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思い

 僕が夏休みに故郷に戻ってきた理由は十年前に魔物の凶刃に倒れた両親への弔いの為だ。僕たちの故郷の名前はレリューシア。地図から削除されてしまった、森に囲まれた辺境の村。両親達の誇らしい背中を思い出す。

 今でこそ焼け焦げた小屋の残骸など撤去されてはいるが、当時は酷いものだった。僕たち以外の村人も魔物に襲われて全員死んだ。普段は優しいベルが魔物相手に怒りを覚えるのも無理はない。僕が薄情過ぎるのかな。


「僕もベルの手助けができれば、ね」


 一人でポツンと呟く。ベルがこのまま学園を卒業して騎士になったら、僕はベルの側に入れるのだろうか。僕は焦る。努力してもいつまでたってもステータスは変わらない。努力してステータスが変わるのはレアケースだというのは分かっている。けれどこうにも自分に進展がないのは無力さを感じてしまう。人の価値は生まれた時から格付けされるから。


「何やってるの?」

「うわっ!」


 レリューシア跡地、かつての村中で一人考えていたらベルが声をかけてきた。

 とはいっても王都の魔法学園に通う前はここでベルと僕は二人で過ごしていたんだけど。


「びっくりしたなぁ、もう」

「ごめんごめん。何か難しそうな顔してたけど悩みでもあるのかな? んん?」


 ベルが茶化すように笑う。ベルの白い肌が眩しい。人への気遣いもかかさない。ベルは本当に凄いや。でも僕のこの悩みだけはベルに打ち明けられるわけがない。

 だってかっこ悪いじゃないか。大切な幼馴染みに学園で情けない姿を何度も見せてしまってはいるけれど、それでも言いたくない。


「僕だって十六歳なんだ。ベルに言えない悩みがあるんだよ。なんてね」


 僕は朗らかに笑って誤魔化す。


「そっか。でも気になって。ストル、最近元気がないように見えるから」


 ベルには元気がないように見えてたかな。確かにそうかもしれない。僕たちの故郷はどうしても十年前の悲劇を連想させてしまう。今でも忘れない。三つ首の黒い獣が黒炎を撒き散らしながら僕たちの村を蹂躙したことを。魔物達が僕たちの世界を壊したことを。この緑豊かな場所を破壊しつくされた屈辱は絶対に忘れない。それでもベルと僕は二人でここまで生きてきた。それは大変なことだった。


「そうかもしれない。元気がないというのは少し違うけど、やっぱりこの場所はね」


 魔物達への畏怖を思い出す。震えて動けなかったかつての自分。なけなしの勇気で必死にベルの手を取って逃げ続けた。今思えば僕たちだけなんで生還できたのか分からない。


「でもだからこそ笑顔になろうよ、ストル。お母さん達が安心できるようにさ」


 ベルが指で僕の口元を無理やりに釣り上げて笑顔を作る。


「いててててて」

「ほらっ、やっと笑った」


 ベルが愉快そうに笑う。無理やりだなぁ。


「やっぱり、ベルには敵わないな」


 僕は数瞬後本当に笑う。ベルの考え方は常に前向きだ。それは僕にはない考え方だった。だからこそそんなベルの笑顔に憧れる。


「私こそストルには敵わないよ。十年前から本当に感謝してる。私一人だったら今まで生きてこれなかった。ストルがいつも側にいてくれたから私は生きてこれたんだよ」


 ベルの言葉。世界で誰よりも愛しい幼馴染みの声は心の底から嬉しかった。


「僕も同じだよ、ベル。ありがとう。ベルの言葉のおかげで元気が出てきたよ」


 僕の言葉にベルが笑う。思えば僕も十年前の事を考え過ぎていたのかもしれない。

 母さん達も僕達の仏頂面を見たくない筈だ。少しでも楽しそうな姿を見せなくちゃ。


 *****


「だからって急に街に出なくても」

「ベルも言ったでしょ。笑顔になろうって」


 僕達は街に出た。王都からではとても来られないウルーグという簡素な街だが、森の街道沿いを進めば割と早く着くのが便利だ。

 それにレリューシアよりは遊ぶ所がある。否が応でも楽しめるさ。


「本当は母さん達が眠るレリューシアで遊びたかったけど、流石にまだそこまでの神経にはなれなくてね。不謹慎かもしれないし」


 僕はそう言った。ベルと二人でいるのならば僕はどこでも楽しいが、僕の故郷は別だ。憧れた両親の前ではしゃぐ姿を見せたくない。だからここに来た。

 一種の反抗期かな。————なんてね。


「もう十年だよ? 私達も十六になって、一応王都魔法学園に入学出来た。なのにストルったら変な所で律儀なんだから、ふふっ」


 ベルが愉快そうに笑う。道行く男がベルの笑う姿を見て鼻を伸ばすのが見えた。だから人混みはあまり好きじゃなかったんだけど。

 夏休みに入ってから久しぶりの感覚だ。ベルの容姿力は高い。ベルの容姿力のステータスはロックされているとはいえ、不愉快だ。僕はベルの身体を視線から守りながら言う。


「そんなに笑わないでよね、ベル」


 そして僕はベルにつられて笑うのだった。うん。やっぱりベルと話すのはとても楽しい。ただベルが注目されるのは面白くない。学園や王都に初めて来た時は戸惑ったものだ。


「ごめんごめん。じゃあどこに行こうか、ストル」

「服でも見にいこうか。前にベル、服が欲しいって言ってたじゃない」


 僕の言葉にベルは狼狽えるようにして顔を赤くして言った。


「えぇ!? 服は一人で見に行きたいなぁ。何か恥ずかしいし」


 そして消え入りそうな声でベルは言う。


「そういえばベルと服を買いに来たのが制服くらいだなって思ってね。レリューシアは森に囲まれているからあまり頻繁には街に出る事もなかったし。魔物はやっぱり怖いしね」


 魔物という言葉にベルの眉がぴくっと反応する。ベルの戦闘力はBランク。街へ行く途中に遭遇した魔物を棍棒で振り払ったのもベルだ。そういえば、僕はベルがいなければまともに外出することもままならないんだな。

 今更ながら、そんなことに気付いた。僕はいつまでベルに縋り続ければいいのだろう。

 ベルの根底が魔物への憎悪に繋がっているとしたら、僕の根底には何がある。そんな他愛もないことを少しだけ考えてしまった。


「大丈夫だよ、ストル。魔物が出ても私が守ってあげるからさ。こう見えてもベルちゃんは努力してるのだ! ふっふっふ!」


 腕っぷしを自慢しながら愉快そうに笑うベルの姿が何処か悲しかった。

 僕ではベルを守れないのだろうか。僕は自分の大切なものを守りたかった。だからこそ僕達を守るようにして戦ってくれた両親達のその背中が僕の根底なのかもしれない。

 願わくば、守られる男ではなく守る男になりたいと考えていた。こんな僕でも。

 そんな事を考えるくらいは許される筈だ。

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