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協力

 学園は平和だった。Aクラスのクラスメイトに襲われたイリスの元に向かった気概を評価された僕はEクラスの中でも一目置かれるようになった。あの三人組には僕の鎌によって忘却の暗示をかけておいた。現状で僕の正体を知っているのはイリスと王城の連中のみと言ってもいい。後者は目障りだがどうでもいい。

 あいつらがベルに手を出したという報告もない。僕達に干渉しないならあくまで無害だ。


「それにしてもおぞましい光景だな」


 僕は休日を使って実地演習の演習先であるレゴセルス付近へと魔導列車で向かっていた。

 マップ片手にレゴセルス付近のロケーションを再確認する。村にはいかないが。

 僕が今いるのは煉獄穴というレゴセルス付近で最も危険と言われるダンジョンだった。


「僕達の拠点はレゴセルスでいい。が、ここは学園生レベルで立ち入れる場所じゃない」


 称号を起動する。右からヘルバウンドやオルトロス、キマイラといった推定危険度Aランクの魔物達がこの煉獄穴というダンジョンを徘徊していた。魔法省が警戒を促す魔物ばかりがここには存在している。魔境だな。

 それらを全滅させる。あくまで視界に入った愚かな魔物へと攻撃範囲は抑えておいた。形無武器を空中で展開して一方的な火力で押し切るのが手頃な戦術だな。強敵ならば避けてくるだろうが、まだそのレベルではない。


「授業で習った覚えがある。ダンジョンの階層をケイジと言うんだったな。どこが最下層かは分からんが、深いということは分かる」


 四回ほど大穴を潜ったところだろうか。ここはケイジで数えれば五ケイジに数えられる。Aランクの魔物ばかりが湧いてくるな。


「まだまだ深く続くか。Sランクの魔物もいるだろうな。何とも気味悪い場所だ。ケイジ的には半分以上は越えた気がするが。怠い」


 Sランクの魔物がケイジの奥から地上に出てくることはあるまい。煉獄穴の入り口はレゴセルスから近いし、ケルベロスの体躯ですら潜れる入り口でもある。しかし、広すぎる。魔物も明確な目的がない限り外へは出ない。


「やれやれ徒労だったな。友達に最適な環境を提供するのが僕の目的だが、楽な狩場の充足には至らないらしい。まあ仕方ないか」


 瞬間、僕は剣を展開する。感じるここ一番の殺気。感覚に任せるまま剣を振るった。


「失せろよ」

「やられるかよっ!!」


 僕の声と男の声が重なる。おぞましい殺気を放った両者の人間は暗がりで切り結ぶ。

 ふと気付いた。


「お前はラグナか」

「てめぇ、は」


 幻覚にかかってもいない。僕は自己をはっきりと認識する。視線の先にいるのは黄髪の騎士だった。ミネルヴァの直属だな。


「やけに強い気を感じたがお前なら納得だ。お前と戦う気はないが、どうだ?」


 僕はラグナに意思を問う。


「ああ。こっちだってねえよ。今のは軽い事故ってやつだ。すまなかったな」


 ラグナは素直にそう言った。二人して剣を納める。こいつ自身は悪い奴ではないと思う。しかし、ダンジョンの中でこいつと出会うとはな。奇妙な縁だよ、本当に。


「ストル。お前は何でここに?」


 思ったよりフレンドリーにラグナが話しかけてくる。一度は睨み合った関係だがな。


「実地演習の下見だよ。女王の犬。僕はお前と馴れ合う気はない。もう行くぞ」


 僕は踵を返し、出て行こうとするが。


「.......何だその手は」


 僕の制服の袖を掴むラグナ。何か問われた時に都合がいい制服で歩いていたが。


「まぁ待てよ。少し話でもしようぜ。ここで会ったのも何かの縁だ。釈明もしたい」

「僕はお前が慕うアルセイに重傷を負わせたぞ? 先日はミネルヴァの手勢も蹴散らした」


 こんな僕に話があるか? と再び問う。


「ああ、ミネルヴァから聞いた。ますますあいつは目を輝かせてたよ。少しの悔しさもあったようだがあいつは柔軟だからな。ジジイの件はジジイにも責任がある。仕方ない」


 僕はラグナの手を振り払う。


「思ったより合理的な男だな、お前は。もう少し情に厚い男だと思っていたが」

「それは世間の英雄像だ。俺はそんな柄じゃねえ。本質的にはただの粗暴な男だ」


 ふん、どうでもいい。


「お前たちはあれからベルに手を出していない。そういう意味では敵でも味方でもない。話ぐらいはしてもいいが乗り気ではないな」


 素直な奴だな、とラグナが笑う。


「ベルちゃんか。少し調べたぜ。お前の幼馴染みなんだってな。王都で一緒にお前と歩く仲睦まじい姿がよく目撃されてたらしいが」


 僕は不愉快そうに目を細める。


「他人に幼馴染みを調査されるというのは不快なものだ。話すことも煩わしくなる」


 苦笑いしてラグナが言った。


「本当にお前はベルちゃんに過保護だな。そういえばあの四人は解放してくれないのか」


 ベルちゃん、か。馴れ馴れしい男だ。


「生かしてはいる。お前達の態度次第だ」


 管理も面倒だが、牽制は必要だろう。


「そうか。生きてんならいい。男は自分で自分のケツふけなきゃダメだからな。あいつらはミスった。生きているだけでまだマシだ」


 ラグナはケイジの奥を見て目を細める。


「この前の階層で永劫隊の奴らが死んだ。レゴセルス近辺の調査でな。ここ最近、ここの近辺で魔物が増え過ぎている。おかしいぜ」


 確かに魔物は多かったな。煉獄穴の外側にも魔物は頻出していた。実地演習中は魔物が少ない場所を歩いていくとしよう。生徒のレベルにあった演習先がリストアップされているらしいが、ここはかなり危険な場所だ。人が住める環境とはいえ傭兵団もあるという。煉獄穴以外の場所の魔物は結構低ランクだが。

 学園め。イリス基準で選んだな。実地演習のペアはもう確定している。休み明けが演習になるな。意外と時間は早く過ぎるものだ。

 シルトには申し訳なかったな。


「それでお前が調査に回されたのか」

「ああ。ここが怪しいと踏んだ。生半可な実力じゃ煉獄穴は越えられないみたいだしな」


 煉獄。まるで天国と地獄に繋がる門だな。魔物が発する瘴気がこの辺りに充満している。


「本来この場所は死者に会えると噂された観光スポットだったんだ。だが十年ほど前から高ランクの魔物が観測されるようになった」


 僕達の悲劇と同じ時期だな。


「だからこそ不自然だと思った。ここは煉獄穴の五ケイジ。魔法省の精鋭達も四ケイジ目でここの調査に匙を投げた。危険な魔物を密集させた魔窟だからな。永劫隊も諦めたよ」


 だろうな。ここはヤバすぎる。


「俺単身なら確実に七ケイジまでは行ける。最下層が何処かは知らんが。ともかく俺には仲間がいない。俺についてこられる奴がアライズにはいない。いや、いるにはいる。が、ここはヤバい。Aランクの仲間すら足手まといになる魔境中の選ばれた魔境だろう」


 同意だな。常人が生き残れる場所じゃない。


「そこで、だ。恥を忍んで頼みがある」


 ん?


「俺と一緒にこのケイジを攻略してほしい。お前もここまできたんだ。利害は一致してるんじゃねえか? まじでお願いしたいんだ」


 ふむ。


「僕がここを進む理由はもうない。魔物達がレゴセルスに攻め入ることはないからな」


 魔物達に戦意を感じない。ただ配置されただけのような無機質さを魔物から感じていた。そんな魔物と事を構えることもない。

 しかしラグナは僕に地面に頭をつけて低頭する。


「頼むっ......!! 弔いなんだよ。死んでいった仲間がいる。俺は失敗できねぇんだ」


 真剣だな。ふむ。


「この僕に頭を下げるか。ククッ。必死のようだな。人の誠意を嘲る趣味はない。顔を上げているがいい、ラグナ・ストレングス」


 ラグナが顔を上げる。


「お前......?」

「協力してやるよ。十年前と時期が重なるのも気になった。お前の言葉を借りるならお前とここで出会ったのも何かの縁だろう。そこまでお願いされて強く断る理由もないしな」


 ラグナが僕の背中をぽかぽか叩く。


「少し駄目元気味で言ったんだがお前、思ったよりいいやつなんだな!」

「やめろ、背中を叩くな」


 朗らかに笑いながらラグナが道を先導する。何か無性に腹が立つ男だな。だが共に戦うとしたらこれほど最高のパートナーもいるまい。僕達は二人でこのダンジョンを駆ける。

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