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シルト

 予感とは誰もが抱くものだ。僕が実地演習に感じている予感とは漠然としたものに過ぎない。演習先はレゴセルスという村らしい。

 実地演習とは、二つのレベルが違うクラスで二人がペアを組んで行う演習の事だ。主に魔物の討伐を主体とした目的の演習が多い。ペアのレベルによって演習地も分けられる。それぞれのペアで長い時間、行動を共にする。演習の期間は約一ヶ月。その間に演習地での課題をこなしていく。課題は予め持たされた書簡で把握する。課題をこなした証拠として魔物の部位や植物などの差材を学園に捧げなくてはならない。小旅行じみている。

 僕はEクラスだからAクラスのメンバーと実地演習をこなさなければならない。以前は天才的な努力でAクラスまで一気に駆け上がったベルのおかげで難を逃れることができた。今度はイリスのおかげで一人ぼっちにならなくてよさそうである。DクラスはBクラスと実地演習をこなす。Cクラスは自由枠だ。基本的に誰と組んでもいい。僕もCクラスまでステータスランクをあげられればペアを探すのも楽なんだけど中々に難しい。天才が少ないように落ちこぼれも少ないのだ。学園のクラスの大半がCクラスの人間だからね。


「無い物ねだりではあるよね。それに今はバイトのことを考えないと。どう謝ろう」


 一応伝えておいたんだけどなぁ。聞いてないとか言って前にごねられてしまった。

 僕は寂れた住宅街の一角にある小さな事務所に入る。シルト探偵事務所という場所。

 ここが僕のバイト先だ。


「あの、オーナー?」


 二人だけの仕事。ソファーに堂々と座る一人の少女がいた。彼女がバイトのオーナーだ。


「おう、ストル。元気そうじゃないか」


 姉御肌な少女は僕にそう告げてくる。彼女の名前はシルト・ラル・レイドルス。健康的な白い肌に水色のショートヘアの美しい少女だ。

 ステータスも中々に高いらしくシルトのステータスなら学園のAクラスに在籍していてもおかしくないレベルらしい。

 ステータスを覗き見るのは失礼な気がしてしていない。たとえ秘匿機能があるにしても。


「はい。オーナーも元気そうで」


 久々に会ったような会話だが久しぶりでも何でもない。一昨日もオーナーと会ったし。


「オーナーって呼ぶのはよせよ。私とお前の仲じゃないか。シルトでいいんだぞ?」


 ソファーに座りながら足を組んでシルトが言う。それは流石にね。


「オーナーは僕の恩人ですから。やはりまだ遠慮してしまいますよ。有難いですが」

「ふふ。その忠犬感がたまらないな。やはりお前を拾ってよかった。嬉しいぞ私は」


 いつものようにシルトが朗らかに笑う。


「オーナーの為なら犬にもなりますよ。オーナーのおかげで学園に通わせてもらっているようなものですから。感謝しています」


 地の利を得たようにシルトが頷く。


「なら一ヶ月も休暇を取らないよな?」

「いえ、すみません。実地演習という学園の行事がありましてどうしても休暇が必要で」


 シルトがジタバタした。


「嫌だっ! 嫌だっ! お前が休んだら私が一人になってしまうじゃないか! ぶぅぶぅ」

「三ヶ月前から休むって言ってあったじゃないですか。行かないと落第なんですって」


 実地演習をこなさないと留年である。週五で今までこのバイトを入れていたが、実地演習中はそうもいかない。僕が休んだところでこの探偵事務所にお客さんは来ないと思うし。


「お前が来ないと退屈じゃないかー。給料を倍プッシュしても私は構わないぞ、うん?」


 公爵家の娘だからってやりたい放題だ。


「魅力的な提案ですが申し訳ありません。オーナーもたまには家に帰ったらどうです?」


 この事務所がオーナーの家となりつつあるようで最近はレイドルス公爵家当主の屋敷へは足を運んでいないらしい。家族関係は繊細な問題だからあまり口に出すことは少ないが。


「おいおいな。私はあそこが嫌いなんだ。貴族の令嬢らしくしろって五月蝿いからな。その点お前は最高だぞ。私に五月蝿くしない」


 そういうものかな。


「結構オーナーに指摘してると思いますよ。さっきも家に帰れと言いましたけど」


 シルトの五月蝿いの基準が分からない。


「お前には愛があるからいいんだ。レイドルス家には愛がない。お前の言葉は素直に従いそうになっていかんなー。お前の言葉に逆らえる気がしない。公爵家令嬢を蹂躙する平凡な少年ストルか。いい響きだと思うだろ?」


 後半の言葉は無視しよう。


「僕の言葉に従うなら休ませてください」


 我儘な願いだけど労基法は守っている。シルトに対しては厚かましい願いだけどね。

 本当なら休みたくない。僕の大恩人であるシルト不満を抱かせるような真似をしたくはなかった。けれどもう決まっていたことだ。


「あー聞こえない。聞こえない。ストル、お茶を持って来てくれ」


 僕はシルトに苦笑いして頷く。


「分かりましたよ」


 シルトが後ろで立つ僕に言う。


「なぁ、ストル」

「なんでしょう?」


 その言葉の響きが迫真染みて聞こえた。


「お前は私がどんな人間でも側にいてくれるんだよな。本当にいい奴過ぎて笑えるよ」


 瞬間、オーナーから凄まじい闘気を感じた。僕と同じ種類の統率力だな。ミネルヴァの統率力が相手を静かに征服する王の統率力であるならば、僕達の統率力は熱く相手を外側から威圧する圧倒的な挑戦者の闘気だろう。


「オーナーの方がいい人ですよ。貴方は無力な僕を助けてくれた。だから側にいますよ。貴方は、オーナーは優しい人ですから」


 僕は朗らかに笑って言った。


「あー、やばいそれ。私にとっての殺し文句じゃないか。まったく小狡くなったよな」


 闘気を抑えてシルトが言った。


「んー。いよいよ手放せなくなってきたな。お前玉の輿になる気はないか? 逆玉だぞ」


 シルトが僕にのし掛かって言った。


「はははっ。考えておきますよ」


 いつもの冗談だろう。


「お前のモブっぽい顔がたまらないんだよなー。まあ休むことは許可しておくよ。お前は私のモノではないからな」


 良かった。


「はてさて、ではお客さんを待ちますかっと」

「あんまり来ないですけどね」


 道楽で開いたような事務所だ。シルトに熱意があるかどうかはともかくお客さんなんて来るものかな。

 僕とシルトは駄弁りながら過ごす。こうしているだけでお金を貰えるなんて楽だった。

 ————他の人間はそう思わないようだが。

 これはまた別の話になるだろう。

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