクS個体、それが奴だ。


 ケルベロス


 統率力 A

 頭脳力 A

 容姿力 A

 知識力 B

 戦闘力 S


 魔物のランクの判断はその危険度にある。ケルベロスの優秀なステータスと危険度はまさしく頂点。ジャガードとは比べものにならない。ケルベロスは最強格の魔物だ。


「ありえない......ジャガードはケルベロスから逃げていたとでもいうのか......!!」


 食物連鎖の理。ジャガードが無力な魔物や人を襲うように、三つ首の凶獣であるケルベロスもまた強者に相応しい権力を振りかざす。

 弱者は強者に喰われる。それを悟っているからこそこの森の魔物達は王から逃げていた。

 もう逃げられないと判断したのだろう。僕より前方に居たジャガードが決死の覚悟でケルベロスへと向かっていく。

 中型獣と大型獣。その差は歴然。


「グルルル!!!!!!」

「グガァァァァァ!!!!!!」


 鉤爪は交差し、僕は勝敗を見ることもなくレリューシアへと走り出した。背後で咀嚼音が聞こえる。勝敗は歴然だった。ステータスの差が覆ることはない。それがこの世界のルールなのだから。ジャガードが稼いでくれた時間で何とか逃げ切ってやる。

 ケルベロスは走る僕の姿を自身の獲物であるジャガードより興味深そうに見ていた。


 *****


 走ってレリューシアまで辿り着く。ずっと嫌な視線を感じていた。ケルベロスに尾行はされていないはずだが大いなる気配を感じる。

 僕は考える。十年前もケルベロスはレリューシアを襲っていた。ケルベロスには何か目的があるのかもしれない。ケルベロスの知能は低くない。魔物に比べて人間を食べるメリットは少ない筈だ。ケルベロスの他にも様々な魔物が十年前にはいた。ケルベロスという個体はそう多くはない。だが十年前の個体は騎士達が殲滅した。違う個体でもレリューシアに再び現れた理由は何なのだろうか。僕とベルを目的としてここまで来ているというのは流石に自惚れていると思うが、何故だろう。僕とあの魔物には浅からぬ因縁がある気がしてならない。ケルベロスはジャガードを襲っている最中、その肉よりも僕を見ていた。

 気のせいなのだろうか。


「ケルベロスがレリューシアまで来るのかは分からない。だが今は王都に行くしかない」


 ジャガードならともかく、ケルベロスを見たときのベルの反応は容易に予想出来る。あれは僕とベルの両親を殺した魔物だ。僕でさえ一瞬怒りに思考が支配されたのだから、ベルはケルベロスに向かっていってしまうかもしれない。そんな未来は許されない。

 本来は学園の夏休みが終わるまではレリューシアに滞在するつもりだったがやめだ。ケルベロスを目撃した以上すぐさま帰るべきだ。

 僕は小屋に入る。ベルは惚けた顔で汗をかいている僕を見つめていた。剣は森に捨ててきた。落ち度はない筈だ。


「どうしたのストル? 何か焦っているみたいだけど」


 僕は咄嗟に嘘を考える。馬鹿な僕でもベルに嘘をつくことぐらいは出来る筈だ。ベルに悟られない嘘をつけ、頭をしっかり回せ!


「どうやら王都アライズの王女が事故で亡くなったみたいなんだ。学園に出した外出届けの住所から国葬の招待が来てたよ。魔法学園に在籍する生徒は出席しなきゃいけないみたいだ。急だけど王都に行かなくちゃね」


 ベルがぽかんとして僕を見る。ベルに嘘をついた後のフォローなどは後から考えるしかない。ケルベロスが人間の足で一日もかからない程度の距離にいる今の事態はやばすぎる。


「え? 王女様が? それにしてもいきなりだね。分かった、直ぐに準備するね」


 僕の支離滅裂な説明にも疑うことなくベルは頷いてくれる。よし、これで逃げることができる。そういえば学園のSクラスに王族がいるらしいが、何とか辻褄は合うだろう。


「それにしてもストル。随分汗かいてるね。走ってきたの?」

「うん。ランニングは健康にいいからね。長生きするために最近始めたんだ」


 ベルが鞄に荷物を詰めながら言った。僕も最低限の荷物だけ掻き集める。今は時間が惜しい。ケルベロスは追いついていない筈だ。荷物をまとめた僕達は北の森へと進む。

 だが僕の浅い考えを否定するように、黒い炎が森の中を支配する。そう、ケルベロスは僕に追いつかなくても良かったのだ。僕達が通るであろう道をゆっくり塞いでいれば良かったのだから。ケルベロスの口から出された黒炎が森を焼く。ベルの瞳にその光景が映る。


「ケルベロス......!!」


 ベルの怨嗟を真近で聞いた。ケルベロスは僕達を狙うかのようにそこに、いた。

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