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悪夢

 相変わらずベルのイビキは響きがいい。豪快ではあるがそれもまた趣がある。


「ぐがぁ、ぐがぁ」


 二人で何とかして作り上げた木の小屋で眠るベルにそっとおやすみ、を唱えつついつものように小屋を抜け出して外に出た。昼間は噴水や買い物で忙しかったからベルも心地よく眠れていることだろう。

 夜のレリューシアは虫達が光を発しているのか深夜にも関わらず意外に明るい。

 僕は自分の手に握られた木の剣を見る。千回や万回では数えられないほど素振りをした。それでも僕の戦闘力のステータスは上がらない。けどいつか僕がベルを守れるように。


「はあっ! とうっ!」


 間抜けな掛け声。万感の思いを込めて剣を振るう。誰かの為でもなく、ただ自分の自尊心と自己満足の為に鍛錬をする。


「いやあっ! それっ!」


 悔しいんだ。戦うことは怖い。平穏が何よりも大事だって分かってる。優しさが何よりもこの世で大切なものだと僕は思っている。けれどいつ理不尽が僕たちに降りかかるかは分からない。ベルよりも力が強い存在が目の前に現れた時、僕達は絶望するしかない。

 逃げるだけでも速くなければならない。ベルを守るためには強くなければならない。

 僕は鍛錬の末に倒れる。汗をかきながら、発光する光に包まれながら夢を見た。


 *****


 黒炎に覆われる世界。亜麻色の髪の女の子の手を繋いで必死に逃げていた。

 やがて魔物に追いつかれる。その魔物の姿を見る。恐怖は感じない。僕は自分にしか恐怖を感じない。戦うことは怖い。だがそれは自分を恐れているだけだ。自分を取り巻く環境が変わってしまうことを恐れているだけ。


「グガァアアァァァ!!!!!!!」


 どでかい三つ首の黒い凶獣が僕に咆哮を上げる。僕は後ろにいる獣の姿を臆せずに見る。震えている幼い女の子の身体を元気づかせるようにこの手に抱く。

 そうだ、僕はいつだって守られてきた。これは夢なのだろう。十年前、僕はベルの手を掴んで魔物達から逃げた。十年前、僕は魔物達に襲われることもなく逃げることが出来た。

 これは『もしも』の夢。仮定の話だ。もし僕達が魔物に追いつかれていた場合の夢。

 黒い化け物が足を上げ、鉤爪を見せる。それを振り下ろすだけで幼い僕達は死ぬ。

 死ぬわけにはいかない。僕は躊躇うこともなく自分の力と冷静に向き合う。

 そして自ら、その制限を解除した。僕はいつだって審判を下す側の人間なのだから。

 力の使い方は理解している。

 だから、僕は。


 *****


「......トル」


 小さく声が聞こえる。うーん、もう少し寝かせて欲しいな。昨日は頑張ったから。


「ス......トル!」

「うわっ!」


 瞬間、大きな声が聞こえた。耳元で大きくベルが僕の名前を呼んだのだろう。僕の意識はしっかりと覚醒してしまう。


「あ」


 僕は外に居た。どうやら鍛錬の後に小屋に戻らず、うっかり外で寝てしまったらしい。


「あ、じゃないでしょ、ストル。こんなところで寝ちゃって。風邪でも引いたら大変じゃない。嫌だよ、ストルが風邪引いちゃうの」


 僕は木の剣を背後に隠しベルに応答する。夜中にこっそり修行していることをベルには悟られたくない。僕なりの応急処置だった。


「いや、虫達が綺麗で見入っちゃって。森の村だけあって星も綺麗だったし」

「本当にストルは星とか虫が好きだよね。悪いことじゃないんだけど、節度は弁えるようにしてよ? 森へ虫を追いかけて事故なんてやめてよね。注意するように」


 ベルが腰に手を当ててそう言った。ベルの言う事故とは魔物に遭遇することだろう。確かにここから南へ行くと魔物に遭遇することもある。大型の魔物は十年前に騎士達によって駆逐されたらしいが、油断は出来ない。


「うん。分かったよ、ベル」


 ベルの言葉を聞きながら街とは反対にある森を見る。街道とは違い、ろくに整備もされていない森林。僕はよく日課でそこに行く。

 王都に行く前までよく足を踏み入れていた場所だ。ベルの目を盗める稀有な場所。ベルには悪いがそこは僕の秘密の特訓場所だった。

 僕は今日もそこに行く。

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